第18話 王城の追想祭

 王都の追想祭もグルノールの街と同じことをするのだろうか。

 少しだけ気になったので聞いてみたところ、侍女きぞく女中へいみんとで違う答えが聞けた。

 内街に住む平民はグルノールの街とあまり変わらない。

 昼はメンヒシュミ教会が主催する広場での劇があり、夜には白銀の騎士の団長が祭司を務める祭祀がある。

 話を聞いてみれば、本当にグルノールの街で行われる追想祭と同じ内容だ。


 これが侍女の話になると、少しだけ変わってくる。

 貴族街では祭祀は行われず、王城内に作られたイツラテル教会へと集まって改悟と悔悟を捧げるらしい。

 貴族のお祭りの方が遊び気分が少ないということが、少し意外に感じる。

 地方によっては数日の断食をする風習もあるようで、真面目に祈りを捧げる貴族は王都に滞在している時でも断食をするのだとか。


 ……今年はお仕事ないのかな? って思ったんだけどね。


 グルノールの街でなら精霊の寵児として追想祭を見学するという仕事があったのだが、今は王都にいる。

 そのため、今年は何の役目もないのだろうと思っていたのだが、グルノールの街にいようが、王都にいようが、精霊の寵児は精霊の寵児らしい。

 追想祭の参加がいつの間にか私の予定へと組み込まれており、本当にいつ用意したのかと突っ込みたいほどに手の込んだ衣装が用意されていた。


 軽い朝食のあとに、今日は朝から風呂へと案内される。

 念入りに髪へと香油を塗りこまれたと思ったら、古風な衣装に合わせたこれまた古風な形へと髪を複雑に編みこまれた。

 誰が用意した衣装かはわからなかったが、精霊の寵児も二年目となると衣装にかける準備期間が長くなるのだろう。

 昨年は複雑に編みこまれた髪に花を差したぐらいだったのだが、今年の髪飾りは宝石や銀の細い鎖が連なった実に豪華な作りだ。

 作り物の大きめの花が全部で三つ付いているのだが、鏡を見たところで私から見えるのは花を横から見た図だけで、少し寂しい。

 今日が終わって髪飾りを外したら、改めて見せてもらおうと思う。


 ……昨年は蜻蛉かげろうはねだったけど、今年は花の女神メンヒリヤかな?


 袖がない作りの簡素な衣装、という意味では昨年と同じだったが、今年は少し華やかな色合いの薄い布が幾重にも重ねられていて、まるで花びらのようだ。

 少し歩くだけでも裾から空気が入り、スカート部分がふわりと広がる。


 侍女に可愛らしく飾ってもらった姿をレオナルドに見せて褒めてもらおうと思い、居間へと向う。

 居間に戻った私を待っていたのは、いつもとは違う白い正装に身を包んだレオナルドだった。

 ほとんど黒い服を着ている印象しかないので、新鮮でもある。


「レオナルドお兄様、カッコいいっ!」


「ティナも可愛いぞ。今年はメンヒリヤの娘か」


 私の頭を撫でようとレオナルドの腕が伸ばされるのだが、大きな髪飾りのせいで今日は髪を撫でにくい。

 少し腕が彷徨う気配がしたのだが、頭を撫でることは諦めたのか、代わりにおでこを撫でられた。


「レオナルドお兄様は、今日は白い服なのですね。白の正装をお持ちだとは、知りませんでした」


 レオナルドが白い正装を持っていると知っていれば、私の夏の正装も白で作ってもらったのに、と少しだけ唇を尖らせて拗ねてみせる。

 夏の正装ともなれば、どう考えても光を集める黒よりは白の方が涼しいだろう。

 どうして教えてくれなかったのですか、と腰に手を当てて怒った顔を作ると、レオナルドは少しだけ困ったような顔をして、正装のボタンを指差した。


「……あれ? 銀のボタン?」


 白い制服に銀のボタンといえば、白銀の騎士の特徴だ。

 確認しようと背後を振り返ると、アーロンの白い制服がすぐ目にはいってくる。


「さすがに、王城内でティナに付いていようと思ったら、黒騎士の制服よりも白銀の騎士の制服の方が都合はいいからな」


 今日は王城内でも少し特別な場所へ行くので正装なのだ、とレオナルドは言う。

 レオナルドは私の付き添いなので客分として正装で、アーロンは護衛の騎士として付いているので制服だ。

 護衛としての同行なので、ジゼルももちろん白騎士の制服を着ていた。


 いつもと違うレオナルドの装いを感動のままに褒めちぎっていると、アルフレッドが迎えに来た、とレベッカが呼びに来る。

 王子アルフレッドを待たせるわけにはいかないと急いで移動すると、今日はアルフレッドの装いも白の正装だった。


 ……黙っていれば白馬の王子さまだね!


