閑話:レオナルド視点 小さな淑女 1

 兄の贔屓目を抜きにしても、うちのティナは可愛いと思う。

 先日の追想祭で着ていた花の女神メンヒリヤの衣装も、とても可愛らしかった。

 もともとは花の女神メンヒリヤの衣装だったとは思うのだが、ティナはまだ少女の域にようやく手が届いたぐらいの幼い外見をしているので、どちらかといえばメンヒリヤの六人の娘の誰かだ。


 ただ女の子にとって『可愛らしい容姿』というものは、時として仇となる。


 メンヒリヤの娘の仮装をしたティナをどこで盗み見たのか、ティナに興味を持ってさまざまな接触を試みる者が出始めた。

 これがテオぐらいの年齢で、ティナの髪を引っ張って気を引こうという程度の悪戯であれば自分も通ってきた道なので解らなくもないが、四十を越えた忠爵から恋文まがいの手紙が送られてくるとなると話は別だ。

 いい大人が未成年ティナ相手に埒もない手紙を送るなど、なにを考えているのかわからない。


 あまりに酷い内容の物は、ティナに見せることなく保護者おれの元へと寄こすように言いつけてある。

 あとは差出人の名前から要注意人物の一覧を作り、様子を見つつ対処した。

 ただ手紙を送ってくるだけならば無視をしておけばいいが、離宮に侵入しようとしたり、ティナを攫おうとしたりしようものならば、物理的に排除をする面目が立つ。

 むしろ二・三人物理的に排除すれば他への牽制になると思うので、そういった意味では馬鹿が出ないかと待ってもいた。

 なにしろ、離宮の警備は当てにならない白騎士が多い。

 離宮の主が王女であれば馬鹿な真似をする白騎士はさすがに出ないが、ティナの出自は隠されている。

 となれば、ティナをどこの馬の骨ともしれないと侮った白騎士が、金品につられて不審者の侵入を手引きしないとも限らなかった。


 ……離宮の警備を、せめて黒騎士に替えられないものか。


 とにかく、白騎士はあてにならない。

 ほとんど貴族の子息が面目上つくだけの職でしかないので、実力もなければ矜持もない。

 守護が仕事であるはずだとしても、守護の対象が平民と知れば、自己の判断で主従を入れ替えるだろう。

 白騎士というのは、それほどまでに役に立たない。

 実力が黒騎士に届かないながらも、誰かの剣や盾でありたいというような気骨のある白騎士は、本当に極稀だ。


 ……今はエセルバート様とアルフレッド様が気にかけてくださり、白銀の騎士が一人護衛に付けられているから、理由わけあり王女かなにかと思われてはいるようだが。


 だからといって、安心はできない。

 騎士としての能力は劣るが、貴族というものは情報を尊ぶ生き物でもある。

 いつ、どこからティナの素性を仕入れてくるか、まったく油断ができなかった。


「ディートフリート様からの手紙はまったく相手にしていなかったが、今度の手紙はティナがはっきりと嫌な顔をしています。早急になんとかしてやりたいのですが……」


「大半の手紙はティナがもう少し社交的になれば、勝手になくなるだろ」


 むしろ証拠として手紙を保存しておき、なにかのおりに弱みとして使ってやれ、と俺から離宮の近況を報告として受けるアルフレッドは笑う。

 なんだったら自分が有効利用してやるから、恋文をまとめて寄こせ、とも。


「ティナが社交的になれば勝手になくなるというのは?」


「ティナは確かに可愛い女児だ。あれならアルフの横に並べて置いても良い。それほど愛らしい」


 少し皮肉めいた顔つきで、アルフレッドがティナを称する。

 重ねて同じことを言っているが、つまりはティナの容姿は可愛らしいという話だ。

 まさか『アルフの横に置いても良い』と言えるほど、アルフレッドがティナを気に入っているとは思わなかった。

 ただし、今の台詞の中には容姿を褒めるものしかないのが気にもなる。


「……しかし、追想祭のアレを見て熱に浮かされるような者であれば、ティナの中身を知れば幻想は壊れるから、放っておいて害はないぞ」


 精霊のように可憐で儚げな容姿をしていようとも、中身は外見に似合った淑やかな少女ではない。

 王都までの旅程でティナを身近く観察することになったアルフレッドは、ティナが俺の足を蹴るところも何度となく見ているし、知恵が回って存外したたかである性格も知っている。

