1 ルーティーン

「お疲れ様です。ただ今戻りました。」


 午後5時30分、俺は汗だくになりながら会社に戻ってきた。

 8月の真っ只中、たいへんな暑さで外回りはひどいものだった。


「お帰りなさい。大池さん、お疲れ様でした。」

 事務員のパートさんが返してくれる。

 その隣に座る経理係長は一瞥もない。

 いつものことだ。


 俺、大池枡おいけ ますみは駐車場や近隣の山林をを管理している会社に勤めている。

 社員はパートを含め6名の零細企業。


 自分の机につき今日の日報をまとめる。

 会社で管理を任されている山の地主との話し合い、自社所有の駐車場のチケットの販売、月極駐車場のゴミ拾いなど。

 いつも通りの仕事内容はルーティーンに近い。


 日報を書き終えると部長に提出する。

 2点問題点とも思えない事を指摘され、それを説明すると不満そうな顔つきをして受け取る。

 この部長は問題点を作ることが自分の仕事と思っている節がある。

 いつも素直に受け取れないのだろうかといつも思うがどの会社でも同じだろう。

 これもルーティーンで仕事の一部だ。


 定時は午後6時だがあと10分ほど時間がある。

 定時に帰れるなんて久しぶりの事だ。

 そういえば後輩の山上は大丈夫だろうか。

 風邪、という名目で8日間休んでいる。

 休んで3日目に連絡をした際は返事があったが昨日は返事がなかった。

 連絡がついた時は1週間休むということだった。

 あいつも実家暮らしだから親が世話をしてくれているだろう。

 何も言わず辞めるということはないとは思うが。

 この会社で俺が27歳、山上が23歳と歳が近く唯一仲のいい同僚というのあり、辞めてほしくはない。


 この後、家に帰って読みかけの小説を読み終えてしまおうなどと思っていると

 女性の叫び声が道をはさんだビルの3階あたりから聞こえた。

 俺のいる4階からは見下ろす形になり角度が悪く様子はうかがえない。


「何だ?」

 社長が社長室から出てきて声をかけてきた。

「わかりません、女性が大きな声を出していましたが。」

 そう答えると「ふーん」と興味なさげに部屋に戻っていった。

 一応聞いてみただけか。俺も何ができるというわけではないのだが。


 定時になったため時計の音が鳴り係長、部長、パートさんがぞろぞろと立ち上がる。

 社長以外の全員が退社し、いつものように施錠・ガス・水道・電気の確認をして帰宅しようとすると社長に呼び止められた。

「小池君、山上君の様子は聞いてるか?」

「いえ、昨日連絡したのですが返事がありません。ちょっと心配ですね。」

 そう答えると社長はちょっと困った顔をした。

「私の方にも連絡はないんだ。分かった、彼は実家暮らしだから家の電話に掛けてみるよ。」


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