第7話 オレリアの遺産
「……しかし、本当によく出来ているな」
「わたくしに作れるのは、まだ本当に簡単な模様だけですけどね」
アルフが見たいと言ったので、いつかミルシェの物になる予定のリボンを差し出す。
オレリアのレースを知っているアルフは、本当に私がボビンレースを作れるようになりつつあることが不思議なようだ。
私はまだ簡単な模様でリボンを作るぐらいしかできないが、マンデーズ館ではコースターや付け襟といったさまざまな物が作られ始めている、と先日カリーサから届いたレースをサリーサに持ってきてもらった。
コースターは普段使い用にと糸の質はそれほど高くはないが、付け襟は私のお出かけ着に合わせられるようにと良い糸が使われている。
「マンデーズの館で作られるものは充分売り物になると思うのですが……」
商品としては向いていない、と近頃考えていたことをアルフにも話して聞かせる。
私の足りない頭で考えても良案は浮かばなかったのだが、アルフならいい知恵を貸してくれるかもしれない。
ボビンレースを一般の商品として流通させるには、どうしたらいいだろうか、と。
「そもそもリボンなんてもの自体が贅沢品なのだから、値は高くなっても問題ないと思うよ」
私としては最終的に一般人には手が出ない値段になってしまう、と悩んでいたのだが、そもそもが贅沢品なので値段は気にする必要はない、とアルフは教えてくれた。
レースどころかリボンが贅沢品であり、突き詰めてしまえば髪飾りすらも贅沢品である、と。
「リボンは贅沢品、ですか? でも……」
前世でもそこそこのお値段がする物もあったが、安い物はそれこそ百円で買えた。
庶民であった前世の私でも気軽に買えていたものを、贅沢品だとは考え難い。
どうにも納得できなくて首を傾げていると、ミルシェに聞こえないようにと声を一段落として「リボンの値段を前の記憶で判断していないか?」とアルフに指摘される。
アルフの言う『前の記憶』は『前世の記憶』だ。
声を潜めはしたが、うっかりミルシェに聞かれても大丈夫なように
「……そういえば、そうかもしれません」
安価で髪をまとめるものと考えれば、前世ではゴムが主流だ。
百円もあれば数年は新しくゴムを買う必要はないだけの長さが手に入る。
レースにしても同じだ。
今生は手織りで何日もかけてようやく一本のリボンが作れるほど手間と時間がかかるが、前世では機械で作られた恐ろしく精緻なレースが、逆に安価で売られていた。
ある程度安くなければ売れない、と言う考えが私の頭には染み付いている。
しかし、リボンはそもそも贅沢品だ、と指摘されてみれば、無理に値段を抑える必要はない。
私の髪にリボンが結ばれるようになったのは、レオナルドに引き取られてからだ。
それ以前は紐で縛るか、そもそもなにもしていなかった。
オレリアの家で初めてリボンを結ばれたのだが、オレリアはリボンを自分で作っていたし、ワイヤック谷に引き籠ってはいたが良い糸を仕入れることができるほどに貯えもある。
レオナルドも少しデザインが違うだけで似たようなリボンをホイホイ私に買い与えるが、高給取りの砦の主だ。
……感覚が麻痺してたっぽい。
前世での安価であった記憶と、保護者が躊躇いなく買い与えてくれるため、髪飾りそのものが贅沢品であるという考えがまったく浮かんでこなかった。
自分の認識がおかしかった、と気が付いてしまえば思い当たることが次々に思いだされる。
……エルケとペトロナも、いい家の子だもんね。
二人がリボンをしているところを見た事はあるが、ミルシェや他の教室にいた女の子もリボンなんてしてはいなかった。
紐で髪を纏めているか、短くしているかの二択だ。
……物に溢れた日本とは違うから、薄利多売を考えなくてもいいのか。
ボビンレースの製作が趣味の領域なら、買い手もまた贅沢品としての嗜好の範囲になる。
オタク気質の日本人の
「
友人に織り方を教えるのはいいが、商売にする予定なら授業料を取った方がいい、とアルフは続けた。
ただで技術を振りまくのではなく、利益を得ろ、と。
「なぜですか? もともとはオレリアさんが好意で教えてくれた織り方ですよ?」
「そのオレリアの持ち込んだ技術に価値があるからだよ」
レース編みはこれまでもあったが、レース織りはオレリアが齎したものである。
転生者としては役立たずと罵られ、晩年は賢女としてワイヤック谷に籠っていたオレリアがこの世界に持ち込み、残した唯一のものだ。
アルフはオレリアの残したものを、一つたりとも失いたくはないのかもしれない。
「誰かに伝えるのなら、しっかりと伝えてほしい。人はどうしてもタダの話では、価値を見誤って聞き流してしまうこともあるからね」
授業料を取って教えれば、費用がかかっているのだから、と教わる側も身を入れて授業を受けるだろう。
ボビンレースはとてもではないが、一度や二度話を聞いただけで身に付けられる技術ではない。
もとから計算や物を覚えるのが得意なカリーサが特殊なだけで、私のように基本の織り方を何度も練習をする方が普通なのだと思う。
タダで何度も同じ説明をするよりも、お金を取って聞く側を真剣にさせた方が最終的な手間は省けるはずだ。
「……それと、そのレース織りはオレリアからティナへの遺産だとも思うよ」
「遺品としていくつも図案やレースをいただきましたけど、ボビンレースの織り方そのものが、オレリアさんの遺産だったのですね」
愛しくなって、レースのリボンを指で撫でる。
拙い自作のレースだが、これ自体がオレリアの遺産と思えばほんのりと誇らしい。
聖人ユウタ・ヒラガの秘術はオレリアの死とともに大半が失われてしまったが、オレリアが生まれた時から持っていたボビンレースの技術は私とカリーサへと引き継ぐことができた。
異端者として今生の家族の輪からは弾き出されたオレリアではあったが、この世界に己を残すことができたのだ。
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