第4話 11月16日・1
思いっ切り廊下を駆け抜け、がむしゃらに走り続ける。気が付けばもう正門のすぐ近くまで来ていた。
「おいっ!まて司っ!!」
まさに正門を抜けようとした瞬間、誰かに腕を掴まれる。振り向くと晃が息を上げながら俺の腕を掴んでいた。
「晃……」
「何やってんだよ司!?」
「何って……中条のとこに行くんだよ……!」
「何処の病院にいるのか、司は知らないだろうが!?」
晃に言われてようやく我に返る。
何も聞かずに飛び出して来たので、俺は中条の容態以外は知らないんだ。
「じゃあ病院を――」
「落ち着けよ!……仮に行っても、今は面会謝絶だってさ」
俺の言葉を遮って、辛そうに晃は答える。
……晃だって辛くないわけないんだ。大切な親友が大怪我をしたんだ、晃だって今すぐ飛び出したかったに違いない。
それでも俺を止めようと必死に堪えてるんじゃないか。
「……わりぃ、晃」
「いいんだ。……司が飛び出してなきゃ、俺が飛び出してたかもしれない」
晃は俺の肩を軽く叩く。自分と同じ気持ちを持っている人がいてくれることの有り難さを感じた。
「俺たちは……待つしかないのかな」
「今は、な。とにかく教室に戻ろう。皆、心配してるだろうしさ」
晃の言う通り、今は待つしかないのかもしれない。
……ただ、待つことしか出来ない自分がとても情けなかった。
担任にこっぴどく怒られた後、俺たちは教室に戻った。
中条がいないのにも関わらず授業はいつも通り進み、先生に当てられたクラスメイトも普通に受け答えをしていた。
勿論、それが当たり前だ。頭では理解出来るし、中条とそこまで仲良くなければ当然だと思う。
……でも、頭では理解出来ても俺のいらつきや焦りは収まらなかった。昨日のアイツの笑顔が、焼き付いて離れない。
そんな、心ここにあらずの状態で気が付けば昼休みになっていた。
普段なら晃と、そして中条が俺に寄ってきてくれる。そのことが余計に俺を苛立たせているように思えた。
「司、ちょっといいか」
「……おう」
晃が手招きをして教室を出る。どうやら話があるようだ。ちょうど教室に居づらくなっていたので、俺は黙って晃の後をついていくことにした。
教室を出る途中辻本さんが心配げにこちらを見ていたが、今の俺には彼女を気遣う余裕はなかった。
晃の後をついていくと屋上に出た。
晃はそのまま隅っこまで行き、地べたに座った。俺もそれに倣い、晃の隣に座る。昨日と打って変わって、青い絵の具をぶちまけたように晴れ渡る青空が広がっている。
それにつられてからか、屋上にはたくさんの生徒が集まっていた。
それぞれが昼飯を食べたり、ボーッとしたり、たわいもない話に花を咲かせたりしていて……それが余計に中条がいないことを強調しているように感じてしまう。
「……俺も、さ」
「ん?」
晃は青空を眺めながらゆっくりと口を開く。つられて俺も雲一つない空を見上げる。
「俺も……晃があの時教室を飛び出してなかったら、飛び出してたと思う」
「ああ……。でも晃が止めてくれたおかげで、少し冷静になれたぜ」
「でも心ここにあらず……違うか?」
晃の言葉に内心ドキッとしてしまう。確かに今の俺は何をしてもまともに集中出来そうにない。
「あ、ああ。でも何で分かるんだ?」
「当たり前だろ。俺も、そうだからな」
晃は立ち上がりそのまま空を仰ぐ。
……そうだったんだよな。俺だけが辛いわけじゃないんだ。決まってるじゃないか。晃だって、中条の親友なんだから。
「……わりぃ、晃」
「別に謝らなくていい。俺だって司が飛び出さなきゃ、気が付かなかっただろうしな」
俺もゆっくりと立ち上がり空を仰ぐ。俺たちの気持ちとは全く正反対に広がっている青空。俺に出来ることは……落ち込んでいることだけじゃないはずだ。
「……俺、中条を待つよ。落ち込んでたらさ、アイツに笑われちまうしさ」
晃は一瞬驚いた表情をした後、意地悪く笑った。
「ほう。中々分かってんじゃねぇか親友」
「誰かさんが分かりにくく教えてくれたからな」
