第7話 父の埋葬と騎士の目的
不思議と涙は出てこなかった。
もとからある程度の覚悟はできていたし、今日は久しぶりに健康な大人に会ったことで一度緊張が途切れて大泣きもしている。
今生の家族を
泣いて取り乱す様子のない私に安心したのか、レオナルドは埋葬の準備を始める。
墓穴なら父がすでに掘ってあると告げると、レオナルドは複雑そうな顔をして墓穴の確認に墓地へと向かった。
……なんだろう?
父と一緒に埋葬する物はないか、と寝室を探す。
両親の部屋であったし、貴重品も隠されているし、でこれまで寝室を探ったことはなかった。子どもの領分ではないと思っていたからだ。
しかし両親が死んでしまった今、幼くともこの家の主は私である。
となると、家の中に何があるのかを知っておく必要はあるし、印鑑や通帳的役割を持つ物があるのなら放置はできない。
鍵のついた引き出しを開け、中を確認する。
印鑑や通帳などは当然なかったが、小箱が一つだけ入っていた。
特に鍵もかかっていなかったようで、簡単に蓋は開く。
……指輪が二つ?
小箱の中には、宝石のついた大人用の金色の指輪と、木製の小さな指輪が一つずつ入っていた。
金色の指輪を手に取り、しげしげと観察する。
……これ、本物の宝石? なんでこんな物が……?
およそ贅沢とは無縁の暮らしぶりに、宝飾品などが我が家に存在するとは考えたこともなかった。
……何か、文字が掘ってあるみたいだけど……? なんて掘ってあるんだろう?
掘られている文字は確認できるのだが、あいにく今生の私はまだ文字を読むことができない。
村で畑を耕して暮らす分には、文字などほとんど必要ではなかったのだ。
村の中では、文字を読める人間の方が珍しい。
……ってことは、やっぱりお父さんって村人Aじゃなかった、ってことだよね? 字は読めてたし、レオナルドさんも『サロモン様』って呼んでたし。
金の指輪を箱に戻し、もう一つの木製の指輪を観察する。
こちらも輪の内側に文字が刻まれていた。
……結婚指輪的なものかな? 二つあるし。
二つあるのだから、結婚指輪だろう。
単純にそう考えて、木製の指輪を箱の中に戻す。
想像でしかないが、父と母は駆け落ちカップルな気がしていた。
お金のない父が母のために手作りした指輪、とかいう
「……ティナ、お父さんと一緒に埋葬するものは見つかったか?」
「これ?」
墓穴を確認し終わったらしいレオナルドに、見つけたばかりの箱を差し出す。
レオナルドは箱の中身を確認すると、木製の指輪を抜き出した。
「これは、ティナが持っていた方がいい。ティナの指輪だ」
「わたしの?」
「輪の内側に、ティナの名前が掘ってある」
差し出された木製の指輪を受け取り、あらためて内側に刻まれた文字を見つめる。
読むことはできないが、この文字列が私の名前だったらしい。
「おかーさんの指輪、思った」
「お母さんの名前は?」
「クロエ、です」
「クロエ……聞いたことがない名前だな。そんな名は行方不明の……」
ブツブツとつぶやきながら考え始めたレオナルドに、その手に持たれたままの箱を取って木製の指輪を戻した。
「ティナ? こっちの指輪は……」
「わたし、まだ生きてる。だから、わたしの指輪、おとーさんと埋める」
私の身柄は、父によってレオナルドへと託された。
ということは、この村人の死に絶えた村で、飢え死にすることだけは回避できるのだろう。
レオナルドに庇護されるにせよ、孤児院へ預けられるにせよ、村の墓地で両親と並んで眠ることはない。
私が言いたいことが解ったのだろう。
レオナルドはしばし目を伏せたあと、微かに笑った。
「……わかった。目印を付けておいて、一緒に埋めよう」
「めじるし?」
「いつかティナが必要になった時、すぐに掘り出せるように」
何の価値もない木製の指輪など、今後必要になることがあるのだろうか。
