第15話 アルフにまつわる三角形
さて、なにから手をつけようか。
そんなことを悩んでいる間に、レオナルドの誕生日がやってきた。
二十四歳になったレオナルドは、男盛りの働き盛りだ。
……ただし、嫁はなし、と。
カーヤのような困った性質の恋人を連れて来られても困るが、まったく誰も連れて来ないというのもどうなのだろうか。
近頃は冬以外のほとんどを館の中で過ごしているため、出会いに恵まれないこともあると思うが、本人にまったくその気がない気もする。
昨年の春華祭では、出会いどころか女避けとして私を抱きあげながら街中を歩いていたぐらいだ。
あれでは、こんな大きな歳の娘がいます、と宣伝して歩いているようなものである。
普通の娘さんであれば、恋人や夫にとは考えられないだろう。
「……そういえば、アルフさんの話も聞きませんね?」
「突然なんのお話ですか?」
レオナルドのシャツを縫う手を止めて、ふと思いついたままを口にする。
脈絡なくアルフの名前を出した私に、ヘルミーネが瞬く。
訝しげに作業の手を止め、私へと視線を寄こした。
「レオナルドお兄様もそうですが、アルフさんにも浮いた話がないな、と思いまして」
気がついてしまえば、不思議な話だ。
アルフはレオナルドとは違い、気遣いのできる素敵紳士である。
顔だって整っているし、黒騎士を務めているぐらいだから腕っぷしだって強い。
前髪を上げたレオナルドが年齢より老けて見えるために忘れがちだが、アルフはレオナルドよりも年上で、レオナルド以上に未婚というのが不自然な年齢だった。
だと言うのに、恋人を連れているところを見たことがないし、結婚予定なんてものも聞いたことがない。
……私がアルフさんに会うのが、お仕事中だから?
アルフが館へ来るのは、レオナルドの仕事を持ってくる時や、砦でなにかあった時だ。
そのいずれもアルフにとっては仕事中である。
たまに夕食をとって行く時はいくらなんでも就業中ではないと思うが、制服姿ではないアルフなど、レオナルドの変わりに館へ滞在している時ぐらいしか見たことがない。
プライベートな時間のアルフを見ることがほとんどないから、恋人や婚約者の影が見えないだけか、と一人で納得しかけると、ヘルミーネが少しだけ困った顔をして『本人には聞かないように』と釘を刺してきた。
本人へ聞きに行かせないために、ここである程度の私の好奇心を満たしてくれるらしい。
「アルフレッド様には幼馴染の婚約者がいらしたのですが、その方のお父様がより良い縁を求めて、一方的にアルフレッド様との婚約を無かったこととして、アルフレッド王子と婚約させたのです」
「……ええっと?」
ヘルミーネはレオナルドのことは『ドゥプレ氏』、アルフのことは『アルフレッド様』と呼ぶので、アルフレッドまで出てくると混乱する。
王子と付くので違いは判るが、どうしても一瞬考えてしまうのだ。
「当時は婚約者もアルフレッド様と思い合っていらしたようで、いろいろあったようですが……今も公式にはアルフレッド王子の婚約者です」
「……でも、アルフレッド様は、えっと。アルフレッド王子は」
「ええ、アルフレッド王子は、アルフレッド様への愛を公言して憚らない方です」
私の呼ぶアルフレッドの呼び方とヘルミーネのアルフの呼び方が混ざるので、ヘルミーネの呼び方に合わせる。
というよりも、もしかしたら淑女としてはアルフのことを『アルフ様』と呼ぶべきなのかもしれない。
ヘルミーネによると、婚約者を取り替えられた幼馴染は最初こそアルフに心を残していたが、時間が解決したのか今はアルフレッドへの愛情をしっかりと育んでいるらしい。
その代わりのように、アルフレッドは婚約者へは見向きもせず、アルフへの愛を声高に叫ぶのだとか。
……なにその愉快な三角関係。
いい歳であるアルフレッドが未だに未婚なのは、王爵を得たアルフレッドが父王に望んだ唯一のものが、自分の伴侶は自分自身で選ぶ、という平民には珍しくも無い権利だったらしい。
