第8話 シェスティン嬢からの手紙

 闘技大会の数日後、レオナルドがうっかり国で最強の騎士になってしまった効果が現れた。

 私への恋文の数が、目に見えて減ったのだ。

 これは嬉しい追加効果だった。


「だいぶ減りましたね。スッキリです」


 よきかな、よきかな、とそれでも送られてきた勇者三人の封筒を眺める。

 あとはこの三人が諦めてくれれば、レオナルドによる妹に寄り付く悪い虫掃討作戦は終わるはずだ。


「ティナの嫁入りの第一条件は『俺よりも強い男』と添えて返信してやったからな」


「それじゃあ、この国ではもう誰もわたくしに求婚はできませんね」


 恋文をただ返送するのではなく、レオナルドは律儀に一言添えていたらしい。

 結果をみれば、我が兄はいい仕事をしてくれたと思う。

 白銀の騎士の騎士団長に勝利したのだから、レオナルドは王都へと戻ってきて騎士団長に就任するべきだ、とレオナルドは突き上げを食らっているらしいのだが、私の元へはあまり詳しい話は聞こえてこない。

 フェリシアが簡潔に聞かせてくれた内容によると、レオナルドは簡単には砦から引き離せない状況にあり、今年闘技大会に出たのは特別なことである、とクリストフが庇ってくれているそうだ。

