第16話 散開星団

「——魔弾の射手またもや、だって……」朝刊を広げるコメットがこぼす。「建国祭も四日目なのに、話題に出るのは魔弾の射手のことばっかりだね」

「建国記念式典もパーティーも、雲の上みたいに高貴な方々の分野だからな」ネブラは暖炉に薪を入れながら返す。「パレードも終わって、出店にも慣れて、あとはアトランティスのあちこちで小さな催し物があるくらいだろうから、目新しいニュースが魔弾の射手くらいのものなんだろ」


 正午の昼食を終えたころ、コメットとネブラは居間でのんびりとしていた。

 コメットは、玄関扉から左手側の大きな張り出し窓、その額縁に、杉綾織ヘリングボーンのショールを携え、膝を立てるようにして座りこんでいる。クッションやクロスのおかげでお尻が冷えることはないけれど、コメットが息を吐くとわずかに窓硝子は曇った。

 窓の外から見える庭には、北風と一緒に揺れる化粧桜ケショウザクラが、寒さなんて知りませんという顔で綻んでいる。ぼんやりとそれを眺めたのち、足元に広げていた朝刊へ、再び視線を落とす。

 昨日、サダルメリクとそのバディであるカノープスが、魔弾の射手に襲われた。二人とも命こそ助かったものの大怪我を負うこととなり、現在も近衛星団の利用する宮廷医務室で横になっている。しばらくはベッドで安静にしておくようにと言いつけられたらしく、今朝、全快するまで帰らない旨を伝える葉書がサダルメリクから届いた。

 一度に二人も魔弾の射手に襲われたこと、そこで怪我を負ったことは、近衛星団にとって文字どおりの痛手だったものの、生きて助かった魔法使いは初めてだということで、どの新聞でも、近衛星団の失態を謳ったり、恐怖心を煽ったりするような文言は少なく、むしろ「魔弾の射手を相手によくやった」という肯定的な意見が目立っている。

 過去の三百年間、魔弾の射手を一度も退けられず、多くの魔法使いたちを失ってきたことを思えば、昨日の一件は、近衛星団の魔法使いだけでなく、彼らの威信さえ守られたかのような、素晴らしい話にも聞こえる。

 しかし、コメットはそんな前向きな気持ちにはなれなかった。だって、カノープスはコメットの目の前で撃たれた。一人きりで置いて行ってしまったせいでサダルメリクが怪我をした。

 二人の血の色が、魔弾の射手の紫の瞳が、あのときの震えることしかできなかった絶望が、一晩経った今も、心臓の底で蹲っている。

 パチチと火の弾ける音が鳴る。埋火うずみびの麓に薪を焼べるネブラは、窓辺でぼんやりとするコメットを見遣った。

 昨日あんなことがあったのだから、気分が優れないのは当然と言えるが、にしても、この能天気な馬鹿弟子に感傷に浸るほどの情緒があったのだなと、ネブラには少しの驚愕もあった。この弟子は馬鹿なので、嫌なことや都合の悪いことなんて、三歩歩けば鶏のように忘れてしまいそうなものなのに。

 ネブラとてサダルメリクが襲われたと聞いて肝を冷やしたものの、事件のあったあの場にいなかったことが大きいためか、コメットほどのショックはなかった。あの師なら大丈夫だろうという信頼もある。

 サダルメリクは間の抜けたところも目立つけれど、あれでいて優秀な魔法使いなので、魔弾の射手を相手にしてもしぶとく生き延びた。怪我だってじきによくなるはずだ。

 なので今は、目の前の辛気臭い弟子をどうにかしようという気持ちだ。深刻そうな顔をするな、暢気に笑うのがお前のジョブだろと、八つ当たりに近い苛々がネブラに滞留していた。そして、怒りという感情について、一切の妥協を許さないと、ネブラはずっと決めている。


「ぼーっとしてんじゃねえ、馬鹿弟子!」

「ぎゃっ、寒! ショール返して!」

「しばらくあっちに泊まるから荷物持ってこいって葉書が来ただろ。そろそろ行くぞ。それでも食って、準備しとけ」


 コメットからショールを剥ぎ取ったネブラがポイとなにかを投げた。コメットは慌てて両手を伸ばし、閉じこめるようにしてキャッチする。それでも食ってって、昼食はさっき摂ったばかりなのに。疑問に思いながらおもむろに両手を開く。

 その手にあったのは、カラフルな模様が散りばめられた銀の包み紙のお菓子だ。見覚えがある。建国祭のムードにつられてネブラが買っていたチョコレートだ。

 コメットはきょとんとして、それからにへらと笑った。立ち上がって、ネブラの背中を追う。包み紙を開けて、チョコレートを口に含んだ。


「はりがと、ねふらへんへ」

「物を食いながらしゃべるな」






 近衛星団は皇帝直属の宮廷魔法使いだ。そのため、訓練場や更衣室、医務室や、事務作業をおこなうための執務室も、宮殿のある敷地内に確保されている。

 宮殿は、ほぼ正円をかたどる環状構造であるアトランティス大陸の中央島に位置し、その中央島のほとんどを敷地としている。そして、その一割ほどの場に建てられたのが、近衛星団の専用の塔だった。

 ステーションを乗り継ぎ、中央島を囲む運河を越え、門番の衛兵から取り次いでもらい、コメットとネブラは星団塔まで辿り着いた。


「昨日来たときも思ったけど、けっこう簡単に入れるんだね、宮廷」

「宮廷っつっても端の端で、宮殿からは離れた星団塔だからな。俺らみたいな弟子が訪問することも少なくないし、そこまで厳重な警備もしてないんだろ」ネブラは肩を竦めて続ける。「そもそも近衛星団を相手に警備なんて笑えるしな。やれるもんならやってみろってことじゃねえの?」


 コメットとネブラは星団塔の回廊を歩く。回廊には魔法がかかっていて、吹きさらしの状態であるにもかかわらず、屋根の下は少しの風も届かず、温かかった。ネブラもマフラーの中に押しこめていた顔を晒している。

 サダルメリクのいる医務室を目指していると、対面から二人の魔法使いが歩いてくるのが見えた。どちらも白い外套マントに制服を着ているため、近衛星団の魔法使いであることがわかる。

 コメットは「あ」と声を漏らす。二人のうちの一人が、建国祭の初日に〈酒池肉林〉で話した、カメロパルダリスだと気づいたからだ。話したのはあれきりだけれど、カノープスと同じように、気さくな魔法使いだった覚えがある。

 目が合ったので「こんにちは」と挨拶すると、案の定、カメロパルダリスは「コメットとネブラだ!」と親しげに近づいてきた。飴色の髪を揺らして首を傾げる。


「なになに、サダルメリクの見舞い?」

「はい。それに、しばらくこっちにいるみたいなので、着替えとかも持ってきたんです」

「あいつ、俺たちもちょっと前に会いに行ったんだけど、これから寝るから起こさないでって言ってた。昨日、痛み止めが途中で切れたのか、あんまり寝つけなかったみたいでさ」

「えっ。そうなんですか?」

「大丈夫かよ」

「元気は元気よ。昨日の夜なんて、暇すぎるからかまえとか言って、カノープスやアークトゥルスとずっと話しこんでた」


 それは夜ふかしがゆえの寝不足では。

 コメットとネブラは当然思った。


「まあ、いま行っても寝てるかもしんないから、俺らで荷物預かっとこうか? あいつが起きたら渡しとくよ」


 カメロパルダリスの申し出をありがたく受け、コメットは荷物の入った鞄を預けることにした。カメロパルダリスの隣にいたもう一人の魔法使いが手を差しだしてくれる。コメットはその手に鞄の持ち手をかけた。

