第21話 内緒話

 隠し扉に御酒を隠していたクリストフは、祭祀を真面目に行ったのは最初だけで、残りの時間はひたすら私と雑談をした。

 周到なことに、隠し扉の中には酒や肴だけではなく、リバーシ盤までもが用意されていて、あとはアルフレッドとあまり変わらない。

 リバーシをしながら、日本の話をねだられた。


 ……私も、あまり詳しくは知らないんだけどね?


 解る範囲で、聞かれるままに日本について話して聞かせる。

 クリストフは為政者ということもあってか、一番興味があるのは政治の仕組みや治水、道路交通に関するものだった。

 そんな話、ただの庶民でしかなかった私が詳しく語れる理由わけもなく、話せる内容は授業で習った程度のことしかない。

 しかし、それでもクリストフには面白かったようだ。

 そもそもの考え方や仕組みが違うため、表層的な話だけでも良い刺激になるのだとか。


 ……さすがに、日本の政治家については呆れてたね。


 テレビの国会中継で見た程度のことしか私も知らないが、足の引っ張り合いや野次合戦、居眠り議員などなど。

 思いだせる限りを語ると、クリストフは「それは本当に民が選んだ代表なのか?」と呆れていた。

 民主主義も、選挙も、素晴らしい試みではあるが、最上ではない、と。


 ……身分制度がないってことには、やっぱり驚いていたね。


 貧富の差から勘違いをしている者や、やはり一部の例外はいるが、日本には身分制度というものがなかった。

 少なくとも、私が生きていた時代はそうだ。


 日付が変わる頃になると、クリストフが場を片付け始めた。

 広げた菓子を集め、リバーシ盤をたたみ、酒瓶へと蓋をする。


「……ほとんどおしゃべりしかしていませんけど、祭祀はよかったのですか?」


「祭祀ならば最初にしっかり行ったぞ」


「え? でも、日付が変わる頃までかかると聞いていたのですが……?」


「まあ、王ともなれば他者ひとの目を気にせずに羽を伸ばせる機会などそうはないからな」


「あ、解りました。祭祀は最初のあれだけで、あとは一人でのんびりを満喫していたんですね」


 祭祀は日付が変わるまで続くのではなく、日付が変わるギリギリまで代々の王が一人の時間を堪能しているだけなのだ。

 アルフレッドはクリストフの祭祀を邪魔しないように、と言っていたが、実態を知らないのだろう。

 実態を知っていれば、「祭祀が終わったらすぐに出てきてもいい」とぐらいは言ってくれそうな気がする。

 祭祀の場であるこの場所は、地下にあるだけあって寒いのだ。


「ところで『精霊の座』をテーブル代わりに使ってましたけど、良いのですか?」


「丁度良いのだから、良いだろう」


 名前からして曰く付きの物のはずなのだが、今日の私たちはひたすらいすをテーブルとして使っていた。

 もしくは縁台だろうか。

 菓子やリバーシ盤を広げて、そこに座りつつひたすらにおしゃべりをしていた。


 ……たぶん、お菓子とか全部退かしたら神秘的な水晶なんだと思う。


 祭祀中は、確かに存在感のある『精霊の座』だったと思う。

 薄暗い地下神殿の中央に安置され、左右からかがり火で照らされた巨大な水晶。

 この『精霊の座』は、座と呼ぶだけあって、長椅子よりも広い平面があるのだが、やはり水晶は水晶だ。

 結晶が花開くように平面を飾り、『精霊の座』という名に相応しい厳かさでそこに存在していた。


 ……チーズケーキで全部台無しだけどね。


 子どもの好きそうなもの、ととにかく種類を集めたのか、お菓子の量が多い。

 あれも食べろ、これも食べろ、と次々に味を見させられたので、食べきれたお菓子は一つもなかった。


「お菓子、たくさん余りましたけど……どうするのですか?」


 捨てたら嫌ですよ、と言外に伝える。

 あれもこれもと手を出させたのはクリストフだ。

 手付かずであれば持ち帰って侍女や使用人に下げ渡すこともできたと思うのだが、半端に摘んであるため、それはしにくい。


「ふむ、持ち帰るか?」


 これとこれは気に入っていただろう、といくつかの菓子包みを抜き出す。

 クリストフが選び抜いたものは、たしかに私が美味しいと答えたものだ。


