第10話 新しいお仕事

 すり鉢に先日乾燥させた葉をいれ、オレリアが丁寧にる。

 見る間に葉と葉脈とが別れ、オレリアは葉脈を拾い取った。

 捨てる様子はないので、これも何かに使うのだろう。

 すり鉢の中の葉が粉と呼べるぐらい細かくなると、オレリアはすり鉢を私の方へ寄越した。


「麻袋の中身を全部粉にしたら、次はこっちだよ」


 なるほど。これは次の作業へのお手本だったらしい。

 レオナルドが石臼で挽くようになり、作業スピードは格段にあがった。

 おかげで麻袋の中身は残り少ない。

 昼までには麻袋の中は空になるだろう。


 すり鉢を受け取り、中に埃が入らないよう蓋をする。

 次の仕事はできたが、まずは薬研で砂を粉に変える仕事を終えてからだ。


 黙々と薬研を動かしていると、レオナルドが帰ってきた。

 今日はオレリアと一緒にどこかへ出かけるのではなく、少し離れた水源から水を運んでいるらしい。

 大きなかめを馬の背に括り付けて、自身も瓶を担ぎ上げて運んでいる。


 ……レオナルドさん、今日も元気だね。


 大鍋に瓶の水を移すレオナルドを見つめ、考える。

 そろそろオレリアが計算した伝染病の潜伏期間が終わるはずだ。

 病に感染しているのなら、高熱を出す頃合でもある。


 ……まあ、その場合は私の方が先に熱出すだろうけど。


 何しろレオナルドは私に触れたという理由で感染を疑っているが、私自身は病に侵された村でずっと暮らしていたのだ。

 感染している可能性は、私の方が高いだろう。

 そんなことを考えていたら、無言でオレリアに熱を測られた。

 始終無言のまま測り終わると、今度はレオナルドの方へとオレリアは歩き出したので、私に熱はなかったのだろう。







 午後になって出かけた二人は、いつものように夕方には帰ってきた。

 すり鉢で粉にした葉をオレリアに見せ、合格を貰う。

 別の入れ物に移し変えるのはオレリアの仕事なので、私はそのまま夕飯の準備に取り掛かった。

 用意しておいた野菜を切って鍋に入れていると、オレリアが小さなすり鉢を持って台所へとやってくる。


 ……あれ? 珍しい。オレリアさんが何か作るの?


 台所でオレリアの姿を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 何事かと見つめていると、何かを探しているようだった。

 周囲を見渡して、布巾のかけてあるボールで視線が止まる。


 ……あ、それパスタの生地が入ってるやつ。


 ボールの中にパスタ生地を見つけると、オレリアは微かに笑った気がした。

 おもむろにボールへと手を突っ込み、生地を半分にわける。

 そして片方をボールに残し、もう片方をすり鉢の中へと投入した。


「……なに、してる?」


 すり鉢へと投入されたパスタ生地を覗くと、クリーム色だった生地がわずかに緑色になっている。


「葉っぱ? 今日は、二色パスタ?」


 葉物野菜を入れてパスタに色を付けたかったのか、と聞くと、オレリアは首を横に振った。

 色をつけるのが目的ではないらしい。

 パスタが完全に緑色になると、オレリアは満足したのか緑のパスタは別に茹でるように、と身振り手振りで伝えて台所から出ていった。


 ……しゃべってくれると早いんだけど。


 レオナルドが近くにいる時は、オレリアは英語しかしゃべらない。

 今は居間でレオナルドがすり鉢を使っているので、オレリアが私に解る言葉を使うはずもなかった。


 ……ん? 今パスタに混ぜたのって、レオナルドさんが擂ってた葉っぱ?


 日中に私が擂っていたものとは違う葉を、オレリアがレオナルドに渡すところまでは見ていた。

 てっきり何かの材料になる葉だと思っていたのだが。


 ……夕飯用の葉っぱだったんだね、あれ。


 疑問が解決し、オレリアの指示に従って緑のパスタを別に茹でる。

 盛り付ける際に再び台所へとやってきたオレリアは、緑のパスタをレオナルドの器にだけ入れた。


「それ、レオにゃルドさんだけ?」


 シチューに入る緑色のパスタは、彩りという点でみればじつにえる。

 まだまだ改善の必要がある珍妙な味のシチューが、いつもより美味しそうに見えるのだから不思議だ。

 私は余程物欲しそうな顔をしていたのだろう。

 オレリアが緑のパスタを匙で一つ掬うと、私の口の中へと入れた。


「……なに、こで。ゴワゴワする。味は悪くない、けど、舌触り、さいあく……」


 葉を入れたおかげでパスタに味が付いたのだが、舌触りが最悪だ。

 飲み込んだ後もザラザラとした食感が舌の上に残って、気持ちが悪い。


「ちゃんと粉になっていないから、舌ざわりが悪い」


 オレリアに小さな声で解説をされて、理解した。

 レオナルドに葉を擂らせてみたが、オレリアの合格点には届かなかったのだろう。

 ちゃんと粉にしないとどんな目に合うのか、をパスタに仕込んで本人の体に教え込む、という魂胆だ。


 盛り付けが終わると、オレリアは何食わぬ顔をして皿をテーブルへと運ぶ。

 緑のパスタが入った皿をレオナルドの前に置き、自分の席へと座った。


「何か、俺の皿だけ色が違わないか?」


 意外に注意力があったのか、すぐに他の皿との違和感に気が付き、レオナルドは私の皿と自分の皿とを見比べる。

 オレリアの悪戯のようなものだとは思うのだが、なんと言ったものか。

 悪戯の種をバラしてしまっても悪いし、黙っていても悪い気がする。

 どうしたものかと悩んでいると、オレリアがボソリとつぶやいた。


「"Today's older brother worked hard for water" your sister said "Special reward".」


 ……うん? オレリアさんなんて言ったの?