 その魔法使いをコメットがじっと見つめるので、カメロパルダリスが「あっ、紹介してなかったわ」と気づく。


「こいつ、俺のバディ。フォルナクス」


 カメロパルダリスに紹介されたのは、コメットとそう歳の変わらなそうな少女だった。

 ふわふわとした紫陽花色の髪を両耳の下で結わえてある。つやつやとした真鍮のような金色の目は大きく、しかし唇は花弁のように小ぶりだ。近衛星団のユニフォームでもある純白の外套は、華奢な彼女の身の丈に合わせて短くまとまっていた。鞄を持つ手とは違う手に握るのは、玩具おもちゃみたいにふわふわきらきらしたステッキで、おそらくフォルナクスの杖なのだろうと思われる。いかにもというような、女の子女の子した雰囲気の魔法使いだった。


「あ、どうも。フォルナクスです。まあ、俺のことは気軽にフォルとでも呼んでくれや」


 しかし、その可憐な顔から吐きだされたのは、低く掠れた男の声だった。どう聞いても成人男性の声である。

 コメットとネブラは時を停められたかのように真顔で固まる。そんな二人をアハアハと笑うカメロパルダリスは「驚いたっしょ?」と屈むようにしてフォルナクスの肩を組む。


「フォルは人形遣いなんだよ」

「人形遣い……?」

「そう! 遠隔魔法が超上手くてさ、人形作ってそれを動かしてるだけで、本物のフォルは一生自分家に引きこもってんの」


 魔法は音に乗って届く。その性質上、音の響く範囲でしか魔法は発現しない。遠く離れた地点で魔法を発現しつづけるには、最初の一度で膨大な魔力を注ぎこむしかない。遠隔発動式の魔法が上級魔法五種の一つに数えられる理由はそこにある。

 近衛星団の一人フォルナクスは、その遠隔魔法の達人だった。人形を意のままに操るどころか、その人形を通して魔法を使う。自分自身の声さえ届ける。精密に発言できる遠隔魔法の使い手は、アトランティス全土を探しても、フォルナクス以外にいない。

 肩を組まれたまま眉を顰めるフォルナクスが再び口を開く。


「おいカメロ、引きこもりとか言うなよ」

「引きこもりじゃん。俺ら同期で、入団してからずっとバディ組んでるのに、お前の素顔とか一回も見たことないんだからな」

「なに、お前、人を顔とか外見とかで判断する人間ですか? はあ〜やだわ〜、俺とお前は心で繋がってると思ってたのに、そう思ってたのは俺だけなんだな」

「顔とか外見で判断してほしそうな人形使ってるやつがなんか言ってら」


 おどけたように言い合う二人を見て、なるほど仲がいいんだなとコメットは思った。視覚から入ってくる印象に混乱はするものの、声だけ聞いていれば、気安い友人同士のじゃれあいのようだった。


「てか、二人とも制服着てんだな」そうこぼしたのはネブラだ。「昨日の段階で、近衛星団は制服を脱いで任務にあたることが決定したって聞いたんだが」

「そうなんだよ」とフォルナクス。「カノープスの件で、私服でも魔弾の射手には狙われるってことがわかったから、意味ないことはやめよって。近衛星団は露出も多いし、顔割れてるのはしょうがないんだけど」


 魔弾の射手はザシャの『星団姿絵集』を頼りにして、カノープスを見つけていた。制服を脱いだところで無意味なのだ。


「じゃあ、やっぱり、仕事はしばらくお休みするんですか?」


 そのコメットの問いかけに、カメロパルダリスもフォルナクスも「「まさか」」と声を重ねて答える。


「変身魔法なり幻覚魔法なり、姿かたちを変えるくらい、いくらでもやりようはあるよ」

「このまま魔弾の射手を野放しにするほうが危ないんでね。不安に思ってるみんなのためにも、早いとこ捕まえて安心させてやんなきゃって思ってます」

「でも、実際問題、近衛星団が市内をうろついてるほうが危ないんじゃねえの?」

「さすがサダルメリクの弟子だな」

「空気も読まずに痛いところを突くぜ」


 ネブラは自分の発言が波紋を呼んだことよりも、自分の師が周りにどう思われているかのほうが気になった。カメロパルダリスとフォルナクスに聞いても「いいやつだよ」と返ってくるので、馴染んではいるのだろうが。

 フォルナクスは神妙に告げる。


「たしかに、魔弾の射手が近衛星団以外の人間を狙ったことは三百年間で一度もない。魔弾の射手を野放しにしておいても、アトランティス帝国のほとんどの人間にとってはどうともないことに思うのかもねえ」

「世間でも賛否両論だろうな」と、カメロパルダリスも続く。「でも、三百年間で一度もないってだけで、絶対に狙われない保証はない。それに、ミーティアの家族みたいに、近衛星団と縁者の一般国民だっているんだ」


 ミーティアの葬式に参列したのは身内のみだったけれど、後日、長きにわたり近衛星団の団員としてアトランティスの平和を守ってきた魔法使いの騎士ミーティアへ、たくさんの献花が贈られた。彼女の友人、彼女のファン、彼女を恩人として慕う者などからの、哀悼の花々だ。

 近衛星団を親しみ、応援しているアトランティス国民にとっても、魔弾の射手は許しがたい存在だった。


「普段から期待を背負ってるぶん、やっぱり俺たちは魔弾の射手をこのままにはしておけないよ。死んでいった仲間たちのためにも、残されたひとたちのためにもさ」


 カメロパルダリスたちに荷物を預けたおかげで、コメットとネブラの仕事は早々に終わった。二人が陽気に「出口まで送る〜」と言うので、四人揃って回廊を歩く。

 すると、近衛星団の純白とは違う外套を羽織った後ろ姿を見かけた。

 初め、コメットは誰かのお弟子さんかしらと思ったのだが、一緒に歩くカメロパルダリスやフォルナクスの表情が険しくなったのを見て、目を瞬かせる。視線を戻し、もう一度見つめると、その向こうの対面に、近衛星団の団長——ヘスパーが見えた。


「まったく、世も末ですな。貴殿のような魔法使いに星団を任せるなど」


 後ろ姿の男が間伸びした声で言う。

 コメットとネブラは足を止めた。


「ご忠告、痛み入ります。一刻も早く、魔弾の射手を見つけられるよう、努力いたします」

「フン。そう言いつづけて何百年経った? 犠牲者は増えるばかりではないか。過去の星団長は身内から死者を出すような失態などありませんでしたぞ。マーリン、メーデイアに続く団長が貴殿では、星団が滅びるのも時間の問題でしょう」


 カメロパルダリスとフォルナクスが、ささっと柱の影に隠れて様子を伺ったので、コメットもなんとなく同じように柱の影に隠れる。ややあってから、ネブラも眉間に皺を寄せながら同じようにする。口を噤んで会話に聞き耳を立てた。


「……今日はどのような御用向きで?」

「この連日での件について、宮廷顧問のトリスメギストス殿に謁見を。我々としても魔弾の射手は許しがたい相手ですから」男は続ける。「なにぶん、ミーティア殿は、我がマンチキン家の優秀な魔法使いだった。それを、あんな形で失うなど……」


