閑話:レオナルド視点 指輪の行方 2

 いつか館へも聞き込みに来るだろう。

 そう構えて待っていたベルトランが館を訪れたのは、意外に遅かった。

 アルフからは精力的に聞き込みをおこなっていると聞いていたのですぐにでも乗り込んでくるかと思っていたのだが、アルフの報告から一週間以上も経っている。

 黒騎士以外のジャン=ジャックの交友関係が昨年のワーズ病でほとんど絶えているため、聞き込みが難航したのかもしれない。

 これも不幸中の幸いと言うのだろうか。


「今日はお早いですね。オスカーならメンヒシュミ教会だと思いますが」


「今日はオスカーを引き取りに来たのではない」


 用件は判っていたが、わざと別のことを言ってみる。

 ベルトランが館へ来る用事など、これまでは黒犬オスカー関連しかなかった。

 今日ももちろん黒犬関係であろう、と正面からとぼけてみたのだが、ベルトランにはあっさりと交わされてしまう。

 ベルトランの気質は自分とそう変わらない。

 回りくどい挨拶を好まず、正面から用件のみを伝えてくるだろう。


「ジャン=ジャックという黒騎士を探している」


「ジャン=ジャックは私の配下ですが、どのようなご用件でしょうか」


「なに、難しい話ではない。私が長年探していた指輪を、なぜかその者が所持しておったようでな。詳しい話を聞きたいと思って、探しておる」


 ……長年、か。


 ベルトラン本人の口から出てくる情報は、アルフの報告とほとんど同じだ。

 以前から手配書を回していた指輪が売りに出され、ベルトランの元へと報せが届いたために情報を求めてグルノールの街へとやって来た。

 そのついでに保護されたとの報せがあったオスカーを引き取りに来たのだ、とも。


 ……オスカーはなかなかの忠犬だと思うのだが。


 その忠犬の引き取りがただのついで、と表現されるようでは、アルフの危惧するとおりなのかもしれない。

 ベルトランは身内に属するものには、必要以上に厳しいのだろう。


「……ジャン=ジャックは先の伝染病騒ぎのおりに、意図せずとはいえ街へと伝染病を持ち帰り、感染を広げました。そのとがにより現在は労役についています」


「では、その労役についている場を、お答え願おう」


「それを聞いて、ベルトラン殿はいかようになさるおつもりですか?」


「それはもちろん……」


 詳しい話を聞くため、その場所へと出向く、とベルトランは答えた。

 自分とよく似た馬鹿正直さだが、今回はそれが非常にありがたい。

 おかげで正面からベルトランの申し出を却下することができる。


「ジャン=ジャックは自身もワーズ病をわずらい、回復しました。詳細はセドヴァラ教会でご確認いただけます。そこで納得していだだけると思いますが、ワーズ病患者は回復後も一年間は唾や瘡蓋かさぶたなどに感染力があるらしく、簡単には人里へ戻せません」


