噓と真実

シロクロイルカ

第1話 11月5日

父親の急な転勤でこの桜山(さくらやま)市に引っ越してきて早半年が経つ。

以前住んでいた地域と違って市内は気温が低く、11月上旬で既に一桁代を記録する程だ。俺達家族の住んでいる場所は海が近いので、海風も合わさって余計に寒さを感じる。

「ママ、行ってきまーす!」

「……行ってきます」

朝の通学路ほど、歩くことを憂鬱に思う場所もない。一旦学校に着いてしまえば室内だし多少はマシになるのだが、どうにもこの早朝の寒さには半年経った今も一向に慣れない。

そんな寒がりな俺に比べて目の前をぴょこぴょこ軽快に歩いている――

「お兄ちゃん!朝だからってシャキッとしなきゃ駄目だよ!」

「……そんなこと言ってもな、弥生。寒いもんは寒いんだよ」

我が妹、藤塚弥生(ふじつかやよい)は今日も朝から元気一杯だ。少し茶色がかったセミロングとくりっとした大きな目が特徴的で、正直……半端なく可愛い。

勿論、俺はシスコンではない。

「だらし無いなぁ、お兄ちゃんは!弥生みたいに部活始めれば良いんだよ!サッカー好きでしょ?」

「弥生よ……何度言ったら分かるんだ?俺が好きなのは――」

「『フットサルであって断じてサッカーではない』でしょ?もう諦めてサッカーやりなよ!」

「お、おいっ!?」

突然腕に抱き着いてくる弥生からは女の子特有の甘い香りがする。

……やはり弥生は可愛い。兄妹だというのに俺と全く似ていないコイツが、僅か半年で6人に告白されたというのも頷ける。

勿論、俺はシスコンではない。断じて、ない。

「へへっ!そんなこと言いながらも朝練組の弥生と一緒に登校してる癖に!」

「だからそれはな、朝早く学校に着いて優等生を演出する為に登校してるんだよ」

現在時刻は朝の7時過ぎ。毎日女子バレー部の朝練がある弥生とは違い、本来ならばこんな朝早くに登校する必要はない。

……本来ならば。

「先週くらいから急に早起きし始めてさ。……何か企んでるの?」

「さあ?」

弥生が探るような目で見つめてくるので肩を竦める。妹が知ったところでどうにもならないし、知らせて心配をかけさせたくはない。

「……まっ、お兄ちゃんが何してようと弥生には関係ないけどね!」

ごまかされたのが嫌だったのか、頬を膨らませながらそっぽを向いて行ってしまった。

……相変わらず弥生は可愛いなぁ。無論、俺はシスコンではないがな。

「おいっ、待てよ!」

「お兄ちゃんなんか知らないっ!」

ご機嫌ななめな妹を追い掛けながら思う。そう、本来ならばごく普通の高校二年生である俺、藤塚司(ふじつかつかさ)がこんな早朝から通学路を走ることはなかったはずだ。

「……はぁ」

一週間前にあんなことさえ起きなければ。




一週間前。いつも通り登校してきた俺は違和感に気付いた。俺の下駄箱だけ異常に汚いのだ。恐る恐る自分の下駄箱を開くと中は更に酷く、生ゴミや砂などか混ぜこまれていた。

その次の日には俺のロッカーに大量の赤いペンキがぶちまけられていたり、机の中に無数のカッターの刃が入れられたりしていた。

……まあ分かりやすく言えばイジメ、あるいはかなり質が悪い嫌がらせである。幸い誰もその惨状には気付かなかった為、自分で捨てたり放課後残ってこっそり塗り直したりした。

