第34話 エクスカリバー

「……とりあえず、これを粉にしましょう」


 有能らしい薬師くすしを素人扱いしてしまった気まずさを誤魔化すように、薬研やげんを手元へと引き寄せる。

 失敗の理由は、レオナルドと同じだ。

 欲張って一度に多くの量を粉にしようとするから、なかなか粉にならないのだ。


「少しずつやりましょう」


 なにか入れ物をください、と言って動いたのはレオナルドだった。

 勝手知ったる他人の家とばかりに、深めの器を持って来てくれる。


「私は力もないので、減らします。ちょっとずつです」


 薬研に入った砂粒を深めの器へと移し、薬研の中に少し残した粒を粉にする。

 一年ぶりの作業だが、体はちゃんとコツを覚えていたようだ。


「これでどうですか? 合格ですか?」


 すぐに粒から粉へと変わった薬研の中身を、確認のためオレリアへと渡す。

 オレリアは薬研を覗き込むと、満足気に一度だけ頷いた。


「I'm troubled with a disciple who can not grind powder」


 英語で何事かを呟いて、オレリアは薬研をバルバラへと押しやった。

 バルバラは目の前へとやってきた薬研を覗き込むと、唇を真一文字に引き結ぶ。


「It's the same if you put it in your mouth」


 ……なに言ってるんだろ?


 粉と粒の違いを見せてやったというのに、バルバラが態度を改める様子はない。

 英語で何事かオレリアに言い募っているが、まさかまだ粉と粒の差が解らないのだろうか。


 オレリアとバルバラの顔を見比べていると、レオナルドが二人の会話を通訳してくれた。

 粉も挽けない弟子と評価したオレリアと、薬なんて腹に入れば同じだとバルバラは主張しているらしい。


 ……同じなわけないじゃん?


 なにを言っているのだろう、とマジマジとバルバラの顔を見つめる。

 成分や量といった意味でなら同じかもしれないが、薬の質としては違いが出てくるはずだ。

 そのぐらい、素人の私にだって想像ができる。


「バルバラさん、角砂糖って知っていますか?」


「当たり前です」


 馬鹿にしているんですか? と睨んでくるバルバラに、砂糖と角砂糖を使って粉と粒の違いを説明してみることにした。


「角砂糖をこの粒として、お砂糖を粉と考えます。紅茶に入れると、先に全部溶けるのはどっちですか? 角砂糖も形が崩れて溶けますけど、お砂糖の方は紅茶に入った瞬間からすべての粒が溶けはじめますよ」