 そのため、感染者は全員街から離れた場所に隔離していた。

 最低でも一年間、欲を言えばもう半年は長く隔離しておきたい。


 再びワーズ病の脅威を広めないためにも、ジャン=ジャックに面会することが目的であるベルトランに隔離場所を教えることはできない。

 ジャン=ジャックを呼び戻すことも、ベルトランを開拓村へと連れて行くことも、グルノールの砦と街を預かる者として拒否する。


「……袋にでも詰めて話せばよかろう」


 唾や瘡蓋が感染源になる、という話を聞いてのベルトランの対処法がこれらしい。

 たしかに、唾や瘡蓋だけが問題ならば、あながち間違いではないだろう。

 ティナもマスクや手洗いを徹底して感染を免れている。


「その場合、ベルトラン殿には隔離場所まで目隠しで馬に乗っていただき、袋に入るのは貴方になりますが」


 ティナを連れて開拓村の様子を見に行く時には、お互いにマスクをして感染を予防していた。

 本気で袋に入る必要などないのだが、ベルトランからの提案がこれだったのだ。

 ならば袋に入るのはおまえだ、と返しても無礼にはなるまい。

 言い出したのはベルトラン本人であり、身を守るための術としての提案なのだから。


「一年間というのは、あとどのぐらい残っている?」


「秋の終わりになりますから、あと半年ほどは最低でもジャン=ジャックは動かせません」


 さすがに自分が袋に詰められるのは嫌だったらしい。

 ジャン=ジャックを最低でも閉じ込めておかねばならない期限へと質問が移ったので、少し長めに答えておく。

 感染者たちは初夏から中ごろ近くに開拓村へと移動させたので、本来は秋のはじめには一年という期間は過ぎるが、余裕を持ちたいというのも本当だ。


「……ならば他の者を呼べ」


「他の者、と仰いますと?」


「金髪の黒騎士とセドヴァラ教会の者が、一度指輪を買い戻しに来ている」


 ベルトランに報せを走らせた古物商は、サロモンの指輪については気を使っていたらしい。

 指輪が売りに出されてすぐに知らせを送っただけではなく、買戻しにきたジャン=ジャックのことも詳細に覚えていた。

 そのジャン=ジャックの連れとして、アルフとジャスパーが同行していたことまでベルトランに報告が行っている。


「ジャン=ジャックに同行……というと、アルフとジャスパーだな」


 街から移動させる際に、ジャン=ジャックがどうしても買い戻したい物があるということで、条件付きで外出を許可したことがある。

 その時に同行させたのがアルフだ、とさも今思いだしたという風体で呟く。

 嘘も演技も苦手なのだが、今回ばかりは仕方がない。

 ティナを今すぐ「あなたの孫娘だ」と教えていいかどうかの判断がつかないのだ。

 もう少しベルトランの出方を知りたい。


 アルフについては、現在アルフの館に滞在しているベルトランとわざわざ引き合わせる必要はない。

 滞在先に戻れば、そこへアルフも帰ってくるのだ。

 アルフなら聞かれれば話せる範囲で正直に答えつつ、上手くかわしてくれるだろう。


 ……そしてジャスパーに会わせられない大義名分もある。


 案の定、アルフについては言及せず、ジャスパーについて聞いてきたベルトランに、こちらも下手な隠し立てはせず正直に答える。

 ジャスパーは現在この館の客室に滞在しているが、関係者以外との面会は王の許可でも下りない限りは許さない、と。

 これに関しては、なぜ拒否するのかも説明する必要がない。

 客間の扉や館の門に白銀の騎士が立っているのだ。

 白銀の騎士がどういった役割をもつ騎士団かを知っている者ならば、わざわざ説明などされなくとも意味が理解できる。


「……メイユ村とは、どこにある?」


 引退したとはいえ、元は黒騎士であるベルトランに、白銀の騎士が守るものがなんであるか、という説明は必要なかった。

 ジャスパーへの面会を強引に迫るつもりはないようで安心する。

 しかし、ベルトランの口から『メイユ村』という単語が出てきたことには、内心で驚かずにはいられなかった。

 どこからメイユ村などという言葉がベルトランの耳に入ったのだろうか。

 下手をしたら、すでにサロモンには娘がいたと知られている可能性もある。


「メイユ村はグルノールの南にあった村ですが、病で滅びて今はなにも残ってはいません」


 これは嘘ではない。

 病で滅んだメイユ村は火で焼き清めたため、建物からなにからすべてが燃やされ、残っているものがあるとすれば無数の墓だけだ。

 そしてたった一人の生き残りは、メイユ村ではなくグルノールの街に住んでいる。

 そのため、メイユ村にはなにも残ってはいないと言っても、嘘にはならない。


 村の後片付けの指揮をとり、火をつけたのがジャン=ジャックである、とベルトランへの説明を追加する。

 そして詳しい話が聞きたいのなら、手紙か労役が終わるのを待つように、とも続けた。

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