そのため、親の用意したアルフの幼馴染との婚約は破棄され、アルフレッドは未だにアルフへの愛を叫んでいるのだとか。
「それ、女性の方の父親はおとなしく婚約破棄に納得したんですか?」
「もちろん異議は唱えたようですが、先にあちらがやっていることですからね。同じことをされたからといって、文句は言えません」
幼馴染の父親は、先に婚約していたアルフとの縁を一方的に無かったことにして、アルフレッドとの婚約を結んだ。
先ほどは気づかなかったが、アルフとの最初の婚約は『破棄』されたのではなく、『無かった』ことにされている。
どちらに問題があったにせよ、やはり一度婚約が破棄になった令嬢というのは、外聞的によろしくないのだろう。
だからこそ、アルフとの婚約話自体を無かったこととして扱い、アルフレッドと婚約させ、そして今度はアルフレッド自身に婚約を破棄されたのだ。
「……アルフレッド王子が、アルフレッド様のかわりに仕返しをしたのでしょうか?」
「それはアルフレッド王子に聞いてみなければ判りませんが、婚約者の父親は困った立場に立っているようですよ」
父親としては娘が嫁き遅れになる前に嫁へと出したいが、今さらアルフに押し付けることはできないし、仮にも王子の婚約者だった娘に新しい縁は見つからない。
ただの情勢の変化による婚約破棄であればまだ道もあったかもしれないが、王爵を得た王子から望まれて『婚約破棄』された、いわくつきの娘だ。
言い換えれば『為政者の伴侶として不適格』の烙印を王子自らに押されたようなものだった。
これは領地を治める貴族からは、自らの伴侶としても不適格と判断される。
治める領地の広さに違いがあるとはいえ、自らもまた為政者だ。
為政者の伴侶として不適格とされた娘など、妻に迎えたいはずがない。
「……全員被害者ですね」
幼馴染の父親は加害者なので除外しておく。
アルフレッドも加害者側に近い気はするが、なにを思っての行動かはわからないので保留だ。
アルフを愛していると声高に叫ぶアルフレッドのことなので、アルフのために婚約者から身を引いたのかもしれないし、アルフの代わりに婚約者の父親への復讐をしたのかもしれない。
どちらにせよ、一番不幸なのは幼馴染の女性だ。
「貴族の政略結婚って、怖いですね」
「
いずれ功爵となるレオナルドと縁を結びたいと思えば、レオナルドへ嫁として娘を送り込むか、妹として遇されている私を嫁にと求められるだろう、とヘルミーネは言う。
レオナルドが数年以内に結婚をして、子どもをたくさんもうければ私への求婚は少し減るかもしれないが、本当に少しだ。
すぐに縁を結びたければ、レオナルドの子どもが育つのを待たずにやはり私を嫁に、という話になる。
……ホントだ。全然他人事じゃなかった。
功爵であるベルトランの孫としても、いずれ功爵となるレオナルドの妹としても、厄介そうな縁談が舞い込んできそうである。
これは本当に、本気でレオナルドより強い平民男性を探す必要がありそうだ。
「いつかわたくしも、レオナルドお兄様に婚約者を用意されるのですか?」
一日で一番ゆったりとレオナルドに構ってもらえる夕食後の居間で、こんなことをレオナルドに聞いてみた。
今日はセークをしていたのだが、次の手を考えながら珈琲を飲んでいたレオナルドは、まさか対面に座る私に口の中のものを噴きかけるわけにはいかないと咄嗟に堪え、結果として盛大に
我が兄ながら、よく耐えたと思う。
「……な、なんで……そん、な、話が……?」
まだ少し苦しそうに、時折喉をつかえさせながら逆に聞き返される。
さすがに突然かつ直球過ぎたかと反省し、昼間ヘルミーネから聞いた内容を話す。
いずれ貴族として数えられるレオナルドとの縁を結びたい貴族から、妹である私へも結婚話が持ち上がるだろう、と。
「俺からティナになにかを強制するつもりはない。結婚にしたって、ティナはティナの好きな男と一緒になればいい。……まあ、兄として見極めは行なうが」