 コメットはネブラに教わったことを思い出す。マンチキン家は、近衛星団に多くの魔法使いを輩出してきた、四大名家の一つだ。ヘスパーと話しているあの男はどうやらミーティアの生家であるマンチキン家の者らしいと理解する。

 そこで、しばらくは黙って聞いていたカメロパルダリスが、舌を打って「なーにが我がマンチキン家のだ、」とぼやきはじめる。


「ミーティアがマンチキン家に生まれたのは七百年も前だぜ。家を出てからは自分の家族だって持ってる。あいつなんてミーティアからしたら他人も同然なんだよ」

「ミーティアの葬式にもマンチキン家は呼ばれてねえしな」

「えっ、でも来てましたよね?」

「勝手に来たんだよ!」フォルナクスが語気を荒くする。「ミーティアの娘は強く出れねえから受け入れたみたいだけどよ。あいつらは、自分の曾曾曾婆さんよりも上の祖先が誉れ高き近衛星団にいたからって、調子乗ってるだけなんだよ」


 カメロパルダリスとフォルナクスが睨みつけるのを横目に、ネブラは「どこにでもいるもんだな、お星様気取りのえらそうなやつは」と鼻で笑った。

 魔弾の射手の件について、近衛星団には同情的な意見も多いが、一方で、四大名家と呼ばれる名門の家々からの風当たりは強い。しかし、それは近衛星団ではなく、その団長に集中していた。

 そもそも現団長は名門の出自ではない、無門の魔法使いだ。若くしてその実力を認められ、その座に就いた傑物だが、名門の一族からの反発は多かった。


「あいつらは団長の揚げ足を取って、失墜させてやりたいだけなのさ」 


 そう、フォルナクスは恨みがましく呟いた。


「やはり、貴殿のような野良の魔法使いに、団長は任せてはおけぬ」男はさらにヘスパーへと言う。「その座に居座りつづける厚かましさはやはり野良と言うべきか。ギリキン家のシリウス殿ならまだしも、斯様な者が長とあっては国民も不安で眠れますまい」

「……シリウスは優秀な魔法使いですから、期待をかけられるのも無理はありません」ヘスパーは目を細める。「しかし、近衛星団は実力主義です。俺の能力に不満があるならば、いつでも受けて立ちますよ。目に見えた結果があったほうが、皆の不安も拭えることでしょうし、まずは貴殿とお相手いたしましょうか?」


 それを聞いたカメロパルダリスとフォルナクスは「いいぞ、団長!」「やれ! やっちまえ!」「二度と噛みつけなくしてやれ!」と熱く拳を握った。

 コメットもコメットで「ヘスパーさんのことなんにも知らないくせに」と相手の男にはなんだか腹が立ったので、ヘスパーの反論にはスカッとした。

 相手の男も、ヘスパーの圧力を受け、やはり慄いたものの、「それとこれとは別の話です」と切り返した。


「どれだけの魔法使いが、魔弾の射手の犠牲になったことか。三十年前に円規座キルキヌス。その五十年前に鷲座の彦星アルタイル。さらに五十年前に海豚座の多重星ロタネヴ一角獣座モノケロス……さらに遡れば、南三角座の首星アトリア兎座レプス。そして、始まりの大熊座の泣き女ベネトナシュ

「…………」

「ベネトナシュはギリキン家の者だったか。我々は不安であり、不審なのです。我らが掲げる団長殿は、四大名家の力を落としつけようと、あえて魔弾の射手を野放しにしているのではないかと」


 ぶわりと、魔力が膨らんだ。

 コメットのすぐそばにいるカメロパルダリスやフォルナクスもそうだが、それよりも離れたところから、燃えあがるように発光した。

 魔力圧という概念を知らないコメットも、気圧されて唾を飲みこむ。

 魔弾の射手と相対したときに感じた圧力とは、また違った重みで、けれど、爆発しそうなほどに燃焼しているのを、たしかに感じた。


「俺が、仲間を、見殺しにしているとでも?」


 ヘスパーが、怒っている。

 彼らしからぬ、ぞっとするような気配。血濡れたような瞳が爛々としてきらめく様は、人ならざるなにかを感じさせた。

 ただ、目を見開かせた男が「ルシファー……」とこぼしきるよりも、魔力を燃やす星団長よりも先に、いよいよ黙って見ていられなくなったカメロパルダリスとフォルナクスの二人が、荒れ狂うように躍り出た。


「はあ? 黙って聞いてりゃあ、よくも団長に向かってそんな口が聞けたなあ!?」

「てめえが寝てる隙に遠隔魔法で足の骨が折れるまでダンス踊らしたろか!?」


 カメロパルダリスはその長い首を不気味にもたげて男を睨みつける。フォルナクスの可憐な人形の顔は悪鬼羅刹がごとく歪んでいた。


「えっ?」


 そんな部下二人の突然の登場に、ヘスパーは呆気に取られた顔をした。さきほどまでの覇気が抜ける。

 侮辱されたことがよほど頭にきた男は、吐き捨てるようにこぼす。


「この……どこの馬の骨とも知れん野良どもが」

「そういうそっちはどこの骨のモンだよ」

「どこの骨だろうとへし折ってやんぞオイ」


 二人がのしのしと歩きながら近寄ってくるのを、ヘスパーが「よせ」と宥める。

 しかし、残念。カメロパルダリスとフォルナクスは、年の功ゆえに穏健派の多い近衛星団でも珍しい、過激派の二人だった。星団きってのヤカラバディである。遠慮や穏便なんて日和った気概は人生百年目で使い果たしたので爪ほども残っていない。鋭い眼光で切りつけるように凄み、唸る声で罵声を浴びせる。


「いつもいつもうざいんだよ、団長のお行儀のよさのおかげで辛うじて生き延びてるようなやつらが、キャンキャン威張り散らかしやがって」

「本当なら団長は、お前みたいな貧弱、一小節と経たずにしちまえるんだ」

「俺たちだっていつもされてる」

「近衛星団に入団できなかった落ちこぼれの煮凝りが、わざわざ口出ししてくるんじゃねえよ。ああん?」

「いつまでも調子こいてんじゃねえぞ、時代遅れの血統主義者ども。お前ら全員アトラス大洋に沈めて海の藻屑にしてやるよ」


 あまりの柄の悪さに、庇われた身であるヘスパーすら「二人とも!」と叱りつけた。二人はリードを掴まれた狂犬のようにあと一歩をとどまりながらも、「がるるるる」「シャーッ」と男を威嚇する。

 男は薄汚い狂犬を見るような目で二人を見ていたが、そう思われるのも納得の野性、否、であった。

 ヘスパーは額に手を遣って深く息をつく。


「……カメロパルダリス、フォルナクス」

「カメロでいいよ、団長」

「俺、ちゃんとわかってますから。さすがに藻屑はだめだってカメロ。団長はあいつになんのダンス踊らせたい?」

「ダンスも藻屑もなしだ。俺たちは近衛星団。アトランティス帝国で暮らす人々を守ることが仕事だからね。彼も立派なアトランティス帝国民、俺たちが守るべき人々の一人だよ」


