第8話 夏服とジェミヤンからの手紙

 仕立屋が、仕上がったばかりの夏服を館へと届けてくれた。

 ついでとばかりに、急遽仕立てることとなった正装の仮縫いを行う。

 いつ王都へと呼ばれるかは判っていないので、夏用と冬用の二着を製作中だ。


 ……ちょっとコスプレっぽいね。


 一言で正装と言われても、私には基準が判らない。

 前世では学生の正装は学生服、社会人の正装は場に合わせて喪服やドレスといった決まりがあった。

 が、この世界の正装は、もっと細かく言うのなら『十歳の平民女児が王都に呼び出された時に着る服としての基準』が、想像もつかなかった。

 さらには、この国には服装は当人に似合っていればよし、といった風潮があるようで、かなり自由が許されている。

 自由すぎて、どこを見て正装と判断してくれるのかが判らなかった。


 ……そして近頃はレオナルドさんが私の好みでいい、って譲ってくれるから、逆に難しい。


 以前のようにレオナルドの趣味でゴテゴテに飾り立てられるのは少し困るが、完全に手放しにされてしまうのも困る。

 私の感覚と、この世界での感覚のズレは、どうしたってあるのだ。


 ……夏服は白い生地の方が涼しそうな気がするんだけど。


 白は白騎士や白銀の騎士が纏っている色なので、避けた方がいいだろう。

 仮縫い中の正装のスカートをつまみ、鏡を見ながら少し動いてみた。


 薄い生地を贅沢に使った赤のスカートが、私の動きにあわせてふわりと広がる。

 上着はレオナルドの正装と同じデザインだ。

 差し色に赤を使っているが、基調は黒である。

 夏場に黒い服など、熱を集めるだけな気がするのだが、当たり障りのない正装を目指したら、レオナルドの真似をするしかなかった。

 ただレオナルドの正装は騎士団の物なので、まったく同じ物にしたらやはり問題があるだろう。

 それは判っていたので、女児用にアレンジがされている。

 レオナルドの正装はズボンも黒なのだが、私のスカートは深紅よりも明るい赤で、黒基調は変わらないが赤の面積も多い。

 手袋や裾にはレースも使われているので、騎士団の正装というよりは、騎士の正装風コスプレ衣装だ。


 ……こういうの、ミリタリーワンピースって言うんだっけ?