 容姿だけで惹かれたのなら、中身を知れば勝手に幻滅するだろう、と。


「……ティナは中身せいかくも可愛い」


「あの性格も含めて私も気に入っているが、まあ……あの見た目から期待する中身ではないな」


 改めて指摘されると、正論ではある。

 悔し紛れに反論をしてみるのだが、反論すらも受け入れられてしまえば、それ以上はもうなにも言えない。

 俺にとってティナは可愛い妹だが、世間一般的には『残念』と頭につく美少女に分類されるのだろう。


「ただ、中身はどうあれ、ティナは美女になると約束されたような顔をしているからな。早めに嫁へ出した方がいいぞ」


 後ろ盾の弱い美女など、不幸になるだけだとアルフレッドは言う。

 早々に嫁へとだして、嫁ぎ先の館で夫に囲われるのが一番平穏な暮らしができるだろう、と。


「国としてティナを囲い込むのなら、嫁になど出さずに離宮へ閉じ込めるな」


 ティナ自身の幸せを思えば嫁に出すという選択肢があるが、国としての考えは違う。

 ティナは貴重な、日本語が読める転生者だ。

 嫁に行って誰かの妻となり、妻の役目として子を孕む。

 次に待っているのは、出産という命がけの仕事だ。

 できるだけ長く生きて日本語を読んでほしいティナに、命の危険が伴う出産などという大仕事はさせたくはない。

 とすれば、結婚などさせずに離宮へ閉じ込めておくに限る。

 幸いなことにティナは内向的な性格をしており、滅多に外出をしたいとは言い出さない。

 離宮に閉じ込めたとしても、さほど不満は感じないだろう。


「国としてはもう一つ、出産の危険さえなければ父上が娘に、と欲しがってはいるが……」


 国王クリストフの娘に、ということは、四人いる王子誰かの嫁に、ということだ。

 第一王子にはティナより年上の子どもがいたし、第二王子は王爵を持たないのでこの場合の候補にはならない。第三王子はアルフへの愛を叫ぶアルフレッドであったし、第四王子は逆にティナより年下だ。

 年齢的に釣り合う王子は、クリストフの孫に一人いるだけだった。


「これでもか、と勝手を言うのなら……形だけおまえに嫁がせて、おまえはあくまで嫁を妹として扱い、子どもは作らせない、あたりか?」


 言葉だけを真に受ければ怒るべき内容だとは思うのだが、アルフレッドのこれはただ可能性を並べているだけだと解っている。

 国にとっての理想的なティナの未来。

 子どもを産ませず、ティナを閉じ込めず、そのくせ呼びつければティナを連れて王都へとやってくることに疑問を挟まない夫。

 少なくとも今のティナは俺を家族あにとして慕ってくれている。

 俺が一生家族として側にいることには、それほど抵抗はないだろう。

 世間的な呼び方が『兄』から『夫』に変わるだけで、実態は兄と妹のままなのだから。


「……そんな顔をするな。自分でも最低で最悪な利己的考えだと自覚して言っている」


 つとめて無表情を作っていたつもりなのだが、感情が顔に出てしまっていたらしい。

 アルフレッドは軽く肩を竦めた。


「これは国として考える、ティナを閉じ込める理想的な檻の話だ。この案には致命的な欠点があって、この案では国の宝である騎士が一人不幸になる」


 孤児である俺が、血の繋がった家族を欲している、というのは誰にでも想像がつくことなのだろう。

 血が繋がらない妹のティナですら手放したくはないのだ。

 ティナを手元へ置くためだけに、いつかは得られたかもしれない血を分けた子どもを失うのは痛い。


 ……そうは思うが、命じられれば俺はそうするんだろうな。


 頭ではティナにとってストレスのない環境が作れると判る。

 人見知りのティナが夫となる人物と新しい関係を作る必要がなく、俺もティナを手放さずにすむ。

 ただ、それだけだ。

 俺はティナ以外の家族を持てないし、ティナも俺以外の家族を持てない。

 どこまでも閉じた環境でしかなかった。


「そんな顔をするな、と言っているだろう。ただの案だ。私がそんな決定は下させないし、父上だってそんなことを望んでいるわけではない」


 国としての利益を考えての話であって、ティナと俺個人の幸せを無視するつもりはないのだ、とアルフレッドは続ける。

 なにより、ティナ自身が協力的であるため、閉じ込める必要がそもそもないのだ、とも。


「ティナの幸せ……というと、常々俺よりも強い平民の婿を見つけるのが目標だ、と言っているのですが」


「悪いことは言わない。『平民』という部分は訂正させておけ」


 平民の恋人や夫では、最終的にはティナを守れない。

 ティナの『日本語が読める』という有用性は歳を経ても失われるものではないが、美貌はいつか色褪せるものだ。

 平民の夫では、容姿に目が眩んだ馬鹿者けんりょくしゃからティナを守ることは難しい。

 貴族は己を厳しく律するよう見張られもしているが、なんにだって例外や見張りの目を逃れる者はいる。

 平民の美しい妻を奪う貴族だって、絶対に現れないとは言い切れないのだ。

 そういった人間に奪われた場合、若く美しいうちは大事にされるだろうが、年老いたあとまで大切にされるかはわからなかった。


「身を守るという意味では、婚約者を付けるのも良い手だぞ」


 ただし、この場合もやはり相手は貴族が望ましい。

 欲を言えば、杖爵家の者が用意できれば面倒が減っていいだろう。

 いずれにせよ、ティナが望むように平民のままでいることは難しい。


「……アルフレッド様にエスコートをされていた、ということでも妙な関心を引いたようなのですが」


「ティナの背後には私がいる、と解りやすくてよかっただろう?」


「確かに強力な牽制でしたが……」


 そのおかげで、アルフレッドとの繋がりを求める贈り物がティナへと届けられるようになった。

 花やお菓子といったささやかな物であればいいが、明らかに高価な贈り物の数々が。


「ティナから求めたのではなく、相手が勝手に送ってくるのだから、すべてありがたく貰っておけばいい」


 まだ十一歳だというのに、何人もの男から貢がれて、先が楽しみな美女っぷりだな、とアルフレッドは大らかに笑う。

 こちらから求めるのは問題だが、相手が一方的に送ってくるのだから、物だけ受け取って便宜を図らなくともなんの問題もない、と。


 ……ティナがアルフレッド様ほど図太ければ、それもできると思うんだが。


 俺に対しては遠慮がなくなってきたティナだったが、他人に対して同じ態度がとれるわけではない。

 自分が要求した贈り物ではないと言って、相手の求めるものを突っぱねることはティナにはできないだろう。

 毎日離宮へと送られてくる贈り物は、もうしばらく丁寧に送り返されるはずだ。

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