第47話 偽ゴドウィンの顛末

 ご馳走様でした、と美味しくネマールをいただき、お茶を飲む。

 食器を持ってキュウベェが奥へ引っ込んでいったのだが、戻ってきた時には手に蒸篭せいろを持っていた。

 今度は肉まんでも出てくるのかと思ったのだが、蒸篭の中身は蒸したての饅頭まんじゅうだ。


「美味しいです」


「うむ。蒸したての饅頭は最高じゃな」


 しっとりしてモチモチとした食感は、およそ饅頭らしくない。

 前世では工場生産の個別包装された饅頭しか食べたことがなかったのだが、蒸したての饅頭がこんなに美味しいだなんて知らなかった。

 店で買える饅頭と、できたての饅頭はもうほとんど別物と言っていいぐらいに違いがある。


「それで、ゴドウィンの用件なのじゃが」


「はい。一緒に呼ばれたということは、わたくしにご用なのでしょうか?」


「ゴドウィンはわしに相談事を持ってきたのじゃが、お嬢さんが来る予定だったからな。直接本人に聞けばよいじゃろう、と引き止めておった」


 それでは改めて、と饅頭へと伸ばしていた手を膝の上に下ろす。

 お話を聞く準備ができました、とゴドウィンを見上げれば、ゴドウィンも饅頭へと伸ばしていた手を下ろすところだった。


ふくろうの姫君には今回一方ならぬ世話になっているので、なにか礼をせねばならんと思ってな。エセルバート様には、姫君には何を贈れば喜ばれるかと、相談に来たというわけだ」


