閑話:レオナルド視点 恩人の娘 1

 ――転生者を買い取ってほしい。


 そんな内容が短くつづられた辺鄙な村からグルノール砦へと届けられた手紙は、中身を確認したのち、速やかに王都へと送られた。

 転生者に対する扱いは、うえに報告すればどれも同じ対応をされる。

 現地で勝手な判断をせず、真偽がわからずとも、まず一度王都へと奏上そうじょうせよ、と。

 有益な知識を持つ転生者であれば国益に大きく関わるため、他国へと売られる前に確保しなければならない。

 害悪を撒き散らし、世を乱す転生者であれば、速やかに隔離せねばならない。

 それらの判断は国政を担う王やその重臣が行うため、こと転生者に関するすべては王都へと一度は判断を仰ぐことになっており、砦を預かる城主といえども勝手な行動はとれない。

 そして、王都からの返事が来てしまえば、何よりも優先してことにあたる必要がある。


「……要求金額が安すぎるため、真偽の確認は後日で良い。すみやかに転生者とされる人物を確保せよ、か」


 安すぎるからこそ、逆に怪しいと思うのだが。

 指令書の最後に綴られた宰相の署名を確認し、肩を竦める。


「メイユ村と言えば、あれだろう。二十年ぐらい前にも一度転生者が出たという。セドヴァラ教会が未だに騒いでいる原因の」


 指令書を横から覗き込もうとするアルフに、隠す必要もないかと指令書をそのまま渡した。

 アルフは指令書にざっと目を通すと、あからさまな侮蔑を浮かべた目で指令書を弄ぶ。そのまま丸めて屑入れにでも放り込みそうな扱いだ。


「本当に転生者だとしたら、要求が安すぎるな。栄養価の高いミルク、新鮮な野菜と果物、牛肉、豚肉、とにかく肉、肉、肉。滋養強壮に聞く薬草各種、解熱剤、下痢止め、痛み止め、痒み止め……村で病気でも流行っているのか? 清潔な布……こちらは怪我人か?」


 村で何らかの異変が起こり、その対応に急遽金が必要になって転生者を仕立て上げた、と考えるのが自然だろう。

 転生者など、そう頻繁に生まれるものではない。

 それが有益な知識をもった者となれば、なおさらだ。

 他国へと売られてしまったため、噂の二十年前の転生者が本物であったかは確認がとれないのだが、隣国に転生者が現れたのは二百年前、セドヴァラ教会が聖人と崇める転生者がこの国に現れたのは三百年前、他に確認が取れる益をもたらした転生者となればさらに年代を遡る。

 たった二十年という短い期間で次の転生者が見つかったなどという事例は、これまでにない。

 もちろん、名乗り出ず静かに一生を終えた転生者もいるかもしれないので、絶対にありえないとも言えなかったが。


「……まあ、この程度の要求なら、その転生者が偽者でも、一生タダ働きをすれば返せない額ではないな」


「そう判断しての、真偽は後回しにして物資を送ってやれ、という指示だろう。民を見捨てぬ王は、良い王だ」


「私はおまえのその単純な思考が時々うらやましいよ」


 アルフが深く溜息をはくと、金色の髪が僅かに揺れる。

 金髪は貴族に多く現れる色だ。

 アルフは黒い鎧を纏って砦に配置される騎士だが、生まれはその辺りなのだろう。

 現にアルフと似た面差しを持つ、高貴な血筋の友人がいた。

 親戚筋か、遠い先祖が同じなのかもしれない。

 とはいえ、騎士として砦に配置されている以上、アルフの生まれになどなんの価値もないが。


「ちゃんと最後まで読んでそう言っているのか?」


「注記のことか? 第二王子の言いそうなことだ」


 速やかに転生者を確保せよ。

 そう綴られた指令書には、別人によるものと判る筆跡で、こう注記が記載されていた。


 ――転生者が偽者だと判明した場合、二度と国をたばかるような真似をして王とその重臣に手間をかけさせることがないよう、村にはそれなりの制裁を行うように。


 そう王族である第二王子の印章が押された文面があった。

 厳しい言葉ではあるが、必要なことでもある。

 偽者の転生者など、年に数人は出てくる。

 本当に有益な知識をもたらす転生者ならば、国としてはなんとしても確保しておきたいが、偽者にはなんの価値もないのだ。

 故意に国を謀って大金を得ようとするなど、許せる所業ではない。


「……まあ、第二王子の言う『制裁』までは必要ないと思うが、転生者の偽者を仕立て上げるぐらいだ。村長も覚悟してのことだろう。何はともあれ、王の裁可は出た。代金の物資を揃え、メイユ村へ行くぞ」