 前世で軍服風のワンピースを見たことがあるが、あれは可愛かった。

 まさか異世界に転生して、自分が正装として身に纏うことになるとは思いもしなかったが。


「ようやく謹慎が解けて、よかったですね」


 スカートの裾が広がるのが楽しくてくるくると回っていたら、サリーサからは浮かれているように見えたようだ。

 私が動いたことでできた皺の位置を確認しながら針の位置を調整しつつ、紙になにかを書き込む。


「長い謹慎でしたけど、謹慎が解けたから浮かれているわけではありませんよ?」


 スカートの動きが気に入っているのだ、と仕立屋の仕事を褒めると、針子の手が一瞬だけ止まってその頬が引きつる。

 褒められて嬉しくない人間は少ない。

 針子の娘も、にやけそうになる頬に力を込めて無表情を装っているのだろう。

 褒め殺して笑わせてみたい、という悪戯心がムクムクと湧きあがってきたが、店に戻ったあとで怒られるのは針子なので、褒め殺すのはやめておく。

 仕立屋の仕事については、レオナルドの前で褒めて代金に色を付けてもらった方がいいだろう。


 ……ま、謹慎が解けたのも嬉しいけどね。


 先日アルフの手によって出前されたミルシェを使い、見事にレオナルドから謹慎解除の言質をもぎ取った。

 方法は簡単だ。

 少し謹慎が長すぎる、とミルシェの同情を買い、レオナルドへとけしかけたところ、あっさりと謹慎を解くとのお許しがでた。

 さすがのレオナルドも、年齢一桁の幼女から意地悪と罵られるのは、いろいろ心に響くものがあったのだろう。


 ……私が見たとおりの年齢なかみじゃない、って扱いかねてるのは解るんだけどね。


 だからと言って、いつまでも謹慎されていては不自由を感じる。

 もとから頻繁に出歩く性質たちではないが、だからこそいざ出かけようという時に謹慎のせいで行動を制限されると少し困ってしまう。

 罰としての効力は薄いが、地味に不自由だ。


 仮縫い作業の終わった正装を脱ぎ、もとから着ていた春服に着替えようとして、思いとどまる。

 せっかく着替えるのだから、その前にレオナルドへと夏服のお披露目をするのもいいかもしれない、と考えたのだ。







「入ります」


 返事を待って、扉を開ける。

 レオナルドの執務室へと入ると、中には部屋の主のほかにアルフもいた。


「どうかしたのか? 今日は仕立屋が来ると言っていただろう。なにか俺に用事か?」


「用事がなければ、お仕事中の部屋へお邪魔なんてしませんよ」


 とはいえ、その用事というのは緊急性もなにもない、届けられた夏服を見せる、というだけのものだ。

 胸をはって威張れる内容ではない。


「見てください。ヘルミーネ先生がデザインしてくれた夏服です」


 スカートを摘んで、くるりとその場で回る。

 夏服用の薄い生地が使われたスカートは、空気を含んでふわりと膨らみ、また静かに下りた。

 最後にサービスで笑顔も添える。


「……可愛いですか?」


「ああ。よくにあ……、あ、いや……」


 すぐに頷いて頬を緩めかけたレオナルドだったが、直後にその表情が硬化した。

 なんと答えるべきかと悩み始めたのが手に取るように解ったので、わざとらしく頬へと手を当てて小首を傾げる。


「女の子が新しい服を着て似合うかどうか見せに来たんですから、年齢は考慮する必要ありませんよ」


 可愛ければ可愛い、似合っているのなら似合っている。

 思ったままを、素直に答えればいいのだ。

 そう背中を押してやると、レオナルドは困ったように苦笑いを浮かべたあと、ようやく頬を緩めた。


「……可愛いぞ。よく似合っている」


「ありがとうございます」


 今回のデザインがヘルミーネなのは、私の好みはやはりシンプルすぎて淑女としては問題があるらしい。

 レースやリボンでゴテゴテに飾り立てられるのは避けたいが、ある程度の飾りはどうしても必要なのだ、とヘルミーネがデザインを修正してくれた。

 その結果として、スカートの裾へはレースがあしらわれ、腰には布で作られた花が飾りとして付けられている。


 一通りデザインが修正された部分をレオナルドに話し終わると、丁度いいからと執務机の側へと呼ばれた。

 近頃では私も文字を読めるようになったし、中身の年齢も外見どおりではないと知れているため遠ざけられていたので、珍しい。


「ティナ宛の手紙が、ジェミヤン殿から届いている」


「……レオナルドさんのところへ、届いていたのですか?」


 誤って砦への荷物に紛れ込んでしまったのだろうか、と差し出された封筒を受け取ると、ジェミヤンはどうやら故意に砦宛に送ったらしい、とアルフが教えてくれる。

 宛名を見れば最初から私宛だと判る手紙だ。

 その手紙のあて先がグルノール砦になっているのだから、レオナルド経由で私の手へと渡ることに意味があるのだろう。


「レオナルドさんにも伝えておけ、ということでしょうか?」


「それは判らないが、とにかく読んでみたらどうだ?」


 封筒に続いてペーパーナイフが渡されたので、執務机を借りて封を解く。

 レオナルドが先に目を通してもいい、という配慮だったとは思うのだが、レオナルドは私宛の手紙を先に開けるような真似はしなかったようだ。


「あの刺繍のことでしょうか?」


 なにか不足の自体であれば、すぐにでもレオナルドへ伝えなければならないだろう。

 そう考えて、この場でそのまま読んでみたのだが、読み進めるたびに頭を抱えたくなってきた。


「うわぁ……」


 どうやらラガレットであの刺繍絵画はとんでもない迷惑をジェミヤンにかけているようである。