「お礼、ですか……?」


 なにかお礼をされるようなことなどしただろうか、と首を傾げる。

 ゴドウィンと私の接点など、フェリシアぐらいだ。

 ということは、フェリシアに関係することだと思うのだが、フェリシアには世話になるばかりで、お礼をされるようなことはない。

 なんのことを言われているのだろうか、と思い当たることが見つからずに困っていると、ゴドウィンが苦笑を浮かべる。

 私には心当たりのないことだったのだが、ゴドウィン的にはお礼をせずにはいられないようなことだったらしい。


「私の偽者がいるようだ、とフェリシア様を通じて情報をくれただろう」


「あ……はい。お知らせしました」


 言われてようやく思いだす、というのがなんとも情けないのだが、確かにそんなことをしたことがある。

 夏の終わりにレオナルドが育ったというドゥプレ孤児院へ行った際、『ゴドウィン』を名乗る不審な紳士に遭遇した。

 その時にはすでにゴドウィンと面識があったため、すぐにおかしいと気が付いてフェリシアを通じて報せを送ったのだ。

 お礼をしたいというのは、あの時の情報が役にたったということだろう。


「梟の姫君からの情報のおかげで、対処が可能なうちに気づくことができた。ありがとう」


「わたくしがあの怪しい方に出会ったのは偶然ですので、お礼を言われても困ってしまいます」


「しかし、その偶然のおかげで我が家が命拾いをしたのも事実」


 なにかお礼をさせてほしい、と言葉を重ねられ、少しだけ考える。

 私としてはただ気が付いたことを知らせただけなので、お礼をいただくようなことだとは思えていないのだ。

 何が欲しいと聞かれても、適当な物が思い浮かばないというのが正直なところである。


「……特に思い浮かぶものはありませんね。お気持ちだけいただきます」


 欲しいはないが、あの件が片付いたというのなら、聞いておきたいことがあった。

 いうなれば、情報こそが私の欲しい物、だろう。


「あの一件が片付いたのなら、教えてください。偽者に連れて行かれた女の子たちは、無事に保護されたのでしょうか?」


 同じ孤児院の子どもということで、レオナルドはドゥプレ孤児院の子どもたちを気にかけていたはずだ。

 レオナルドにとっては、私とはまた違った意味で妹たちの話である。

 孤児の少女たちを引き取っていったゴドウィンが偽者だった今、少女たちの安否は確認しておきたい。


「あの一件は、淑女に聞かせるような内容ではないのだが……」


「何も知らないままでいる方が気になります」


 むしろ話してくれないのなら自分で調べるぞ、とわざと唇を尖らせて拗ねた顔を作ると、ゴドウィンは軽く肩をすくめた。

 聞かせたくはないが、自分で隠したいところを隠して語る方が良い、と判断したのかもしれない。

 苦笑いを浮かべたのは一瞬だけで、すぐに顔を引き締めた。


「……偽者の名はドム・マッケンジー。貴族でもなんでもない、ただの詐欺師だったよ」


 ドム自体は、雇われてゴドウィンの名前を騙っていたらしい。

 ドゥプレ孤児院の他にもいくつかの孤児院へと顔を出し、少女たちを集めていたようだ。

 今年だけでも集められた少女は十三人、少年は少なくて二人。

 ゴドウィンの調査が入った時に生きていたのはそのうちの三人で、今も生きているのは一人だけだ。


「一人だけ、ですか?」


「ああ、一人だ。他の二人は衰弱が酷く、救出された安堵のためかそのまま逝ってしまった少女と、すでに回復するだけの力が残っていなかった少女だ」


 一つだけ救いがあるとすれば、少女たちは自分たちが救出されたと知ることができたことだろうか。

 現場にたどり着いた時には息をしていなかったという他の少女たちと比べれば、本当にほんの少しだけ救われていることだろう。


「孤児院から連れてこられた少女たちは、最初は館で働かされたようだ。そこで孤児院で聞かされたような教育と仕事が与えられ、最初の子が仕事に慣れた頃に新しい子がやって来る」


