第2話 11月14日

夕焼けに染まる校舎裏。そこに佇む男女が一組。女子の方はポニーテールがよく似合う、可愛いらしい感じの女の子だった。

顔は夕焼け以上に赤くなっており、今まで自分自身がたどたどしくも話していた内容にかなりの羞恥心を覚えているようだ。

「そ、そ、それでっ!わ、私……あのっ!」

それでも必死に何かを相手に伝えようとしているようだったが、中々言い出せず先程の言葉をもうかれこれ5、6回繰り返しているところだ。

相手の男子はというと、もじもじしている女子を凝視しており、しばらく黙っている。

そんな状況が彼女を更に緊張させてしまい、場はまさに硬直状態だった。

……静寂と時折聞こえてくる部活動の掛け声だけが場に満ちていた。

「……何考えてるのかね、あの阿呆は」

「多分何も考えてないんじゃねぇかな……」

そんな気まずい男女を陰から見守る俺と中条。良い趣味ではないことは重々承知しているが親友の頼みだ、仕方がない。

……まあその親友はまさにいま気まずい空気のど真ん中に突っ立っているわけなのだが。

「何とか言わないとあの子が可愛そうね」

「って言っても晃がOKするとも思えないしな」

「何で……!」

「ん?っておいっ!?自重しろ!」

今にも飛び出さんばかりに身体を震わせている中条を必死に止める。コイツは美少女のことになると本当に変態に成り下がるからな……。

「あの無礼者に制裁を~!」

「ここでお前が出て行ったら余計ややこしくなる!大人しく見とけ!」

精一杯の小声で中条を注意し、引き止める。中条は大層不満げな顔をしながらも渋々俺に従ってくれた。

ぷっくりと頬を膨らましていても西洋人形のような美しい顔立ちは崩れず、生れつきだという銀髪は夕焼けを鮮やかに反射していて形容し難い美しさを湛えていた。

これで黙っていれば完璧な美少女なのだろうが、世の中そうな甘くないらしい。

でなければ「可愛いは正義!」とかを掲げて昼休みに晃と、三次元と二次元を巡って議論を繰り広げたりはしないだろう。

「あ、司っ!」

「おっ、動くか」

そうこうしている内に晃はゆっくりと女子に近付く。彼女は期待と不安が入り混じったような表情をしながら晃の言葉を待っている。

「えっと……大内さん、だよね?」

「は、はいっ!!」

「気持ちは凄く嬉しかったよ、ありがとう」

「…………」

「でも、ね。大内さんの気持ちには答えられないんだ」

「……そう、ですか」

女子は晃の返事をある程度は予想していたのか、そこまで動揺してはいなかった。しかし目には涙を溜めており既に晃を見られてはいなかった。

「実は……俺、付き合っている人がいるんだ!」

「えっ!?」

急に晃は深刻な表情になり衝撃的な事実を話し始める。そんな晃を見守る俺たちにも嫌な空気が漂っていた。

「……司」

「……多分、そうだ」

「「はぁ……」」

何故か溜息をつく俺と中条。半年という短い期間ではあるが、ほぼ毎日三人で馬鹿やってたんだ。晃が何を考えているのか、嫌でも大体の見当はついてしまう。

そもそも何故今日に限って晃は俺たち二人に「ついて来て欲しい」なんて頼んだのか。

そして一見可愛らしいが中々諦めてくれなさそうなあの女子を見た瞬間、予想は確信に変わったのだった。要するに俺たちは――

「……断るダシにされたのね」

「まあな。晃の考えそうなことだ……」

早い話しが告白を断る為に利用されるのだ。それが先程の晃の発言で残念ながら現実のものとなりそうだった。

俺は中条を哀れみの目で見る。晃は黙っていればかなりの好青年なだけに今回のような、女子からの告白も多い。

