第35話 覗き部屋からの会議風景

「なっがーい! ……むぐっ!?」


 会議があまりにも長い、と不満を口にした途端に、口の中へとプリンを載せたスプーンが押し込まれる。

 黙れ、という意図を持ってプリンを押し込んできたのはアルフレッドだ。

 王都に戻ってきてからというもの、アルフレッドは三日に一度ぐらいの頻度で様子を見に来てくれている。

 確かにありがたいのだが、仕事は良いのだろうか。

 一度そう思って聞いてみたところ、ちゃんと仕事を終わらせてから顔を出してくれているらしい。

 私生活を充実させるためには、面倒な公務ぐらいなんということはないのだとか。

 さすがと言えばさすがである。


「……しかし、今回のプリンは少しおもむきが違うな。このパリっと割れる感触が良い」


「バシリア様とお茶会をした時に、バシリア様のケーキでやっていた方法を真似てみました。クレームブリュレモドキです」


 バシリアはカスタードホイップを塗ったケーキに砂糖をまぶして焼きごてを当てていたが、私はプリンそのものに砂糖と焼きごてを当ててもらった。

 本物のクレームブリュレは前世でも食べたことがないが、なんとなく材料は察することができる。

 ようはプリンとたいして変わらないだろう、とプリンに焼きごてを当ててみたのだが、私の感想としてはプリンの上下が入れ替わった程度だろうか。

 どちらも結局はカラメル味だ。


 ……本物のクレームブリュレを知ってる転生者がいたら、怒られそうだけどね。


 美味しければいいのだ、と開き直ってプリン改めクレームブリュレモドキを口へと運ぶ。

 食べたことはないが、食べている映像は見たことがある。

 小さな器に入っていたので、本当はプリンのような固まったものではないかもしれなかった。


「それにしても、会議が長いですね。まだ決まらないのですか? けっこう待っていると思うのですが」


 パリパリとカラメルと割りながら、未だに決まらない復活させる秘術に、顔も知らないセドヴァラ教会の人間とクリストフを少し恨む。

 どちらも真面目に仕事をしているはずなのだが、それにしても会議に時間がかかりすぎではなかろうか。


「もう、思い切ってサイコロとかウプナロットで決めたら良いと思います」


 処方箋レシピの発見できた薬はまとめてリストにし、渡してある。

 それと睨めっこをして、さらに何日も会議をしているというのに結論がでないのだ。

 いっそ運に任せてみるのもひとつの手だろう。


「……あと十日以内に決めなければ、三つというお約束を二つに減らすと宣言してはいかがでしょうか?」


「そんなことを言えばさらに会議が長引くぞ」


 冗談でもそんなことは言うな、とたしなめられてしまったので、わりと本気であるという言葉は飲み込んだ。

 私が寂しくないようにと、カリーサだけではなくエルケとペトロナまで王都へ送り込まれてきている。

 いつかはちゃんとグルノールに戻りたいが、今すぐ帰りたいと駄々をこねるほどではなかった。


「……でも、やはり長すぎると思うのです」


「つまり、会議の経過が見えないから、余計に待たされていると感じているのだな?」


「そう、かもしれません」


 言われてみれば、そうかもしれない。

 リストとして纏めて提出して以来、私はひたすら気軽に使えるよう自分の写本を作っているが、それだけだ。

 どれとどれに決まりそうだとか、どこで揉めて決まらないだとかの話が一切私の耳へは届いていなかった。


 ……決定だけ聞かせてやろう、って考えなのかもしれないけどね?