そうは思ったが、私は空気が読める日本人だ。
下手な突っ込みは入れず、素直にレオナルドの案を受け入れておいた。
母の墓の隣に父を埋葬すると、レオナルドが簡素な弔いの儀式をしてくれた。
今年の冬は葬儀が多かったはずだが、そのどれにも私は出席していない。
この世界の弔いの作法など知らなかったので父を埋めることしかできないと思っていたが、レオナルドが知っていてくれて助かった。
騎士は
……なにそれ、ちょっと怖い。戦争あるんだ、この世界。
レオナルドのすすめで目印として少し大きめの石を父の墓の上へと並べていると、村の見回りを終えたアルフがやって来た。
「村の調査が終わった。本当に他の生存者はいない。何頭か家畜が生き残っていたが、感染している可能性がないとは言えない。全頭処分するしかないだろう」
「そうか。伝染病で全滅した村だ。全戸焼き払うしかないが……六人ではキツイな。一度砦に戻るか」
「そうだな。村に続く街道に見張りとロープで進入禁止の札でも付けておけばいいだろう」
会話の終わりに、アルフは村人の墓に向かって短く黙祷を捧げた。
この世界の騎士は、少なくともレオナルドとアルフは、名も知らない村人の死を悼んでくれる精神を持っているようだ。
……漫画やアニメでも、騎士様って色々いるからね。お高くとまった嫌な奴とか、騎士道精神溢れる真っ直ぐすぎるちょっと困った人だとか。
少なくとも、二人とも嫌な人物ではない。
今のところ、としかまだ言えなかったが。
……あれ? そう言えば、なんでこんな
騎士が一人であれば田舎に帰る途中等、様々な可能性が考えられるのだが。
ある程度の人数で行動をしていたところを見ると、何らかの仕事の途中で立ち寄ったと考えるのが自然だろう。
たまたま立ち寄った村で、たまたま謎の病気で村が全滅していて、たまたま恩人と再会して、たまたまその娘を引き取ることになって、とレオナルドたちは結構な足止めを食らってしまっているのではなかろうか。
急に心配になってレオナルドを見上げると、丁度視線を下げた黒い瞳と目が合った。
「ところで、ティナ。メイユ村には変わった人間はいなかったか?」
「変わった人間?」
はて? 誰のことだろう? としばし考える。
変わった人間というと、公共施設をコスプレ姿で利用する勇者だとか、全裸にコートを羽織った変態紳士を想像してしまう。
当然、この村にそんな勇者も紳士もいなかった。
そんな人間がいたら、私たち家族以上に村八分待ったなしであっただろう。
「変わった人、探しに来たの?」
「変わった人間かどうかは判らないが……」
ティナに聞いても判らないか、とレオナルドは苛立ちをやり過ごすように髪を掻いた。
整髪料か何かで綺麗に固められていた髪が乱れ、前髪が少し下りてくる。
……あ、少し若くなった。
前髪が降りて眉が隠れると、レオナルドは最初の印象よりも少しだけ若く見えた。
名付け親と言った父とそう歳が離れているようには見えなかったが、レオナルドはもしかしたら見た目よりも若いのかもしれない。
二十代前半といったところに見えてきた。
「メイユ村の村長ジャコブから、転生者の買取依頼があったんだが……」
「てんせい者の、買取依頼……? 騎士って、じんしんばいばい、する人!?」
数歩下がってレオナルドから距離をとる。
警戒されたと解ったのか、これから
「そんなことはないぞ、騎士の仕事は人身売買じゃない。ティナを売るようなことはしないから、安心していいぞ」
すっと伸びてきたレオナルドの手をかわし、さらに数歩距離をとる。
じっと冷たい視線を向けてみると、レオナルドは困惑した顔で伸ばした手を引っ込めて頭を掻いた。
……それにしても、あの村長。
……死ねばいいのにとか思ってごめんなさい、なんて思う必要なかった。マジ、死んで良かった、あの糞ジジイ。