ただここで中条と付き合っているということにして、もしあの女子がそれを周りに広めたら中条にかなりの敵が出来るに違いなかった。

中条もかなり美人なだけに怨みを買うことは間違いないし、それが美男美女カップルともなれば尚更のことだ。気が付けば中条は軽く溜息をついていた。

「……まあ、元気出せよ」

「ん?……現実逃避したい気持ちはわかるけど、気をしっかり持つのよ」

「は?何の話だ……?」

「何のって……これから司がイケニエになることよ」

「……何言ってんだ。晃の恋人役はお前しかいないだろ――」

そこまで言って、ようやく俺は中条が笑みを浮かべていることに気が付く。その笑みはどこか俺を小馬鹿にしているようだった。

「ま、まさか……」

「ふふっ、ようやく気付いたようね。あたし"たち"が呼ばれた理由」

確かにそれなら中条は被害を受けないが、そんなこと通用するはずが――

「ふ、藤塚君……?いつも一緒にいる……?」

「そう。実は俺……司と付き合っているんだ!」

その瞬間、世界が凍った気がした。少なくとも女子と俺は凍った。そして間髪入れず中条が俺を陰から突き飛ばし二人のところへ送り込む。

……こいつらもしかして最初からグルなんじゃないだろうか。そう思わせる程の、手際の良さだった。

「おお、司!我が最愛なる人よ!」

「ちょ!?おまっ!?」

晃がわざとらしくポーズを取って俺を抱きしめようとする。それを必死に拒もうとする俺だが――

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

時既に遅し。ポニーテールの似合う女子は思いっきり俺を見ながら泣き叫んでいた。

……流石にそこまで泣かれると落ち込むんだが。




 駅前のラーメン屋。

夜の比較的混んでいる時間帯に来た為かしばらく並んだ後、ようやく三人で座れた。これが今日の悲劇の報酬だ。

「いやぁ!今日は本当にありがとな!これでしばらくは告白されずに済むかもな!」

かなり満足そうに微笑む晃とは対象的に沈む俺。

結局あの後、ポニーテールの女子はあろうことか俺を目の敵にして散々罵倒した。

そして学年中にこのこと、何故か晃は全く責められず俺が如何に最低人間であること、を言い触らすと言って去って行ったのだ。

俺は何が起きているのか理解出来ずにただ立ち尽くしていた。

……既に虐められてるのに更に追加で嫌がらせを受けるんじゃないか、これ。

「ふふっ。呆然としてる司の顔、悪くなかったわよ?」

「うるせぇ!いきなりあんなこと言われて対応出来るか!」

思い出し笑いをする中条。人ごとだと思って楽しみやがって。明日からどう過ごしていけば良いんだよ。

「まあこうしてラーメンを奢ってるんだから良いじゃないか、親友もとい恋人」

「まだ言うか!……大体嘘なんかついて良かったのかよ」

「あー、あの子さ……もう5、6回断ってるんだよ」

「……そういうことか」

いつもなら誠意を込めてお断りしている晃が、今日に限って何故あんな手段を取ったのか疑問だったがやっと分かった。

要するに普通に断っても絶対に諦めてくれない性質の女子なのだろう。だからこそ、あれくらいで諦めるかどうかは若干怪しいのだが。

まあいずれにせよ、そういうことにはあまり縁の無い俺には羨ましい話ではある。

「だから、周りから聞かれたら冗談で通して良いからさ」

「ああ……色々大変なんだな」

「まあモテない司には分からないわよね」

クスクスと笑う中条。確かに俺以外は正直異性にかなり、いや尋常ではない程モテるだろう。ただ晃を見ているとモテすぎるのも考えものだなと思うのだった。

