もう動けない君たちは
内藤八雲
序
目を覚ますと人間の頭部が棚に3つ並び、横たわる俺を眺めていた。
彼らの皮膚のほとんどはただれ、腐り、そろって頭部の左半分が削げ落ちて所々白い骨が見えている。
残っている両目の瞳孔は白濁している。
全て男性のように見える。
おそらく知っている顔ではない。
俺は地面に直に寝かされていた。
そこは土間の三和土の様に固められている。
後頭部下部に脈打つ強い痛みを感じる。
体中が汗だくになっていることに気づく。
部屋の中は異常な暑さの中、肉が腐った匂いが漂い、不快な空気が肌に纏わりつく。
周囲を眺めると窓はないが、板張りの壁の隙間からかすかな光が漏れており扉らしきものが確認できる。
10畳程度のスペースに雑然と泥だらけの鍬や黒ずんだスコップや鉈、小屋のほとんどを占めている3m程度の木材が置いてあり、棚には彼らが整然と並んでいる。
体を起こそうと腕を動かそうとしたが右肩に痛みを感じた。
後ろ手に両手が縛られている。
両足も縛られ身動きが取れない。
猿ぐつわはかまされていない。
気を失ってどれくらいの時間がたったのだろうか。
体がだるく意識は朦朧としてはっきりしない。
ただ、殴られた後頭部の痛み、体中の軋みからみてそこまで時間は経っていない。
短ければ数時間、長くとも1日だろうか。
口を開こうとすると渇きで張り付いた唇が破け、かすかに出血した。
空腹もあるが渇きが酷い。
この状態で何もしなければまもなく死ぬだろう。
水が必要だ。
まずは縛っているものを取り除かなければいけない。
足を縛っているのはガムテープで何重にも固められている。
だが木材の角でこすりつければ切ることはできるだろう。
両手を縛っている物はガムテープでなくロープのようだ。
こちらは切断できない、両足が終わったら対処することにする。
音を立てない様に両足を縛るガムテープを根気よく切断していった。
その作業は筋トレのクランチのように足をあげ体を前後に揺らすため、頭部の痛みで何度か吐きそうになる。
だが徐々に切れていく感触が伝わってくる。
両足を縛るテープは俺が他人を縛る事を考えるとかなり雑に縛られている。
縛った当人が雑なのか、きっちり縛る時間がなかったか。
それともわざと雑に縛ったか。
考えても仕方なことを考えながら音を立てず時間をかけテープを7.8割切り終える。
吐き気を耐えながら切断していたが堪え切れず胃の物を吐き出す。
急ぎ体ごと体勢を変え自分にかからない様にしたが完全には無理だった。
その吐しゃ物を観察すると固形物がなくほぼ液体だった。
しばらくまともなものを摂っていない。
「追いかけっこ」をしていたため獲物を摂ることができなかったせいだ。
何にせよ早くここから抜け出し戻らなければ。
今までほとんど無音だった壁の外から何かを引きずるような音が聞こえる。
小さな枝や物ではなく大きな生き物を引きずるような音。
音は徐々にこちらに近づき、止まった。
意図的な空白を感じさせる音の止まり方だった。
止まった場所は間違いなく小屋のそばで、この小屋に目的がある何かだ。
早く足だけでも拘束を解かなければいけない。
多少音をたてるのは仕方がない。
切断作業を急ぐため動作が大きくなり木材がずれ大きな音が鈍い音を立て続ける。
暑さと腐臭、吐き気と痛みを耐えながら間抜けな動きを繰り返す。
小屋の壁に何かが大きくぶつかる音が響いた。
まるで何かの動物を壁に投げつけているような音。
続けて2度3度と繰り返される。
勢いも壁が壊れてもおかしくない。
正気を疑う。
誰であれ、なぜそんな事をしなければいけないのか。
これだけの音を立てれば間違いなく集まってくる。
焦りと恐怖で正しく切断を行えているかもわからない。
なんとか足のガムテープが切断された。
足だけで張り付いたガムテープを払いのける。
縛られ萎えた足でふらつきながら立ち上がる。
と同時に小屋の扉が開いた。
「お疲れ様です。」
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