第17話 素人に離宮改革とか無理

 朝食は、リクエストした通りの白米と浅漬け、豚汁だった。

 エセルバートの離宮でもらったレシピには鍋での米の炊き方がしっかり記載されていたようで、お釜で炊いたわけでもないのにご飯が美味しい。

 浅漬けも昨夜のうちに試作品を食べさせてもらっているので、今朝は私好みの塩加減だった。


 ……豚汁はあと少しだけお味噌が多くてもいいかな?


 以前の主と比べて私の好みは薄味であると料理人が実感しはじめたのか、味噌が普段はあまり使わない調味料だからか、随分慎重に入れたようだ。

 少し薄いが、問題はない。


 ……そしてサラダと果物はなんでも美味しい。


 白米と豚汁をリクエストしたのは私だが、やはり要らないと言い出すと思われていたのか、いつもどおりの食事も用意されていた。

 パンとスープは白米と豚汁があるので遠慮をしておくが、サラダと果物はありがたくいただく。

 果物は味の付けようがなかったし、サラダのドレッシングは量を調整できるので以前の味でも美味しくいただくことができた。


「ティナは米が気に入ったのか?」


「昔は主食でした」


 私に付き合ってか、レオナルドも白米と豚汁を食べている。

 ただ私と違うのは、用意されているパン食の方も食べているところだろうか。

 レオナルド的に、白米は味見なのだろう。

 エセルバートのところでも食べてはいたが、今日も食べていることを思えば気に入りつつあるのかもしれない。


「エセルバート様にいただいたナパジの米は、少し形が違うな」


「……他の形のお米を知っているのですか?」


「クエビアでは少し形の違う、細長いものが主食として食べられている」


 この国の主食はほぼ小麦だったが、神王国クエビアでは違ったらしい。

 レオナルドの説明を聞く限り、パエリアやピラフを作るのに合うらしい、パラパラとした米のことだろう。

 前世で食べたことがあるが、炊き方が悪かったのか口に合わなかったのを覚えている。


「ティナが好きなら、クエビアから取り寄せてもいいが……」


「ナパジのお米とは違うようなので、辞退させていただきます」


 どうせ取り寄せるのならナパジの米がいい、と言って、あわてて取り消した。

 気軽に欲しがってしまったが、レオナルドなら本気で取り寄せようとするだろう。

 クエビアはまだ陸伝いに行ける国だが、ナパジは海の向こうだ。

 同じ取り寄せた米でも、値段はナパジ米の方が格段に高いだろう。


「今回はエセルバート様に分けていただけて、幸運でした」


「……遠慮をする必要はないんだぞ?」


「でしたら、来年の誕生日の贈り物として、来年贈ってください」


 頻繁に食べたいと思えばすごい金額になるが、たまの贅沢としてなら甘えてもいい気がする。

 それこそ、年に一度の機会ぐらいなら、だ。







 離宮での生活も一週間となると、少しだけ興味が外へと向き始めた。

 午後からのヘルミーネの授業以外に予定らしい予定はないので、自由研究として侍女や使用人の仕事を観察してみることにする。


 ……とりあえず、侍女の四人が身分ごとに仕事を分けているっぽいのはわかった。


 カリーサとサリーサは私の子守女中ナースメイドとして私の世話を一人でこなしていたが、離宮の侍女は違う。

 風呂の世話等濡れたり体力を使う仕事は華爵家のスティーナ、食事を載せたワゴンを押すというような汚れない力仕事は功爵家のウルリーカ、繕いものや着替えといった身支度は忠爵家のレベッカ、私の口へと入るものの給仕や髪を複雑に編みこむのはヴァレーリエ、と爵位の力関係で仕事の内容も変わってくるようだ。

 個人的な好感度からヴァレーリエへと相談をすることがあったが、彼女たちの力関係的には丁度良かったらしい。

 これが気安いからという理由で華爵のスティーナへと相談を持ちかけていれば、私の相談ごとは命令として他へは伝わらず、結果としてスティーナ一人が引き受けることになっていたのだろう。


 ……以外と複雑だった、侍女も。


 理解してみれば、私がまずヘルミーネへと相談するのも、彼女たち的には不可解な行動だっただろう。

 女中メイドというのは、ようは使用人だ。

 侍女よりも身分的には低い位置にいる。

 ヘルミーネが私の家庭教師もしていることから、少し扱いが違うようだと理解され、配慮もされているようだったが、本来は私が一番に相談を持ちかけるべきはナディーンということになるらしい。

