第6話 カリーサの進化とアルフの出前

 新しい糸が届くのを待ちながら、糸の質を落として新しい図案に挑戦する。

 最初に基本の織り方をとことん練習したお陰か、簡単な図案であれば新しいものでも比較的躓くことなく織ることができた。

 糸の質を上げても同じように織ることができたら、また少し図案の難易度を上げてもいいかもしれない。


 ペトロナを通してリボンを贈ったエルケからは、丁寧なお礼状と恋愛小説が送られてきた。

 どうやらペトロナの口から、私が謹慎中であるという話まで聞かれたようだ。

 謹慎中の慰めになれば、と選んでくれた本のジャンルが恋愛なのは、エルケらしいといえばエルケらしい。


 ……この形状、結構楽だね。


 これまではある物で代用していたのだが、新しい図案に挑戦する際に、オレリアの使っていた円柱状の枕に切り替えてみた。

 この枕は、円柱になっているので織れるそばからクルクルと回して次の面へと移動することができる。

 リボンなど長いものを作る時には最適だろう。


 ひたすらボビンレースを、飽きたらエプロン作りを、と交互に進めているうちにカリーサから手紙が届いた。

 なぜかディートフリートからの手紙も同封されていたので、軽く目を通したあとでヘルミーネへと進呈する。

 返送時はヘルミーネに採点されて真っ赤になる手紙なのだが、最近はそれでも字が綺麗に、文章も読みやすくなってきたと思う。


 ……だから私からの返信は英語にしてみた。


 貴族の基礎教養の一つと聞いているので、王族にも必要なはずだ。

 英語で書いても問題はないだろう。

 それに、私に書ける英語などまだまだ簡単な短文ばかりだ。

 ディートフリートが英語を勉強する教材としては、丁度いいと思う。


「うわっ。すごい」


 カリーサからの手紙とは別に同封されていたレースを広げ、思わず感嘆の声をあげる。

 オレリアに教わった時期は同じはずなのだが、未だに幾何学模様で頭を悩ませている私とは違い、カリーサのボビンレースの進化は素晴らしい。

 アレンジの仕方までオレリアから教えられていたカリーサの作品は、幾何学模様どころか一つの絵だ。

 四季の花がデザインされたコースターや、私が作っている物とは比較にもならない程複雑な模様のリボンと、カリーサが描いたと思われる図案までもが同封されていた。


「……頭の作りが違うんでしょうか?」


 見事すぎるレースを眺めながら小さく愚痴ると、聞こえたらしいサリーサが苦笑を浮かべた。


「カリーサは小さな頃から計算や物を覚えるのが得意でしたから、こういった細かい仕事は姉妹の中で一番得意だと思いますよ」


「大変です、サリーサ。得意なのはカリーサだけじゃないみたいです」


 別に包まれていた布を開き、中から出てきた手紙とレースをサリーサにも見せてみる。

 ざっと目を通した手紙は、アリーサからのものだ。

 カリーサがマンデーズへと持ち帰ったボビンレースを、マンデーズ館の使用人一同で取り組んでみたらしい。

 アリーサは少してこずっているようだが、イリダルは早くも絵がデザインできるようになっているようだ。

 イリダル作と手紙に書かれている付け襟には、白と黒の猫が二匹デザインされている。


「あら、素敵ですね。早速お嬢様の夏物に使わせていただきましょう」


 付け襟だから何にでも使いまわせる、とサリーサは早速レースの付け襟を眺め始めたが、使いまわすといいながら、新しく服を仕立てそうな雰囲気だ。

 私の服を仕立てたい、と言えばレオナルドの許可はすぐに下りる。


 ……お礼のお手紙と一緒に、オレリアさんの難しそうなレースと図案を送ってみようかな?


