6月
祖母の夢
白と黒の的を見る。二ヶ月後に迫る弓道大会に向けて、いつも以上に完璧を目指す。蝉の声が聞こえる。
胸を開き引き分け。狙いを定め会をするが、妙に力が入っているのを感じられる。抜こうと思っても抜けない。思うような射ができない。
やり場のない憤りが塊となって込み上がってくる。そうなっては、もう取り返しがつかない。それは自分の力では抑えられないのだ。
黒い塊は胸を満たし、冷静さに食らいつき蝕む。胃を押し上げるような悪心を感じ立っていられなくなる。塊を押し下げようと息をするが、苦しくなるだけだった。
「澪、そんなに力んではいけません。ほら息を吐いて。」
祖母の声が聞こえた。死んだはずの祖母はなぜか弓道場にいて、私の肩に手を置いている。その手の温もりが私の張り詰めた気持ちを溶かしてくれる。そして、息を吐くことが出来るのだ。的中する心地良い音が響き渡る。
「そう、そう、上手。力みは焦りの現れ。焦りは禁物よ。」
祖母はそう言って、和やかに微笑んだ。祖母の笑顔は人を元気にさせる。
その笑顔に何度私は救われたことか。射に納得ができなかった時も、嫌なことがあった時も、あらそうなの。そんなこともあるわね、と祖母が微笑むだけで気持ちが軽くなった。
「澪、少し休憩しようか。」
お稽古で調子が悪い時、祖母は決まってそう言って私にお茶の入った水筒を差し出す。冬なら温められ、夏なら冷やされた若緑の緑茶を飲むと自然と心が落ち着いたものだ。そして、お茶を飲み干すまでの間、二人で他愛のない話をするのだった。
ほどよく冷やされた緑茶は喉を通り、火照った体を冷やす。
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