 ヘスパーが冷静に告げたことで、二人はそれ以上言い返すことをやめた。殺気立った魔法使い二人を従えるヘスパーは、理性のある星団長だった。

 万感を押し殺した愛想のいい笑みを浮かべ、ヘスパーは男へ告げる。


「失礼。そろそろ仕事に戻らなくては。ありがたいご忠告痛み入ります。よいご報告ができるよう、近衛星団は一丸となって、今回の件にあたらせていただきます」


 男はフンと鼻で返した。踵を返す、その去り際に「魔弾の射手も、貴様らのような野良を狙えばよいものを」と吐き捨てた。

 フォルナクスはその背中へ「今夜楽しみにしとけよ、お前! いい夢見れると思うな!」と吐き捨て返した。


「フォルナクス」

「うんうん。わかってますって団長。あれは単なる脅しだもんね。ダンスはなし」

「俺はタップダンスがいいと思う。足を挫くくらいはするんじゃないかな」

「これだから俺らの団長は最高だぜ!」

「聞こえてるかお前! 震えて眠れよ!」


 男の背が見えなくなっても煽りたてるカメロパルダリスとフォルナクスだったけれど、ヘスパーも放置していた。このかわいい星団員たちに「お前らが死ね」と言ったのを許せるほど、ヘスパーは薄情ではない。

 コメットとネブラはそろりと三人に近づき、その背後に立つ。

 その気配に気づいたヘスパーは、コメットたちに振り返り、苦く微笑んだ。


「……みっともないところを見せたね」


 コメットはふるふると首を振る。


「あのひと、やなひと」

「そうかもしれないね。でも、彼はマンチキン家で立場のあるお方なんだよ。今日、トリスメギストス殿に謁見したのも、シリウスかアークトゥルスあたりを団長に押しあげるよう、お願いしに行ったんじゃないかな」

「そんで、棄却されてすごすご帰ってきたところと見た」

「近衛星団が皇帝直属だからって、宮廷顧問にアプローチするとか、本当こすいやつ」


 フォルナクスに続き、フォルナクスもステッキをくるくると回しながら言う。

 その様子に、コメットが「あのひとに魔法をかけてるんですか?」と尋ねると、フォルナクスはへなりと眉を下げて「まだかけてないからね、びっくりしたよね」と気遣うように弁明した。コメットを怖がらせたのではないかと危ぶむ理性はある。

 ネブラは男が去っていったほうを眺めながら、「大変だな、団長さまも」と呟いた。


「本当気に食わねえけど、ああいう四大名家の口うるさい連中も、魔弾の射手を捕まえたら黙るはずなんだ」

「今回は手がかりもあるし、絶対見つけられるって、団長」


 カメロパルダリスがにかりと笑って言ったので、ネブラは「手がかり?」と反芻する。

 魔弾の射手はなんの手がかりも残さないから厄介だという話だったはずだ。

 コメットも目を瞠る。


「魔弾の射手を捕まえられるんですか?」

「サダルメリクの機転のおかげだね」ヘスパーは真紅の瞳を細める。「よくやってくれたよ。だからこそ、無駄にはしない。俺たちだって、なにもせずに胡座を掻いていたわけではないから」


 近衛星団は全員が二等級以上の魔導資格ソーサライセンスを持つ魔法使いだ。一人一人が並み外れて強く、輝かしく、彼らは一つの集団となってさらに美しく瞬く。

 ヘスパーの瞳の奥は燃えていた。

 コメットは、その星の輝きに見惚れた。


「いまに見ておいで。俺の仲間はみんな、強くてかっこいいやつばかりだよ」






 魔弾の射手の弾丸が魔法でできていることは、百年以上も前から近衛星団も見抜いていた。なので、魔弾の射手の魔力のこめられた弾丸を追跡の手がかりにしようと何度も試みて、しかし、それは長らく失敗に終わっている。というのも、魔弾の射手の弾丸は、しばらくすると消えてしまうのだ。

 魔弾の射手の弾丸を確保するためには、弾丸が消えないうちに摘出しておかなければならない。死体となっては回収できない。つまり、生きて助かっていること、あるいは近くに仲間がいることが前提となる。

 今回、サダルメリクが襲われた一件で、ようやっとその機会が巡ってきた。サダルメリクは手当てのために体内の弾丸を摘出し、魔法をかけることでそれを確保した。


「と言っても、食らった三発全部を確保できたわけじゃない。そもそも、魔弾の射手の弾丸の消える原理を俺たちは知らないから、どの魔法が効果的かがわからないわけだ。そこで、サダルメリクは三発の弾丸にそれぞれ別の魔法をかけた。消滅魔法の対称魔法、結界による保護魔法、時間停止魔法」

「えぇええぇ〜、あの状況下で、よくそこまで考えてやりましたね」

「結果、対称魔法と保護魔法では効果は得られず、時間停止魔法をかけた弾丸だけが残った。魔弾の射手の弾丸は、時限つきの消滅魔法で消えたわけでも、なんらかの外部刺激による要因で消えたわけでもない。中途半端な複製魔法だったがゆえの純粋な効力切れ、ということが判明した」

「地道すぎます」

「魔法分析とはそういうものだからな。だが、そうした機転で確保できた弾丸も、魔弾の射手の魔力判別としての手がかりとはならなかった。サダルメリクが魔法をかけた時点で……というより、サダルメリクの体内に入った時点で、あいつ自身の魔力により、魔弾の射手の魔力が上書きされることになるからだ。そうなると、魔力分析が難しくなる。サダルメリクもかなり気をつけて魔法をかけたようだが、相手の魔力操作が上回った。必要最低限の魔力のこめられた、中途半端な複製魔法は、その匙加減の妙により、分析できるだけの魔力量を痕跡として残さなかった」

「魔弾の射手って、意外と繊細で計算された職人技持ってますね」

「そこで、アークトゥルスだ。あいつは学者肌だからな。弾丸にこめられた魔力ではなく、弾丸そのものの成分を分析してはどうかと提案してくれた。アークトゥルスが調べた結果、弾丸の素材がアダマンタイトであることが判明した」

「世界最硬度の金剛石じゃないですか。そんなものをぶっ放してるとか、エグい性格してますね、魔弾の射手」

「まともなやつが星団殺しなどするか。ともあれ、その弾丸はアダマンタイト製だったわけだが、面白いことに、魔弾の射手の並々ならぬ魔力圧を受けたことで、微々たる化学変化を起こしていたらしい。ただのアダマンタイトとは少し違った原子配列の、世界にまたとない物質に変化していたわけだ。魔弾の射手は魔力を残さないから、魔力による追跡はできない。でも、にこめられた特殊物質からの追跡はできる」

「盛り上がってまいりました」

「最後にカノープスが、その弾丸で方位磁針コンパスを作った。あいつは実戦よりも魔法工学のほうが得意だからな……一定範囲内に同物質を感知すると、その方角へと針が動く特別製。“魔弾の射手探知器”の一丁上がりだ」

「先輩たち、昨日の夜遅くまで医務室で盛りあがってたみたいですけど、そんなことしてたんですね」

「おかげで寝不足だと。三本の矢は折れないどころか、大敵をも射抜くな。近衛星団の魔法使いなら、このくらいできて当然だが」


 光も影も霞むようなオレンジに染まりはじめた夕暮れ時。

 中央島からわずかばかりに離れた、環状水路の港町、集荷倉庫となる建物の屋根の上に、近衛星団の副団長シリウスとそのバディである新星オリガが身を潜めていた。二人が携えるは各々の箒。着こんでいるのはいつもの三角帽子と外套マントだったが、魔法迷彩によって他者からの視認を避けている。