 正装の麗しい美青年の登場に、それがアルフレッドであることを忘れてつい見惚れてしまう。

 私人としては少々付き合うには疲れるアルフレッドなのだが、本当に顔だけはアルフとそっくり同じで麗しい。

 なんとも目の保養になる王子さまだ。







「少し特別な場所で祭祀を行なうと伺いましたが、どちらへ向っているのでしょうか?」


 相変わらずアルフレッドのエスコートで馬車へと乗り込み、目的地もわからないままに運ばれている。

 レオナルドは護衛として馬車へ同乗し、アーロンたちは馬で併走していた。

 どこへ向かっているのかを知らないのは私だけだったようで、外の二人は特に迷いなく馬を駆っている。


「向っているのは王の居城の地下にある……『精霊の座』だ」


「せいれいのざ、ですか?」


 はて、なんのことだろう? とメンヒシュミ教会で習った歴史や宗教の授業を思い浮かべるのだが、『精霊の座』などという言葉は習ってはいないようだ。

 思いだせるものが何もなかった。


「地下洞窟に作られた神殿の名だ。大昔の王がそこで精霊に遇った、という曰くがある」


 追加された説明で、なんとなくどのような目的のある場所なのかが察せられる。

 今日が追想祭で、精霊に遇った場所というからには、イツラテル教会のように悔悟や改悟を捧げる場所なのだろう。

 それも、王の居城地下にあるということは、王族専用かなにかだと思われる。


「その神殿で、わたくしはただ祭祀を見守っていれば良いのでしょうか?」


「ああ。それでいい。父上が行なう祭祀だからな」


 国王自らが行なう祭祀なため、むしろ見る以外は禁止だろう、とも付け加えられた。

 たしかに、なにか大切な意味のある祭祀にしろ、ただの形骸化された儀式にしろ、王の手を煩わせている以上は、精霊の寵児とはいえ手出しは不要だろう。

 もしかしなくとも、ただの邪魔にしかならない。


「……どのぐらい時間がかかる祭祀なのですか?」


「日付が変わるぐらい、か?」


「長いですね」


「その長い儀式を、父上は毎年一人で行なっておられる」


 くれぐれも邪魔をしないように、とたっぷりと釘を刺されたので背筋を伸ばす。

 気さくすぎる王子アルフレッドの父親とはいえ、相手は王様だ。

 仕事の邪魔など、しない方が良いのは当然のことだった。


「……あれ? つまり、祭祀の間は王様とわたしは二人っきりになるのですか?」


「そういうことになるな」


 それは大丈夫なのだろうか、と声には出さずに首を傾げる。

 私にそんなつもりはないので、私自身が王を害することはないと思うが、王が一人でということは、護衛も付けてはいないのだろう。

 護衛も外された地下に王が一人で籠って祭祀を行なうだなんて、暗殺や謀殺などやり放題ではないか。


「わたくしが暗殺者とか悪い人だったら、王様が危険ですよ」


「父上は若い頃、あのベルトランと共に戦場を闊歩されていたらしい。おまえのような子どもの暗殺者がいたとして、父上にはなんの問題にもならない」


「……それもそうですね」


 警備面で大丈夫なのか、と指摘してみたつもりなのだが、ベルトランと比べて遜色がないというのなら、大丈夫なのだろう。

 むしろ、危険なのは私の方な気がしてきた。







 神殿へと続く階段には、白銀の騎士が何人も配置されていた。

 ほとんどの騎士はレオナルドの顔を知っていたようで、特に足を止められることなく先へと進む。

 彼らにとって私の顔は初めて見るもののはずなのだが、アルフレッドにエスコートされているせいか、誰何すいかすらされない。


「……レオナルドお兄様?」


 ふと背後のレオナルドが足を止めた気配がして、私も歩みを止める。

 振り返ってみると、レオナルドが足を止めているのは丁度扉の前だった。