 最終的な味は同じかもしれないが、溶ける時間に違いがある。

 これは砂糖をたとえに使っているために『味は同じになる』という結果になるが、これが薬だった場合には効能や効き始めまでの時間に影響が出てくるだろう。

 すべての薬効が同時に溶け始めて効果を発揮するはずのものが、溶けにくい素材が一つ混ざっているせいで違う効果を発揮してしまうかもしれないのだ。


「わざと効き難くするために材料を大粒にする場合もあるかもしれませんけど、今はオレリアさんに教わっているんですよね?」


 だったらオレリアの求める大きさに素材を整えるのがバルバラの仕事である、とまとめたら、オレリアに頭をぐるんぐるんと撫でられた。

 褒められているのは判るのだが、目が回る。


「……ティナはそんなことを、どこで習ったんだ?」


「習ってませんよ?」


 オレリアに私の言葉を通訳し終えたレオナルドに、そう突っ込まれた。

 別にこれは前世の知識でもなんでもなく、単純に考えれば思いつくことだ。

 砂糖と角砂糖での例えを薬に直したあと、順序だてて説明すると、単純な話だとレオナルドもすぐに理解する。

 薬は不味い料理とは違い、腹に入れば同じだとは言えないものだ。


 私の考え方は間違っているか、とレオナルドの通訳でオレリアに聞いてみる。

 オレリアは私の顔を見て深いため息を吐くと、バルバラに向かって一言発した。


「What a child understands, but a pharmacist doesn't understand」


 意味は判らなかったが、おそらくはバルバラへのダメだしだったのだろう。

 バルバラは椅子を蹴って立ち上がると、玄関の扉を大きく開いて家を飛び出していった。


「The escape seems to be close」


「わたしと比べたらダメですよ?」


「I know that」


 逃亡が近そうである、と通訳されて、釘を刺す。

 私と比べてしまったら、さすがにバルバラが気の毒だ。

 私の場合は、私の思う『粉』とオレリアの思う『粉』が一致したことで問題にならなかったが、オレリアの言葉はやはり少し足りない気もする。


 すでに薬師である、という矜持プライドで凝り固まっており、バルバラは基本に返るということが苦手らしい。

 素人のパウラの方が余程素直で覚えがいい、というのがオレリアの評価だ。

 ただパウラは急遽セドヴァラ教会が送り込むことを決めた人材で、バルバラほど英語を身に付けてはいないとのことだった。

 理想としてはバルバラがオレリアの言葉を通訳し、パウラが調薬を学ぶ。その作業から、今度は逆にバルバラが調薬を学べばいいのだろうか。

 せっかく弟子が二人もいるのだから、二人で補いあって学んでいけばいいと思う。

 そうすればオレリアの技術を継いだ者が、一度に二人も誕生するということに繋がる。


 ……でも、ここでも自分は薬師だってプライドが邪魔しそうで、どうしようもないね。


 パウラも自分が合格したあとは、バルバラを手伝おうとしているらしい。

 オレリアの合格が出た粉を見せて、小麦粉のように細かくだとか、少しずつやった方が早い、と私が言ったのと大差ないことを言って励ましていたのだとか。

 そして、それをバルバラは拗ねて拒絶したのだ。


 ……ある程度育った大人が、人から物を教わるって、大変だよね。


 素材の名前や分量はすぐに覚えるのだが、バルバラの仕事はどうにも大雑把でいただけないらしい。

 そんな感じでよく薬師ができていたな、と聞いてみたら、現在の薬師はセドヴァラ教会で整えられた材料を使って調薬する者が多いのだと教えられる。

 自分で材料を調えるところから始めないため、不揃いな粒などを見落としてしまうのだとか。


 ……それ、セドヴァラ教会に意見しておいた方がよくないですか?


 材料を調える時間を節約したために、実際に調薬を行う薬師の技術が落ちるのは不味い。

 これは放っておくと、いつか賢女が魔女と呼ばれた時代に戻ってしまう危険性もあるだろう。


 ……まあ、でも子どもの私が指摘することじゃないよね。


 一度それとなくジャスパーに話してみようとは思うが、そのあとのことはジャスパーに任せるしかない。

 ジャスパーがセドヴァラ教会の偉い人に伝えてくれれば改善するかもしれないが、私にできることはなにもないのだ。







 せっかく来たのだから、プリンでも作っていけ、とオレリアに離れの台所へと追いやられる。

 レシピは手紙で、しかもカリーサに英語で書いてもらったのでオレリアにも読めるはずなのだが、オレリアはプリンを作りはしなかったらしい。

 ならば弟子に作らせればどうか、と言ったら、弟子二人の料理の腕前もオレリアと大差ないとのことだった。

 三人とも調薬には興味があるが、料理にはまったく関心がないらしい。


「レシピどおりに作ればいいだけなのにね?」


「それが出来ないから、料理下手なんだよ」


 調薬もまともに出来ないのだから、と私の手伝いとして送り出されてきたパウラが卵を籠に入れて持ってくる。

 もしかしなくとも、オレリアとレオナルドが二人で話をするために私たちは追い出されたのだろう。


「あと私は英語読めないし?」


「わたしだって読めないけど、今お勉強中ですよ」


 パウラは調薬の勉強に加えて英語も頑張ってください、と言うと、パウラは困ったように苦笑いを浮かべる。

 なにか変だな、と問い質すと、実は大陸で使われている文字の読み書きも怪しいのだと答えられてしまった。


 十代の年頃の娘に見えるパウラは、もとは村人だったらしい。

 メンヒシュミ教会のある町が近くになかったため、読み書きを学ぶ機会がなかったのだとか。

 そんな人間が何故セドヴァラ教会で薬師になろうだなどと思ったのか、と聞いてみたところ、昨年のワーズ病で家族と結婚を控えていた婚約者を一度に失ったのだと教えてくれた。