「恋人に向かって"誰かさん"はないだろ、司くん?」
「いつまで引っ張ってんだよそのネタ!」
俺が、俺たちが暗くなっても仕方ない。中条は必死で闘ってるんだ。俺たちはアイツを信じて待とう。
大丈夫、中条なら絶対帰ってくるから。
放課後、いつも通り辻本さんと教室に残る。
辻本さんは俺のことをかなり心配してくれていたようで、昼休みに無視したことを謝ると笑顔で許してくれた。
改めて俺は、支えてくれる友達の有り難みを噛み締めるのだった。
「先生も面会出来るようになったらすぐに教えてくれるらしいから、安心してって」
「そっか。心配してくれてありがとな、辻本さん」
「ま、まあ……ね」
辻本さんは顔を真っ赤にしながら呟いた。相変わらず恥ずかしがり屋の彼女に思わず吹き出すと、辻本さんはいつものように怒る。
それが面白くてまた俺は吹き出してしまい、余計に辻本さんを怒らせてしまうのだった。
……気にしてないわけ、ない。辛くないわけも、ない。でもいつまでも落ち込んでる場合じゃない。
アイツが帰ってきたらいつものように出迎えてやる為に、俺に出来ることをしよう。
「ゴメンね、今日も職員室に寄らないといけないから」
「おう。じゃあまた明日な」
「うん、また明日ね」
辻本さんと職員室前の廊下で別れて昇降口へと向かう。昇降口には夕日が差し込んでおり、真っ白な下駄箱を染め上げでいた。
「……ん?」
下駄箱を開けると靴の上に小袋がおいてあった。薄い水色の袋で、ピンクのリボンが結ばれていた。
「悪戯……か?」
昨日はなく、今日も朝から一切行われていない俺への嫌がらせ。今朝の事件で今の今まですっかり忘れていた。
刺激しないようにゆっくりと持ち上げる。そんなに重くはなく、本当に嫌がらせか疑わしい。
というか、こんな小袋で嫌がらせなんで出来るのだろうか。出来ないからこそ、今まで大掛かりな手を使ってきたはずだ。
「……開けてみるか」
鼓動が高鳴るのを感じる。ただ、開けずに捨てるのも出来そうになく、俺はゆっくりとリボンを解き手の平へ中身を出した。
「何だ……これ?」
袋から出て来たのは画鋲でもゴミでもなく、金属の破片だった。
手の平に収まるくらいの大きさで夕日を受けて鈍く輝いている。袋を覗いてみるが他には何も入っていないようだった。
「……わけが分からん」
どうやら俺の思い過ごしだったらしい。一応気にはなるので明日辻本さんに見せるとしよう。溜息をつきながら俺は正門へと向かう。
「……結局、今日も何もなかったな」
もう犯人は飽きてしまったのだろうか。それとも機会を伺っているのだろうか。
見上げた夕焼け空は不気味なくらい紅く染まっていた。
「お兄ちゃん、入っても良い?」
「おう。どうした?」
気を紛らわせようと思い、夕食後ずっと机に向かっていたが一向に集中出来ずにいると、ドアが開き弥生が入って来た。
どうやら風呂上がりのようで可愛らしいピンクのパジャマがよく似合っている。弥生は少し不安げな顔をしながら俺のベッドに腰掛けた。
「……今日ね、部活に中条先輩、来なかったんだ」
「あ……」
「その顔、やっぱりお兄ちゃん何か知ってるでしょ!?」
しまったと思った時にはもう遅かった。弥生はベッドを飛び出し俺に迫る。どうやら弥生には、というか女子バレー部には中条の話は伝わっていないようだった。
「と、とりあえず落ち着け!話してやるから!」
「……ゴメン」
今にも飛び掛かって来そうな弥生をなだめてベッドに座らせる。一瞬、本当のことを言おうか迷ったがこうなってしまっては仕方ない。
弥生は一度決めたら絶対に諦めない性格だ。それは昔から変わらない。
だから煙に巻くのは無理だと思った。何より弥生は中条のことを尊敬していたし目標にもしていた。そんな弥生を騙すのは……正直嫌だったのだ。
「……いいか。落ち着いて、最後まで俺の話を聞くんだぞ?約束な」
「……うん、分かった」
弥生を落ち着かせてから俺は今日起きた出来事を話し始めた。
