第2話 冒険の始まり

 俺は、なんと単純な理由か。転生によって手に入れた固有スキル【吸収】が醜悪で恐ろしい力のため、結果的に国外追放となってしまった。ただ、流石に理由が理不尽過ぎるせいか、エランセル王は俺を外からでも限りなくサポートすることを約束してくれた。

 さらに国外追放でも他の勇者に選ばれた。晃、塁、香織、詩織は俺を見捨てることなく付いてきてくれ、俺は一人では無い。俺達の物語が始まろうとしていた。


「さぁて、これからどうする?」


「どうするって、最終的に神を殺すんだろ? と言ってもなぁ……」


 俺は国外追放されてしまったため、王国を自由に歩き回れる立場ではない。そんな俺に付いてきた晃たちも同様だ。これからどうするべきか。俺達は王国の外、視界いっぱいに広がる草原のど真ん中で考え耽ていた。

 そんな唸り考えこむ俺たちの前に、最初の敵と呼べる生き物が近づいて来た。それは、ごく普通のなんの変哲もない腹を空かした狼だ。これは、俺たちにとっては冒険の第一歩であり、異世界転生における醍醐味。

 そう、魔物との戦闘だ。


 さてここで、俺は勇者である晃に戦闘を任せたい所だが、晃では、これくらいの狼なら一撃で沈めることができるだろう。だから俺はせっかくなので試したい。自分の力を。

 さっきは魔導兵を吸収することで、腕を鉄剣に変形させる力を得たが、狼という動物ならなにが得られるのか。狼に変身? 全身に毛が生える? それとも牙だろうか。この能力は何が得られるのか想像するだけで楽しい。


「ここは俺に任せてくれ。面白そうだ」


「おうよ透。やっちまえ!」


「グルルルル……!」


 俺はこちらに唸りを上げる狼に手をかざし【吸収】を発動。狼は瞬く間に、俺の手の中へ吸収されていった。

 直後、俺の頭にハンマーで殴られたかのような鈍痛が走る。この能力、側から見ればどうみてもチート能力だが、一つだけ欠点を言えば、何かを吸収したときに来る頭痛だろう。今のように直後に来るパターンと、魔導兵のように時間差で襲ってくるという。いくら来ると分かっていても備えることができない。もしかしたら、鎮痛剤とかを常備していたら抑えられるだろうか。ただまぁ、現時点ではそんなものがこの世界で手に入るルートは知らない。

 とりあえず素直に頭痛を受け止める。


「くっ……またか! うぅ……あぁっ!」


 頭痛が治まる。さて狼は何を俺に与えてくれるのだろうか。それはそうとして、なぜか異様に腹が空き始めた。嗅覚が敏感になる。風の匂い、地面の匂い、草の匂い。大地にある全ての匂いを嗅ぎ分けられる。そしてその中で、腹を空かせている俺にとって、最も良い匂いと感じられるものがあった。

 獣の肉の匂いだ。あぁ、涎が止まらない。普通、獣肉なんていい匂いだなんて思うわけが無いのに。腹を空かせているせいなのか、無性にそれが食いたい。


「おい。透? 大丈夫か? 様子が変だぞ?」


「透君? 顔が怖いよ?」


「心配するな。腹が減ってるだけだ。近くにもう一匹孤立した狼がいるはずだ。塁。見えるか?」


「うん。この先200m。孤立した狼が居る。どうして分かったの? もしかしてそれが狼の能力?」


 あぁ、腹が空きすぎて忘れていた。狼を吸収することで得た能力は、嗅覚と獣特有の味覚だろう。もし味覚が人間と変わらなかった場合、獣肉の匂いなんて良いとは思わなかっただろう。ならば狩りを始めよう。獣のように。

 俺は獣肉の匂いに従って、一気に走り出す。


「今日の食料だ! 行くぞみんな!」


「え‘‘っ、まさか獣肉食うわけじゃないわよね……」


「おまえらは焼けば問題ないだろ!」


「焼けばって……透は問題ないのかよ」


 孤立した狼を見つけた。狼はまだこちらに気が付いていない。絶好のチャンスだ。こちらが隠れる必要なんてない。見つかる前に。いや、見つかっても無理やり殺せばこっちのものだ。わざわざ人間の真似をする必要もない。だた相手を喰らい殺す。それだけを考えるんだ。

 俺は狼に狙いを定めて、腰を低く落とし、思いっきり地面を蹴る。両手と両足を使った四足歩行だ。これも狼の恩恵か。四足歩行でも何一つ不自由さを感じない。俺は勢いよく狼の背中に飛びついた。口を大きく開け、狼の背中に齧りつく。

 生憎、俺の頭部は人間そのもののため、生きた肉を噛み千切れるような牙は生えておらず。俺は顎の力最大限に使い、噛り付いた狼の背中肉を何度も首を振って、勢いで噛み千切った。


「キャウンッ!?」


「あぐあぐ……! こんにゃろおお!」


 噛み千切った背中から、血が吹き出す。しかしこれは致命傷にはならない。俺はさらに赤肉が露出した狼の背中にかぶりつき、血をすすりながらより深く食い破る。ここぞこそ人間の特権。俺は手を使って狼の傷口を拡げ、抉られた傷口に腕を突っ込む。

 俺の手には、みずみずしい内臓と硬い骨の感触が伝わっていた。そのどちらも潰し、へし折る、そして勢いよく腕を引き抜く。血飛沫が上がる。これほどやれば致命傷は確実だろう。いや、もう死んでいるかもしれない。

 狼はゆっくりと体勢を崩し、びくとも動かなくなった。


「やったぜ……」


「うわぁ……透。流石にドン引きだぜこれは」


「透。獣みたいだった……」


「よし、切り分けるから。お前らが食う分は香織に焼いてもらえ。俺は生で食うから」


 この体で生肉を食ってもいいのだろうかと疑問が浮かぶが、俺はとっくのとうに食っている。狼の肉を食い破った時だ。全く不味くなかった。むしろ高級焼き肉店の肉でも食っているかのようで、初めての食感に初めての味で食レポできないが、兎に角滅茶苦茶美味かった。

 あの時点で美味いと俺の舌が認識するのなら、きっと腹も壊さないだろう。なんてまったく保証はないが、あの肉の美味さは本物だ。焼いた肉より、生肉を食いたいという欲望があるせいで、一切腹を壊すかもしれないという心配は無くなっていた。


 美味い、美味い、美味すぎる。俺はただただ生肉を喰らって、異世界転生してから初の食事を終えた。暫く経つが、特に腹に異常は感じられない。ただ、とても満足感のある満腹感に浸れた。

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