 読み解けない箇所があっても、もうオレリアに確認することはできないが。

 カリーサとイリダルであれば、難なく読み解いて再現できてしまう気がした。







「お嬢様、お客様ですよ」


「糸の納品ですか?」


「いいえ、お嬢様へのお客様です」


 私への来客なんて珍しいな、とサリーサの迎えで居間へと移動する。

 扉を開けると、部屋の中にはアルフとミルシェが待っていた。


「ミルシェちゃん! 遊びに来てくれたの?」


 ではなくて、来てくれたのですか、と慌てて言い直す。

 ここは城主の館の中だ。

 例え相手がミルシェであっても、言葉遣いには気をつけた方がいいだろう。


 嬉しくなってついアルフとミルシェの元へと駆け寄ると、ミルシェは姿勢を正して立ち上がった。


「三羽烏亭から、ティナお嬢さまへ、お料理のお届けにまいりました」


「お料理のお届け、ですか?」


 はて、なんのことだろう? と心当たりはないのだが、ミルシェの口ぶりから仕事で来ていることは判った。

 そのために口調も改めたものになっているのだろう。

 ならば私もお嬢様らしい喋り方をするべきかもしれない。


 どうぞ、と差し出されたナプキンのかけられた籠を受け取る。

 そのままではナプキンを取ることができないので、一度籠をテーブルの上へと置いた。

 捲ったナプキンの下から出てきたのは、倒れて少し形の崩れた二つの照り焼き鶏サンドだ。


「照り焼きニキッツサンド! 嬉しいわ! ありがとう、ミルシェ」


「アルフさまのご注文です。照り焼き鶏サンドを二つ、ティナお嬢さまにお届けしてほしい、って」


 そっと運んできたけれど、倒れて崩れちゃいましたね、と落ち込むミルシェに、お腹に入れば同じだ、と淑女らしからぬ言葉で慰める。

 ナプキンを被せて埃避けまではしてくれても、前世のファーストフードのように使い捨ての紙で包んではいなかったせいだ。

 空間に余裕のある場所へ納められたハンバーガーやサンドイッチが崩れることはありえることなので、運んだミルシェに罪はない。


「アルフさんも、ありがとうございます。ミルシェを『出前』してくれたのですね」


「喜んでくれたようで、私も嬉しいよ。ところで、デマエ……というのは?」


「え? えっと……」


 移動手段が足か馬やロバといったこの世界で、電話で注文した料理がバイクや車で届けてもらえるサービスを理解できるわけがなかった。

 おそらくは概念として『出前』は存在していない。


 ……うっかりしました。もうアルフさんには日本人の転生者だって知られてるからって、気を抜きすぎた。


 どう説明したら通じるだろうか、と私が戸惑っている間に、どこから出てきた知識ことばなのかは察してくれたようだ。

 苦笑いを浮かべたアルフは、ミルシェにお皿とフォークを借りてくるように、と言ってサリーサとミルシェを居間から遠ざけた。


「えっと、『出前』とは、日本にあったサービスで……」


 用は注文した料理を職場や家まで店が届けてくれるサービスのことだ、と説明してみる。

 便利なサービスだったのだが、この世界で再現しようと思えば採算があわなすぎて誰も手は出さないだろう。

 客へと注文の品を届ける従業員の手が塞がるし、時間もかかる。

 馬を使えば時間は短縮できるが、その馬の維持費だって馬鹿にならない。

 それなのに代金は料理を店で食べるのと変わらないとなれば、この世界で出前という仕組みを取り入れるメリットは店側になかった。


「……でも出張費込みで、たまになら融通きかせてくれませんかね? 三羽烏亭の店主とは一度よく相談した方がよさそうです」


「ティナ、口調」


「あ……」


 指摘されて口を閉ざすのと、ミルシェがお皿を持って戻ってきたのは同時だった。


 鶏サンドは二人分あったのだが、私はミルシェとはんぶんこで一つを食べる。