今朝いきなり担任から中条が交通事故にあったと聞かされたこと。
すぐに病院に行こうとしたが今は面会出来る状態ではないこと。
何かあればすぐに担任が教えてくれること。
細かい部分は省いたりしたが、大まかな出来事は全て話した。途中弥生は震え出したり、涙を溜めたりしていたが決して泣かず、黙って耐えていた。
「――以上が今、俺が知ってることだ」
「あり……が……と……」
話が終わっても弥生は震えながらずっと泣かないよう耐えていた。目には今にも溢れそうなくらい涙が溜まっている。
……素直に強いな、と思った。俺なんか我慢できず教室を飛び出しちまったのに、弥生はちゃんと約束を守ったのだ。
でも話は終わった。もう、良いんだ。だから――
「よく頑張ったな、弥生」
「あっ……」
俺は弥生を思い切り抱きしめた。頭を優しく撫でてやる。少しずつ弥生の震えは大きくなっていった。
「だから、もう泣いていいんだ。思いっ切り、泣いていいんだ」
「う、うわぁぁぁぁあん!!」
俺が言い終わった瞬間、弥生は俺の胸で泣き始めた。感情を思い切り爆発させて、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。
俺は黙って弥生を抱きしめ続けた。きっとこういう感情は、溜め込むより全て吐き出した方がいいから。弥生はしばらく泣き続けていた。
「大丈夫か?」
「ぐすっ……うん、もう……平気……」
しばらく泣いて弥生はやっと落ち着いたようだった。目は真っ赤に腫れ上がっていたが、もう涙は出ないようだ。
「……中条なら大丈夫さ。アイツの強さは、弥生も知ってるだろ」
「……うん。先輩、凄く強いもん」
「じゃあ大丈夫だ。信じよう、中条のこと」
「……うん!」
目は腫れ上がっていたが、それでも弥生は笑顔を見せた。少し落ち着いたのかもしれない。
その後は少し弥生とたわいもない話をした。もう少し側にいてやりたかったし、弥生も泣き顔見られたと文句を言いながらも俺のベッドに寝転んでいた。
「じゃあ一年は井上の恐怖を――」
「味わってないよ。学年違うしね」
「何というゆとり……」
「いやいや、お兄ちゃんが悪いよ。授業中寝るなんて……それ、なに」
「ん?……ああ、これか」
弥生が指差したのは机の端に置いてあった、金属の破片だった。
蛍光灯の光を浴びて鈍く輝いている。結局こいつの正体は分からずにいた。弥生が興味津々だったので投げて渡す。
「……鉄の塊?どうしたの、これ」
「拾ったんだ。俺もよく分からないんだけどな」
流石に本当のことは言えなかったので、拾ったことにした。弥生はしばらく興味津々に眺めていたが、飽きたらしく俺に返してくれた。
「なーんだ……」
「まあ、ゆっくり調べてみるよ」
「……お兄ちゃん、分からないの?」
「えっ?」
「それ、多分だけど弥生知ってる」
少し得意げな顔をして金属の破片を指差す弥生。
……鼓動が高鳴る。何故かは分からないが弥生はこの金属の正体を知っているようだ。
「……一体、何なんだこれ?」
「多分だけど……自転車の部品じゃないかな」
「自転車……?」
「うん。中学生の時に弥生、自転車壊しちゃったことあったよね」
「あ、ああ……」
昔、弥生が自転車を壊してしまったことはよく覚えている。確か下り坂でブレーキが効かなくて止まれずに、電信柱にぶつかったんだっけ。
自転車は大破したし、弥生自身も結構な大怪我だったと思う。
「あの時、ブレーキが効かなかった理由がそれだよ」
「これが、か?」
「それが壊れてたらしくてね、弥生の自転車。確かブレーキなんちゃらってやつ」
「これがそのブレーキなんちゃらの一部ってか」
金属の破片ということはこれは部品の欠けた部分なのだろう。
弥生は嘘をついているようには見えないし、おそらく本当にこれは自転車の部品に違いない。だが――
「そんなもの取ってても意味ないよ、お兄ちゃん」
「まあ……な」
「あー、弥生のこと信用してないでしょ」
