第7話 抜き打ちテストと二人の護衛

「ティナお嬢様、馬車の荷物の積み下ろしが終了いたしました」


 ヘルミーネに『お嬢様』と呼ばれて一瞬だけまたたく。

 ややあってから、子守女中ナースメイドを連れてこられない代わりに、王都では女中メイドとしての役割も兼ねてくれるようにお願いして同行してもらったのだったと思いだした。

 王都にいる間は、授業中だけ『ヘルミーネ先生』と『ティナさん』だ。

 ヘルミーネとしては、呼び方の切り替えも授業の内、と考えているようだった。


「馬車の確認は俺がしよう。ティナは……」


「一緒に行きます!」


 ひょいっと椅子を蹴って立ち上がる。

 アルフと同じ顔をしたアルフレッドがいるとはいえ、私は基本的に人見知りだ。

 知らない人間ばかりの場所に、置き去りにされたくはない。


 引き止められても困るので、さっさと行こうとばかりにレオナルドの手を取る。

 ぐいぐいと回廊に向かって引っ張れば、苦笑いを浮かべたレオナルドがいかにも『やれやれ』といった顔をして歩き始めるのだが、ヘルミーネの顔は険しくなった。


 ……え? なんで?


 なにか変だぞ、と気づいて足を止める。

 ヘルミーネがこの顔をしているということは、私がなにか失敗をしたのだろう。


 ……なにがダメだったんだろう?


 とにかく原因を探ろうと、先ほどまで座っていた椅子を見る。

 勢いよく椅子を降りたことが原因なのだろうか、とも思ったが、その向かいに座って優雅にハーブティーを飲んでいるアルフレッドの姿に、遅れて失敗の原因に気が付いた。


 ……王族アルフレッドを放置は、たしかにマズイかもね。


 さてどうしたものか、と頭をフル回転させる。

 立ち止まって考え始めた私の姿に、とりあえず失態については気づいたようだ、とヘルミーネの顔は平常に戻った。

 レオナルドはヘルミーネと同じで、私の行動を見守るつもりでいるようだ。

 催促も、一人で行くとも言い出さない。


「……アルフレッド様、私はここを離れてもいいでしょうか?」


「20点、といったところだな」


 対処に困って、馬鹿正直に気持ちを伝えたところ、20点という実に低い点数を戴いてしまった。

 ヘルミーネも妥当と思っているのか、口を挟んではこない。


「淑女として80点の対応は、レオナルドに任せておまえはここに残るべきだった。ついて行きたいと思っていても、それは顔に出すな。にこやかに微笑んで、私をもてなすのが離宮の主としての行いだ」