レオナルドの言葉には、今生で初めて聞く単語が含まれていた。
「……てんせい、者って、なに?」
前世の記憶を持つものだろう。
それは字面から判るのだが、転生者とはこの世界では一般的に知られた存在なのだろうか。
もしそうならば、この世界には「私には前世の記憶があります!」とか公言できる電波な人間が普通に存在しているということになる。
たいていの場合この手のオカルト的な話など信じようがないので、事実であれば異常者扱いされないよう秘密にするものだと思うのだが。
この世界では違うのだろうか。
判断を下すための材料が圧倒的に不足していた。
「転生者ってのは……前世の記憶を持っている人間のことだ」
私の警戒を解こうとしているのか、レオナルドは聞かれたことを素直に教えてくれた。
「転生って言ったら、普通は前世の記憶があるって程度の
……異世界転生ってやつですね。
「で、その前世で異世界人だった、って人間はこの世界にはない色んな知識を持っていてな。その知識が貴重な場合もあるって言うんで、転生者は特別視される」
「メイユ村からは、二十年ぐらい前にも一度転生者が出たと聞いているからね。大方、それで味を占めた村長が、適当な子どもを転生者に仕立て上げて売るつもりだったんだろう。毎年五人は偽者が出てくる」
「まだ村長の嘘だと決まったわけじゃないぞ」
「本当に有益な転生者がいたのなら、村が壊滅などするはずがない。益をもたらす転生者なら、少なくとも自分とその周囲の人間ぐらいは……」
そこで言葉を区切り、レオナルドとアルフは視線をこちらへと向けた。
自分たちの並べる条件に合う者が、ここにいると気が付いたのだろう。
確かに、二人の会話の流れからすると、私は壊滅した村で生き残っている人間になる。
そして、まだ話してはいないが、彼らの言うところの異世界の知識をもった転生者でもある。
「……ティナは、なんで感染していないんだ?」
村一つ滅ぼした謎の病気で、一人だけ生き残っているのはおかしい。
そう気が付いたらしい。
いぶかしげな顔をする二人の騎士に、できる限り子どもらしさを装う。
「
「除け者? そういえば、時々そう言ってたな」
「村長の、嫌がらせ。わたしの家族、除け者だった。村のお葬式とか、呼ばれてない」
感染した村人と接する機会がなかったから、私は感染を免れている。
他にも効果の程は怪しかったが、マスクを作って身に付けるなどの自衛も一応していた。
「……村の集まりに呼ばれない除け者だったのが幸いして、感染しなかったのか。となると、サロモン様たちが感染したのは……」
「寝込む人、いっぱい。とーさんたち、お世話した。そしたら、病気移った」
村人の看病をする前は、両親も健在だった。
ダルトワ夫妻の家も、我が家もある程度の清潔は保っていたし、マスクもしていた。
しかし、男女の体力差か、母が面倒がってマスクを外していることが多かったのか、母が最初に感染した。
そのあとは、他の村人たちと同じだ。
一家に一人感染者が出れば、他の家族に感染するのは時間の問題となる。
「……ティナたち家族は、なんで除け者にされていたんだ?」
「オーバンさんたちと仲良くしてたから?」
嘘ではないが、正しくもない。
悪い人間ではないが、信用して良いかも怪しくなってきたので、一応の警戒をこめてわざと前後関係を入れ替えて答える。
ただしくは、村長のせいで村の中で除け者にされるようになってから、ダルトワ夫妻との交流が増えた、だ。
「オーバンさんたち、と言うのは?」
「オーバンさんと、ウラリーおばさん。えっと……昔、村長に子ども売られた、聞いた」
そう答えて、初めて気が付いた。
ダルトワ夫妻が村長に売られた子どもが、転生者だったのだろう。
……あれ? だとしたら、もしかしてオーバンさんたちって、私が転生者だって気が付いてた?