 アルフは私たちに一つずつの計算で二つ買ってきてくれたのだが、私たちの小さな胃では一つ食べてしまうと夕食に響く。

 では残った一つはレオナルドにでもやるか、とアルフが言い出したので、それは是非ともアルフが食べてくれ、とお皿に乗せた残りの一つをアルフへと差し出した。


「いや、私が買ったものだから、私が食べても問題はないはずなんだが……ティナが『レオナルドにはあげない』と言い出すとは思わなかった」


「いいんですよ、レオナルドさんには。もうひと月以上経ってるのに、まだ謹慎解いてくれない意地悪な兄ですから」


 苛立ち紛れに、あむっと鶏サンドへと噛み付く。

 一口ごとに醤油のいい香りが口の中へと広がった。


「レオナルドにしては、長い謹慎だな」


「謹慎なんてされても、私には全然苦になりませんからね」


 罰になっていないようなので謹慎も解き難いようだ、とアルフに説明したら、なるほどと納得されてしまう。

 レオナルドと私では性格が違うため、謹慎が罰として効力を発したレオナルドとは違うのだ、と。


「ティナおねえちゃん、悪いことして怒られてるの?」


「そうですよ。悪いことをしたので、おとなしく罰を受けている最中です」


 ミルシェの口調がいつものものに戻ったのは、配達という仕事が終わったからだろうか。

 可愛いし違和感がないので私としてはこのままでいいのだが、仕事でここへ来た以上は店へ戻るまでが仕事である、とはあとで教えておいた方がいいだろう。


「おねえちゃん、レオナルドさまにちゃんと『ごめんなさい』した? ごめんなさいすると、許してくれるよ」


「ちゃんと『ごめんなさい』はしたけど、悪いことは悪いことだから、罰はちゃんと受けないと……」


 ちゃんと謝ったのに許してくれないレオナルドは意地悪である、とミルシェの中でレオナルドが悪い人認定されてしまった。

 なかなか謹慎を解いてくれないレオナルドはたしかに意地悪だとは思うのだが、今回に限っては完全に私が悪い。

 どうにかミルシェの誤解を解こうと考えていると、サリーサが完成したばかりのエプロンを持ってきてくれた。


 ……ナイスなタイミングです。


 これでミルシェの気を逸らそう、とサリーサから受け取ったエプロンをミルシェの前で広げてみせる。

 レースやフリルといった飾り気はないが、白い清潔なエプロンだ。

 実用性を重視して、刺繍はポケット部分にだけ入れた。

 カラスといえば日本では不吉の象徴のような言われようだった気がするが、この国では賢い鳥として知られ、ミルシェの働く店は名前からして『三羽烏亭』だ。

 店で身に付けるためのエプロンなので、その刺繍にカラスを三羽入れても問題はないだろう。


 リボンを三本作り、エルケとペトロナにはリボンを贈った。

 が、危険を避けるためにミルシェには渡さないことにした。

 その代わりのエプロンである。


 ミルシェには、こう正直に説明した。

 最初から説明をしておけば、なにかの拍子にエルケとペトロナが揃いのリボンをしているところを見ても、二人が私から貰ったと言っても、自分だけけ者にされたわけではないと解ってくれるだろう。

 ミルシェが大人になって、自分の身に降りかかるかもしれない危険を自分で避けられるようになったら、その時に改めてリボンを贈る、とも付け足すことを忘れない。


「ありがとう、ティナおねえちゃん。大切に使うね」


 すべての説明を聞き終わったあと、ミルシェはにっこりと笑ってエプロンを受け取ってくれた。

 一瞬だけ、家には決して持ち帰らないように、と釘を刺したくなったのだが、さすがにこれは他所のご家庭に首を突っ込みすぎる気がして口を閉ざす。

 けれどミルシェには、口を開きかけてまた閉ざした私の真意など簡単に見抜かれてしまったようだ。

 エプロンはお店でのみ使わせてもらう、と困ったように微笑んだ。

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