 シリウスの手にはくだんの“魔弾の射手探知器”が握られていた。磁針は埋めこまれた弾丸と同じ物質のある方角を示していて、その先——閑静な港町の市場に、魔弾の射手はいた。

 の先をオペラグラス型の望遠鏡に変化させていたオリガは、スコープ越しの魔弾の射手を覗き見る。


「なんていうか……全然普通にいますね、魔弾の射手。もっと下水道の中で生活してたり、ずっと魔法迷彩使ってたりするもんだと思ってました。競り客や主婦に混じって、建国祭割引の海鮮を漁るような牧歌的な姿を見られるなんて、誰が想像したでしょう」


 オリガは先刻の姿を思い出す。

 今朝から探知器を持ってアトランティス全土を縦横無尽に飛び回り、磁針の反応する地点を探した。結果、意外にも近場に魔弾の射手は潜伏しており、見失わないように隠れて尾けはじめてから、一刻ほどがすぎていた。その間に、魔弾の射手は焼き魚を食べたり、飲み水を汲んだりと、なんの変哲もない市民のような姿を見せている。

 杖の変化を解き、オリガは魔弾の射手から目を離す。


「星団の皆さんはまだでしょうか」

「魔弾の射手に魔力を気取られないよう、応援要請用の花火を使えなかったから、しょうがない。葉書での報せだし、まだ届いていない可能性もあるな……宮廷待機のカメロやフォルなんかは、そろそろ来てくれてもいいころだが」

「この調子だと取り逃がすことはないと思いますけど、視界に魔弾の射手がいるのはそわそわします……あ〜先輩たち早く来ないかな〜!」


 身をわずかに震わせるオリガのそばで、シリウスは静かに魔弾の射手を見つめている。ダイヤモンドの瞳を覆うような望遠ゴーグルをつけていた。片時も目を離すまいとするシリウスをオリガは横目に見て、「そういえば、」と話題を変える。


「昨日の夜、サダルメリク先輩のお弟子さんたちが来てましたよね。まあ大丈夫そうでしたけど、団長に会わせてよかったんですか?」


 シリウスが美しい眉を顰め、不機嫌な顔を作ったのは、ゴーグル越しでも見てとれた。

 団長という言葉を聞いただけでこれである。このひとも難儀なひとだなあとオリガは思った。


「知らん。その前か後にでも、サダルメリクは弟子にも事情を説明しただろうしな」

「いやあ、しっかりした子たちだったから取り繕ってはいましたけど、普通に混乱してましたよ?」

のか?」

「勝手に封印解いたりしてませんて! 信用ないなあ私!」

「信用はしている。その力の使い所をお前は理解しているから、かえって解除したのかと」そこでシリウスは思い出したように告げる。「魔弾の射手と応戦した際には、お前の力が必要だ。もちろんわかっていると思うが、そのときは解除する心積もりでいろよ」

「はーい」


 そう話しているうちに、シリウスは自分が魔弾の射手から目を話していたことに気がついた。再び視線を戻して、目を見開く。

 ゴーグル越しの魔弾の射手がこちらを見てにたりと笑んだのが見えた。

 魔弾の射手は杖である銃を変化させ、銃身の長い狙撃銃へと作り替えた。杖先たる銃口をこちらへと向ける。背筋をぞっとしたものが走った。


「オリガ!」


 引き金が引かれる。

 鼓膜の破れるような発砲音と同時に、細長い銃身から放たれた光の弾丸。偏光の輪を重ねて輝くそれは、獰猛なスピードでシリウスたちのいた屋根を吹き飛ばした。

 その爆発と衝撃は近隣にも轟く。顔を青褪めて混乱する人々の悲鳴。

 倉庫は見事に半壊し、土煙を上げている。まるで巨人が岩を投擲したかのような威力だった。

 着弾と紙一重のところでその場から退避し、オリガに覆い被さるようにして身を伏せていたシリウスは、「気づかれたか」と舌を打つ。わずかに顔を上げると、ぱらぱらと小さな礫が落ちていった。オリガもあたりの惨状を見遣り、顔を険しくする。


「……人払いをしていたのが不幸中の幸いだな。被害を最小限に抑えられた。あの地点もじきに警察が避難を呼びかけるだろう」

「魔弾の射手は?」

「来る」


 その瞬間、暴風を浴びたかのような魔力圧を受ける。もちろん弾丸が放たれた向こう、魔弾の射手のいた地点からだ。

 オリガは杖を振るい、応援要請の花火を打ち上げる。天高く咲いた花は、近衛星団の団員にだけ、アトランティス帝国のどこからでも見える。

 シリウスは立ち上がり、杖であるサーベルを腰から抜いた。

 すると、突然、目の前に魔弾の射手が姿を見せる。空間転移魔法。宙から落ちてくるように降り立ちながら、その銃口をシリウスに向けている。


sosten.ソステヌート


 シリウスはサーベルを構えて保護魔法をかける。魔弾の射手は瓦礫まみれの屋根の上に着地すると同時に、引き金を引いた。保護魔法一つでは到底足りないと直感したシリウスは、さらに呪文を重ねる。


Moltoモルト VigorosoヴィゴロソMoltoモルト Trionfanteトリオンファンテ


 放たれた弾丸をサーベルで受け止める。堅牢な保護魔法に跳ね返され、その弾丸は足元の瓦礫を割った。

 攻撃を受けて震えるサーベルを、シリウスは一瞥した。痺れが手から腕へと這い上がってくるほどの衝撃だった。魔弾の射手の弾丸はアダマンタイト製。ただの保護魔法だったなら、シリウスの杖は折れていたはずだ。

 魔弾の射手——サジタリアスは、フードの奥の紫の瞳をゆらりと細めた。


「ずっと俺のことを見てたのはお前たちだろ。そんなに追ってくるなら話しかければいいのに、シャイかよ」


 気づかれていた——シリウスとオリガは固唾を飲む。そのうえでなんのアクションもなしにされるがままを貫いていたのだとしたら、自分たちは長いあいだ泳がされたことになる。


「なんでわかったのって顔してる。かわいいな」サジタリアスは揺れるような声で紡ぐ。「魔力に敏感なんだ。お前らみたいにめらめらよく燃える魔力はわかりやすいぜ。特にお前」


 サジタリアスが顎でしゃくったのはシリウスだった。

 シリウスはダイヤモンドの瞳でじっと待つ。


「剣の杖に瑠璃色の髪。近衛星団の副団長だろ。磨きたての銀食器みたいな魔力をしてやがる。目に痛いぜ。つまり体に悪い。長いことこの世に居座ってるってだけでも悪なのに、隣人に害を与えるなんて最悪だ。生きているだけで有害なんだ。俺は世界平和を望むから、次に殺すのはお前にする。よろしくな、副団長」