頬を膨らませて怒る弥生はいつもながら可愛かったが、俺の心には疑問が残ったままだった。
「……またか」
朝早く登校して下駄箱を開けると昨日と同じような小袋が置いてあった。誰かの悪戯か、それとも犯人の仕業なのか。一体何の意味があるのか。全く分からない。
「何だ……これ?」
中身は昨日の金属片ではなく、黒い紐のようなものだった。紐といっても2、3cm程しかない切れ端だ。いや、紐にしては堅すぎるか。
表面はツルツルとしていて断面から想像するに――
「……ワイヤー、か」
ワイヤーを切った時の断面と少し似ていた。だから何と言う訳でもないのだが。
とにかく、一人で考えていても仕方がない。もしこれが嫌がらせの犯人の仕業ならば、必ず何かしらの意図があるはずだ。
昼休みに辻本さんに聞いてみるのが良いだろう。昨日の弥生の話も含めて、辻本さんなら何か思い付くかもしれない。
今だに中条の容態は予断を許さないらしく、新たな情報はなかった。
昨日弥生に言った反面、あたふたするわけにもいかないが本音を言えば一刻も早く中条の意地悪い笑みが見たかった。
「これが?」
「ああ。二日連続で入ってたんだ」
昼休み、辻本さんと屋上に来ていた。晃は部活の昼練があるらしく、今頃グラウンドで練習をしているだろう。
俺は辻本さんに一部始終を説明し、昨日の金属片と今日新たに下駄箱にあったワイヤーらしき物を見せた。
辻本さんは難しい顔をして俺の話を聞きながらそれらを眺めている。
「うーん……。誰かの悪戯……にしてはちょっと手が込んでるわね」
「一人で考えてても埒外あかなくてさ」
「自転車……」
辻本さんは何か考え込んでいるようだ。まだ仲良くなって一週間程度だが、辻本さんが居てくれて本当に良かったと思う。
彼女や晃が居たから俺は何とか自分を保っていられるような気がした。
「まあ簡単には分からない――」
「…………嘘、でしょ」
「えっ?」
辻本さんは顔を強張らせていた。彼女の緊張感は俺まで伝わる程で、普段は冷静な辻本さんらしくなかった。
……彼女は一体どんな推理をしたのだろうか。
「…………藤塚君。あのね、これはあくまでも推測に過ぎないから……」
「あ、ああ」
「聞きたくないなら、ちゃんと言って欲しいの」
恐る恐る俺を見つめる辻本さん。もしかしたら俺は聞かない方がいいのかもしれない。
こんな破片や切れ端なんか忘れて、中条の帰りを大人しく待っていた方がいいのかもしれない。
……でも、それじゃあ意味がないんだ。犯人を捕まえてまた晃と中条と、今度は辻本さんも一緒に平穏な日常を取り返すんだ。
その為に俺は今こうして辻本さんに相談しているんじゃなかったっけ。覚悟を決めろよ、藤塚司……!
「……犯人が分かりそうなことなら、何でも言ってくれ」
「…………分かったわ。何度も言うけど、今から話すことは推測の範疇を出ないから」
「ああ、分かってる」
俺の返事を聞いて辻本さんは一度深呼吸をする。どうやら彼女も覚悟を決めたようだった。
「藤塚君、私が前に言ったこと、覚えてる?」
「前に……?」
「犯人の動機についてよ。もしかしたら原因は中条さんにあるかもしれないって、私言ったじゃない」
「……ああ。俺が嫌がらせを受けているのは中条や晃といるから、ってやつだろ」
確かに辻本さんにそんなことを言われたのは覚えている。しかし今回の嫌がらせと何か関係があるのだろうか。
辻本さんは厳しい表情のまま、話を続ける。
「そう。その時に私、こうも言ったわよね。"このままじゃ中条にも被害が及ぶかもしれない"って」
「あ、ああ……。でもそれが――」
「分からない?この金属片はそれを犯人が行った"証"なのよ」
「あ、証?一体何を言ってるんだよ辻本さんは!?」
頭が混乱する。辻本さんが言いたいことがよく分からない。
……証?何の証だよ。中条が被害に遭う?アイツは別に交通事故に――
「…………あ」
「……気が付いた?」
辻本さんが俺を見つめて呟く。俺は今何を思い付いた?
