第31話 アルフとアルフレッド

 ……なんか変だね?


 先ほどから感じる拭い去れない違和感に、こっそりとアルフの顔を盗み見る。

 今はティモンとリバーシをしているアルフは、はじめはセークをしようと言い出した。

 リバーシ盤が完成してからというもの、我が家ではリバーシばかりしていたので、これは少し珍しい。


 セーク盤を持っておいでと言ったアルフに、リバーシじゃないんですかと聞き返したら、リバーシとは何かとティモンに聞かれた。

 リバーシ盤はレオナルドがお金を出して作ったものなので、王都から来たらしいお客様が知っているわけもなく、私がティモンにルールを説明することになったのだが、アルフが説明をしても良かった気がする。

 ティモンに説明をする間、つたない私の説明を補足することもなく、隣のアルフがジッと座っていたのが気になった。


 リバーシはコマをひっくり返すだけの単純なルールなので、ティモンはすぐに遊び方を覚えていた。

 誰かの護衛で来たはずなのに、アルフとリバーシで遊んでいていいのだろうか、とは思ったのだが、もう一人の護衛がちゃんと扉の前に立っているのでいいのだろう。

 たぶん。きっと。


 ……なんか変だな? 何が変なんだろう?


 確かに違和感はあるのだが、答えがわからなくてムズムズする。

 相変わらずコクまろは私にぴったりと寄り添っていて、番犬としての将来が心配だ。


 金色の髪も、髪型も、瞳の色もいつものアルフなのだが、奇妙に違和感がある。

 普段は見ない色の服を着ている、ということだけではない気がした。


「嬢様、少しよろしいですか?」


「はいれす」


 バルトに呼ばれ、これ幸いとばかりに居間から逃げ出す。

 違和感の正体がつかめなくて気持ち悪かったので、気分転換できるのはありがたい。

 どうやらお客様が来たらしいのだが、何故か私が玄関まで出迎えに行くことになり、扉の向こうに立つアルフの姿に思わずあんぐりと口を開けてしまった。


「……あ、あえ? アルフしゃん!? あれ? じゃあ、あっちのありゅふしゃんは!?」


 驚きすぎて噛みまくったが、気にしない。

 居間でティモンとリバーシをしているはずのアルフが、扉の向こうに立っていた。

 思わず背後とアルフとを見比べて戸惑いの声をあげる。

 ただ、アルフは私の混乱っぷりを見ただけで、館で何が起こっているのかを悟ったようだ。

 バルトに一言断ると、大股に歩いて玄関ホールを横切る。

 そのまま廊下も突っ切ったと思うと、居間の扉を大きく開けた。


「やはりこちらでしたか、アルフレッド様」


「やあ、アルフ。相変わらず綺麗だね」


 小走りでアルフを追いかけて居間を覗くと、いつもの黒い制服のアルフと、赤い正装のアルフがいた。


 ……アルフさんが二人!?







 混乱する私を他所に、二人のアルフを見たバルトは、納得のいった顔で台所へと向かった。

 おそらくはアルフのためのお茶をいれに行ったのだろう。

 この不思議な空間から一人だけ逃げるのはずるい。


 私はというと、赤アルフと黒アルフとをしばし見比べて、黒い制服姿のアルフへと近づいた。


 ……こっちが本物、な気がする。


 顔かたちはまるで同じなのだが、なんとなくいつもの雰囲気があるアルフを選択した。

 コクまろもこちらのアルフがアルフである、というように黒アルフの足に隠れている。


「……アルフさんのお知り合いれすか?」


 ここまで似ているのだから、少なくとも知り合いではあるのだろう。

 そう思って確認をしてみたら、黒アルフはなんとも嫌そうに顔を歪めた。


「レオナルドから『王都からお客様が来る』って聞いてないかな? コレ……じゃない。コイツ……でもない。この方が、そのお客様だ」


 黒アルフから改めて紹介されると、赤アルフはにっこりと笑う。ティモンもこれで護衛としての本来の職務を思いだしたのか、扉の守りにつく。

 改めて赤アルフと黒アルフを見比べると、本当によく似ているのだが、微妙に目の色が違った。

 あと服で隠れていて判り難いのだが、赤アルフの髪は明らかに黒アルフよりも長い。


 ……つまり、私はずっと赤い方のアルフさんを、黒い方のアルフさんと間違えてたってこと?