 ヘルミーネにばかり頼るのは、まだしばらく離宮に滞在することを思えば、あまり良いこととは言えなかった。


 自分のまずかった点に気づくと、ほかのことも見えてくる。

 私の離宮には優秀な者が集められたとエセルバートから聞いたのだが、ある意味ではその通りだと痛感した。


 ……細かく指示を出すと、およそ貴族のお嬢様がしてくれなさそうなことまでしてくれるんだよね、ヴァレーリエとかウルリーカ。


 特に、ヴァレーリエには本当に驚かされる。

 離宮の中にエセルバートへと情報を流している者がいるようだ、と相談すれば次の日には情報流出ルートの洗いだしと容疑者を三名にまで絞り、その日の夕方には特定して弱味まで握って帰ってきた。

 いったいどんな方法を使ったのかと聞いてみたところ、洗濯女に変装して洗濯物を集めつつ情報を集めたり、容疑者を尾行したりとしてくれたらしい。

 途中でエセルバートの飼っている蜻蛉の人と交戦したとも聞いているので、折角洗いだしてもらった情報流出ルートではあったが、彼をエセルバートが使うことはもうないかもしれなかった。


 レオナルドに色目を使っていたウルリーカは、同じ手を男女問わず使って情報網にしているらしい。

 今回のことはヴァレーリエに相談したため、まずヴァレーリエが調べてきてくれたのだが、その途中でウルリーカが情報を持ってやってきた。

 自分の方が情報集めは得意である、との売り込みに。


 ……確かに有能だ。いろんな意味で有能だ。


 病人の世話を拒否したレベッカなど、個人的には即他所へ行ってほしい人材だったのだが、彼女はカリーサと同じタイプだった。

 考えることが得意で、計算仕事が速い。

 計算の速度など、侍女の仕事のどこで役に立つのかとも思うが、試しにボビンレースを教えてみたところ、すぐに基本を覚えてしまった。

 考えることが得意というよりは、覚えるのが得意なのだろう。

 人の顔と名前を覚えるのも得意なようで、離宮の様子を探りに来たがどこの誰なのかを一人ひとり記憶し、暗記しているらしい貴族名鑑と照らし合わせてナディーンへと報告をしているようだった。

 個人的には非情に面白くはないのだが、ボビンレースを広める手段としてもレベッカを確保しておきたい。


 ……難しいね?


 侍女四人の能力についてもだが、離宮の中は好きに弄ってよい、とヘルミーネに言われたのだが、いざ使用人の労働状態に触れてみようとしても、いい切り口が見つからなかった。

 職場に二十四時間拘束され、しかも休暇なしとか、どんなブラック企業だ、とは思うのだが、侍女や使用人の仕事内容を詳しく聞いてみると、改革は難しいと思い知る。

 日本では室内を照らそうと思えばスイッチを入れるだけで電灯がついたが、この国では違う。

 部屋中を照らそうと思えばシャンデリアを天井から下し、台の上へと蝋燭を一本一本設置して火を灯し、また天井へと戻す必要がある。

 日常生活に必要な手間が日本とは比べ物にもならないので、労働に対する拘束時間が長すぎる、と単純に時間を短縮することができないのだ。


 ……よくあった異世界転生で、権力者な主人公が思いつきでポンっと領地改革とかするけど、そんな簡単にはいかないよね。


 離宮内ならば自由に改革をしてよいとヘルミーネに課題を出されたが、一つひとつの仕事を理解してから考えれば、さまざまなところで無理が出てくるとわかった。

 これまでの常識と、改革後に生まれる軋轢とのすり合わせを思えば、一朝一夕にできることではない。

 本気でことに挑むのなら、何年もかけてゆっくりと改めていく必要があった。


 ……私にできそうなのは、待遇改善ぐらいかな?