 シリウスは「なにを訳のわからんことを」と吐き捨てる。その目は忌々しい汚物を見るように歪められていた。

 背後に控えるオリガが杖を構え、小さく「“封印解除”」と唱えた。

 それを聞きつけたシリウスは、ゴーグルを剥ぎ取ってから、サーベルを握る手に力をこめた。そして、静かに口を開く。


「“紫電轟け、Prestissimoプレスティッシモ”」


 電光石火。鞭のような稲妻が、基礎魔法とは思えない、スピードで、サジタリアスへと伸びる。

 その稲妻を身を翻して躱したサジタリアスは、四発連続で発砲する。うち二発は“紫電轟け”を纏っており、残り二発は実弾だ。

 しかし、その引き金が引かれるよりもわずかに先に、オリガが「“Andanteアンダンテ”」を唱えていた。発砲された弾丸は魔法で勢いを殺されており、空を滑る。

 シリウスが惨たらしく笑った。


「“お返し”だ!」


 シリウスのサーベルの刀身に、真珠色の呪文が走る。指揮をするように振るうと、緩やかに迫り来ていた四発の弾丸は、鞭打たれた駆け馬のようにサジタリアスへと跳ね返る。

 しかし、それをまともに食らうわけもなく、サジタリアスは獣のような反射神経でそれを避けながら「“再装填リロード”」した。

 即座にオリガが「“砕けろ”!」と唱えると、サジタリアスの足場となる屋根が崩落する。そのまま瓦礫と一緒に倉庫の中へと落ちていくサジタリアスをシリウスは追った。倉庫の内部へと飛び降りながら、瓦礫の上で仰向けになって倒れるサジタリアスへ、サーベルを振り下ろす。が、杖である長銃を横に構えることで、サジタリアスが攻撃を防ぐ。がきんと鈍く甲高い音が響いた。


sfzスフォルツァンド!」


 り合いの最中、シリウスが雄々しく唱えると、長銃を斬りつけるサーベルが、力を増し、サジタリアスの長銃を軋ませる。互いの杖の向こう側で、互いの瞳に爛々とする己が映っていた。


「記譜式呪文とは古風だな」サジタリアスが嘲るようにこぼす。「詠み人知らずの古典的な呪文形式で、演奏記号をかたどっている。音に乗せて魔法を使う俺たちには馴染みやすい、誰もが知っている基礎魔法だが、それだけに魔法使い個人の力量により、発現する魔法威力は左右される。お前はさすがだよ、副団長。発声、間の取りかた、調音まで完璧だ。その吸気音の響きのよさと歯擦音のなめらかさは、一朝一夕じゃ身につかないよな。ありふれた基礎魔法も、お前が使えば立派な攻撃魔法だ」

「気持ち悪い。俺を分析するな」

「だが、俺は記譜式呪文が嫌いだ。古くからあって、普遍的で、変わり映えしないからだ。進化の停滞した老害がのさばってることほど害悪なものもないよな。お前のような害悪が害悪的な魔法を使うなんて、害悪でゲシュタルト崩壊が起きるぜ」

「いつまでもべらべらと……遺言はそれで終わりか? 魔弾の射手」

「弔辞だよ、副団長」


 サジタリアスは凄惨に笑う。

 シリウスが唱える強化魔法を、サジタリアスは魔法として発現させるまでもなく魔力操作だけでおこなっていた。凶悪な魔力の性質と、その魔力量がゆえに成せる技だ。

 肌で感じる魔力の揺れで、シリウスも気づいている。力比べで勝てる相手ではない。

 シリウスはサーベルを押し返すようにして反動をつけ、サジタリアスの上から飛び退いた。

 途端、屋根の上から杖を振るうオリガを、サジタリアスは見た。

 シリウスがそこを退くと予知していたかのような阿吽の呼吸。オリガの指揮のもと、サジタリアスの下敷きになっていた瓦礫がぐつぐつと蠢く。たちまち爆発するように噴き出して、サジタリアスの身体が吹っ飛んだ。

 爆風に乗って滞空したサジタリアスは、くるんと猫のように体をしならせ、倉庫内に積みあげられていた木箱の上に着地する。杖を長銃から短銃へと変化させ、シリウスへと発砲したが、


「“Andanteアンダンテ”!」


 オリガの魔法が先んじた。

 炎を帯びた弾丸は、まぬけに空を歩く。

 サジタリアスが舌を打って「“加速”」と唱え——切る前に、オリガは「“お返し”します」と唱え終えていた。自らがかけた加速魔法を伴って、弾丸が返ってくる。

 サジタリアスは反射で引き金を引いた。軌道直線上にあった二つの弾丸は衝突し、小さな爆発を起こして灰になった。


「……部下が有能すぎる」


 吹きこむ風に乗ってさらさらと消えていく灰を見つめながら、サジタリアスが呟いた。

 引き金を引くだけで発砲音は響き、弾丸は飛びだす。目にも止まらぬ音速だ。サジタリアスの杖である銃は、戦闘において絶対の先手を取れるだけのを持っていた。

 しかし、それをオリガは先回りする。一度ならず二度までも防がれた。サポートが上手いだとか判断が速いだとかの次元を超えている。まるで対峙するサジタリアスの思考を読むように、あるいは共闘するシリウスの思考を読むように。

 否、ようにではなく、この女は、


「——


 にっと口角を上げたオリガは、そう言うや否や、杖先を振り下ろす。呪文はすでに唱え終えていた。

 倉庫内の荷物が縦横無尽に動き回る。サジタリアスが足場にしていた木箱も独りでにスライドしていく。重力を無視して無秩序に行き来するなか、サジタリアスは自分の足元に垂直に落ちる重力魔法をかけた。

 そんなサジタリアスへ、動き回る荷物伝いに、シリウスが飛びかかる。

 サジタリアスはシリウスへ発砲した。しかし、その弾丸がシリウスを貫くことはなかった。オリガの指揮する荷物のうちの一つが横切り、シリウスを庇ったのだ。

 弾丸を引き受けた荷物が弾け飛ぶ。それを振り払うことさえなく、シリウスはサーベルでサジタリアスを斬りつけた。

 サジタリアスは銃身でそれを受け止めようとして、しかし、受け止めきれずに吹っ飛んだ。倉庫の壁面に身を打ちつける。

 オリガが倉庫へと降り立った。杖を構えてシリウスの背後に控える。

 だらりと壁に背中を預けたサジタリアスは、息を整えようとして「げほ」と漏らす。被っていたフードはすでに脱げ、烏の濡れ羽色の髪を晒していた。その隙間から悪魔的な瞳が覗く。眇めるようにオリガを見ていた。

——読心術。

 他者の心理を読み取る魔法は存在するものの、上級魔法以上に習得が難しいとされている。基となるのは上級魔法の一つである干渉魔法だが、その応用と呼ぶには、読心術は個人の才能に依るところが大きいのだ。

 また、習得できたとして、読み取れるのは喜怒哀楽などの直感的な心情のみで、思考までもを読み取れることは極めて稀有だった。

 近衛星団の新星オリガは、先天的な読心術者であり、その精度は相手の細やかな思考まで読み取れるほどだ。

 秘密はオリガの魔力にある。オリガの魔力は、他の魔力と混じりやすい性質で、反発することなく容易く同調する。元から一つであったかのように同化する。魔力伝いに、思考がオリガへと届くのだ。

 まんまと術中に嵌まった、己はずっと心中を読まれていたのだ。そのことに気づいたサジタリアスは乾いた笑みをこぼした。


「すけべ。プライバシーの侵害だぜ」

「普段は読まないように“封印”してるんで!」


 サジタリアスの言葉に、オリガはすかさず突っ返す。

 オリガの読心術は技術というよりは体質的なものなので、当人の意志で制御することができない。オリガにその気がなかろうとも、誰彼かまわず思考を読み解いてしまう。そのため普段は魔法で封じこめているのだ。そして、有事の際に解放する。