 ……よく覚えているなぁ。


 店の名前も教えてくれたのだが、残念ながら全部は覚えていない。

 私の記憶力はそれほどいい方ではないのだ。

 一度聞いただけでは、どうしても完璧に覚えることは難しい。


「袖もポケットもないので、お持ち帰りはできませんよ」


 袖のない古風な衣装を着ているため、菓子を持ち帰ろうと思ったら両手に抱えて行くしかなかった。

 私としてはそれでもよかったのだが、クリストフは困るはずだ。

 まさか隠し扉に食料を隠していて、祭祀と偽って長時間王様業務をサボっていました、と扉の外に控えている騎士やアルフレッドに知られるわけにはいかないだろう。


「服の中に入れればよかろう」


 クリストフは襟を広げる仕草をして、服の中を指差す。

 袖のない服ではあるが、腰帯はしていた。

 たしかに服の中へと入れるのならば、帯で留まって袋の役割は果たすだろう。


「……服の中にお菓子を隠すとか、わたくし、そこまで食い意地は張っていませんよ?」


「でも実行はするのであろう? ほら、この包みも気にいっていたな」


「ありがとうございます」


 食い意地は張っていないよ、と言い訳をしつつ、折角ご提案いただいたのだから、と服の中へと菓子の包みを忍ばせる。

 多少服の形が崩れて見えるが、まあ子どもが長時間着ていた服だ。

 着崩れることもあるだろう。


 ……欲張りすぎたかも? 少し肌がチクチクするよ。


 お気に入りとお勧めの小袋を服に潜ませて、残りは隠し扉の中へと片付ける。

 隠し扉の中へ片付けた物は、あとで人を使って回収するらしい。


 ……無理に持ち帰らなくても、無駄にされることはなかったのかな?







「……さて、では地上へ戻るとするか」


 菓子の包みが肌に刺さることを気にしていると、苦笑を浮かべたクリストフに手を差し出された。

 王都に来てからというもの、私のエスコートはレオナルド以外がすることが多い。


「わかっているとは思うが、ここでのことは内密にな?」


「わかっております。クリストフ様の祭祀が本当は一時間もかからずに終わっていて、あとの時間はのんびりお酒を楽しんでおられただなんて、誰にも申しません」


 お菓子の出所については聞かれたら答えるかもしれないが、と続けたら、出所の情報を訂正された。

 クリストフ国王から菓子をいただいたのではなく、クリスなる人物から菓子を貰ったと答えなさい、と。


 ……そんなバレバレな愛称で、クリストフ様からもらったわけじゃないだなんて、レオナルドさんでも信じませんよ。


 そうは思ったが、一応の了承を伝えると、顔を引き締めたクリストフのエスコートで地下神殿を出る。

 クリストフの合図で扉が開かれると、扉の向こうには約束通りレオナルドが待っていた。


「ただいま戻りました」


「おかえり、ティナ」


 クリストフの手からレオナルドの手へとエスコートを引き継がれ、お疲れ様と一言だけ労われる。

 肩へと手が添えられてクリストフへと向き直らされたかと思ったら、王様の顔をしたクリストフと目があった。


 ……あ、そうか。たぶん、レオナルドさんに「ただいま」って言うより先に、クリストフ様にお礼を言わなきゃダメだった。


 身分からくる順番というものが、まだ完璧には身に付いてくれていない。

 単純に半日ぶりに見るレオナルドの顔に安心し、そちらを優先してしまったのだが、国王様相手にこれは不味いとさすがにわかった。


「ええと……ここまでエスコートしてくださり、ありがとうございました。本日は長時間にわたる祭祀のお勤め……」


「挨拶はよい。精霊の寵児殿も長時間の務めで疲れたであろう。今日はもう離宮へと帰り、ゆっくりと休むが良い」


 長時間のお勤めお疲れ様です、を言葉を飾って言おうとしたのだが、どうしても長時間という嘘が気になって言葉が引っかかってしまった。

 それに対するクリストフの返しは、実に見事だ。

 私を気遣う姿勢をとりながら、言葉を遮って撤退を促している。

 私はこれにありがたく乗ることにした。


 ……本当なら、王様が去るまで私は去ったらいけないと思うんだけどね?