 二週間に一度と設定されているらしい休暇ぐらいは、ちゃんと取れるようにしてあげたい。

 制度上は一応の休暇が設定されているのだが、職場がそのまま住所でもあるため、必要になれば休暇中でも呼び出されることが常態化している。

 これでは休暇といえども、のんびりと羽を伸ばすことはできないだろう。







「……単純に人を増やせば、休める時間もできると思うのですが」


 そうすると今度は人が増えただけ支払う給金が増える、と離宮に遊びに来てくれたアルフレッドへと相談してみる。

 ちなみに、普段は奥に籠って仕事をしているナディーンも、さすがに王子が来たとなれば侍女として表へと出てきた。

 今日のお茶菓子は、アルフレッドからのお土産のベイクドチーズケーキだ。

 かなり美味しい。


「今離宮にいる人員は、おまえが滞在していない時でも離宮を管理できるように、と集めた最低限の人数しかいない。余裕がないのはあたり前だ」


 必要だと思えば増やしていいと言っただろう、とアルフレッドにはこともなげに返されてしまう。

 人員を増やせば、悩むことなく休みも与えられる、と。


「それだと今度はわたくしが、知らない使用人が増えて落ち着きません」


「使用人の把握はナディーンの仕事だ。侍女にも一人付けただろう。歩く人名図鑑を」


「……レベッカのことですか?」


「そんな名前だったか?」


 素知らぬ顔をしてチーズケーキを口へと運ぶアルフレッドに、ピンときた。

 これはエセルバートの手の者だけではなく、アルフレッドの手の者も離宮の中にいる、と。


 ……まあ、離宮の人材を選ぶ時に、アルフレッド様も協力してくれたらしいから、当然といえば当然……なのかな?


 ウルリーカが教えてくれたのだが、離宮へと集められた人材はもともと別の離宮で働いていた者が多いらしい。

 それぞれの離宮で、私に不自由をさせないようにと優秀な人物を選出して集めてくれたのだとか。


 ……そのおかげ? で、いろいろな派閥の人間がいる魔境になってるらしいんだけどね、この離宮。


 私としては関係ないままでいたいのだが、私がどこかの派閥に寄りたいと思えばすぐに渡りが付けられるよう仲介役と、逆にそれを阻みたい別派閥の仲介役とがひしめき合っているのだと、ウルリーカが面白おかしく聞かせてくれた。

 命を発したのは第一王子なのだが、ナディーンはどの派閥にも属さない完全に中立な人物である、とも聞いている。


 ……派閥争いとかメンドクサイです。私に関係のないところでやってください。


 人を増やしてもいいのなら、もう少し考えてみよう。

 そんなことを考えているうちに、お皿の上のチーズケーキはなくなってしまった。


「おかわりはいかがですか?」


 いかがですか、と聞きつつもすでに切り分け始めているナディーンを、慌てて制止する。

 このチーズケーキは確かに美味しいのだが、食べすぎては豚になるのは確実だ。

 もう少し食べたいが、食べ過ぎるわけにはいかない。

 うんうんと理性と本音の間で悩んでいると、レオナルドがはんぶんこにしよう、と言い出してくれたので、ありがたくもう少し頂くことにした。


「それにしても、貴族にはなりたくないらしいと聞いていたのだが……使用人の運用などを考えるようになったのだな」


「貴族になりたくないという気持ちに変わりはありませんが、侍女や使用人が二十四時間労働だと聞いたら、さすがにどうかと思いました。それに、家の管理は淑女の嗜みだとヘルミーネ先生にも教わっております」


「正確には、使用人の管理・運用は妻や女主人の役割、だな」


 ふむっと顎に手を当てて考えるような素振りをみせたかと思ったら、続いたアルフレッドの言葉に、レオナルドの顔が背後へ控えたスティーナが怯えて茶器を鳴らすような表情になった。