 シリウスは鼻で笑ってから吐き捨てる。


「心を読まれて困るのは、困るだけの疚しいことがお前にあるからだろう」

「裏表のないことで評判の俺も、開き直って露出する趣味はないな」


 ぱちん、とサジタリアスは指を鳴らす。自身に結界を纏った。

 眉を顰めたオリガはシリウスへ静かに告げる。


「読めなくなりました」

「対応が早いな……」

「魔力を通さない結界ですね。私の読心術の原理を理解しているようです」

「魔力に敏感だと言っていたし、お前の魔力の性質を見抜かれた可能性が高い。しかし、魔法分析までこのレベルとは恐れ入る」シリウスは皮肉げに笑い、オリガへ告げる。「お前はこのまま俺のサポートを頼む。もし魔弾の射手の結界が緩んだら、」

「副団長、耳塞いで!」


 オリガが被せた言葉にシリウスが「は?」とこぼすよりも早く、オリガはシリウスの腕を引っ掴み、防御魔法を張った。

 その瞬間、倉庫の天井が崩れる。

 地獄のような声が降り注いだ。まるで巨大な魔物の咆哮だ。しゃがれたという表現では到底生温い悪声は、地まで震動させた。

 遅れてサジタリアスも対応し、結界に音を遮る条件も付与したものの、その破壊力は結界にひびを入れるほどだった。

 オリガが張った渾身の結界も心許ない。音を防ぎきれず、シリウスと共に耳を手で塞いでいる。

 そして、災害のような音がやんだ。まるで竜巻が通りすぎたかのようだった。だだっ広く開いた頭上から、冬の硬い日差しが入りこむ。冷風と共に土埃が舞った。

 シリウスは空を見上げ、予想どおりの人物がいたことにため息をつく。


「相変わらず加減が利かないな。カメロ」


 箒に乗ったカメロパルダリスが、長い首をもたげるようにして見下ろしていた。左手を喉に、右手を口元に当てたまま。その手の隙間からにやりと笑み広げた口角が覗く。

 彼のすぐそばには、同じく箒に乗ったフォルナクスがいる。二人は外套マントを靡かせながらふんわりと倉庫内に降り立ち、シリウスとオリガの前に立った。

 カメロパルダリスは「お待たせ、副団長」とウインクする。そんなカメロパルダリスを睥睨するようにオリガは見た。


「カメロ先輩。いきなりはきついですよ。対応できたからいいものの」

「だから箒飛ばしてるあいだ心の中で一生叫んでたんだろうが。オリガ頼む~! って」

「魔弾の射手を捕まえるためとはいえ、街を破壊するのは褒められたことではない。この倉庫の被害をどうする気だ、お前」

「そりゃあもちろん魔弾の射手に弁償させるんだよ!」


 カメロパルダリスがサジタリアスを見据える。

 サジタリアスは結界を解き、降り注いだ欠片を手で払う。文句を垂れるように「近衛星団がこんなにワラワラ出てくるとか、誰か石めくった?」とこぼしていた。


「あれが魔弾の射手? もっと闘技場にいる大男みたいなの想像してた」

「気を抜くなよ。噂どおりの膨大な魔力。技巧的な魔力操作。おまけに魔力分析、魔法分析まで精密だ。オリガの読心術も防がれている」

「でも、聞く感じだと、魔法技術は未知数か、意外とそこまでなんじゃね。あのな魔力量による力技でごり押してくるタイプと見た」カメロパルダリスは再びを構える。「やりかたは違うけど俺もそっちタイプだから、ちょっとわかる」


 カメロパルダリスの杖は、独特の文様の刻まれた手袋だ。その手袋は片手ずつが別々の機能を持つ魔法道具であり、着用したまま、左手で音源である声帯付近に触れ、右手を発声部である口元に翳すことで、使用者の声を拡張することができる。

 すう、とカメロパルダリスが息を呑みこんだ。ややあってから、沼底で溺れたような、グロテスクなシャウトが溢れだす。


「■■■■■■■■——ッ!!!!」


 声にもならない嗄声。一粒一粒の音は不鮮明なのに、その音だけは暴力的なまでに存在している。殴りつけるようなシャウトは拡張によりさらなる威力を伴う。

 シャウトに乗って豪風が迫った。サジタリアスは目に見えない壁に押さえつけられたような感覚を覚えた。銃口を向けることさえできない風圧だ。呪文を唱えようとして、声さえ飲みこまされることに気づく。

 視界の端では、倉庫の窓硝子は紙細工のようにほろほろと砕けて吹き飛び、重荷を積んだ木箱も風船のように舞った。さきほど天井を吹き飛ばしたのはこれかと合点する。体の肉と骨とが引き剥がれそうなほどの暴力だった。

 鼓膜を破り捨てるがごときシャウトの末、カメロパルダリスの悪声は金切り声へと変わる。馬の嘶きのように甲高く震え、倉庫の壁に亀裂を走らせた。

 カメロパルダリスの背後では、防衛魔法を張ったはずのシリウスたちが、心底痛そうに耳を塞いでいる。

 あまりにも無差別な広範囲攻撃に、サジタリアスは失笑した。

 しかし、防御魔法の向こう側でシリウスがサーベルを向けたのが見えたので、サジタリアスは笑みを消し、ついには引き金を引いた。

 明後日の向こうへ弾丸は飛び出したものの、たしかに発砲音は鳴った。その音に“窓を閉めて、ママ”を乗せている。アンドロメダ・ディーの風止みの魔法だ。

 暴風のような攻撃がやんだところで、サジタリアスは再び引き金を引いた。飛びだしたのは実弾で、多重の防壁さえも貫いたが、シリウスがその弾丸を切り捨てる。


「ハハッ、声以上に騒がしい魔力だな。広範囲の攻撃魔法がよく似合う。お洒落だぜ」サジタリアスは杖に魔力をこめる。「俺も真似したくなっちゃうな」


 杖の形状が変わる。短銃よりも大きいが、長銃よりも重心が低い。オリガは強張った面持ちで「なにあれ」とこぼす。現代の文明で生きる彼、彼女たちは、機関銃という武器を知らない。

 サジタリアスは「“再装填リロード”」する。鎖のような金属音が響いた。夥しいまでの弾帯がサジタリアスの足元でとぐろを巻く。

 いったいなにが始まるのか、誰にも理解できなかった。しかし、シリウスは冷静に考える。もし、万が一、あれら全てが魔弾の射手の弾丸だとしたら——


「全員で防御を!」


 それぞれが魔法を唱えるのと、サジタリアスが引き金を引くのは同時のことだった。

 ズダダダダダッと病的なまでの発砲音が響く。

 点滅する大きな火花。撃ちだされる弾丸と同じ数だけ薬莢も跳ね、けれどその音さえも掻き消される。

 豪雨のような弾丸の一つ一つが紫電の魔法を帯びていた。撃ち抜くなどという生易しいものではない。その場にあるもの全てを抉るような、惨憺たる脅威だった。

 フォルナクスが展開させた木箱の壁など瞬く間に粉砕された。その奥でカメロパルダリスが展開していた、床から立ちのぼった壁も、攻撃により破壊される。シリウスとオリガは分厚い防御魔法で四人を覆っていたけれど、弾丸を食らったそばから亀裂が入る。