 あまりの迷惑っぷりに、近頃はようやく被れるようになってきた淑女という名の猫が脱げた。

 なんとレオナルドに説明したものかと考えて、やはりそのまま伝えることにする。

 下手に言葉を飾る必要はない。

 他人ジェミヤンに迷惑をかけてしまっている以上、レオナルドには正直に相談した方がいいはずだ。


「どうした、ティナ?」


「レオの絵を、断りにくい筋から売ってほしい、って言われているそうです」


 製作者の兄へのプレゼントだから、と断ってくれてはいるそうなのだが、相手は諦めずに絵を売れと毎日のように押しかけて来ているようだ。

 ジェミヤン相手にごり押しができて、さらにジェミヤンが対応に困る相手というのが気になるが、それ以上にあの絵が勝手に他人へと売られてしまっては私が困る。

 あれはもともとレオナルドへの悪戯で用意したものなのだ。


「却下だ、却下。ティナがジェミヤン殿へ送った絵といったら、ティナが作った俺への誕生プレゼントになる予定の絵だろ」


 どこの誰ともわからない相手に横から奪われてたまるか、と一応のお伺いを立てたのだが、レオナルドは強い拒否を見せる。

 予想通りの反応ではあったが、そこまで期待されても困る代物なのが、あの刺繍絵画である。

 私としてはひと目見せてレオナルドにぎゃふんと言わせることができれば、あとは扱いに困るだけの絵だ。

 悪戯が達成されれば倉庫へ押し込められることになるだろう絵画の未来を思えば、欲しい人がいるというのは、絵画自体にとってはそれほど悪いこととは思えない。


「私としては、ジェミヤン殿であっても断りにくい筋、というのが気になるな」


 先祖には王家の人間がいる、というラガレットの領主ジェミヤンは杖爵である。

 この国の爵位制度は、家そのものに血としての重みがない、と隣国辺りには軽んじられることもあるが、それも功爵や忠爵あたりまでの話だ。

 国の歴史とともに王家に仕えてきた杖爵に対しては、同等の爵位をもった貴族であると隣国からも一目置かれている。

 その杖爵であるジェミヤンですらも断りにくい筋となると、考えられるのは王族やそれに連なる近い血筋となってくるだろう。


「面倒そうな相手に付き纏われているみたいで、申し訳ないです」


「多少面倒な相手でもジェミヤン殿にはなんということもないとは思うが……ここで恩を売っておくのもいいかもしれないぞ」


 手紙を読み終わり、中身を確認してもらうためにレオナルドへも手紙を渡す。

 どんな絵だったかは触れられていないので、回覧してしまっても問題はない。


「レオナルドさんが売ってもよければ、売ってしまった方がいいかもしれません」


「ティナが俺に作ってくれた絵だろう」


 レオナルドとしては、ジェミヤンに恩を売るよりも、私が作ったということの方が大事なようだ。

 正直そこまで大事に思ってくれるのなら、物を大事にするより、者を大事にしてほしい。

 ここしばらくの私への態度には、ひそかに傷ついてもいるのだ。


 ……葛藤があるのは解るけどね。それでも少し寂しいよ。


 ただ服が似合うかどうか見せに来ただけでも、なんと答えるべきかと一瞬悩まれるのだ。

 以前は考える間もなく自然に感想が出ていただけに、なんとも歯がゆい距離を感じる。


 ……中身は見たとおりの年齢じゃないけど、あんまり変わらない子どもだよっ!


「ティナは売ることに対して抵抗はないんだな?」


 レオナルドの説得は難しい、と早々に見切りを付けて、アルフの視線が私へと向けられる。

 内心でちょっぴり拗ねかけていることなんて頭の片隅へと押しやって、とりあえず今解決すべきことへと思考を切り替えた。


「レオナルドさんの誕生日プレゼントに、って作った絵ですけど、喜ぶかどうかは謎なので、引き取ってくれるのなら実は助かります」


「……どんな絵を描いたんだ」


 私からのあまりにもあんまりな感想に、アルフとレオナルドの声が重なる。

 それはそうだろう。

 一生懸命ひと針ひと針縫ったはずの刺繍絵画に対する思いが、引き取り手があるのは喜ばしいと言っているようなものなのだから。


「レオナルドさんの絵ですよ」


 昨年の誕生日にレオナルドが私への誕生日プレゼントとして、私の肖像画を用意してくれたので、自分の絵など貰っても嬉しくない、と頭に叩き込むためにレオナルドの絵を作ったのだ、と正直に答える。

 その際に、レオナルドが用意した私の肖像画も想像で補われていたようだったので、こちらもモデルにレオナルドを採用しただけでモチーフは別の絵である、とも教えておく。


「……ティナ、モチーフを聞いてもいいか?」


「軍神ヘルケイレスです。ヘルケイレスの神話を描いてもらいました」


 レオナルドは軍功から軍神ヘルケイレスにたとえられることがある。

 ならばと、そのままヘルケイレスの神話モチーフに、姿など見たこともない神の姿をレオナルドから借りたといった方が近い。


「ヘルケイレスの絵画を求めるとなると……騎士の家系か?」


「おまえの姿絵を欲しがる者となると、ヘルケイレスではなくおまえが目当ての場合もあるだろう」


「言うな。考えたくない」


 嫌な予感がしてきた、とレオナルドは頭を抱える。

 アルフからの提案として、とにかくここで考えていても仕方がない。川を使えばラガレットへは数日で往復ができるので、一度絵を見てきてはどうか、ということで話はまとまった。

 絵を見たあとで、そのまま取り返してきてもいいし、販売を決めてもいい、と。


 ……ちょっとした遊び心だったんだけど、なんかごめんなさい。

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