我が子のように大切に可愛がられていたし、村長から隠すように庇われもしていた。
他の村人とは少し違って清潔だったのも、転生者だった子どもが教えた衛生観念が身に付いたものだったのかもしれない。
「オーバンさんたち、子どもを村長に売られて、怒ってる。ずっと怒ってるから、村の人と、仲良くない」
「村の厄介者と付き合いがあったから、ティナの家族は除け者にされた、ってことか」
微妙に引っかかりを覚える物言いではあるが、自分でそう誤解されるように誘導したので、訂正はできなかった。
私たち家族にとって村の厄介者は村長であり、ダルトワ夫妻ではない。
「……ということは、転生者がいるってのは村長の思い込みか、今回の伝染病で死んでるってことだな」
さてどうしたものか、と盛大な溜息をはきながら腰を上げるレオナルドには少しだけ悪い気もするが。
転生者がどのような扱いを受けるのか判らない以上、本当のことは話さない方が良いだろう。
……少なくとも、転生者って判ると売り買いされるみたいだしね。
そんなことを考えていると、目の前にレオナルドの手が差し出された。
一度逃げられたからか、自分から私に触れる気はないようだ。
大きな手とレオナルドの顔を見比べてから、差し出された手を握る。
ホッとしたのか、レオナルドの肩から力が抜けるのが判った。
しばらく無言で村への帰路を歩いていると、不意にレオナルドが口を開く。
「……ティナは、サロモン様から自分の生まれについては聞いているか?」
「生まれ? えっと……おとーさんたち、駆け落ち、夫婦思ってた、けど……?」
とりあえず、父の生まれについては何も聞いたことがない。
自分にとって父はただの『サロ』であって、騎士に『サロモン様』などと『様』を付けて呼ばれるような存在ではなかったはずだ。
村では新参者であり、なにかと不利益を押し付けられていた。
「親戚について聞いたことはないか? お
「おじいちゃん……?」
うーん? と記憶を探り、考える。
一度だけ、父との会話で祖父について触れたことがあったはずだ。
「……わたしとおじいちゃん、かみの毛、同じ色聞いた」
「ってことは、黒髪か。黒髪の壮年、元・騎士……調べればすぐに見つかりそうだな」
口にする先から思い当たる候補がいるのか、何人かの名前があがる。
どの名前も、一度も聞いたことがないものばかりだった。
とはいえ、父から祖父の名前を聞いたこともないので、レオナルドがあげる名前の中に私の祖父がいたとしても判るはずはない。
「おじいちゃん探して、わたし預ける?」
名付け親だ、親が同じだからおまえたちは兄と妹だ、などと父に無理矢理押し付けられはしたが。
レオナルドが私の世話を本気で見る義理はない。
親戚がいるのなら親戚に預け、それが見つからないのなら孤児院にでも入れるのが普通だろう。
とりあえず今夜からの心配をせずにすみ、これからの指針を示してくれるのならそれで文句はない。
そう思っていたのだが、レオナルドの思考は私には理解しがたいものだった。
「親戚が見つからなくてもティナのことは成人するまで、もしくはお嫁に行くまで俺が面倒を見るから安心していい」
「……は?」
提示された『とりあえず』であるはずの『お預かり期間』に、驚いて思わず素が出てしまった。
立ち止まってまじまじとレオナルドを見上げると、彼はニッと口の端をあげて笑う。
おそらくは、幼女の姿をした私を安心させるためであると思うのだが、下手に中身が成人済みの人格であるため、何か裏があるのではないかと逆に警戒してしまった。
……最初の印象とは違う、いい人だってのは判るんだけどね。
「おまえが引き取ると決めたのはいいが、先に感染の疑いを晴らさないと、この子を街へ入れるわけにはいかないぞ」
ついでに言うと、村に来て早々私を抱き上げたし、感染していた父と会話をしたし、でレオナルド自身も病気に感染していないかを調べる必要がある、とアルフが言った。
なにしろ村一つを滅ぼした謎の病気だ。
下手に街など人の多いところに持ち込むわけにはいかない。
「……ってことは、しばらくワイヤック谷の魔女のトコにでも行くか。あそこなら薬もあるかもしれないし、万が一感染してたら検体として役に立てるしな」
「魔女じゃない。賢女だ。彼女がどれだけこの国に貢献してくれていると……」
魔女という単語に反応し、ムッと眉を寄せたアルフが即座に訂正をする。
そのまま切々と魔女こと賢女がこの国に対して行った貢献の数々を並べ始めると、レオナルドは肩を竦めた。
「……おまえの賢女信仰も相当だな」
「賢女は私にとって命の恩人だからな。おまえだって、恩人の頼みなら幼女の一人や二人預かるだろう」
この場合の幼女は、私のことなのだろう。
アルフの視線は下りてこないが、レオナルドの視線は私の顔へと落とされた。
「……ん? どうした、ティナ?」
アルフとの軽口の応酬が終わり、レオナルドはようやく私の表情に気が付いたらしい。
私はというと、内面を隠しようがないと自覚するほどの興奮を覚えてレオナルドとアルフの顔を見比べていた。
「魔女って、魔法使いのお婆しゃん? 魔法使える?」
せっかく異世界に転生したのなら、魔法の一つも使ってみたい。
そんな期待をしたっていいじゃないか。
正しく発音できなかった言葉も気にせず、期待に顔を輝かせてレオナルドを見上げていると、私の熱視線を受けたレオナルドは一度アルフと顔を見合わせ、盛大に噴出した。
……そんなに笑わなくたって、いいじゃん。
どうやら魔法は存在しないらしい。
少し残念だった。
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