俺より弱い男は認めないぞ、と言うレオナルドに、苦笑いを浮かべて突っ込みを入れる。
レオナルドより強い男、という時点でかなり候補者の範囲は狭い。
ジークヴァルトによると、白銀の騎士に数名いるぐらいだが、その誰もが既婚者であるため、私のお婿さんに、というのは無理があった。
「……で、なんでそんな話になったんだ?」
コトリとセーク盤にレオナルドの駒が進められ、今度は私が悩む番だ。
カリーサがいる間にかなりセークで遊んだので、私の壊滅的だったセークの腕も少しは上がった。
まだアルフには勝てないが、たまにならレオナルドにも勝てる。
「レオナルドお兄様には今年もお嫁さんが見つからなかったな、という話から、アルフさんの話になったんです」
「……聞いたのか」
レオナルドの嫁について言及した瞬間は困ったような顔をしたのだが、続いてアルフへと話題が移ったと聞いてレオナルドが神妙な顔つきをした。
友人、むしろ親友として付き合いのあるアルフの話だ。
レオナルドもそれなりに事情を知っているのだろう。
「アルフはまだ元・婚約者殿を想っていて、その元・婚約者殿はアルフレッド王子へとうの昔に心を移している。そして、そのアルフレッド王子はアルフが大好き、ときた」
「完璧な三角関係ですね」
もしくは三竦みとでも言うのだろうか。
見事にどうにもならない図式が完成していた。
「アルフレッド王子は王爵を得た王族だが、アルフと結婚すると自動的に王位継承権は放棄したことになる。アルフへの愛を公言はしても、いずれは女性の伴侶を貰うだろう」
「え? アルフレッド様って、王様になる気があるんですか?」
アルフレッドがいずれ女性の伴侶を得るということよりも、アルフレッドに王位を目指す気があるらしい、ということの方に驚いた。
同性婚については街に来てから知ったのだが、この国ではおおむね受け入れられているというより、最初から差別や区別の対象になっていない。
神話の神々がフリーダムなせいか、地球とは微妙に常識が違うのだ。
しかし、やはり血を繋ぐための跡取りには女性が良いとされるように、同性愛者は家の跡取りからは外される傾向にある。
同じように、子どもを持ちたいと考えている者は伴侶に異性を選ぶので、統計的には地球の夫婦の形態とほぼ変わらない。
「アルフレッド王子は少し困ったところもある方だが、ほかに相応しい方がいなければ、とちゃんと考えてはいてくださるようだぞ」
私は私人としてのアルフレッドの一部分しか見ていないが、公人としてのアルフレッドはちゃんと王族としての振る舞いをし、民のために働いてもいるとのことだった。
今はまだ自由気ままに振舞っているように見えるが、王族として生まれた以上、その役割を弁えてはいるのだ、と。
「そして、元・婚約者殿もアルフレッド王子のそんな性格をよく知っているから、いつか自分に振り返るのではないかと待っている」
アルフに別の嫁でも見つかれば、すべてが良い方向へと向うはずなのだが難しい、と少し考え込むように目を閉じ、すぐにレオナルドは目を開いた。
「そうだ。ティナがアルフのところへ嫁に行くか?」
アルフなら多少不満はあるが、私を嫁がせてもいい、とレオナルドは言う。
なによりも、自分よりも私の扱いが上手い、と。
「アルフさんは好きですけど、アルフさんは貴族じゃないですか。わたくしは貴族にはなりたくありません」
「ティナは貴族に向いていると思うが……」
「向いていませんよ。わたくしは生まれも育ちも平民です」
レオナルドの妹として、レオナルドが恥をかかない程度の振る舞いが身に付けばそれでいい、と言い募る。
この国の貴族が、私が近づきたくないタイプの『お貴族様』ではないらしいとは聞いているが、それだってすべての貴族がそうだという訳ではない。
物語の悪役のような貴族だっている、とアルフから聞いたこともある。
近づかないにこしたことはない。
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