「80点でそれなら、満点を戴くにはどうしたら良かったのでしょうか」


「満点を望むのなら、これに追加して興味を引く話題で私を楽しませ、満足させてから、自然に解散の雰囲気を作り出すことだ」


 とにかく、場の空気を支配するのが、茶会の主の仕事らしい。

 今日離宮へと着いたばかりで、まずは休憩をとお茶を用意されただけだと思っていたのだが、私はすでにこの離宮の主で、この茶会の主でもあったのだ。

 グルノールの街とは違い、館の主のおまけ扱いではいてもらえない。


「つまり私は今、お客様であるアルフレッド様を放り出して行こうとしていたのですね」


 それはたしかに、失礼極まりない。

 口に出さなくとも、ヘルミーネの顔つきが変わるわけである。


「さらに上の点数を目指すのなら、あの場で報告をしてきた女中ヘルミーネを奥に下がらせて叱るべきだった」


 報告をすること自体は問題がないが、客にも聞こえるように言ってしまったことが問題らしい。

 普通に考えればヘルミーネがそんな失敗をするわけはなかった。


「……つまり、引っ掛け問題?」


 咄嗟の判断で私が正しい行動を取れるだろうか、という抜き打ちテストのようなものだ。

 私は見事に、ヘルミーネの用意した引っ掛け問題に引っかかってしまった。


 ……そして、今日の授業がコレだったんですね。


 今日はまだ授業の時間ではなかったし、到着したばかりの休憩だと思っていたから、完全に失敗だ。

 これはあとで反省会を開かれることだろう。


「さて、私もそろそろ帰還の報告とおまえの到着を、父上に報せに行かねばと思っていたところだ」


 一緒に玄関まで行こう、と椅子から立ち上がったアルフレッドに手を差し出されたので、その手に自分の手を重ねる。

 エスコート相手がレオナルドからアルフレッドになったが、そのぐらいで支配しきれていなかった茶会を解散できるのなら、安いものだ。


 玄関ホールへと続く回廊を歩きながら、噂の噴水はどこにあるのかとアルフレッドに聞いてみる。

 さすがに妹の離宮だったとはいえ、他人の離宮の庭に何があるかまでは把握していない、と苦笑いを浮かべられてしまった。

 ただ、離宮に勤める使用人に聞けばすぐに答えられるだろう、とも教えてくれる。

 季節によって違う部屋が四つもあるというのに、第八王女はレオナルドの噴水を囲うように離れを建て、ほとんど一日中そこで過ごしていたそうなのだ。


 ……レオナルドさんのフェロモン、すごいなぁ。


 王族の特徴である偏愛が、レオナルドで発症したのだろう。

 レオナルドの姿を留めるためにモデルをさせて、その対価としてレオナルド本人への接近を禁止されるという、普通に考えたら理解し難い精神構造をしている。


 ……私だったら、彫像のレオナルドさんより、本物のレオナルドさんの方がいいけどね。


 なんといっても、本物は彫像とは違い、話しかければ返事をするし、ハグしてくれとねだればいつでもハグをしてくれる。

 動かない、話さない彫像で満足していたという第八王女が、なんとも理解できなかった。







「アルフレッド様。今回の道中では、大変お世話になりました」


 失敗をしたばかりなので、意識して丁寧に振舞ってみる。

 王子さま相手には、相手が「帰る」と言っているからといって、「はい、さようなら」というわけには行かないはずだ。

 少しだけ丁寧な挨拶が必要になるだろう。


 馬車へと積まれた荷物が綺麗に下ろされたことをレオナルドが改めて確認すると、大きな馬車は離宮を去っていく。

 入れ替わるようにやってきた馬車は、小さいが優美な馬車と、いつだったかシードルが金貨の輸送に使ったような小さな窓に鉄格子の嵌った馬車だった。

 優美な馬車はアルフレッドの乗る国王の居城への移動用で、護送車はヴィループ砦へと送られることになるジャン=ジャック用だ。

 ジャン=ジャックは王都までの旅程は護衛の一人として数えられていたが、護衛の任から離れればただの懲罰中の黒騎士である。

 護送車に乗せられるのも当然かもしれない。


 優美な馬車へと乗り込むアルフレッドを見送ったあと、ジャン=ジャックへと向き直る。

 ジャン=ジャックはいくつかの書類と小さくまとめた荷物を護送車へと運び込むと、レオナルドに出立の挨拶をしていた。

 それが終わると私のところへと来て、髪をぐしゃぐしゃに撫でていく。


「じゃあな、ティナっこ。次に会う時にゃ、俺が思わず跪きたくなるような美女になっとけよ!」


「ヴィループ砦に行くのはたった三年じゃないですか。三年後の私は、まだ十四歳みせいねんの子どもですよ」


 なれるとしても美少女である、と指摘する。

 可能性の話でなら美女にもなれるかもしれないが、あと十年は時間が必要だろう。


「そーか、三年後もまだ十四のガキか」