「労働者の待遇改善まで考えるようなら、このまま私の嫁にでもなるか?」


「アルフレッド様のお嫁さんなんて、レオナルドお兄様の妹でいるよりも影響力や責任が大きくなるから嫌です」


 私が労働者の待遇改善について考えているのは、あくまで滞在中の離宮と、グルノールの館へと帰った時に活かすためだ。

 アルフレッドの嫁になるための花嫁修業ではない。


「お祖父様のお気に入りを嫁にすれば、王位に近づくかと思ったのだが……」


「え? アルフレッド様は王位につきたかったのですか?」


 少し意外だ、とまじまじとアルフレッドの顔を見つめる。

 アルフレッドはさも心外だという顔を作って、肩を竦めた。


「他にいなければなるしかない、と覚悟ぐらいは決めるが、特別なりたいわけではない」


「……つまり、お嫁においでというのは冗談なのですね」


「おまえを娶ればレオナルドが付いてくるからな。足場を固めるという意味では強力な手だが……まあ、今一番王位に近いと言われているのは第六王女あねうえだ」


「六番目の王女様というと……」


 はて、どこかで噂を聞いたことがあるぞ、と首を捻る。

 どこかで、なにかを聞いたはずだ。

 第六という数字には、妙に覚えがあった。


「どこかで噂を聞いたことがあると思うのですが……?」


「どうせ姉上の服装についてであろう」


「服装、ですか?」


 他人ひとの服装についてなど、あまり誰かと噂をした覚えはない。

 近頃は私の好みが反映されるようになってきてはいるが、まだまだ私の服には保護者たちの好みが反映されている。

 自分の好みのみで服を作るということはなかった。

 そんな私が、他人様の服装について噂を聞くことなど、ほとんどないはずだ。


 ……あ、思いだしてきた気がする。


 神王祭での、ヘルミーネの本気すぎる仮装に驚いた時にでも聞いたのだろうか。

 貴族は時に、人を驚かせようと奇抜な服装を好む、と。

 そんな話の流れで、第六王女も奇抜な服装をしている、というような話を聞いた気がする。


「我が姉上はとにかく地上に降臨した女神かと思うほどの美しい方なのだが……少々困った方でもある」


「この国の王族って、みな様困った方だと記憶しておりましゅにゃあ……」


 伸び伸びと発言をしたら、アルフレッドに頬を抓られた。

 さすがに伸び伸びと発言しすぎたらしい。


「姉上はご自分の美しさをよく自覚されていてな。神が与えたもうた美貌を、布で隠すことは神への冒涜だと仰られて……」


「え? まさか裸なのですか?」


 まさかそんなことはないだろう、と的外れな指摘を入れたつもりなのだが、アルフレッドはアルフによく似た顔をして少し困ったような苦笑いを浮かべた。


「公的な場へと出る時は、それでも一応布を纏ってはいる」


「つまり、私的な場では裸なのですね」


「王城内で遭遇するようなことがあれば気をつけろ。ほぼ、覆うものは身に付けていないから、我が姉ながら目のやり場に困る」


 たしかに美しい姉ではあるのだが、ほぼ全裸はどうかと思う、とアルフレッドはそっと目を逸らして言う。

 さすがにほぼ全裸の王女などいないだろう、と確認するようにレオナルドへと視線を向けるのだが、こちらにもそっと目を逸らされた。

 どうやら本当に、この国の王女はほぼ全裸らしい。


 ……のびのび過ぎないかな、この国の王族っ!


 同性への愛を叫ぶアルフレッドが可愛らしく、我儘暴君なディートフリートなどほぼ無害に感じられるところが怖い。

 全裸やストーカーに比べれば、ただ我儘なだけのディートフリートは本当に可愛かったと思う。


「王女様で思いだしたのですが」


 第八王女が支払った刺繍絵画の代金金貨五千枚を返却したい、とアルフレッドに相談してみる。

 さすがに材料費は回収するつもりだったが、金貨五千枚は貰いすぎである、と。


「ちょっとした意趣返しで『庭付きの一戸建てが買える値段』と言ったので、本当に支払われて戸惑っています」


 あと、絶対税金から支払われていますよね、と確認すると、アルフレッドには苦い顔をしたまま頷かれてしまった。

 国民の血税が、レオナルドの裸へと支払われている。


「……まあ、返却したいというおまえの意思は父上に伝えておくが、どうせおまえの金になると思うぞ」


「え? どうしてですか?」


「おまえのやろうとしたことを思えば、おまえはこのあとアレを翻訳するつもりだろう。翻訳に対する対価という名目がある」


「……貰いすぎだと思います」


 いろいろと暈されてはいるが、アルフレッドが言っているのは私がしてしまった情報漏えいについてだ。

 オレリアへと聖人ユウタ・ヒラガの研究資料から抜き出した薬の処方箋レシピを伝えようとしたことから、薬の処方箋を研究資料から翻訳する気はあるのだろう、と指摘されている。

 たしかに、私だってあの資料は翻訳をする必要があると思っているし、そのぐらいならば協力をしてもいいと思っていた。


 ……ちゃんとグルノールに帰してくれるのなら、だけどね。


「おまえがもたらす物の価値を考えれば、金貨五千枚でも安いぐらいだぞ」


「国民の税金ですよ? もっと大事に使ってください」


「その国民の命を救う物だ。やはり妥当だろう」


 ついでに言うのなら、薬が復活して救われることになる命は、国民のものだけではない。

 セドヴァラ教会を通じて、他国の病人の命をも助けることができるはずだ。


 ……買いかぶられすぎて、少しどころじゃなく怖いよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る