決まっている。おそらく目の前の辻本さんと同じことだ。
――そもそも中条は何で入院しているのか。それは交通事故に巻き込まれたからだ。
――じゃあ、アイツはいつ巻き込まれたのか。
俺は知ってる。だって一昨日、中条は俺と一緒に途中まで帰ったんだよ。アイツ、笑ってたじゃねぇか。
それで、途中で別れて……アイツは自転車に乗って坂を下ったんじゃなかったっけ。
「藤塚君の話をまとめると、そうなるわ。そして中条さんはその後、交通事故に遭った……」
いつの間にか思考が口に出てしまっていたらしい。いや、今はそれはどうでもいい。つまりアイツは……自転車に乗って事故に遭った可能性が高い。
「……だから、何だよ」
「だからこの金属片とワイヤーが問題になるのよ」
……そうだよ。もうやめよう、分からないふりをするのは。
俺は薄々気が付いてたんじゃないか。弥生も言っていた。この金属片は自転車のブレーキを動かす部品だって。
じゃあこのワイヤーも同じく、ブレーキに関わる部品なんじゃないか。つまり犯人は俺に伝えたかったんだ。
「中条さんが事故に遭った原因がもし、ブレーキが効かないことだったとしたら――」
「犯人が中条を、事故に遭わせたってこと、だな……!」
「ふ、藤塚君……?」
俺は無意識の内に立ち上がっていた。屋上の雑音も、今は一切気にならない。
犯人は伝えたかったんだ。中条を交通事故に遭わせたのは自分だ、ってな。
だから一つずつヒントを置いて行ったんだよ。鈍い俺でも分かるようにさ。
ああ、今はっきり分かったぜ、犯人さんよ。俺が憎いんだろ、こんな回りくどいことするくらいなんだからさ。
安心しろよ、俺も今お前が憎くて仕方ないからな。今すぐお前を探し出して――
「藤塚君っ!!」
「…………辻本さん」
気が付けば俺は辻本さんに抱きしめられていた。辻本さんは今にも泣きだしそうなのを必死に耐えているようだった。
彼女のそんな顔を見ていると、自分の中のどす黒い何かが少しずつ収まっていくのを感じた。
「憎しみに流されないで……そんなこと、中条さんも望んでない……」
「辻本さん……」
何故俺の気持ちが彼女に分かるのか。それは辻本さんも同じ気持ちだからだ。
彼女は俺より先に見当が着きながらも、必死に俺にそれを伝えようとしてくれた。
犯人が憎くて仕方ないのは俺だけじゃないんだ。そう思うとほんの少しだけ気持ちが楽になった。
「ありがとう、辻本さん。もう、大丈夫だから。……見られてるし」
「うん……えっ!?」
顔を真っ赤にして俺から離れる辻本さん。
いつの間にか俺たちは注目の的となっていた。まあ、あれだけ騒げば仕方ないのかもしれない。
「あはは、抱き着いてたからカップルとか思われたかもな」
「カッ、カップル!?」
「あべしっ!?」
瞬間、到底目で追えない早さのビンタが俺を襲う。な、なんという威力。
「な、な、な、な、な、な、なにを言ってるのかぜんっぜん分からないわ!……あれ、藤塚君?」
「……下です」
「何してるのよ?頬が真っ赤よ」
「あはは……」
俺は辻本さんの明るさにまた救われていた。
もし辻本さんがいなかったら、俺は犯人への憎しみに潰されてしまったかもしれない。勿論、犯人は絶対に許さない。
でも同じ目に遭わせる為に捕まえるんじゃない。中条にちゃんと謝らせて、罪を償わせる為に。これ以上被害が広がらない為に捕まえるんだ。
「辻本、ちょっといいか」
「あ、はい!ゴメンね、藤塚君。先戻ってて」
「おう」
「今日提出期限になってる進路調査用紙なんだがな」
「あ、それなら今日の放課後に出すので――」
屋上から帰る途中、辻本さんは担任に呼び止められていた。
内容からするに一昨日一緒に整理した用紙の話らしい。長くなりそうだったので先に教室に戻ることにした。
「……絶対に捕まえてやるよ」
もう俺だけの闘いではない。大切な親友が傷付けられたんだ。絶対に捕まえてみせる。
「おっ、親友!また辻本さんとデートか」
「うるせぇ、エロゲー信者」
廊下で練習帰りの晃と合流する。
からかわれたのが何だか恥ずかしくて、ついおちょくると晃の目が光った。どうやら触れてはいけない部分に触れてしまったようだ。
「なんだと……KI☆SA☆MA、そこに直れぇぇぇぇえ!!」
「ちょ!?まてっ!」
「藤塚君っ!」
まさに晃に矯正されそうだった瞬間、辻本さんがこちらに走ってきた。何かあったのだろうか。晃もふざけるのを止め、辻本さんを見ている。
「ど、どうしたの辻本さん?」
「今先生から聞いたんだけど中条さんが――」
急に心臓が高鳴る。一体中条はどうなったのか。おそらく晃も同じ気持ちに違いない。
「意識を取り戻したって!」
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