「二十歳まではレオナルドお兄様の家の子でいる予定なので、自立した大人になるのはさらに先です」


 ドヤァと薄い胸を張ってみる。

 この国の成人は十五歳なのだが、前世で日本人であった記憶のせいか、十五歳ではまだまだ子どもの気がしていた。

 成人を過ぎても面倒を見るつもりである、といつかレオナルドが言っていた気がするので、それに甘えて私の自立は日本の成人年齢の予定だ。


「……ティナは二十歳まで家にいてくれるのか」


 まだ十年近くあるな、とあからさまにレオナルドがホッとした顔をしたので、つい私の中の天邪鬼が目を覚ます。

 ほっこりと安心した顔をしているレオナルドに、日本の常識を投げかけてみた。


「結婚は十六歳からできたはずです!」


「あと五年……っ!?」


「いや、結婚は十五歳からできるだろ」


 兄妹漫才への最後のツッコミはジャン=ジャックだ。

 この国では十五歳で成人と定められており、大人になったのだから、と結婚も十五歳からできる。

 成人したからといって即結婚をする平民は少ないが、それでも二十歳まで実家にいたいと宣言する跡取りでもない甘えん坊は珍しい。

 二十歳まで保護者レオナルドの元にいるというのも、単純に私の中の日本人としての意識に引っ張られているだけだ。


 護送車へと乗り込むジャン=ジャックを見送り、今度はレオナルドのエスコートで離宮の中へと戻る。

 くるりと振り返ると、背後には護衛の二人が立っていた。


 ……そういえば、白騎士のお姉さんの名前聞いてないや。


 アルフレッドが私の護衛である、と二人を紹介してくれたのだが、片方が白騎士であることに不安を感じたレオナルドの抗議によって話が逸れていった。

 アーロンは面識があるので改めて自己紹介をする必要はないが、白騎士の娘の方は必要だ。


「……なんとお呼びすればよろしいのでしょう?」


「ジゼルとお呼びください、ティナお嬢様」


 呼び方に困って首を傾げつつ聞いてみると、ジゼルと名乗った白騎士は背筋を伸ばす。

 白騎士ということは、ジゼルは貴族の令嬢である。

 貴族であれば自分の家名を名乗って威張るのだろう、と思っていたのだが、ジゼルはただ短く『ジゼル』と名乗っただけだ。

 家名や爵位といった付随する自己紹介は一切なかった。


「ジゼル様、でよろしいですか?」


「どうか、ただ『ジゼル』と。お嬢様の護衛の任を外されるまで、私の主はティナお嬢様です」


「わかりました。それでは、アーロン様も『アーロン』とお呼びするべきでしょうか?」


 主従関係を考えれば当然アーロンからも『様』を取るべきなのだが、なんだか妙な気分だ。

 アーロンのことは出会った時から『アーロン様』と呼んでいる。

 今さら呼称を変えるというのも、なんとなく抵抗があった。


 ……これも授業の一環、かな?


 ヘルミーネが女中として振る舞い、授業中以外は『ヘルミーネ』と呼ぶように、と言うようなものだろう。

 私が二人の護衛対象であるうちは、私が主で、二人は従者だ。


 呼び捨てにするべきかと問われ、アーロンは無言で頷く。

 相変わらず、仕事中は無口なようだ。


「ティナはこれからどうする? 東屋に戻ってお菓子を食べてもいいし、部屋を確認してもいいし……」


「え? そうですね……」


 とりあえず、まっすぐに東屋へと戻ればヘルミーネ『先生』による反省会が開かれるであろう。

 それを思えば、まだ少しだけ元気が残っている間に離宮の間取りを把握しておきたい気はする。


「レオナルドお兄様の部屋はどこですか?」


「レオナルド様の部屋は、客間になります」


 私の質問に答えたのは、アーロンだった。

 なんとなくジゼルが答えてくれるものと思っていたのだが、アーロンの方が離宮に詳しいらしい。


「……なぜ、客間? 同じ部屋ではダメなのですか?」


 同室はともかくとして、私が離宮の主だと言うのなら、兄であるレオナルドが客間というのは少しおかしい気がする。

 同格か、それより上の扱いでもいいはずだ。


「ティナ、そろそろ同じ部屋はダメだろう」


「では、お隣?」


「ティナの部屋の隣というか、控えの間はヘルミーネや護衛の仮眠室だな」


 兄とはいえ男である自分の部屋としては障りがある、とレオナルドは言う。

 私とレオナルドの場合は、兄妹を自称しているとはいえ、血の繋がりもなにもない。

 だからこそ、余計に男女の線引きは必要になるのだ、と。


「……初めての場所で、ぐっすり眠れる気がしないのですが」


「そこは白銀の騎士であるアーロンが護衛につくから、安心していい」


 同じ部屋で寝るわけにはいかないが、自分も護衛を兼ねているので心配は要らない、と。


 ……初めての場所で眠れないのは、安全面の話だけじゃないですけどね。

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