第39話 古地図での素材探し

 久しぶりの寂しがりが発病したが、アルフレッドの勧めでレオナルドへと手紙を書いたら落ち着いた気がする。

 手紙を送っても届く頃には秋が終わって帰ってくるのでは、と控えていたのだが、冬になったからといって直ぐに帰ってくるわけではないのだから、行き違いになることはないだろう、と教えられた。

 カリーサたちが王都に来てくれたこと、大きな黒い犬のぬいぐるみを作ってもらったこと、炬燵モドキと回転する座椅子のこと、ここしばらくの近況だけを書いて封をする。

 近況といっても、異物どくぶつ混入から使用人を大量に入れ替えたことなど、レオナルドが心配しそうな内容は伏せた。

 さすがに寂しいから早く帰ってきて、という本音も書かない。

 寂しさをこじらせて引き籠り、周りに迷惑をかけたことも黙っておいた。


「……盲点でした。知りませんでした。『雪苺』は『雪苺』だと思ってました!」


 古地図と研究資料に残された記述から、素材の一つひとつを探し出す。

 アドルトルの生息地域はジャスパーが知っていたし、ラローシュの花については神王領クエビアのある地域に咲く花だということが判った。

 それでは最後の一つは、と『雪帽子』にまつわる記述を探し、行き詰っていたものがたった今解決する。

 聖人ユウタ・ヒラガの研究資料によると、『雪帽子』と書かれた実の特徴は、私がメイユ村で冬に採って食べていた『雪苺』と似ている。

 雪の下敷きになって初めて実を付ける草で、こんもりとした雪山を掘ると、中から赤と黄色の実が顔を出す。

 苺というぐらいなのだから、赤い方が熟しているかと思うのだが、甘く熟しているのは黄色の実だ。

 赤い実は未成熟で、食べることはできるが少し酸味がある。


「……雪を帽子のようにかぶっているから、『雪帽子』って呼ばれていたんですね」


「一応現物と見比べてみる必要はあるが、まあ『雪苺』が『雪帽子』だろうな」


 ジャスパーと二人同じ結論に辿りつき、ドッと疲れが押し寄せる。

 少し休憩がしたい、と合図を送ろうとしたら、すでにカリーサがお茶の支度をしてくれていた。


 聖人ユウタ・ヒラガの記述としては『雪帽子』。

 私たちがメイユ村で呼んでいた名前は『雪苺』。

 そして、図録として纏められた本に記載されている名前は『ウユホベリー』だった。

 雪帽子という名前で探していては、見つからないはずである。


「これで素材の採れる場所は判りましたけど……」


 どう考えても、私がホイホイ採取にむかえる場所ではない。

 もしかしなくとも、素材の入手の難しさも会議で候補から外された理由に含まれているかもしれなかった。


「普通に集めようとしたら、どれだけ時間がかかるんでしょうね……」


 ちょっと遠い目をしたくなってきた。

 雪帽子はまだ国内だったし、確認をする必要はあるが、雪苺と呼んで普通に食べていたものだ。

 これは雪の季節になれば入手は簡単だと思う。

 

 問題は、ラローシュの花粉だ。

 