……正直、イジメられていると思われたくないし、まだ転校してきて半年だ。出来れば事を荒立てたくはない。そこで俺は朝早く登校して犯人を捕まえようと決めた。

直接理由も聞きたいしその方が手っ取り早いからだ。しかし早朝に登校しているにも関わらず嫌がらせは続き、今だに早朝学校に来る日々が続いている。今日こそは――




「いや、それはシスコンだろ。どう考えても」

「ははは、冗談キツいな晃は」

昼休み。いつものようにクラスメイトの小坂晃(こさかあきら)と飯を食う。

……ちなみに結局今日も既にやられていた。これで8日連続、か。犯人はどれだけ早く学校に来ているのだろう。

「弥生ちゃんが可愛いのは分かるが……。頼むから捕まらないでくれよ、親友」

グッと親指を立てる黒髪短髪の好青年、晃はサッカー部で俺が転校してきた直後から気さくに話し掛けてくれた。

まさに好青年の中の好青年なのだ。サッカー派とフットサル派に分かれてはいるもののそれから半年、今では学校で一番仲が良い。

「おいおい。エロゲ好きの犯罪者予備軍が何を宣ってるんですかねぇ?」

「……お前は俺を怒らせた。良いかよく聞け!?そもそも性描写が青少年に対して有害だという確定的なデータは全くなくだな――」

……"基本的に"コイツは好青年だが一つ大きな欠点がある。晃はかなりのエロゲ、要するに18禁バリバリのアダルトゲームマニアなのだ。しかもそれを公言しているから質が悪い。

基本的に好青年でサッカー部のエースなのでかなりモテる。が、コイツに今だに恋人がいないのはおそらくそういう理由だと思う。

少なくとも告白してきた女子に「巨乳かつ金髪でツンデレ、エッチシーンの時はしおらしくないと駄目なんだ」と笑顔で断る好青年を俺は見たことがない。

「つまりこの条例というのは幸福追求権、ならびに表現の自由の――」

「晃君、晃君。ちょっと良いかな?」

「何だ親友?」

爽やかな顔で笑いかけてくる変態が約一名。

「もう、やめよう。俺が悪かったからさ」

「分かってくれれば良いんだよ親友!」

がっちりと握手してくる変態、もとい親友の情熱に折れたのか。それとも遠巻きから冷たい視線を送ってくるクラスメイト達に堪らなくなったのか。

どちらにしろ、コイツを暴走させたのは俺の責任だ。とりあえず謝っておくことにする。若干手遅れの感はあるが。

「またやってんだ、アンタ達?よく飽きないわね」

そんな素敵空間に変態がまた一人加わってきた。セミロングの銀髪をなびかせながら俺達の間に椅子を割り込ませてくる美少女、中条雪(ナカジョウユキ)。

……すまん、皆。もうどうすることも出来ないかもしれない。

「おっす、中条。今日は遅かったな」

「購買組はいつも戦争だから。……"幻のカレーパン"、手に入れたわ」

それを聞いた瞬間、俺も晃も張り詰める。まさかコイツ、あのカレーパンを……?中条は手に持っていた紙袋をゆっくりと机の上に置いた。

「……幾つだ?」

晃が震えた声で中条に聞く。頼む、3つ……!そう言ってくれ……!祈るような眼差しで中条を見つめる俺達を、彼女はばっさりと切り捨てた。

「2つ……よ」

その言葉を聞いた瞬間、俺達の空気が更に張り詰める。弦ならば完全に張った状態、液体ならばまさに表面張力の状態だろう。晃がゆっくりとこっちを向く。その瞳には確かな決意が宿っていた。

「友よ……済まない」

「いや、気にするな。俺も……悪いが譲る気は全くない」

勿論俺だって一歩も引かない。カレーパンは2つ、俺達は3人。このことから分かることはたった一つ、誰かがこのカレーパンを食いそびれてしまうという歴然たる事実のみなのだから。




"幻のカレーパン"とはこの学校に昔からある購買限定のパンだ。一見普通のパンだが外はサクサク、中はスパイシーなカレーが絶妙な柔らかさを保っており食べた者の心を掴んで離さない。

噂では、一時期あまりの需要の為販売を中止してしまったらしい。今でも一日僅か10食の限定販売なのがこのカレーパンが幻と言われる由縁である。

「雪は買ってきた当人……だからこのカレーパンを食べられるのは後一人だ」

俺と晃は互いをしっかりと見つめ合い、手を前に出す。何か揉め事があった時にはジャンケンで解決するのが俺達三人のルールだ。だから俺達にはこれがただのジャンケンではないことが即座に分かる。