「俺が付いていってやれるのは、ここまでだ。ティナの仕事が終わるまでここで待っているから、安心して勤めを果たしておいで」


 気にせず先へ進めと言うレオナルドに、アーロンとジゼルの顔を見る。

 二人もレオナルドと同じ場所までしか入って来られないのか、扉の前で立ち止まっていた。


「アルフレッド様?」


「ここから先は聖域だ。普段は王族以外の人間は入れないことになっている」


 帯剣している者は特に、と続いた言葉に、王が一人で祭祀を行なうことへの警備的な目的もあるのだろう察する。

 武器を持った者をここで止めるのなら、たしかにある程度は安全なのかもしれない。


 ……まあ、暗殺とかしようだなんて悪い人だったら、武器ぐらいいくらでも隠して持ち込みそうだけどね。


 少しだけ心細かったが、待っていると言ってくれているので、アルフレッドのエスコートで先へと進む。

 レオナルドたちが立ち止まった扉を境にして、周囲の雰囲気が変わった。

 それまでは整えられた壁が続いていたのだが、扉の向こうはむき出しの鍾乳洞のような洞窟だ。

 夏だというのに、少し肌寒い。


 普段は王族以外の人間は入れないらしいのだが、今日は本当に特別なようだ。

 祭祀の準備のためか、洞窟の奥にあった広間ではイツラテル教会の司祭とわかる男性が数人、祭壇の上や飾られた花を整えていた。


「アルフレッド王子、そちらのお嬢様がグルノールから来たという精霊の寵児でしょうか」


「そうだ。この娘が……」


 司祭の一人が振り返り、なんとなく紹介される雰囲気になり、反射的にアルフレッドの背後へと隠れる。

 別に取って喰われるわけではないと解ってはいるが、初対面の人間はどうしても苦手だ。

 特に今は、レオナルドが側にいない。

 知らない場所で知らない人間に囲まれて、警戒するなという方が無理な話だ。


「クリスティーナ、こちらはイツラテル教会の司祭様だ。隠れる必要はない」


 ……それは私もわかっているんですけどね。


 出て来い、背中に隠れるな。

 そうは言われても、私の体は素直には動かない。

 十一歳にもなって他人ひとの背中に隠れるなんて、とは自分でも思っているのだ。


「よろしいのですよ、アルフレッド王子。精霊の寵児は繊細な子どもが多いと聞きます。知らないおじさんに話しかけられて、驚いてしまわれたのでしょう」


 ……あ、ちょっといい人っぽい。


 失礼としか言いようのない私の態度にも、司祭は特に気を悪くした様子はないようだ。

 それどころか、私を気遣うように一歩後ろへと下がって距離を取ってくれた。


「……はじめまして、司祭さま。グルノールの街と同じように、わたくしはただ祭祀を見守っていれば良いのですか?」


 僅かながらも好印象がもてたので、少しだけ勇気が湧いてきた。

 アルフレッドの後ろからゆっくりと出て、挨拶と私が行なうべきことの確認をする。


「そのとおりです。精霊の目や耳として、祭祀を見守ってくれることこそが大切なお役目なのです」


 精霊の寵児のために、と今年は祭祀を行なうに椅子とテーブルを用意した、と祭壇がよく見える場所へと案内される。

 テーブルの横には小さなワゴンと、その上には一日分と思われる水が用意されていた。


「……王都での祭祀は、日付が変わる頃まで続くと聞いたのですが」


「その通りでございます」


 ……ということは、祭祀が始まったら初対面の王様と日付が変わるまで二人っきりか。


 話しかけられたらどうしよう、と少しだけ怖い。

 なにしろ相手は前評判からしてアルフレッド以上の暴風と聞く現国王様だ。

 疲れずにいられる自身がない。


 ……明日は私、気疲れでまた熱でも出すんじゃないかな?