 レオナルドが黒騎士として民を守りたいと言った時にもこれを認めてくれたそうなので、クリストフはレオナルドに甘いのだろう。


「ティナは俺のお嫁さんになるか?」


「レオナルドお兄様は子どもが欲しいと思うから、やめておきます」


 エセルバートに産みたければ産め、とは言われたが、これはレオナルドへは伝えずにおく。

 うっかり伝えたら、レオナルドなら私が大人になるまで待っていかねない。

 私が大人になるのは、九年後の予定だ。

 九年後のレオナルドは、三十三歳である。

 その歳まで実子がお預けというのは、少しどころではなく気の毒だ。

 九年後のレオナルドに恋人も嫁もいなかった場合には考えてもいいが、私が十一歳の今決めてしまうのは別の意味でも気の毒になる。


「子どものことなら、養子を貰うという方法があるが」


「わたくしを婚約者にした場合、娼館の利用は浮気とみなします」


 養子を貰う、とレオナルドなりに真剣に考えているようなので、私も少し意地悪な現実を突きつけてみる。

 肉体関係のない予定の夫婦であっても、浮気は浮気だ。

 婚前であっても、後であっても、娼婦の利用を自分の恋人や夫に許す気はない。


 今日から一生娼婦の世話にならない覚悟があるのなら婚約しましょう、と最高の笑みを浮かべて見上げたら、レオナルドはそっと目を逸らした。

 私の兄は、今後も娼婦のお姉さま方の世話になるようだ。


「……まだいくつか恋文が来るようだな」


「話題を逸らしましたね?」


 まあ、いいけれど、と話題の変換に付き合う。

 私の嫁入り問題など、あまり突いてはレオナルドが可哀想な話題だ。


「この手紙は内容がお世辞だらけで、自分に惚れさせれば条件も撤回するだろう、って心得違いしているようです」


 よくもまあ会ったことのない人間をここまで褒められるものだ、と違う意味で感心する。

 上辺だけの褒め言葉を並べた教本があるとすれば、この恋文たちのことだと思う。

 並べられた言葉は綺麗なのだが、どれも上辺だけの言葉で、私に対してではなくとも通じる型どおりの文面だ。

 真面目に取り合うだけ馬鹿をみる。


 ……結婚なんてまだまだ考えてないし、知らない男の人に異性として見られてるとか恐怖だし、まだ十一歳こどもの私に恋文送ってくるとか、どう考えてもロリコンだし。


 とにかくお断りだ、としめくくり、封筒を小箱に片付けた。

 一度つき返しても届けられたしつこい恋文は、こうして溜め込んで、いつか弱味として使わせていただくことにする。

 アルフレッドから教わった、社交術の一つだ。


 ……や、これ絶対社交じゃないけどね。


 そうは思うのだが、気ののらない恋文を納めた小箱を見下ろし、そっと蓋をしめる。

 いつか武器として使うことなどなく、笑い話として燃やせるものになってくれることを祈った。







 諦めない恋文の主が五人に回復したが、おおむね平和に数日がすぎる。

 アルフレッドが聖人ユウタ・ヒラガの研究資料をグルノールから持ち帰ってくれるまではできることがほとんどないのだが、それでも少しはやれることがあった。

 王都のセドヴァラ教会に移ったらしいバルバラへと手紙を書くことも、その一つだ。


 内容としては、私の近況と、オレリアの遺品を送ってくれたことへのお礼、それから近々手伝ってほしいことがあるかもしれないという打診になる。

 まだ計画どころか草案もいいところという段階なので、はっきりとは書けないのが辛いところだ。

 いろいろと暈す表現を入れる必要があるので、ヘルミーネに相談しつつ、添削を受ける。


「お嬢様、マルコフ家のシェスティン様からお手紙が届いておりますが……」


 ヴァレーリエにしては切れの悪い言い方だな、とかすかに首を傾げた。

 侍女として働く普段のヴァレーリエは、言葉のあとに余韻を持たせない。

 今の場合なら、「お手紙が届いております」とはっきり言い切るはずだ。


 なにか変だな、と思いつつも、運ばれてきた封筒に視線を落とす。

 すでに開封されている封筒は、中身が確認されたあとだ。


 ……宛先わたしに渡す前に、侍女おとなが確認する必要のある手紙?


 なんとなく手に取りづらく、ヴァレーリエとレオナルドの顔を見比べる。

 差出人が知らない人物ということもあって、少しだけ警戒してしまった。


 ……うん? 知らない人? ホントに知らない人?


 聞いたばかりの名前を思い返し、僅かながらも記憶に引っ掛かりがあることに気がつく。

 すぐに思いだせる人物ではないが、よく考えると名前には聞き覚えがある気がしてくる。


「シェスティン様は、杖爵家の次期御当主になられる方です。お嬢様を極内輪で行なわれるお茶会へ招待したい、という旨のお手紙でした」


「極内輪なお茶会、ですか? 呼ばれる覚えもないのですが……?」


 手を出しかねている私に、ヴァレーリエが手紙の中身を要訳してくれた。

 ついでに爵位まで教えてくれたのだが、なんだか思いだせそうだった記憶が遠のいたような気もする。


「……お嬢様は、シェスティン様の妹様とご友人なのでは? 手紙にはそのように書かれていましたが」


「杖爵家のお友だちなんて……」


 いない、と言う前に、レオナルドが横で思いだした。

 爵位と差出人の名前で言われるから、判らなかったのだ。

 マルコフだけであれば、私でも気づけたかもしれない。


「たしか『シェスティン』は、ジェミヤン殿の長女の名前だったな」


「ジェミヤン様の長女の妹……というと、バシリアちゃんですね」


 バシリアの名前にたどり着くと、あとは点と点が線で繋がるのは早かった。

 ラガレットの街でもエセルバートやスケベイに、ジェミヤンと接触することは心配されていたはずだ。

 ラガレットを囲むように位置する砦の主であるレオナルドは、ジェミヤンにとって目の上のこぶのような存在だろう、と。

 そのレオナルドの妹に対し、ジェミヤンがどのような行動に出るかはわからない、と。


 ……実際にはかなりお世話になったし、今は刺繍絵画のおかげで良好な関係だと思うけどね?


 おそらくは似たような心配をされて、マルコフ家からの手紙を警戒してくれたのだろう。

 中身が確認されているのも、そのためだ。


「ええっと……?」


 相手がどこの誰か判れば、私の中の警戒心は消える。

 少し前までは手を伸ばしかねていた封筒をとり、自分の目で手紙の内容を確認した。


 丁寧な挨拶にはじまり、自分の領地であるラガレットの街では誘拐事件に巻き込まれて迷惑をかけたと詫びの言葉が続く。

 それから妹であるバシリアが王都へと来ているという話になり、歳の近い友人同士、久しぶりに会って話でもしてはどうか、というお茶会への誘いが綴られていた。


「……つまり、バシリアちゃんの相手をしてくれ、ってことですかね?」


「ティナさん、言葉遣い」


 伸び伸びとした感想が口からもれて、即座にヘルミーネに窘められた。

 淑女らしい言葉に言い直しながら、これからの予定を考えてみる。


 ……研究資料が届いたら忙しくなるし、今のうちに会っておこうかなぁ?


 春にラガレットの街で、一度お泊りの予定を土壇場でキャンセルしていた。

 あれは第八王女に驚いて私が取り乱してしまったせいだったが、バシリアがお泊りを楽しみにしていたとしたら、悪いことをしたかもしれない。

 出会いはとにかく我儘で傲慢な少女だったが、手紙でのバシリアの人格は少し甘えん坊で寂しがり屋な少女である。

 もしかしなくても王都まで会いに来てくれたのだろうことは判るので、この誘いには乗ることにした。

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