「司……俺は"チョキ"を出すぜ」

「ほう……」

晃お得意の撹乱が始まった。こうやって自ら出す手を宣言することで相手の思考を縛る。古典的だが効果的な揺さ振りだ。

現にこの揺さ振りに慣れていない者は晃の言っていることが真実か嘘かに思考の多くを持って行かれるだろう。しかし――

「わざわざありがとよ。じゃあ俺は"パー"を出させて貰うぜ」

「……やるな、親友」

「くすくす……流石に司には通用しないでしょ?」

俺は即座に宣言を返す。この場合真実か嘘かは問題ではない。相手の術中に嵌まってしまっている、つまり考えていること自体が問題なのだ。

ジャンケンとはいかに相手を自分のフィールドに連れ込めるかで勝率が大きく変わる。遊び半分のジャンケンならば単純に直感と運が優れた者が勝つだろう。しかしそれが本気になった時、人は緊張からか普段から無意識にしている癖や思考を外に出してしまう。

例えば、単純にパーを普段から多く出している場合、本気になった場でもついパーを出したくなるのが人間の心情だ。ではそれを相手の縛りによって二択にされてしまったら……?

間違いなく普段の癖に自然と頼ってしまうはずだ。ちなみに俺達は違いの癖を熟知している。晃はチョキ、中条はパー、俺はグーだ。だからこそ晃は"チョキ"と言って、俺の無意識に語りかけるように、つまりグーを出したくなる状況を作り出そうとしたのだった。

「じゃあガチで行くしかないみたいだな……!」

「ああ、行くぜ……!」

しかし俺には通用しない。そうすれば純粋な運だけのジャンケンになるしかない。

……少なくとも晃には!!

「「最初はグーっ!!」」

グーをお互いに出してから手を振って次を出そうとする、その瞬間を俺は利用する。

振り上げた手をパーの状態にしてわざと晃に見えるよう掲げる。嫌でも晃の視界に入るそのパーは奴の無意識に語りかけるはずだ……"チョキ"を出せと!

「へぇ……」

中条がその一瞬、俺の切り札に気がつき笑みを浮かべる。ならば晃にはとっくに分かっているはずだ。しかしこの一瞬で考える時間は皆無。

「「ジャン!!」」

だからこそ晃はチョキを出す。出したくなる!だが俺は――

「「ケン!!」」

自分の手を振り下ろす瞬間にグーに変えるっ!これで俺の勝ちだぁぁあ!!

「「ポンッ!!」」




放課後、屋外プールに放り込まれていた体育館履きを回収して、俺は教室へと向かっていた。

早起きして学校に登校するようになってから相手の嫌がらせは小規模になっている。

良い意味で捉えれば俺が早く来ることで犯人が嫌がらせをしにくくなっているということだ。しかし逆に悪い意味で捉えると犯人に俺の行動は筒抜けで、今まで通りの時間に登校しなければ嫌がらせはまた大掛かりなものになるであろうということであった。

「はぁ……カレーパン、食いそびれちまったな」

廊下を歩きながら昼休みのことを思い出す。

昼休み、俺が勝ちを確信したあのジャンケンは晃の勝利に終わった。

「運じゃ勝ち目はねぇよ……」

結局、俺が必死に考えて出した切り札も晃には通用しなかった。というか、自分の誘導が通じなかった時点で晃は難しい思考は捨て司、つまり俺が出しやすいグーに勝てるパーを出すことを決めていたらしい。

だから俺の作戦にも晃は嵌まらず純粋なジャンケンで勝負しにきたのだった。

「俺、勝負運ないからなぁ……」

中条にはそれが分かっていたらしくあの時の笑みは今から敗北する俺を小ばかにするものだったのだ。

「くそ、覚えてろよ。次こそは勝ってやるからな!!」

誰もいない廊下で咆哮する俺は、傍から見るとかなり気持ち悪いに違いない。

「……はぁ」

奴ら、晃と中条と送る学校生活はかなり楽しい。そりゃあ騒ぎすぎて担任やクラス委員に注意されることはしばしばある。しかしそれすらも退屈だった以前の日常に比べれば刺激になるのだった。