 花が咲いている季節など限られているし、それでなくとも神王領クエビアへは陸路で往復するだけでも半年以上かかるらしい。

 クエビアへの入国自体はセドヴァラ教会が手配してくれるだろうが、旅路でどうしても通り抜けることになるサエナード王国と我が国は現在緊張状態にある。

 ならば、とエラース大山脈を逆回りに迂回して帝国を経由するという方法もあるのだが、帝国は人身売買が未だに行われているらしい、できれば近づきたくない国だ。


「……オレリアさんは、どうやって素材を集めていたのでしょう?」


 そういえば、と気がついた。

 私以上に引き籠りだったはずのオレリアだが、薬の材料や素材の入手について悩んでいる姿はみたことがない。

 ワーズ病の薬を作っている時も、足りない薬はワイヤック谷の外から黒騎士が運んできていたはずだ。

 それに、今復活させようとしているパント薬は、以前オレリアが后のために用意もしている。

 少なくとも、オレリアが死んでしまう以前から失われていた処方箋レシピではないはずだ。

 オレリアは確実にラローシュの花粉を持っていたし、ワイヤック谷から出なくとも雪帽子やアドルトルの無精卵を入手する方法があったのだろう。


「バルバラさんに聞いたら、知っているでしょうか?」


「バルバラ?」


「少しだけオレリアさんの弟子だった人です。今は王都のセドヴァラ教会にいると聞いたことがあるのですが……」


 一度会いに行こうと思って、そういえばそのままだったな、と思いだす。

 王都に来てそろそろ三ヶ月目に突入しているが、内街へ出たことはほとんどない。

 内街というよりも、離宮から出ること自体が稀なのだ。

 何か用事でもない限り、自分から出かけるということが本当に少ない。


 ……うん、私も立派な引き籠りだ。


 それでも不自由は感じていないので、もう少し外へ出かける機会を増やそう、とはチラリと思うが、本気で改善するつもりはなかった。

 とりあえずは、アルフレッドに義務付けられた一日二回の散歩をすればいいだろう。







 王都のセドヴァラ教会にいるというバルバラに手紙を出した翌日、離宮にアルフレッドがやってきた。

 それ自体は珍しいことでもなんでもないのだが、アルフレッドが持って来たのは、復活させる聖人ユウタ・ヒラガの秘術の残り二つが決まった、という朗報だ。

 私がまだか、まだかと待っていた報せである。


「ムスタイン薬とグリニッジ疱瘡の予防薬、ですか」


「ああ。おまえに見せた会議でもほとんど決まっていた名前だ。ある程度は予想ができていただろう」


 ムスタイン薬は、写本をする際に読んだ知識だけだが、要は虫下しだ。

 雪解けの季節に多いが、他の季節にも発生するので、薬で治るものならたしかに復活させたいだろう。


 グリニッジ疱瘡とは、ワーズ病の別名である。

 薬だけではワーズ病は治せないのだが、予防できるというところに意味のある薬だ。

 あらかじめ予防薬を飲むことで、感染者を看病した際に発生する二次感染の危険性を大きく下げることができる。


 ……オレリアさんが作ってくれたのは、軽度なら治るって薬だったから、軽度の感染者を治すよりも、新しい感染者を作らないことを選択したんだね。


 すでにいる感染者は見殺しにする、という選択ではあったが、会議で真剣に話し合うセドヴァラ教会の人たちを見ている。

 よく話し合った末の結論だということも判るので、私は選ばれた秘術を優先的に復活させるだけだ。


 ムスタイン薬については、翌日にはあっけない程簡単に解決した。

 薬の処方箋を確認し、写本の記載を確認しつつ、ジャスパーに必要となる八つの材料を読みあげて確認したところ、すべてセドヴァラ教会にあるはずだと答えられたのだ。


「なんですか、それ。すべて材料が揃っているとか、大当たりではありませんか」


「そうだな。パント薬については、おまえが運に任せた結果、大ハズレを引いただけだな」


「もう、二度と天の神様には頼りません」


 会議が長い、と焦れた私にクリストフが復活させる秘術を一つ選ばせてくれたのだが、本当にどれでもよかった私は選択を天の神に任せた。

 前世での子どもの遊びでもある。

 選択肢を用意して「どれにしようかな、天の神様の言うとおり」と一音ごとに選択肢を移動していく。

 最後に指が止まった箇所が、天の神様が選んだものになる。

 そんな子どもの遊びだった。


「……今頃、時間がかかりすぎるからと排除した秘術を選んだとかで、聖女扱いでもされてるんじゃないか?」