 あとから来た少女は、先から働いている少女が聞いたとおりの待遇でいることに安堵し、館で働き始める。

 そしてさらに次の少女が館にやって来ると、最初にいた子は正式な働き口が見つかったと聞かされて館から連れ出される。

 連れ出された先で行われることは、同性わたしには聞かせられないような内容らしい。

 この説明だけでも、何が行われたのかは察することができた。

 少女たちは口にするのもおぞましい楽しみに利用され、衰弱し、回復する力がなくなると地下室へと移される。

 そこから先への移動はない。

 地下室には少女の前の犠牲者が何人も横たわっており、骨と腐臭を撒き散らしていた。


「現場を検めたのはクリストフ国王陛下からお借りした白銀の騎士と私の私兵だったが、あまりに凄惨な現場に、気分を悪くした者も少なくはない」


 骨と腐臭と聞いて、何年も前に見てしまった腐乱死体を思いだす。

 同時に、あの時の噎せ返るような腐臭を思いだしてしまい、反射的に喉元を押さえる。

 そうでもしなければ、昼食がせり上がってきてしまうような気がしたのだ。


 弱り果てた体でそんな物が何体も横たわる地下室へ押し込まれ、すぐに自分も同じ姿になるのだと悟った少女たちは、どんな気持ちで死んでいったのか。

 結果的には間に合ったとは言えないのだが、救いが来たと力尽きてしまった少女には、本当に僅かながらも救いになっただろう。


「……発覚がもう少し遅ければ、これらの犯行がすべて私の罪として私に被らされる手はずになっていた」


 ドム・マッケンジーは貴族でもなんでもない詐欺師だったのだが、ただの平民の詐欺師に少女を何人も働かせて不審がられない館の用意などできない。

 ドムを雇った華爵がおり、その華爵が用意した館がゴドウィン名義の館だった。

 なぜゴドウィン名義の館を華爵が使っていたのかといえば、華爵が借金のかたとして館をゴドウィンに差し出したものだったからだ。

 ゴドウィンとしては知人に金を融通してやっただけの気でいたのだが、知人からの手酷い裏切りを受けたことになる。

 その知人はゴドウィンの政敵である杖爵から頼まれてのことだと供述しているようだが、その杖爵は当然知らぬ存ぜぬを貫いているそうだ。

 とはいえ、杖爵については知人が己の身を守るために証拠を残していたため、罪に問うことは可能らしい。


 ……なんていうか、ドロドロだね。


 ゴドウィンを裏切るよう知人を唆した杖爵も、もしもの時には杖爵から切り捨てられると警戒して証拠を用意していた知人も、いろいろ人としておかしい気がする。

 ゴドウィンを嵌めようとしていたようなのだが、結局はお互いの足を引っ張り合っただけだ。


「助けが間に合った女の子は、どうしていますか?」


「幸いなことに、館の地下のことはまだ何も知らないようだった。心身ともに健康そのものだ」


 詐欺師が孤児院から引き取る際に使った言葉どおりに、今はゴドウィンの館で下働きとして必要になる教育を行なっているらしい。

 そのままゴドウィンの館で働かせてもいいし、本人が望めば孤児院に戻すことも考えているのだとか。


「孤児院へ本当のことを知らせるかどうか、悩みどころだな」


 孤児院としては、少女たちの明るい未来を信じて送り出したのだ。

 それが実は娼婦以下の扱いを受けて、遺体は地下室に積み上げられていた、なんて事実は知りたくもないだろう。

 孤児院の他の子どもたちにもよくない影響が出るはずだ。


「詐欺師と華爵と、杖爵は当然犯人として処分できるのですよね?」


「むろんだ。杖爵はまだ恍けているが、小悪党同士、裏切りを想定しておった知人が見事な証拠を用意しておいてくれたからな」


 尻尾は切られたようだが、それ以外の関係者はすべて法の下に裁かれることになっている、と言うゴドウィンに首を傾げる。

 尻尾が切られたということは、本体はまだピンシャンしているということだ。


「ところで、本当に何か欲しいものはないか? 私としては梟の姫君になんの礼もできないということは、すわりが悪いのだが」


「そうですね……」


 お礼がしたい、とゴドウィンに言葉を重ねられたので、もう一度考えてみる。

 今度は少しだけ真剣に考えてみたのだが、やはりこれといって思い浮かぶものはなかった。


「やはり何も思い浮かびません」


 いつかなにか困った時にでも頼らせてください、と言って会話を終了させる。

 欲しい物など、無理矢理しぼりだす物でもない。







「……あの返答は、良い選択だったな」


「なにがですか?」


 帰りの馬車に揺られながら、膝の上の饅頭にニマニマとしていたら、アルフレッドに褒められた。

 いったいなんの話だろう、と聞き返したら、ゴドウィンへの返答だ、と教えてくれる。


「困った時に頼らせてくれ、と言っていただろう。下手に物を貰うより良い選択だった」


「とくに考えがあったわけではないのですが……」


 欲しい物はないかと聞かれ、思い浮かんだのはレオナルドのことだった。

 冬になったのだから、そろそろ王都に顔を出すはずだと、近頃ようやく落ち着いたはずの甘えたがりの虫が騒ぎ始めている。

 しかし、そんなことをあの場で言えるはずもなかったので、欲しい物はないという返答になった。

 困った時に頼らせてくれ、というのは、「お礼の品はいりません」という私なりのお断りの言葉だったのだが、アルフレッドからしてみれば違う意味に取れたようだ。


「ゴドウィンはヴァレーリエの伯父にあたる。杖爵の中でも、飛びぬけた有力者だ」


「ヴァレーリエというと……」


 秋の離宮での毒騒ぎで、私から遠ざけられた侍女だ。

 領地で病が発生し、その看病の手が足りないということで領地に戻された、と聞かされていたが、事実は違うとすでに知っている。

 ヴァレーリエは毒を盛った犯人の一人として疑われ、どこかへと遠ざけられていた。


「ソラナになにか探させていたようですが、ヴァレーリエの無実は証明できたのですか?」


「そうだな。ソラナの持って来た証拠を元に、ヴァレーリエを嵌めた人間の洗いだし作業を行なっているところだ。もうしばらくすればヴァレーリエは自由になれるが……」


「さすがにわたくしの侍女としては戻ってきてくれませんか?」


「というよりも、フェリシア姉上に取られたと言った方が近い」


 杖爵の娘であるヴァレーリエは、容疑者として拘束はされても、丁重に扱われた。

 そして無実であったのだから当然なのだが、本人には犯人として萎縮する必要など一つもなかった。

 毒を盛ったのでは、と疑われながらも凛と背筋を伸ばして耐えるヴァレーリエに、フェリシアも真摯に向き合い、その結果としてヴァレーリエもフェリシアのフェロモンに屈した。

 フェリシアの人柄に惚れ込んでしまった。

 少し砕けた言い方をするのなら、メロメロになってしまったのである。


 ……遠ざけられた侍女が、知らない内に庇護者に寝取られていた感じ?


 そう考えるとなんとも微妙な気分になってくるのだが、ヴァレーリエが幸せならばそれでいい。

 一度は毒を持ち込んだ犯人と疑われ、苦境に立たされたのだ。

 仕えたい主ができたのなら、そちらで幸せになってほしい。

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