 気が付いてしまえば恥ずかしい。

 穴があったら入りたい気分だ。

 とはいえ、まずは穴に入るよりも先にやらねばならないことがある。


「えっと、ごめんなさい。アルフさんと間違えていましら」


 初対面の男性に対して、アルフにするものと同じように振舞ってしまっていた。

 今思い返すと恥ずかしい。

 赤アルフも、初対面の幼女に親しく懐かれて、内心では困惑していたことだろう。

 間違いを早々に指摘してくれなかったのが恨めしくもあるが、ここで彼を恨むのはただの八つ当たりだ。

 私が勝手に勘違いしただけである。


 ぺこりと頭を下げる私に、赤アルフは鷹揚おうように頷いて間違いを許してくれた。


「いやいや、アルフとして扱われて、なかなかに嬉しい体験だった」


「嬉しい、れすか?」


「アルフに間違われ、アルフとして扱われる。それはつまり、私自身がアルフと一体になったも同然ということだ。アルフと私の区別がつかない。それはつまり、私とアルフに違いなどなく、私はアルフだということだ!」


 ……あ、変な人だ。


 そう直感的に理解した私は悪くないと思う。

 さすがに初対面の人間に対してあんまりな感想だとは思うのだが、彼の発言を吟味すれば吟味するほどにわけがわからない。

 説明を求めて黒アルフに視線を移せば、黒アルフは頭痛でもするのか頭を軽く押さえていた。


「顔が同じらけど、アルフさんのご兄弟とか双子れすか?」


 少しだけ声を潜めて黒アルフに聞いてみたのだが、この質問には赤アルフと黒アルフが同時に答えた。


「赤の他人だよ」


「血を分けた兄弟だ」


 ……え? どっち?


 声もよく似ているのだが、よくよく聞き比べると息遣いが違うのか微妙に音程が異なる。

 言い方は少々不味い気がするのだが、黒アルフの声の方が微妙に色っぽい気がした。


 ……黒い方のアルフさんが他人だって言って、赤い方のアルフさんは兄弟って言って……でも二人ともアルフレッドさん?


 たしか、黒アルフが赤アルフを『アルフレッド様』と呼んでいた。

 そしてアルフは愛称で、本名は『アルフレッドである』と以前レオナルドから聞いたこともある。


「顔と名前が同じアルフレッドしゃん? で、兄弟で他人なんれすか?」


 上手く納得のいく結論にたどり着けず、ぐるぐると思考が混乱した。

 軽くめまいも感じる。


「七代ぐらい遡れば一応親戚筋ではあるが、まあただの他人だな」


「何を言っているのだ、水臭い。私とアルフは同じ母の乳を飲んだ兄弟じゃないか」


 ……つまり、乳兄弟ってやつかな?