「これであの子も少しは諦めてくれると良いんだけどなぁ」

「さあ?女の執念は怖いからね」

クスッと笑った中条に少し、ほんの少しだけゾクッとした。どこかで見たことがある、冷たい笑みだった。

「そ、そんなもんか」

「……そんなもんよ」

何が"そんなもん"なのか。それを聞く前に店員が食券を取りに来て、気付けばいつもの中条に戻っていた。

……俺の、気のせいか。

「さ、今日は何ラーメンでも好きなのを食べてくれ!あ、チャーシューは無し!」

「はあ!?汚名を着せられたんだからチャーシューぐらい奢れよ!」

「あたし、カニチャーハンね」

「「……自由ですね」」

三人でこんな風に馬鹿やる時間。これを脅かされないように俺は出来る限りの努力をしなければならない。それが俺の犯人への唯一の抵抗のように思えた。




 放課後の教室。辻本さんに打ち明けてから一週間ほど経った。

あれからはなるべく少しでも集まって二人で話し合いをするようになっている。一人で考え込むよりも二人で悩んだ方が良いと、辻本さんが言ってくれたのだ。

「それじゃ藤塚君が男子しか愛せないっていうのは――」

「真っ赤なでたらめだよ!今説明しただろ?」

「とんだ災難だったわね。お疲れ様」

ようやく辻本さんにも昨日の話が分かって貰えたようだ。クラスメイト全員を説得するには後どれくらいの時間がいるのだろうか。

……まあ、殆どはそれが嘘か冗談だと思っているみたいだが。

「てっきり犯人がまた何かやったのかと思ったじゃない」

「面目ない……」

あれから一週間。結局二人で交互に朝早く登校しているおかげか、嫌がらせは小規模なものになりつつあった。

「……でも、有り得るわね」

「有り得る?」

辻本さんは顎に手を当てて難しい顔をしている。夕焼けに照らされる彼女はいつもより余計に美人だ。

「藤塚君が嫌がらせをされている原因よ」

「俺の……原因」

「よく考えてみて。藤塚君はいつも小坂君と中条さんといるよね」

「あ、ああ……」

「二人ともかなりの美男美女だし、学年でも噂になってるのは知ってる?」

……それは嫌になるほど知っている。

一昨日も実際に体験したし、何より晃と中条と仲良くなってから半年。何回か二人を紹介して欲しいと頼まれたこともあったが全て断った。

二人ともそういうのは嫌いそうだったし俺も気が進まなかったのだ。

でも……もしかしたら少なからず俺は誰かに怨まれていたんじゃ……?

「……小坂君はまだしも、藤塚君と中条さんがいつも一緒にいるのを、快く思っていなかった人もいるかもしれないわ」

「……つまり、中条が俺の嫌がらせの原因ってことか」

「まだ可能性の一つに過ぎないわ。でも有り得なくはないと思うの」

辻本さんの言っていることは最もだと思う。確かに今までその可能性も考えなかったわけではない。ただ――

「……仮にそれが事実だとしても、俺にはどうしようもないよ」

そう。俺個人に原因があって嫌がらせをされているならまだしも、中条が理由ならば俺に出来ることはないはずだ。

「……例えば、よ」

「ん?」

「例えば……少し中条さんと距離を置く、とか」

「なっ……!」

「ただの例えよ。……でもこのままじゃ中条さんにも被害が及ぶかもしれないわ」

確かにそれも辻本さんの言う通りだ。もしこの仮説が正しいなら俺だけでなく、犯人はむしろ中条を狙ってくるだろう。

……でもそれじゃ本末転倒だ。俺はあいつらとの日常を守る為にこうして辻本さんと話をしているのに、中条と仲良くするのを止めるなんて……!