 王様自ら体調を気遣って「下がれ」と言ってくれているのだから、このまま下がっても問題はないだろう。

 私は素直にクリストフの言葉に従っただけだ。







「……ティナから微妙に甘い匂いがするような?」


 アルフレッドが手配してくれていた馬車に乗り込むと、レオナルドが私に鼻を近づけてきた。

 くんくんと匂いを嗅ぐ仕草をして、不思議そうに首を傾げている。


「レオナルドお兄様は、腹ペコですか?」


「そうだな。そういえば、ずっと扉の前にいたから……朝から何も食べていないな」


 扉の前で待っているといった手前、レオナルドは本当に扉の前でずっと待っていてくれたらしい。

 ついでに言うのなら、立ちっぱなしでもあったはずだ。

 回廊に立つ護衛がのん気に椅子に座っているだなどと、聞いたことがない。


 ……ごめんなさい。レオナルドさんが立ちっぱなしの飲まず喰わずで待ってくれてる間、私はクリストフ様と『精霊の座』に座ってお菓子もケーキも食べ放題で遊んでいました!


 これは緊急事態である。

 私の護衛レオナルドは腹ペコで、いざという時に力が出ないかもしれない。


「内緒ですよ?」


「うん?」


 瞬くレオナルドを無視して、服の中へと手を突っ込む。

 肌がチクチクするほどに菓子を詰めたので、探らなくとも菓子の包みに指が触れた。


「……オレンジの包みは焼き菓子です。腹ペコのレオナルドお兄様にあげます」


「ああ、それは嬉しいが……? なぜお菓子が服の中から?」


 離宮から持って来たのか、と聞かれたので、内緒ですと言いました、と答えておく。

 これだけで、なんとなくは察せられたのだと思う。

 レオナルドは頭を抱えたそうな、実に困惑した顔になった。


「アーロンとジゼルにも分けた方がいいですね」


 ジゼルは御者席にいるので、小窓を開くだけでいいが、アーロンは馬で馬車に併走している。

 移動中に渡すのは難しいな、と悩み始めると、レオナルドから二人は交代で食事を取ったので、自分ほど空腹ではないと止められた。

 レオナルドだけは私と約束をしたために扉の前から動かなかったが、二人は護衛の役割として、休憩もちゃんと取っている、と。


「……じゃあ、二人にはなしで、レオナルドお兄様にもう一つわけてあげます」


「分けてくれるのは嬉しいんだが……本当にどこで、いや、むしろなぜ服の中から……?」


「内緒ですが、クリスなる人物からいただきました」


 服へ隠して持ち運ぶという案も、クリスなる人物の提案である。

 そう伝えると、レオナルドは「クリスなる人物と随分仲良くなったんだな」と今度こそ頭を抱えた。

 クリストフは『クリスなる人物』と言っておけといったが、隠す気のない愛称である。

 誰から菓子を貰ったかは、バレバレすぎた。


「祭祀をするクリスなる人物は、格好良かったですよ」


 養女になれと誘われそうになったので断っておいた。

 そうも告げる。

 ほかになにか保護者に報告しておくべき事柄はあっただろうかと考えて、祭祀の実態へだけは触れないように注意して、いくつかの話しても問題のなさそうなことだけを伝えた。

 ディートフリートと第一王子についての爆弾発言は、触れない方がいい話題だろう。


「日本語を読むのはかまいませんが、レオから離れたくないです、ってちゃんと伝えておきました」


「そうか」


「そのかわり、二十歳になったら自立して王都に来ることも考えます、とも言っておきました」


「……そうか」


 相槌までに微妙に間があったのが気になるが、仕方がない。

 この世界の成人年齢は十五歳と日本より五年も早い。

 五年長く二十歳まで兄の世話になるとしても、その後はちゃんと自立することを考えた方がいい。

 いつまでも私が妹としてべったりくっついていたら、レオナルドには本当に嫁が来てくれなくなってしまう。


 自立という二文字に、見るからにレオナルドが落ち込んでしまったので、あとの会話は当たり障りのないものだけにした。

 主な話題は、今日食べたお菓子の感想だ。

 こんな話題ばかり出すから食い意地が張っていると思われるのだが、当たり障りのない会話と考えれば、天気や食べ物の話しか私には思い浮かぶものがない。


 ……ヘルミーネ先生に、今度話術についても習おう。

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