 それは初期の症状なら治るという薬が出回り始めた頃で、パウラ自身は感染すらしていない。

 婚約者と家族は全員死んでしまったが、快方へと向かう他の村人を見て、薬は凄いと感銘を受けたそうだ。

 自分の家族は間に合わなかったが、次に同じことが起きた時に少しでも早く薬が出回るよう、自分が薬を作る手伝いをしたい、と。


 天涯孤独となったパウラは、私という素人が意外に役に立ったというオレリアの報告を検証したいセドヴァラ教会には都合のいい存在だった。

 いつものように途中で逃げ出して処分したとしても、文句を言ってくる家族がいないという意味でも。


「……あの時の薬は、ティナちゃんがお手伝いしてくれたんだってね? ありがとう。ティナちゃんとお師匠様のお陰で、私の村は助かったよ」


 ほんのりと頬を赤らめて言うパウラに、なんと答えたらいいのかが判らなくて口を閉ざす。

 私はただ材料作りを少し手伝っただけで、お礼を言われるほどのことはしていない。

 そう言えばいいだけのことなのだが、うっかりすると口から「私の村は全滅した」と出てきてしまいそうだ。


 ……嫌だな、私。なんで急にこんな卑屈なこと考えてるの。


 沈みはじめた気分を誤魔化すためにも、プリン作りをパウラに叩き込むことにした。







「……なんですか、これ?」


 完成したプリンを持って戻ると、オレリアが白い封筒を差し出してきた。

 まだ温かいプリンをレオナルドに預けて封筒を受け取ると、封筒を確認する。

 白い封筒には、杖と薬草と思われる紋章の封蝋が押されていた。


 ……杖と薬草ってことは、オレリアさんの紋章か、セドヴァラ教会の紋章?


 何度かひっくり返して見てみるが、あて先もオレリアの記名も書かれていない。

 封筒だけ差し出されても、どうしたらいいのかが判らなかった。


「オレリアが言うには『Excalibur』だ、ってことだ」


 ……エクスカリバーって剣の名前だっけ? 岩に刺さった剣を抜いた人が王様だ、って外国のお話だったと思うけど。


 どうやら英語を実用レベルに身に付けたという黒騎士でも『エクスカリバー』はなんのことだか判らないらしい。

 異世界の共通語として英語を浸透させた転生者も、異世界の物語に出てくる武器の名前までは伝えなかったのだろう。

 探せばメンヒシュミ教会のどこかに異世界の物語としてあるのかもしれないが、それだって水戸のご隠居のお話が『ニクベンキ』となっていたように、同じものではなくなっている可能性もある。


 ……あれ? 王様を決める剣?


 なんだか物騒な封筒を預かってしまった気がした。

 思わず恐々と封筒を見下ろすと、あまりに王族の干渉が酷かったら使うといい、と説明が追加された。

 どうやらこれは、エセルバートやアルフレッドを黙らせることが出来る魔法のアイテムらしい。


「オレリアさん、素敵っ!」


 最大限の感謝を込めてオレリアの腰へと抱きつく。

 つまりは、この封筒があれば王族の嫁もディートフリートのお守りも回避できるということだ。


「でも、なんでオレリアさんそんなことが出来るの?」


 昔エセルバートに口説かれ、最後まで拒み通したらしいという話はヘルミーネから聞いているが、あれはあくまで噂の範囲だ。

 事実かどうかは怪しいものがある。


「オレリアはエセルバート様と現国王陛下、そのお后様にも恩を売ってあるらしい」


「なるほど」


 聖人ユウタ・ヒラガの秘術を受け継ぐオレリアは、薬師として高い評価を得ている。

 国の要人ともなれば、オレリアの世話にもなったことがあるだろう。

 そういった縁でもって、オレリアは王族に顔が利くといったところか。


 ……でも、これでもうエセル様もディートも怖くないね。


 封筒を大事に懐へとしまい入れ、改めてみんなでプリンを食べる。

 冷やす時間はなかったので、ほんのり温かいのだが、焼きプリンというものを聞いたことがあるのだから、温かくてもプリンはプリンだろう。

 余分に作った分は井戸で冷やしています、と言うと、パウラはプリンを二つ持って外へと出て行った。


 ……バルバラさんのトコに行くのかな?


 少しきつそうな印象のバルバラだったが、パウラがのん気そうなので大丈夫だろう。

 なんとなくそう思った。

 今度の弟子たちは、きっと大丈夫だ、と。


 三人でおやつなんて久しぶりだな、と美味しくプリンをいただく。

 サリーサが配合比に拘って完成させたプリンは、オレリアの口にもあったようだ。

 無言だが手が止まらないので、美味しくいただいているのだろう。


「……さて、そろそろ帰るぞ、ティナ」


「へっ!?」


 プリンを美味しく頂いたあと、使った食器を片付け終わるのを待って、レオナルドがこう言った。


 ……そろそろって、ほとんど来たばっかりですよ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る