本当にこの桜山市に引っ越してきて良かったと思ってる。だからこそ、この幸せな日常を脅かして欲しくない。誰にも迷惑は掛けないし、気付かせない。絶対に犯人は俺の手で――

「藤塚君、そこで何してるの?」

「おわっ!?」

考え事をしていたせいか、思わず変な声を出してしまった。

「だ、大丈夫?……どうしたの、その体育館履き?」

「えっと……って、委員長か」

恐る恐る振り向くとそこには俺達のクラス委員長である、辻本(ツジモト)さんが立っていた。端正な顔立ちと肩までかかる艶のある黒髪が印象的な、典型的な大和撫子だった。確か晃が学年で一番人気があるとか言ってたな。

「藤塚君?その体育館履き……」

……って今はそんなこと考えてる場合じゃねぇよ!辻本さんは俺が持ってるずぶ濡れの体育館履きを気にしてる。何とかしてごまかさないと、面倒なことになる。

「ああ、これ?えっと……そう!振り回してたら噴水に落としちゃってさ!馬鹿だよね、俺も!」

「……今日は体育なかったけど、どうして体育館履き何か持ってるの?」

へらへらと笑ってかわそうとする俺に対して、辻本さんは冷たい口調で疑問を突き付ける。

……ちょっとまずいかもしれない。上手く話を逸らさないと。

「それは……あーっと晃に悪戯されてさ!」

「小坂君が?藤塚君と仲が良いのに?」

晃を言い訳に使うのは若干心苦しいが仕方ない。ここでばれてしまっては、今まで一人で闘ってきた意味がなくなってしまう。

「仲が良いからだよ。まあ軽い悪戯だからさ。あ、俺用事あるからもう帰る――」

「……クスッ」

俺が無理矢理話を切り上げてその場を去ろうとした時、辻本さんは静かに笑みを浮かべた。その笑顔が普段の辻本さんからは想像出来ない程の冷たさを湛えていることに俺は気付く。何だ、この感じ……。

「えっと……」

「藤塚君って嘘、下手だね」

ゆっくりと近付いて来る辻本さん。普段、辻本さんはこんな人だっけ?確かに俺や晃があまりに五月蝿くすると怒るけど、それはクラス委員という立場であるからであって、普段は普通に仲良くやってたはずだ。

席が近いからか、たまに昼飯を一緒に食ったりした。何より転校したての俺に色々と教えて雰囲気に馴れさせてくれたのは辻本さんだ。それはクラス委員としての役目だけでなく、彼女の面倒見が良い性格もあったからだ。

「どうしたの?藤塚君……顔真っ青だよ」

まるで身体が石にでもなってしまったかのように動けない。夕焼けに染まる廊下で俺は立ち尽くすことしか出来ないでいる。それ程に目の前にいる辻本さんは異常だった。

「あ、あのさ……」

「とりあえず、話聞かせて?じゃないと……」

俺の手を辻本さんが握りしめる。ひんやりと冷たい感触が俺を支配していた。目の前にいるのは本当に辻本さんなんだろうか。ならば何故彼女はこんなにも冷たい笑顔を俺に向けるのだろう。

……もしかしたら、もしかすると犯人は――

「怒っちゃうよ?」

クスッと笑いながら彼女は俺に囁いた。




放課後の教室。すでに外は暗くなり始めていた。部活を終えた生徒達の声が微かに聞こえてくる。そんな教室の中央の席に俺は座っていた。隣には辻本さんが座っていてさっきまで俺の話を真剣に聞いていたのだった。