「…………少し、考えてみるよ」

「……うん。まだそうと決まったわけじゃないんだから!ほら、しゃきっとする!」

「いってぇ!?」

辻本さんに背中を思いっ切り叩かれる。彼女の明るさにまた救われた気がした。

「さ、帰りましょ!今日は藤塚君に付き合って貰うとこもあるし!」

「えっ?俺そんな約束――」

「今したの!さ、行くわよ!」

辻本さんに腕を捕まれそのまま教室の外へと連れて行かれる。彼女なりに気を使ってくれてるのが分かり、嬉しかった。




「お待たせいたしました!"いつまでも二人で"でございます!ごゆっくりどうぞ!」

最近駅前に出来たスイーツ専門店。長いこと外国で修業を重ねた店長が、故郷である桜山市に出した店らしく、店の評判はかなり良い。

クレープからパフェまで甘いものなら大概の物はあり、味も絶妙な甘さで絶品らしい。

平日の夕暮れ時にも関わらず店内は満席状態だ。その殆どが女性客でありそれぞれが頼んだクレープやらパフェやらに舌鼓を打っている。

「きゃあ!来たよ藤塚君っ!」

「…………」

そんな店内の一番端っこの席に、俺と辻本さんは向かい合って座っていた。辻本さんは普段からは想像出来ないほどはしゃいでいるようだった。

「美味しい~!もう最高っ!」

「……確かに美味い、けど辻本さん?」

「藤塚君、ほんっとにありがとね!!」

「あ、ああ……」

あまりにも辻本さんがはしゃいでいるので文句を言うタイミングを失ってしまう。そう、俺はこの女性ばかりのスイーツ専門店に無理矢理連れて来られたのだった。

辻本さんはかなりのスイーツ好きらしく、ここの看板メニューである"いつまでも二人で"というパフェを狙っていたらしい。だが――

「流石カップル限定パフェなだけあるわ!生クリームとかもう堪んない!!」

「あはは……」

それがカップル限定のパフェらしく、俺はいつの間にか利用されていたのだ。

いつもながら自分の鈍感さに情けなくなる。気付けば色々なことに巻き込まれてしまっていることが多いのだ。

「藤塚君、はい!」

「ん?……ってええっ!?」

気が付くと目の前で辻本さんがパフェの乗ったスプーンを笑顔でこちらに差し出していた。まるで幸せのおすそ分けと言わんばかりにスプーンを差し出している。

「はい、あーんして!」

「い、いや、あのですね!」

「私たち"カップル"なんだから!はい、あーん!」

「むぐぅ!?」

無理矢理開いている口にパフェを押し込められる。絶妙な甘さが口の中に広がった。

「もう一口、あーん!」

「あ、あーん……」

「うん、よろしい!」

何故か若干頬を赤らめながらも幸せそうな表情をする辻本さん。そんな彼女を見ているとこちらまで暖かい気持ちになるのが分かった。

……協力してくれるお礼にこれくらい付き合うのは当然だしな。いつの間にか先程まであった不安な気持ちはどこかへ行ってしまったようだった。

「パフェ最高っ!」

「大袈裟だな……」

いつの間にかつられて俺まで笑顔になっている。この一週間で晃や中条と過ごす時間と同じように、辻本さんと過ごす時間も自分の中で大きくなっている気がした。




「今日は付き合わせちゃってゴメンね」

帰り道。いつものように辻本さんと帰る。今までは晃も中条も部活組だったので帰りは一人だったが、一週間前からは辻本さんと帰る日々が続いている。

「あはは。まあ辻本さんの違う一面を見られたから俺は満足かな」

「あ、あれはね!つ、つい夢中になっちゃってね!その……」

今日のパフェの一件をからかう俺に対して、辻本さんは顔を真っ赤にしてしどろもどろに説明しようとしている。そんな辻本さんもいつもと違って新鮮だった。

「分かってるって。クラスの皆には内緒にしておくからさ」

「あ、ありがとう……」

「……俺の方こそありがとな。おかげで元気になったよ」

「ううん、私も楽しかったし」

「俺も……辻本さんの意外な一面が見れて楽しかったしな」

「もう止めてよね、恥ずかしいんだから!」

今日のことを笑いながら帰る俺たち。

こんな風に協力してくれる辻本さんの為にも何とかして犯人を捕まえないといけないな。

「あ、私こっちだから」

「おう、じゃあまた明日な!」

「あっ!藤塚君っ!」

いつもの十字路で別れようとする俺を引き止める辻本さん。思わず振り返ると辻本さんは少し俺と距離を置いて立っていた。

「どうかした?」

「……油断、しないようにね」

「……えっ?」

「嫌がらせ、まだ終わったわけじゃないから」

急に無表情になる辻本さん。まるで先程とは別人だった。

……何だろう、この寒気は。彼女は何を伝えようとしているのだろう。

「お、おう。勿論……分かってるよ」

「……明日からも、またよろしくね?」

「あ、ああ……よろしく」

俺の返事に満足したのか、辻本さんは微笑んで行ってしまった。後には十字路に立ち尽くしている俺だけがぽつんといた。




 深夜。俺は中々寝付けずにいた。何度も寝ようと試みるが目は冴えているし、寝たくはなかった。

「……大丈夫」

もう一度ベッドに入って今日を振り返る。そして自分に言い聞かせる。

確かに今日も嫌がらせはあったが、一週間前に比べれば大したことないじゃないか。

今日も一日楽しかった。本当に楽しかった。だから明日も大丈夫さ。何も……起きない。起きるわけがないんだ。


『……油断、しないようにね』


「っ!」

寒気が止まらない。何も恐れることはないんだ。辻本さんもいる、一人じゃないんだから。そう思っても震えは止まらなかった。




 この時、俺は気が付くべきだったんだと思う。言ってたじゃないか、狙われているのは俺だけじゃない可能性があるって――

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