 転生者が偽者であった場合、二度と国を謀る真似などしないように、と制裁を行う必要がある。

 血生臭いことを好む第二王子であれば村の焼き討ちぐらいは嬉々としてやりそうだが、俺はそこまで望まないし、王もそれほど苛烈な人物ではない。

 特に、今回要求された物資を見る限り、村でなんらかの異変があってのことだと推察ができる。

 厳重注意と少しの脅しぐらいで片付くだろう。


「……おまえが行く時点で『少し』の脅しじゃないけどな」


 同行者として選んだ砦でも屈指の強面こわもて騎士たちを眺め、さすがの強面に満足してうなずいていると、横からアルフのツッコミが入った。


「俺の顔はこいつら程じゃないぞ?」


「おまえの場合は顔じゃない」


 トントンとアルフはマントの留め金を叩き、示す。

 アルフの留め金にはグルノール騎士団の象徴シンボルである三つ首の犬ケルベロスの装飾が施されていた。

 所属する騎士団の象徴なので、当然のように俺の留め金へも使われている。

 ただし、俺の留め金には他に三匹の魔物が住んでいた。


「……外すか?」


「外したことがばれた方が面倒になる。そのまま付けていろ」


 意味が解る人間には戦慄しか与えない留め金に、そう提案してみたのだが、アルフには一顧だにもされず却下された。

 

「同行するのは私とジャン=ジャック、テディ、ローレンツ、荷運びにランドルでいいな?」


「ああ、黒騎士六人うち四人が強面ともなれば、十分な脅しになるだろう」


「顔よりもマントの留め金が脅しになるとは言ったが、おまえの顔も十分強面だからな? 子どもが見たら泣くぞ」


 そう涼しい顔で宣言するアルフは、悔しいぐらいに整った顔立ちをしている。

 金髪から貴族の血筋であろうとは思っていたが、顔の作りからもアルフはその辺の平民とは明らかに違う。

 砦に来て多少言葉遣いを崩すことを覚えたようだが、以前はもっと格式ばった喋り方をしていた。

 王子様が豚小屋に迷い込んで来たみたい! というのは、砦にパンを卸している商人の娘が言った台詞だ。


「……脅しに行くんだから、これでいいんだよ」


 強い騎士は平民男児の憧れの職業であったが、女児には顔が怖いと不評だ。一度部下の妻が赤子を抱いて砦に来たことがあったが、顔を覗き込んだ瞬間に泣き出されたので俺の顔は赤ん坊にも不評らしい。