 祭祀が始まる時間が近づくと、一人、また一人と祭壇を整えていた司祭が『精霊の座』から出て行く。

 奥から鈴の音が聞こえたかと思うと、すべての司祭が『精霊の座』から出て行った。

 一定の間隔で鈴の音が響き、それが段々こちらへと近づいてくる。

 いったいなんの音だろうと首を傾げていると、かがり火の光が届く範囲へと、司祭が一人姿を現した。


 ……あ、わかった。奥に誰か隠れていないか、って確認しているんだ。


 本来は国王一人で行なう祭祀なので、私がいることは別として、その他に潜んでいる者がいないかと確認し、確認を終えた場所で鈴を鳴らしているのだ。

 鈴から向こうの空間には、司祭が確認した限りは誰もいない。


 しばらく確認作業を見守っていると、司祭はやがて私の横を通り過ぎる。

 前から聞こえてきた鈴の音は、今度は私の背後から聞こえるようになった。

 焦れるほどにたっぷりと時間をかけて鈴の音は遠ざかる。

 やがて鈴の音が聞こえなくなったかと思ったら、今度は薄暗い世界に一人取り残されたのだ、と急に不安になってきた。


 ……綺麗な音。


 不安を感じたのは、極僅かな時間だ。

 ゆったりとした足音と、衣擦れの音。

 それから錫杖でもついているのか、金属のぶつかり合う涼やかな音が周囲に響きはじめた。


 ……あの人が、クリストフ国王陛下?


 足音の方へと視線を向けると、壮年の男性が回廊を真っ直ぐに進んでくる。

 袖のない古風な衣装を纏ってはいるが、貫禄のある男性だ。

 顔の作りはアルフレッドに似ている。

 ただ髪質は違うようで、クリストフの髪は緩やかに波打った長髪だった。


 ……想像してた王様より、王様っぽい。


 あまり良い評判を聞いていなかったため、なんだか一見まともそうな男性が出てきて驚いている。

 アルフレッドの父親なのだから、すぐに表情を崩して茶目っ気でも見せてくれるかと思いもしたのだが、クリストフはまっすぐに『精霊の座』へと進むと、私の存在になど毛ほども気づいていないかのように無視して祭祀を開始した。


 ……公私を分けられる王族みたいだし、これが公の部分なのかな?


 時折錫杖を鳴らしながら祝詞を唱えるクリストフの声に、静かに耳を澄ませる。

 クリストフが真面目に祭祀を執り行っているのだから、私も精霊の寵児としての役割を真面目にはたすべきだろう。


 ……これって、劇の内容?


 意識して祝詞を聞いてみると、追想祭の元となった事件が語られているのだと解る。

 ただ、広場で行なわれる劇とは少し印象が変わる内容だった。

 劇は過去にこの世界で何が起こったのか、と後世へと伝えることを目的とされていたが、この祝詞は違う。

 この祝詞は、神王へ向けての呼びかけに近い。


 帰ってきてほしい。

 姿を見せてほしい。

 人間を見捨てないでほしい。


 そんな願いだ。


 ……なんだか……神王のイメージが、大分変わるんだけど……?


 神話の神王は、どちらかといえば被害者だと思っていたのだが、この祝詞からは人間に罰を与えた女神イツラテルよりも神王の方が恐れられているのが判る。

 女神より怖い神王であっても、戻ってきてほしいと訴える内容だ。


 ……あれ? 終わり?


 ふと祝詞が途絶えたことで、意識が引き戻される。

 神話の辻褄あわせをしたいところだが、今の私は精霊の寵児として祭祀の場にいるのだ。

 仕事をサボるわけにはいかない。


 ……あ、王様こっち見てる。


 つい数瞬前までは真面目に祝詞を唱えていたはずのクリストフなのだが、今は私の方へと振り返っていた。

 そればかりか、私の方へと手を差し出してもいる。


 ……いいのかなぁ?


 王が一人で行なう祭祀だと聞いていたのだが、中断してもいいのだろうか。

 気になりはしたが、一見普通の王様に見えようとも、クリストフはアルフレッドの父親だ。

 最後まで真面目に祭祀を勤めると考える方が間違っていたのかもしれない。


「こちらへおいで。内緒話をしよう」


 私への第一声はこれだった。

 差し出された手の意味を察しつつも近寄らない私に、クリストフは穏やかな声音で呼びかけてくる。


「ここならうるさい護衛や侍女はいないからね。多少言葉が乱れても、誰も怒らないよ」


 他人の目がないから、ついでに礼儀にも気を使う必要ない。

 その代わり、本音を聞かせてほしい、とクリストフは私を誘った。

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