 私としては、放置されている気分になってくる。

 今どういった話になっているのかが見えなくて、そこで作業が止まっているようにしか思えないのだ。


「一切の発言を許さない、という条件でなら、会議を見せてやれるぞ」


「良いのですか?」


「本当に、見ているだけだからな。おまえに打ち合わせもなしに思いつきで勝手なことをしゃべられては敵わん」


「お邪魔なんてするわけがないではありませんか。薬が作れなければ、わたくしがグルノールへ帰れるようになるのが遅くなるだけなのですから」


 少しだけ胡散臭そうな顔をして肩を竦めるアルフレッドに、譲歩してくれたようなので、と私も用意していたお土産を披露する。

 二つの薬の名前と効能が書かれた紙に、アルフレッドは頬を引きつらせた。


「ティナ、これは?」


「写本の過程で見つけた、処方箋の追加です」


「……こういったことをするから、なかなか決まらないのだと思うが」


 ため息混じりに紙を受け取るアルフレッドに、今度は「アミダくじで決めてはどうか」と半ば本気で提案してみる。

 私からしてみればどの薬を復活させるのでも大差はないのだが、為政者アルフレッドたちにはやはり違うらしい。

 そんなに簡単には決められない、とちょっぴり頬を抓られた。







 宣言どおりにアルフレッドが私を会議へと招待してくれたのは、それから四日後だった。

 発言をしない約束ではあったが、大人たちが会議をしている場へと潜り込むため、正装に身を包む。

 私の正装は、冬服ではあるが相変わらずの軍服風ワンピースだ。


「……あれ? ガラス張りのお部屋、ですか?」


 案内された扉を抜けると、そこは薄暗い部屋だった。

 薄暗いのだが、奥の方はガラスがあり、その向こうには半円形に机や椅子が並んでいるのが見える。


「お嬢さんの離宮にもあったじゃろう。これは仕掛け鏡じゃ。向こうからは鏡に見えるガラスを使っておる」


「あ、だから部屋は薄暗いのですね」


 部屋自体の仕組みを聞けば、薄暗いことも納得ができた。

 離宮の隠し通路の明り取りに使われていたマジックミラーと同じものだ。


「こんにちは、エセルバート様」


 挨拶があとになってしまったが、と先客のエセルバートに淑女の礼をする。

 アルフレッドからは会議を覗かせてやるとしか聞いていなかったので、エセルバートが同じ部屋にいて少し驚いてもいた。


「エセルバート様は会議へ出席なされないのですか?」


「前国王など、会議に出席しても邪魔なだけじゃよ。たまに相談役として呼ばれることもあるが、今日はお嬢さんの話し相手じゃな」


 会議を見たがった私が飽きて暇をしないように、という配慮らしい。

 気持ちは嬉しいのだが、どこまで本当かは謎だ。

 椅子が二つ用意されたテーブルセットには、お茶菓子がたくさん用意されていた。


 キュウベェのエスコートでエセルバートの隣の椅子へと腰を下ろす。

 すぐ横へとついて来た黒犬オスカーが特に反応をしていないので、テーブルの上のお菓子は食べても大丈夫なものだ。


「お菓子がいっぱいですね。私もカリーサにチーズケーキを焼いてもらったのですが……」


「少し変わった方法で作るらしいな。聞いておるぞ。わしも一つ味わってみたいと思っていたところじゃ」


 まだバシリアへも渡していないので、蒸し焼くチーズケーキは離宮の中でだけ食べている。

 いったい何処から「聞いた」のか、とツッコミたい気はしたが、無駄に終わると判っているので最初から聞き流す。

 エセルバートの情報網については、年の功か私にはまったく太刀打ちできないものだ。

 ここで文句を言ったところで仕方がない。


 ……いつか出し抜いてやりますけどね。


 レベッカの切ったチーズケーキがエセルバートの前へと置かれ、私のお茶はキュウベェが淹れてくれる。

 ガラスの向こうではこれから会議が行なわれるはずなのだが、この小さな部屋は完全にお茶会ムードだ。


「ふむ、普通のものよりしっとりしておる気がするの」


「蒸して焼いた効果だと思われます」


 味を調えるため、カリーサがその後何度か作ってくれているが、しっとり感はやはり蒸し焼いた効果だと思えた。

 天板に水を張らなくともケーキは焼けるのだが、焼き色や口に入れた時のしっとり感が全然違う。


「これも前の知識からかの?」


「前は前ですけど、聞きかじりの方法でしかないので、改良はカリーサが頑張ってくれています」


 材料の量など、基本のレシピは王都にあるお店のレシピだ。

 少し改良案として口を挟んだだけで、このチーズケーキはこの世界の味と言えるだろう。







 まったりとお茶を楽しみながら始まった会議は、前世で見た国会中継とはまるで雰囲気が違うものだった。

 まず、誰かが意見を述べている間に野次を飛ばして発言を遮る者は一人もいない。

 私語を話している者も、居眠りをしている者もいない。

 そして、とにかく前向きな発言が多い。

 他者の意見を否定することよりも、肯定しつつもより良い意見を出そうとしているようだ。


「なんていうのか、……まったく違いますね」


 日本の国会中継とはまるで違う。

 言葉を濁してみたところ、エセルバートは不思議そうな顔をした。


「お嬢さんはこういった会議を見たことがあるのか?」


「本来はこういった会議のはずなのですが、実態は足の引っ張りあいと不毛な野次合戦でしかないものでしたら、見たことがございます」


「それは本当に国の要人の集まった会議じゃったのかの?」


「そのはずだったのですが、ね……」


 なんとも言えない気分になって、言葉を濁す。

 民の未来を憂えて正面から議論を交わす目の前の会議と、「会議なんてボイコットしてやるぜ」「これで審議ができないだろう」とドヤ顔をしている日本の議員たちの集まりを比べることは、あまりにも失礼な気がした。


「……でも、なかなか決定が出せない理由はよく解りました」


 セドヴァラ教会の主張は大陸規模で必要な薬を挙げ、杖爵たちは冬に向けて国内で猛威を振るうと予測が立てられている薬を選びたがっている。

 意外というのか、やはりというべきか、クリストフは后の解毒薬は後回しにするという選択をしたようだ。

 というよりも、公正な王としては妻の解毒薬だからといって優先はできないのだろう。

 故意に後回しにしている気もする。


「とりあえず三つとは言いましたけど、他の薬を作らないとは言っていないのですけどね」


「時間次第では助かる命がいくつもあるじゃろう。オレリアの死で途絶えた秘術が、こんなにも早く復活できるかもしれぬという朗報に、みな縋りつきたいのじゃ」


 さしあたっては、国内では終息したが、他国ではまだ収まっていないワーズ病の特効薬が求められるだろう、とエセルバートは言う。

 ワーズ病の薬はセドヴァラ教会としても、次の発生に備えるという意味ではこの国でも必要な薬だ。

 判りやすく、今一番求められている薬である。

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