「――大体の状況は掴めたわ。まず藤塚君」

「は、はい」

凛とした辻本さんの声に思わず姿勢を正してしまう。何とも情けない話だが弛緩してしまっている自分がいた。

「これからも何かトラブルがあったら必ずクラス委員の私に相談すること!」

「す、すいません……」

「全く……クラスの問題を解決するのが私の役割なんだからね」

少し不満げにこっちを見て話す辻本さんは何処か頼もしかった。

……結局、辻本さんに全て話してしまったのだ。問い詰められてもうどうにも言い逃れが出来なかったのだから、仕方ないのかもしれない。

「本当にゴメンな」

「……もう良いわよ、打ち明けてくれたんだし。だからいつまでも暗くならない!」

「痛っ!?」

背中を思いっ切り叩かれる。とても良い音がして辻本さんは満足そうだ。最初に問い詰められた時は恐怖を感じたが、それも気のせいだったようだ。

現に話し始めてからはいつも通り、俺が知っている世話焼きの委員長になっていたし。

「さて、どうしたもんかな。何で怨まれてるか分からないようじゃ、犯人を絞るのは難しいかもね」

「いってぇ……。まあ辻本さんがいると色んな意味で心強いよ」

辻本さんに打ち明けたおかげか、何だか気持ちが軽い。やはり一人で悩み続けるのは良くなかったのかもしれない。辻本さんは少し顔を赤くしていた。

「……な、何よ。最初は隠そうとした癖に」

「ゴメンゴメン。今度からはちゃんと辻本さんに言うからさ」

「そ、それなら良いけど!」

何故か辻本さんはそっぽを向いてしまった。まだ怒っているんだろうか。

「辻本さん?」

「と、とにかく!明日から対策を考えないといけないわね」

「確かに。今まで通り早起きして犯行現場を抑えるのは?」

辻本さんは顎に手を当てながら考えている。そんな端正な横顔が彼女の人気を裏付けていた。確かに学年一の美少女かもしれない。

「それは続けましょう。私はどの道、委員会の仕事で早く登校するし、きついなら私と藤塚君で交代制にすれば良いわ」

「そうだな。じゃあ晃と中条にも――」

「それは止めておきましょう。まだ確定的ではないしあまり多くの生徒を巻き込まない方が良いわ。明日の段階で私から先生にはちゃんとお伝えするから」

確かに生徒に話しても意味がないのかもしれない。俺が話さなかった理由の一つでもあるし、先生に伝わるならば少しはこの状況もマシになるのかもしれない。

「分かった。じゃあとりあえず今のところ相手の様子を伺うしかないんだな」

「……まあ、ある程度の見当はつくわ」

辻本さんが難しい顔をしてこっちを見ていた。それは伝えるべきかを迷っているような表情だ。

「見当って……犯人の、か」

「……確定的ではないから、まだ藤塚君には話せないけど」

「それは――」

「藤塚君も、自分で考えてみて。さ、帰りましょ!もう遅いし」

話は終わりと言わんばかりに辻本さんは席を立ち、出口に向かって行った。今は何を聞いても答えてくれないだろう。仕方なく俺も彼女に続いた。




「今日は、ありがとな」

学校からの帰り道。意外と家が近い事が分かり、俺達は一緒に帰っていた。

「別に。困った人がいたら助けるのが友達でしょ?」

俺に笑いかけてくる辻本さん。クラス委員ではなく"友達"として俺を助けてくれるのが凄く嬉しかった。何より一人では不安で潰れてしまったかもしれないから。

「お、おう。……やっぱり辻本さんは頼もしいな!」

「……調子良いんだから」

恥ずかしさを隠す為にふざけてごまかす俺に付き合ってくれる辻本さん。今まで半年一緒に過ごしたクラスメイトだったが、こんなに話したのは初めてかもしれない。

帰りながら色んな話をした。趣味や食べ物など。そして殆ど好みが同じだったことにびっくりしたり、何だか不思議な気持ちになっている自分がいた。

辻本さんのことをもっと知りたい……そんな自分がいた。

「あ、私こっちだから」

「そっか。俺は左だからさ、じゃあまた明日な」

「うん、また明日!」

いつもより短く感じた帰り道。お互い手を振って別れる。少し物寂しい自分が何だか恥ずかしかった。

「……また明日、か」

でも今日は良い一日だったと思う。気持ちが楽になったし心強い味方も出来た。

「辻本、真実(マミ)か……」

交換したてのメールアドレスをぼんやりと眺める。まだ問題が解決したわけではないが、彼女との出会いを作るきっかけをくれたことにはむしろ感謝したいくらいだった。




――これが全ての始まり。これから藤塚司とその周囲に蔓延る、嘘と真実の始まり。

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