3 神の御心

 俺は歩道の植込みの段差に座っていた。

 顔を上げると見知らぬ男女がふたりで俺の顔を心配そうに見ている。


「大丈夫ですか?水飲みますか?」

 20代前半の女性がペットボトルの水を差し出してくれた。

「あ、ありがとうございます。頂きます。」

 水を受け取り口を付ける。

 一口だけ口に含むつもりが1本丸々飲んでしまった。

「すいません、お金お支払いします。」

「いいんですいいんです、それより大丈夫ですか?」

 まだ頭はぼんやりとしている。

「ええ、なんとか大丈夫です。

 おふたりがあそこから離してくださったんですか。」

 100メートル程先に警察、救急車の車が停まっており、遠巻きに野次馬が現場を眺めている。

 時計を見ると18:50と表示されている。

 30分以上記憶がない。

「驚きましたよね、突然。」

 一緒にいた50代に見える男性が声をかけてくれる。

「本当です。本当に驚きました。

 でもあんなことで30分も意識が無くなるなんてちょっと情けないです。」

 あんなことで?我ながらおかしなことを言う。

「いやいや、だいぶ強烈でしたよあの体験は。」

「私だったら1日は寝込みますよー。」

 2人とも穏やかに優しい口調で話しかけてくれる。

「そういえば、お世話していただきどうもありがとうございます。

 あの、私は取り乱して他の方に迷惑かけたりしていましたか?」

「いいえ、まったくないです。

 言い方がアレかもしれませんが魂がポンと抜け落ちているみたいな感じでじっと地面を見ていました。あなたが顔を上げるまで私ドキドキしましたよ。この人はこのままなの?って。」

「でも手を引いたらここまで素直に来てくれたよね。」

 と言ってふたりとも微笑む。

 明るい話し方に気遣いが伝わってくる。


「ちょっとよろしいですか?

 先ほどの事故の件でお話しをお伺いしたいのですが。」

 警察官が話しかけてきた。


「じゃあこれで、私たちは。」

 ふたりが立ち去ろうとする。

「あ、本当にありがとうございました。今度ちゃんとお礼させてください。」

 といって自分の名を名乗りふたりに名刺を渡すと

「私は乾と申します。礼は結構ですよ。すべては神の御心のままに。」

 と乾はにこやかに言い、女性は鞄からパンフレットを取り出しながら

「私は川前と申します。私も大丈夫です。興味がありましたらどうぞ」

 と言って微笑みながら差し出す。

 俺が受け取るとふたりは歩いて行った。


 パンフレットを見ると

「エルミの断罪人 集会のご案内」

 と書いてある。

 最近よく聞く新興宗教団体の集まりだ。


 すべては神の御心のまま、か。

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