 前髪を下ろせば強面が少し隠れ歳相応の外見になるのは自覚しているのだが、今度は外見で砦の騎士たちに舐められて困ることになる。


 ……まあ、その時はこぶしで黙らせればいいんだけどな。


 厳選した強面騎士を連れてメイユ村へと赴くと、村の異変はひと目で判った。

 昼間だというのに村人の姿は見えず、物音もしない。

 漠然とした違和感から注意深く周囲を見渡すと、家々の壁沿いにけ残った雪があった。


「……人が出入りした形跡がない」


 最初に気が付いたのは、アルフだった。

 促された先を見てみると、扉の開閉部分にも雪が残っていた。

 壁沿いや日の当たらない場所の雪がいつまでも残っていることはあるが、扉の開閉部分の雪が壁に沿って残っているのはおかしい。

 雪は開閉時に押しやられ、必ず横へと退けられるからだ。


「団長、あれっ! あそこにガキがいます!」


 次に気が付いたのはジャン=ジャックだった。

 まっすくに指差された方向へ顔を向けると、薪を抱え持った黒髪の幼い少女が立っていた。


 ……あ、ヤバイ。


 己の失敗を悟ったのは、幼女の驚いて固まった顔がみるみると怯えに変わった時だ。

 強面ばかりが集められた騎士に囲まれれば、幼女でなくても泣き出したくもなるだろう。

 少しでも安心させようと声をかけながら近づくと、幼女は立ったまま腰を抜かしたのか表情だけは逃げ出したそうに怯えているのだが、足はピクリとも動かなかった。


 ……都合が良いような、悲しいような。


 そんなにも自分は恐ろしい顔をしているのだろうか。

 怯えて物も言えず、わなわなと震える幼女に、とりあえず落ち着いてほしい、と頭を撫でてみることにした。

 籠手ガントレット越しにも判る柔らかな髪に軽く手を載せる。

 ポムポムと頭を撫でると、幼女の顔はくしゃりと歪んだ。


 ……あ、泣く。


 そう思った時には遅かった。


「ふえぇ……ええぇええええええええ……んっ」


 小さな体のどこからこんなに大きな声が出るのか。

 信じられない程の大声で、幼女は泣いた。

 ひたすら泣いた。

 こちらが混乱して思考が停止するぐらいの勢いで幼女は泣いた。


「……おまえの顔が怖いからじゃないか?」


 隣へと移動してきたアルフの指摘に、まなじりを下げる。

 多少強面である自覚はあったが、赤ん坊ならともかくとして、分別が身に付きつつある年齢の幼女に突然泣き出されるほどだとは思っていなかった。


「怖くない、怖くないぞ~」


 泣きじゃくる幼女に困りきり、赤子にするのと同じように扱ってみる。

 個人差はあるが、幼児というのは突然視界が変わると驚いて泣きやむ時があった。


「ホラ!」


「ひゃわっ!?」


 幼女の脇へと手を入れて高く持ち上げると、狙い通り、幼女の泣き声はピタリと止まった。

 ぱちくりと瞬いて、小さく可愛らしいしゃっくりをもらす。


「……きみはこの村の子?」


 一度怯えられて泣かせてしまった手前、幼女との会話はアルフに任せる。

 強面ばかりが集められた一行の中で、唯一の例外である美青年には幼女も心動かされるものがあったのか、恥ずかしそうに頬を両手で隠していた。

 脇を支えていた体を腕に座らせるようにして抱きなおし、アルフに対しては泣きだす素振りを見せない幼女を観察する。

 可愛らしい、どこか違和感のある幼女だった。

 柔らかな黒髪は毛先がゆるく巻き、いかにも子どもらしい。

 農村の子どもと言うには日に焼けておらず、肌の色は白い。

 まだ涙に濡れている青い瞳は、整った顔立ちも相俟あいまって宝石のようにも見えた。


 ……粗末な服と中身が合ってない。


 将来が楽しみな美しい幼女が、容姿に合わないボロを纏っている。

 違和感の正体はこれだ。

 どこかから攫われてきた貴族の娘が、素性も知られずに辺鄙な村で育てられている――そう説明されれば信じてしまいそうなぐらい、村娘というには違和感のある少女だった。


「お兄さんたちは、騎士。レオにゃルドさん……しゃま? と、アりゅフ……」


 幼女はしゃべるのが苦手なのか、少し長い単語になるとすぐに舌を噛む。

 だが、発音は綺麗だった。

 地方独特のなまりは少なく、アルフの発音に近い。

 少し言い難そうに、舌っ足らずにしゃべる仕草も可愛らしいのだから、幼女という生き物は卑怯だ。

 同じ喋り方をジャン=ジャック辺りがしていたら、殴り飛ばさずにいられる自信がない。


「……もうレオでいい」


 何度言い直させても『レオにゃルド』になる幼女に、根負けをした。

 今は正しく名前を呼ばせるよりも、優先させるべきことがある。

 はぁ、と深いため息をはくと、少し幼女が重くなった気がした。

 不審に思って幼女を見つめると、幼女は青い瞳でまじまじと俺の顔を見ている。

 その顔に、先ほどまであった怯えの色はもうない。


 ……少しは信用してくれたのか?


 少なくとも、体重を預けてよい人間だとは判断されたのだろう。

 少しだけ力の抜けた幼女の体に、嬉しくなって胸に暖かいものがともった。

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