第36話 天からの神託
会議は四十五分ほどで一度休憩となった。
短い気もするのだが、あまり長時間議論をしていても疲れて前が見えなくなってくるため、適度に休憩を入れるようにしているのだとか。
……まあ、たしかに? 頭が疲れて正しい判断ができなくなったところで、おかしな採決を取られても困るしね。
意外なほどに聞き入っていたようで、私の肩からも力が抜ける。
ただ外から会議を眺めているだけという約束なのだが、ガラスの向こうの真剣な雰囲気に飲まれてしまったのだろう。
……あ、目が合った。
ガラスの向こうのクリストフと目が合い、あちらからは見えていないはずなのだが、つい会釈をする。
この辺りは日本人の悲しい
一時退席していくガラスの向こうの部屋に、すっかり冷めてしまったお茶を飲もうとしたのだが、キュウベェが温かいお茶に入れ替えてくれた。
……新しいキュウベェは有能だね。
飲み頃の温かさになったお茶を口へ含むと、扉がノックされる。
はて、誰だろう? と首を傾げていると、会議の場にいたはずのクリストフがアルフレッドを連れて入ってきた。
「ご無沙汰いたしております、クリストフ国王陛下。本日はこのような大切な会議の見学を許してくださり、ありがとうございます」
「うむ。小難しいことばかり怒鳴りあっている会議で、退屈はしていないか?」
「退屈だなんて、とんでもございません。皆様熱心に議論を交わされていて、ついわたくしの肩にも力が入ってしまいました」
なぜか国王が入室してきたので、椅子から下りて礼を取る。
エセルバートも、クリストフが入ってきてからは椅子から立ち上がっていた。
前国王とはいえ、現国王の方が今は身分が上になる。
前国王、父親として敬うべき相手であることに違いはないのだが、身分上の力関係はどうしても現国王が勝るのだ。
急遽椅子が二脚増やされ、クリストフとエセルバートが席に着く。
なぜか私はアルフレッドのエスコートで椅子に座り直すことになった。
……でも、なんでクリストフ様がここに? 今って会議の休憩時間だよね?
私の疑問はいつもどおり
クリストフはこともなげに私の疑問へと答えてくれた。
「……クリスティーナの所には新しいチーズケーキがあると聞いてね」
「本当に、どこから情報が漏れているのですか」
エセルバートといい、クリストフといい、呼び出されでもしない限りは交流のない二人だ。
カリーサにチーズケーキの改良をしてもらっているのはここしばらくのことであったし、その『ここしばらく』はエセルバートにも会ってはいなかった。
いったい何処から聞いた話なのか、と聞いてみれば、クリストフにチーズケーキの情報を漏らしたのはアルフレッドらしい。
言われてみれば、アルフレッドは離宮へと頻繁に顔を出しているため、改良途中のチーズケーキも食べていた。
クリストフの情報源は、エセルバートほど謎ではなかったようだ。
少しだけ安心をして、エセルバートへも聞いてみる。
「エセルバート様も、アルフレッド様から聞いたのですか?」
「いや、わしの場合は手の者を天井に潜ませておってな」
「戻ったら離宮の天井を掃除します」
天井に曲者がいるのなら、犬たちが反応しないはずはないと思うのだが、あくまで潜んでいるのは『手の者』であり、『曲者』ではないからだと教えられた。
エセルバートが潜ませている者は、いざという時には私の護衛にもなるようで、そのため犬たちからは排除対象として認識されていないらしい。
いくら天井を掃除しようとも、その間は別の場所へと移動していればいいだけなので、掃除は間者避けにはならんぞ、とも指摘されてしまった。
「会議を覗いていて、どう思った?」
「……これは確かに時間がかかるはずだ、と思いました」
前世の国会中継とはまるで違い、足の引っ張りあいなど誰もしていない。
みんな真剣に、どの薬を優先的に復活させるべきかと話し合っていた。
感じたことを感じたままに伝えたのだが、なぜかエセルバートから包みを頂いてしまった。
「なんですか? 正解すると、お菓子がいただけるのですか?」
クリストフたちに都合の良い答えを言うと、ご褒美にお菓子がもらえるのだろうか。
とりあえず頂いたものを確認しようと包みを開くと、中には皿焼きが入っていた。
「今年はグルノールの三羽烏亭はお預けじゃからの。わしの料理人に言って、皿焼きを作らせた」
餡子もたっぷりじゃよ、とウインクされてしまえば、あとはもう買収されるしかない。
プリンやチーズケーキも美味しいが、和菓子はまた別格に大好きだ。
王都には三羽烏亭がないので、グルノールの街に帰るまで和菓子はお預けかと思っていたのだが、意外なところから餡子に出会うことができた。
「アルフレッドの狙い通りになったな」
「アルフレッド様の狙い、ですか?」
「そなたならば実際の会議を見せれば、遅いという文句は飲み込むだろう。……アルフレッドがそう進言したので、今回の会議を見学させることにした」
「……見事にアルフレッド様の目論見どおりですね」
たしかに、真面目に会議しているさまを見せられては、「遅いぞ、まだか」「私を王都へ縛り付けておくために、わざと会議を長引かせているのではないか」といった邪推は消える。
あれだけ真剣に話し合っているのなら、なかなか決まらないのも道理である、と。
「写本を作りながら、もう少しおとなしく待っておりますので、よく話し合って、納得のいく結論をだしてください」
「……では、もめている一つはクリスティーナに決めてもらうことにしよう」
「え? わたくしが決めて良いのですか?」
たった今まで白熱する会議を見せられ、もう少し待ちますという結論になったはずなのだが、クリストフは復活させる秘術の一つを私に選ばせてくれるという。
これが決まれば、少なくとも延々とした写本作業からは脱出できるはずだ。