 まともに食らえば体が蜂の巣になる。

 シリウスは血眼になりながら、防御魔法を展開しつつ、破られた箇所を一瞬で修復しつづけるという芸当をこなしていた。

 三人も覆い被さるように幾重にも保護魔法を張るが、壊されるのは瞬く間だった。

 耳を劈く苛烈な銃撃音が、結界の隙を叩き割る。

 

「隠しか!」シリウスが張り叫ぶ。「凄まじい火力だ、そのうちここが更地になるぞ!」

「カメロ先輩のせいですよ! もう無理もう無理、副団長の防御が追いつかない、私たちの保護も無意味、ああああもっと長生きしたかったなあ!」

「耐えろ、オリガ」フォルナクスが静かに告げる。「もうすぐで弾が尽きる。仕掛けるとしたらそのときだ!」


 ややあって、銃撃がやむ。フォルナクスの予言どおり弾が尽きたのだ。あの量を“再装填リロード”するには時間がかかる。

 その隙にカメロパルダリスとフォルナクスが飛びだした。

 そこをシリウスが援護する。空間転移魔法を唱え、二人をサジタリアスの近くにまで転送した。二人は目を光らせてサジタリアスの前へ躍り出る。

 カメロパルダリスは喉と口元にを構え、フォルナクスは飾りたてたステッキを鈍器のように振りあげる。

 サジタリアスは、装填の済んでいない機関銃を携えたまま、二人を見つめていた。ふと、その口角が吊りあがる。二人を指差し、


「“空間転移魔法”」


 と呟く。

 目を見開かせたフォルナクスは咄嗟に、カメロパルダリス目がけてステッキを振り抜く。少女の細腕からは到底想像できない威力で、カメロパルダリスはその場から吹っ飛んだ。

 刹那、倉庫内に散らばるように埋もれていた弾丸が、まとめてした。

 フォルナクスが音もなく弾丸に撃ち抜かれる。


「フォルナクス!」


 庇われたカメロパルダリスが張り叫ぶ。

 全身を穴だらけにしたフォルナクスは、血を吹きだしながら倒れた。

 空間転移魔法は、対象を設定した座標にまで転移させる。サジタリアスは、散らばった弾丸の数々を、カメロパルダリスとフォルナクスのいた座標にまで転送したのだ。転送された弾丸はフォルナクスを貫き、その傍ら、カメロパルダリスのいた地点からはカラコロと落下した。

 血だまりの上で横たわるフォルナクスに近づいたサジタリアスは、杖を短銃へと変化させる。その場にしゃがみこみ、銃口でとんとんとフォルナクスの頭を小突きながら、「大丈夫。即死だぜ」と告げる。


「お前……!」

「怒るなよ。怒りはストレスだ。ストレスの解消にはハグがいい。脳内でドーパミンやオキシトシンが分泌され、三割も軽減する。愛が平和を齎すと科学的に証明されたわけだな」

「この、クソ野郎!」

「だから怒るなって。他人の話を聞かないな……他人の話を聞かない賞受賞だよ」サジタリアスはハアとため息をつく。「死んだこいつは他人を庇った賞受賞だ。自分の身を犠牲にするという自己犠牲はよろしくないが、仲間を守る殊勝な心がけは美徳だ。かわいいよな」

「かわいいだろ? 俺」


 と、返したのは誰か——サジタリアスは一瞬息を呑んだ。

 はっとして視線を落とす。ぴちゃりと血だまりの揺れる音。息絶えたはずのフォルナクスが、血まみれのまま、わずかに顔を起こし、こちらを見上げていた。


「愛でてもいいぜ。お前にできるもんならな」


 華奢な手で銃口を押さえつけられる。

 フォルナクスの反対の手には、杖であるステッキが握られていた。


「“staccatoスタッカート”」


 そう唱えるや否や、銃を握っていたサジタリアスの腕がされた。

 ぼとりとその腕が血だまりに落ちる。

 サジタリアスは呻きながらフォルナクスを睨みつけ、もう片方の手で銃を回収しようとしたところで、


「■■■■■■■■——ッ!!!!」


 カメロパルダリスのスクリームが襲う。

 勢いに呑まれて銃も片腕も吹っ飛んだ。サジタリアスの体さえ跳ね飛ばされたように舞い、倉庫の壁に叩きつけられた。


「ぐっ……」


 息が浅くなる。

 散らばる前髪によって狭まる視界。

 その向こうで、全身から血を流すフォルナクスが、カメロパルダリスに手を引かれ、立ちあがるのが見えた。

 カメロパルダリスは「えへん、えへん」とだみ声で泣き真似をする。


「フォル~~なんで俺を残して死んじまったんだよう~~」

「もう演技はいいってカメロ」

「いんやあ~、マジでビビった! 吹っ飛ばすにしたってもっと手加減してくれてもよかったんでないの? 背骨折れるかと思ったよ?」

「内臓が無事なだけ喜べや。見てみ? 俺の体。全身からトマトジュースが噴いちゃってんだよ?」

「トマトジュースなの、それ。飲んでいい?」

「お前きしょいって」


 無くなった片手を押さえながら、サジタリアスは浅い息を吐く。激痛は脈打つように噴きだす。鼻腔を血の匂いが突く。錆た鉄のような匂い、己の血の匂いだ。全身穴だらけのフォルナクスに近づいたときにはしなかった匂いだと気づく。

 痛みに悶える間隙で「お前、」とこぼせば、それを聞きつけたフォルナクスが凶猛にせせら笑った。ステッキの先を肩口に乗せ、煽るように顎を突きだした。


「まんまと引っかかってんねえ、魔弾の射手さんよお。人形遣いを相手に仕留めたって気を抜くのは馬鹿のする考えだぜ!」


——人形遣い。

 つまり、あの少女の身体は、まったくの偽物。鼓動のように脈動する魔力も、生気の見え隠れする気配も、なにからなにまで人間じみているというのに。

 ご丁寧に模造の血潮まで持ち合わせているのだから小癪である。依り代にしている人形の完成度もそうだが、上級魔法五種の一つである遠隔魔法で、ここまで違和感なく戦闘できているという点も、常軌を逸している。フォルナクスという魔法使いがただ者でないことを、サジタリアスは理解した。

 否、フォルナクスだけではない。新星の読心術者に、熟練の副団長、馬鹿げた破壊力の魔法使い。そんな綺羅星のような面々が、当たり前のように集まっている。

 これぞ、皇帝直属の魔法騎士組織。近衛星団。

 カメロパルダリスとフォルナクスが並び、サジタリアスを見据えた。燃える魔力の陽炎が滲んでいた。そこには恨みつらみの感情が乗っている。これまで、綺羅星のような数多の魔法使いを撃ち落としてきた、憎き魔弾の射手に対して。


「……片腕くらいじゃ敵討ちにもならねえ」


 そのように吐き捨てるフォルナクスの声には、文字どおり血が滲んでいた。

 人形が痛みを感じるかどうかはわからない。感じたとしても、フォルナクスはきっとそれをおくびにも出さない。この瞬間、ただ、目の前の魔法使いへの憎悪しかない。

 いまにも射殺しそうな目で睨みつけて、フォルナクスとカメロパルダリスがそう叫ぶ。


「八十年前にてめえが殺したアルタイルは、俺らの同期ダチだ!」

「お前を殺して、八十年越しのあいつへの供花にしてやるよ、魔弾の射手!」


 杖を構える。

 サジタリアスはにたりと顔を歪めた。

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