 赤アルフの発言を好意的に受け止めるのなら、そういうことだろう。

 なんだか言動が怪しすぎて、そのまま受け止めて良いのかは怪しい気もするが。

 そして、気づきたくないことに気づいてしまった。


「アルフさんの親戚ってころは、お貴族しゃま……っ!?」


 知らないこととはいえ、相当失礼なことをしてしまった気がする。

 本人は喜んでいたようだが、アルフと間違えて呼んでしまったり、リバーシで負かしまくったりと、すでにいろいろやっていた。


「お貴族様というよりは、お気楽様?」


「お気楽極楽な三男坊様だよ」


 顔が似ていて名前まで同じで紛らわしい、ということで、王都にいた頃に黒アルフが『アルフ』と愛称を名乗るようになったそうだ。

 レオナルドは職場で友人の名を愛称で呼ぶような、公私をわけられない人間ではなかったらしい。

 本来は使い分けていたものを、赤アルフ――そろそろアルフレッドと呼ぼう――と区別するため故意に『アルフ』と愛称で呼んでいたのだ。


 ……おかげで私は少し前まで『アルフ』が正式な名前だと思っていましたよ。


 なにやら目の前で漫才を始めたアルフとアルフレッドに、ドッと疲れを感じる。

 すでに散々失敗をしたという自覚があるので、貴族相手にこれ以上の失敗をしないよう、早々にこの場を辞したい。

 大人アルフも来たことだし、私が場を離れてもいいだろう。

 というよりも、アルフが来てからというもの、アルフレッドの視線はアルフで固定されている。

 むしろ私はいない方がいいだろう。

 そんな気もする。


 猫を被ってやんわり「これ以上の失礼をしないよう、お客様の相手はアルフさんにお願いしてもいいですか」と聞いてみたのだが、これはアルフにではなくアルフレッドに拒否されてしまった。

 どうせもう取り繕っても無駄だ、と。

 勝ち逃げは許さない、とも。


 ……リバーシで負けたこと根に持ってますか。そうですか。


 単純なゲームなので、覚えるのは簡単だと思うのだが。

 コツがまだつかめないのか、アルフレッドはとにかく私から一勝を取るまでは、と私の退室を許してくれなかった。







「……ティナはどうした?」


 帰宅早々レオナルドが心配気な声をあげたのは、私がアルフの膝を枕に長椅子で伸びていたからだ。

 とにかく一勝するまでは、と粘るアルフレッドに付き合わされて、最終的には私の体力と気力が限界を向かえた。

 パンクする前に適当に負けてやれば良かったのだが、私はそれほど器用な人間ではない。

 故意に負けたり、接戦を演じたりとできるのは、それなりの強さを持っている頭の良い人間にしかできないことだ。


 ……普通の人間に、ワザと負けるとか無理です。


 手を抜きすぎれば気づかれるし、ゲームとはいえ勝負なのでつい本気にもなる。

 意図して負けることができず、結果として私の体力が尽きるまでアルフレッドとリバーシをするはめになった。


 心配気に顔を覗き込んでくるレオナルドに向って両手を伸ばせば、すぐに意図を察してくれたレオナルドに抱き上げられる。

 太い首に腕を回してホッとため息をはけば、ようやく留守番の役目も終了だ。


 ……留守番中の来客の相手とか、もうしばらくしたくないです。


 とにかくアルフレッドの相手は疲れた。

 セークでなら問題なく負けられるのだが、セークは私が弱すぎてつまらない、とアルフレッドはリバーシをやりたがるのだ。

 リバーシでは始めたばかりのアルフレッドが弱すぎて私がつまらないし、勝てるまでやるとアルフレッドはしつこいし、で散々なめにあった。


 ……もう、今日はこのまま寝たいぐらいです。


 そうは思っているのだが、夕食を一緒にとレオナルドに誘われた。

 部屋に戻って少し休むのは良いが、夕食は一緒に食べよう、と。


「アルフレッド様はお仕事のお客様なんれすよね? わたしが一緒でいいんれすか?」


「アルフレッド様はしばらく館に滞在することになるから、その紹介を兼ねてな」


「紹介……もう充分なぐらい知った気がしましゅ……」


 ぐったりとレオナルドの首筋に顔を埋める。

 アルフレッドというお貴族様については、この数時間でかなり知った気がする。

 一にも二にもアルフで、アルフさえ目の前に置いておけばご機嫌で、負けず嫌いで、アルフで、アルフと間違えると喜んで、やっぱりアルフで、アルフなのがアルフレッドという青年だ。