「わたくしが選ぶと適当に決めることになりますが、よろしいのですか? 皆様かなり真剣に話し合っていたと思うのですが……」
「今のままでは三つを選ぶのに一年はかかりそうだからな。とにかく一つでも決めてしまえば、尻に火がついたと、先に進むだろう」
さすがに一年は待ちたくないです、と出かかった言葉を飲み込んでいると、クリストフが紙へと一覧を書き始めた。
横から覗いてみると、私が提出したリストの一部と同じ文字列が並んでいる。
「これは先日の会議で『後回しにしても良い』と除外されたものだ」
この中から好きに選ぶといい、とクリストフに一覧を手渡された。
除外された、と言っているものの中から選んでも、本当にいいのだろうか。
不思議に思って聞いてみたところ、除外されたおかげで、現在の会議では話題にも上がっていない、と教えてくれた。
そして、後回しにはできるが、必要ではない、というものでもないのだ、とも。
「……それでは本当に、適当に、選ばせていただきます。アミダくじにしましょう。運次第ですよ」
アミダくじとは? と聞かれたので説明したところ、アルフレッドからは「本気で運任せだな」と少々呆れられてしまった。
いつかは他の
一覧にはエセルバートに番号を振ってもらい、アルフレッドに梯子を描いてもらう。クリストフにはそこへさらに数本梯子を追加してもらい、線の下にはレベッカに番号を振ってもらい、私から見えないように紙をグルグルと巻いてもらった。
「さて、どこを選びましょうかね?」
サイコロでもあれば振って終わるのだが、残念ながらこの場にサイコロはない。
では、どうするのか。
少しだけ考えて、一番オーソドックスな方法を選ぶことにした。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な。て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り」
……あれ? もう少し長かった気がするけど、なんだっけ?
棒の間は二周ほど移動したのだが、なんとなく物足りない。
もう少し選びたいぞ、と考えて、適当に言葉を続けることにした。
「レ・オ・は・や・く・か・え・って・こ・い。コ・ク・ま・ろ・か・わ・い・い。カ・リー・サ・おっ・ぱ・い。プ・リ・ン・す・き・す・き・あ・い・ら・ぶ・ゆー」
最後の方は我ながら本当によくわからないのだが、とにかく指の止まった場所が、私の選んだ場所だ。
巻いてあった紙を広げ、選んだ線を下へ、下へと指でなぞって行く。
「これに決めました。えっと……パント
……あれ? これって?
気のせいでなければ、お后の解毒薬の一つだったはずだ。
除外された一覧に入っているとは、本気でクリストフは公私を分けていたようである。
こそっとクリストフの表情を盗み見れば、僅かに目を見開いている気がした。
「これに決めました」
「選び直しても良いぞ」
「アミダくじで決めましたから、パント薬でいいです」
選び直しが許されるのなら、会議で決めるのと大差はない。
運次第で選ぶといって、その運でお后の解毒薬を引き当てたのだから、素直に受け入れておけばいいのだ。
いくら国民が大事とはいえ、妻だって大切なはずである。
奥様も大事にしてください、と非難を込めてクリストフを見上げると、クリストフは若干困ったような顔をした。
なんとなく違和感を覚え、アミダくじが行なわれた紙へと視線を落とせば、横からアルフレッドに紙を攫われる。
……うん?
なにか変だな、とアルフレッドを見上げると、アルフレッドはアルフと同じ顔をして綺麗に微笑む。
アルフがなにか企んでいる時の顔だ、とは気がついたが、アミダくじで復活させる薬を選んだのは私だ。
アルフレッドがなにかを企む余地などない。
「こちらとしても都合が良いから、パント薬で良いと思われます、国王陛下」
「そうじゃぞ、国王陛下。なにしろ、パント薬を選んだのは、他ならぬお嬢さん自身じゃからな。わしらは何もしておらん」
自分たちは何も悪くないし、何もしていない、と顔を見合わせて頷きあう祖父と孫に、どうやら私が失敗をしたらしいと確信する。
何が問題なのだろう? とパント薬についての記述を思いだしてみるのだが、特にこれといってひっかかりはない。
「……何が問題なのですか?」
結局自分では失敗らしい失敗を見つけられず、クリストフへと答えを求めてみる。
顔を見合わせている祖父と孫では、適当に答えをはぐらかされる気がした。
「パント薬は材料となる素材の在庫がないため、素材集めから行なう必要がある。素材の採れる季節も関係してくるため、すぐには作業に取り掛かること自体できないだろう」
てっきり公私を分けてお后の解毒薬になるパント薬を避けたのかと思ったのだが、実は時間がかかりすぎるということが問題だったらしい。
運に任せて選んでみたのだが、結果は惨敗だ。
「……アルフレッド様が『都合が良い』とおっしゃられるのは?」
「どのみち今は国境からおまえを退避させておきたかったからな。自分から時間のかかる秘術を選んでくれて、こちらとしては大助かりだ」
下手に恨みを買うこともなく、自業自得で王都に長期滞在することになった。
あれもこれもと理由を付けられて滞在を伸ばされるよりは、自己責任であるだけ諦めがつくだろう、ともアルフレッドは言う。
「失敗しました」
「厳正なるくじ引きの結果だ。諦めろ」
さまざまな理由でもって後回しでいい、と避けた薬の一覧の中から、たまたま一番時間がかかりそうなものを私が選んでしまっただけだ。
「あと一言ぐらい、レオの悪口を言っておくべきでしたっ!」
悔やんでしまってももう遅い。
アミダくじという方法を決めたのも、線を選んだのも私自身だ。
これは甘んじてくじの結果に従うしかなかった。
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