「あ、はい。セドヴァラ教会からはすでに聖人の再来扱いをされているようです。メンヒシュミ教会で精霊の寵児として扱われていることも、一因だそうです」


 ジャスパーの冗談に、離宮の外から仕入れてきた話をソラナが聞かせてくれる。

 聖女も聖人の再来も、とんでもない誤解すぎた。


「運に任せて失敗しただけですっ!」


「いいえ、クリスティーナお嬢様。お嬢様は悪くございません。その場にいたアルフレッド王子のせいです!」


「アルフレッド様のせい、ですか?」


 とくに不正など働かれた覚えも、そんなものを挟み込む余地などもなかったはずなのだが、ソラナは自信満々に「アルフレッド王子のせいである」と言い切る。

 ソラナはアルフレッドの屋敷から借りている女中メイドなのだが、アルフレッドのいない場ではアルフレッドへの評価が少々どころではなく手厳しい。

 ソラナに言わせれば、「大体全部アルフレッド王子のせい」となるそうなのだ。


「アルフレッド王子は、とにかく豪運な方なのです。幸運だとか、強運というような可愛らしいものではございません」


 とにかく運の強いアルフレッドの目の前で運試しなどをしたため、アルフレッドの都合の良い結果が出たのだろう、とソラナは悔しそうに拳を握り締めて力説する。

 私は離宮に来てくれてからのソラナしか知らないのだが、第八王女の乳兄弟として育ち、その後はアルフレッドに女中として召し上げられたという半生を聞けば、ソラナがアルフレッドに対してどのような感情を持っているのかは想像ぐらいできた。


 ……きっと、とんでもなく迷惑をかけられ続けてきたんだろうなぁ。


 まず間違いなく、グルノールにいるアルフと気があうタイプだろう。

 共にアルフレッドの被害者であることに間違いはない。


「それにしても、運が強いということは……アルフレッド様は『精霊の寵児』なのでしょうか?」


 精霊の寵児は、この世界の人間と違って精霊に嫌われる理由がないため、時折幸運を授けられる。

 少しぐらいの幸運は誰にでもあるかもしれないが、強運や豪運と呼ばれるぐらい運が良いのなら、アルフレッドも精霊の寵児なのかもしれない。

 そう思ったのだが、アルフレッドは精霊の寵児ではない、とソラナは自信ありげに教えてくれた。

 いつだったかグルノールの街で発見した精霊の寵児の見分け方を、アルフレッドは早速試したようだ。

 精霊の寵児の目と耳から精霊によって隠される単語は、残念ながらアルフレッドには普通に読むことも聞くこともできたらしい。

 つまり、アルフレッドの豪運は自前の運だ。


「幸運かどうかで精霊の寵児かどうかが判るのでしたら、クリスティーナお嬢様のお兄様の方がそうではございませんか?」


「レオナルドお兄様は、結構不運な方だと思うのですが……?」


 特に女運が、と洩れかかった言葉を飲み込む。

 レオナルドの人生は、家族に売られ、妙な女に懐かれて人生を狂わし、と結構不運続きだと思うのだが、ソラナやジャスパーからしてみれば違うようだ。

 奴隷として売られたが救われ、孤児から騎士に、騎士の中でも白銀の騎士に、国王に名を覚えられ、王子アルフレッドの庇護を受け、王女に愛されるということは、確かに一つひとつを見れば強運と言えるだろう。

 周囲からは左遷に見える黒騎士への移動も、四つも砦を任され、私という家族いもうとを得て、その妹は日本語の読める転生者とくれば良好な関係を築いて保護しているというだけでも功績に繋がる。

 改めて考えれば、レオナルドは強運の星の下に生まれていた。


 ……私の周り、素で強運な人多すぎない?


 これではいくら精霊が好意で幸運を運んできてくれたとしても、周囲の豪運に引っ張られて相対的には損をしていそうだ。


 ……うう、なんだか、むなしくなってきました。


 他人ひとを羨んでも仕方がない、と思考を切り替えることにする。

 他人の幸運を妬んでも、実りなど一つもないのだ。

 それだったら、妬んでいる時間を使って少しでも早く秘術を復活させた方がいい。


 ……とりあえず、ムスタイン薬についてはセドヴァラ教会から材料を取り寄せるだけでよさそうなところが幸運でしたね。


 幸運もなにも、早くグルノールの街へ帰りたいという私を気遣って時間がかかりそうな処方箋は除外されていたようなのだが。

 今は冷静な指摘など、気づかない振りをしておく。

 とにかく一つひとつ完成させていくしかないのだ。

 妬んだり拗ねたり羨んだりしていても、なんの役にも立たない。

 それらの後悔は、全部終わったあとでゆっくりすることにした。

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