 『ブラザー』とか『シスター』とか聞こえた気がする。

 レオナルドにとって妹といえば、現在は私のことである。

 オレリアのつぶやきに、レオナルドは視線を私へとむけた。

 視線を受けた私はというと、目が合った瞬間につい愛想笑いを浮かべる。

 ほとんど反射のようなものだった。

 他と皿の中身が違うが、夕飯を作った妹が笑っているのだから、と安心したのかもしれない。

 レオナルドは一瞬の違和感を彼方へと押しやり、匙を取った。







 実に微妙な顔をしながらパスタを褒めるレオナルドに、緑のパスタはオレリアが入れたものだと正直に伝えたら拗ねられた。

 少し面倒くさい。

 どうもオレリアに「いもうとが『お兄ちゃん』のため特別に作ったパスタ」的なことを言われたらしい。


 ……や、私まだレオナルドさんのこと『お兄ちゃん』だなんて呼んだことないよね? 信じる方が悪いよ。


 オレリアがレオナルドの皿にだけ仕込むのを止めなかったのは私だが。

 普段から呼んでいない呼ばれ方をしたのだから、そこは怪しむべきだろう。


 レオナルドと並んで夕食の片付けを終えると、オレリアの姿が見えなかった。

 自宅へ戻ったのだろうか、とオレリアの家を覗くと台所に明かりが見える。


 ……なんだろう? 朝ごはんの準備かな?


 オレリア宅の台所には、赤と黄色の調味料しかない。

 塩や砂糖などの調味料があるのは、脇屋だけだ。

 もとからオレリアは料理をしない性質たちだったらしく、まともに料理を作ろうと思ったら脇屋の台所を使うしかない。

 調理の度にオレリアの台所へ調味料類を運ぶより、食事の時だけ脇屋へ来る方が楽だった。


「それ、朝ごはん?」


 また異世界味のスープは嫌だな、と内心びくびくしながら台所に顔を出す。

 オレリアは大鍋を火にかけているようだった。

 恐るおそる台所に入ると、オレリアは鍋の横に踏み台を用意した。


 ……えっと、中を見てみろ、ってことかな?


 促されるままに踏み台へ上り、大鍋の中を覗き込む。

 ぐらぐらと沸き立つ鍋は、もう十分に沸騰しているようだった。


 ……水だけ? 野菜スープじゃないの?


 不思議に思って首を傾げると、手をオレリアに掴まれる。

 そしてそのまま湯気の中へと手を――


「熱っ!」


 あまりの熱さに、驚いて手を引っ込める。

 いったい何をさせるのか、と踏み台に乗っているために今は目線が同じ位置にあるオレリアを見た。


「温度は今ぐらいだ。目と肌で覚えな」


「え? ええ?」


 いったい何のことですか? と戸惑っていると、話は終わったとばかりに台所から追い出されてしまった。


 オレリアの言葉の意味が解ったのは、翌朝だった。

 今日の留守番中の仕事は、鍋の見張りらしい。

 夕飯の支度も、すり鉢で葉を粉にする仕事もしなくて良いから、とにかく鍋の見張りをするように、と任された。


 一見水しか入っていないように見える鍋だが、水が違うらしい。

 半日ほど一定の温度で煮続けると鍋の淵に結晶が出来るのだとか。

 昨夜オレリアが煮ていたものはすでに結晶になっているらしく、今は鍋に埃が入らないよう布巾がかけられていた。


「……結晶、何につかう?」


「おまえの兄貴分が欲しがっている薬の材料になる。この水も貴重な物だから、ヘマすんじゃないよ」


 ただの水にしか見えないのだが、本当に貴重な水らしい。

 どうりで朝からレオナルドが水運びをさせられているわけである。

 昨日も馬を使って水を運んでいた。


 昼がすぎると馬の背に水を載せてレオナルドが戻ってきた。

 私はというと、ひたすら鍋の見張りをするのが今日の仕事なので、暇で仕方が無い。

 ただ鍋を見ているのは暇なのだが、うっかり薪が足りなくなったりすると途端に温度に変化が出るので気は抜けない。

 昨夜湯気に手を突っ込んで教えられた温度で保つことが重要だと、オレリアに言われている。


「少し代わるか?」


。これ、わたしのお仕事」


 台所へ入ってきたレオナルドに向き直ることなく鍋の中を見つめていると、ぐいっと頭を抱きこまれた。

 踏み台にのって鍋を覗き込んでいたので、はっきりいって危ない。

 危ないじゃないか、と口には出さずに睨んでみたが、レオナルドには通じなかった。


「……熱は出てないな?」


 ぺたぺたとひたいを撫でる手に、何を心配しているのかが解った。

 レオナルドは行動が少し大雑把だと思う。


「レオにゃルドさんは、お熱、へいき?」


「俺は特に異常はないし、動けなくなるのなら、動けるうちにやるべきことをやる」


 近く薬が大量に必要になることが判っているのだから、その準備はできる限りしておかなければならない。

 自分たちの手伝いは材料を揃えるぐらいしかできないが、何もしないでオレリア一人に全てを任せるよりは時間の短縮になるはずだ、と。


 夕方近くになってオレリアが帰ってくると、鍋の見張りを交代して少し休むことになった。

 その間に、レオナルドは薪を追加して夕食も作るらしい。

 どちらかを手伝うと申し出たら、半日立ったままで鍋の見張りをしていたのだから、と寝室へと追い立てられた。

 二人が働いているので休みづらいな、と思っていたのだが、幼女の体力は気力だけではどうにもならない。

 少し休もうと横になったベッドで、そのまま深夜まで寝てしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る