 三階の自室へ運ばれながらの会話だったので、周囲に本人アルフレッドはいない。

 そのため、感じたままのアルフレッド観を伸び伸びとレオナルドに伝えたら、大体合っているとお墨付きを貰ってしまった。

 あまり嬉しくない。


 一時間ぐらい仮眠を取ると、かなり疲れが取れた気がする。

 体力というより気力を使っていたので、仮眠することで回復したのだと思う。


 身分のある方との夕食になるので、おめかしをしておいで、と言われたので服を着替える。

 髪には久しぶりにオレリアに貰ったレースのリボンをつけてみた。


 一階の食堂へ下りると、レオナルドから改めてアルフレッドを紹介される。

 アルフとしばらく間違えて扱っていたことは、私が仮眠を取っている間にしっかり報告されたようだ。

 これ以上扱いを間違わないように、とアルフレッドの身分までしっかりと紹介された。


「……王子さま?」


「王子さま」


「アルフレッド様が?」


「アルフレッド様が」


 真顔のレオナルドにアルフレッドのフルネームと身分を告げられ、数瞬ポカンとマヌケに口を開けてしまう。

 変な人だと思っていたアルフレッドが、この国の王族である、と教えられれば私でなくともあんぐりと口を開くだろう。

 そしてそのまま数瞬固まってしまうはずだ。


 ……変態これが王子様とか、知りたくなかったよっ!!


 特に『王子』という単語に夢や浪漫ロマンを感じていた覚えはないが、それでも王子と名がつくからにはいろいろと思うことがある。

 一瞬「この国大丈夫か!?」などと失礼なことを考えてしまったが、よく考えたらアルフレッドは先ほど自分のことを『三男坊』と言っていた。

 上にあと二人いるのなら、とりあえずはなんとかなるだろう。

 なるといいな。


「……王子さまがアルフさんとそっくりにゃのは?」


「遠縁なことと、本人の変態……じゃない。偏執……も違う。妄執……間違っている気はしないがこれは不味い。とにかく、アルフレッド様の努力の賜物だ」


「努力でアルフさんそっくりになるっれ……」


 なんだか怖いです、という本音は飲み込んだ。

 私だって、そのぐらいの頭は回る。

 言って良いことと悪いことの区別ぐらいはつくつもりだ。


 夕食を取りながらのレオナルドの説明は、アルフレッドの妄言が間に混ざらないだけ解りやすかった。

 アルフとは遠縁の親戚で、アルフの母親が乳母としてアルフレッドを育てたらしい。

 無理矢理理解を示すのならアルフレッドの言った『血をわけた兄弟』というのは、(遠縁という意味で)血をわけた(乳)兄弟ととれないこともない。


 ……無理矢理すぎるけどね。


 若干疲れを感じる相手ではあるが、一つ判ったことがある。


「お乳をあげたのがアルフさんのお母さんってころは、オレリアさんのお知り合いれすか」


 この疲れるアルフレッドがオレリアの前に立つ場面を想像したら、王子に対してはさすがにしないと思うのだが、脳内のオレリアは杖を振り上げてアルフレッドの尻を叩き始めた。

 どうあってもこの賑やかな王子とオレリアが静かに会話をする場面など想像できない。


「私としては、子どもの口からオレリアの名が出ることの方が驚きなのだが……」


「ティナはオレリアのお気に入りだ」


 アルフがトントンと頭を示すと、アルフレッドの視線が私の髪のリボンへと注がれる。

 オレリアにもらったリボンが結ばれているが、このリボンはオレリアが昔自分で作ったと言っていた。

 見る者が見れば、製作者がわかるのかもしれない。


「それでそのリボンか。母上もオレリアの作ったレースのハンカチを持っていたが……」


 まじまじと私のリボンを見つめたあと、アルフレッドは「まあいい」と言葉を区切る。

 それから視線をレオナルドに移すと、思わず耳を疑いたくなるようなことを言い始めた。


「……それで、メイユ村の転生者は死んでいたと報告にあったが、手元に置いて育てているというのはどういうことだ、レオナルド?」

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