第2話 闇の狩人は舞い降りた

 輝石大陸は東方に流れ出る大河がある。

 金河と呼ばれる、表を黄金に輝かせたその河は、大陸西部に聳える伝承山脈より肥沃な土を運んでくる。


 そのため、金河流域は栄え、幾つもの国が隆盛していた。

 ここはその一国。

 瑪瑙めのうの辺境である。


「一体……一体全体、何が起こっていやがるんだ……」


 眼前の光景を受け止めることが出来ず、呆然と呟くのは髭面の大男である。

 名をりょと言い、瑪瑙に戦力を供与する傭兵団、『青牙』の頭領であった。

 傭兵団とは不安定な職である。


 戦があれば潤うが、平時になってはたちまち貧ずる。

 そんな時、彼らは別の仕事に精を出すのだ。

 それは、辺境の村々を襲い、略奪を行なう事。


 村が滅びぬ程度に、食料や資産を掻っさらい、時には村の見目麗しい娘を連れ帰って楽しみ、最後には高値で売り払う。

 これは傭兵団の常であり、青牙はとりたてて悪質な組織と言うわけではなかった。


 今回も、はくという村に目をつけて、少しずつ、じっくりと長い時間を掛けて村の富を収奪するつもりだった。

 本日は三回目の訪問。


 一度目で村の力自慢を見せしめに殺してやったため、既に村人は抵抗する気力など無い。

 示威行為のため、それなりの人数は揃えるが、誰も戦う気など無いままに、博の村を訪れたのだが……。


「ウグワアアアッーッ! 落とし穴に、竹が!」

「ウグワーッ!! 窓から竹が!」

「ウグワーッ!! 上から竹が!!」


 村は、無数の罠に満ちた場所に変わっていたのである。

 いつも通りに村に入ろうとした男が、まずは落とし穴に落ちた。

 この男は、最初の時も次の時も、村の若い女をさらってはもてあそび、殺してしまう困った男だった。


 売れば金になるものを、道楽で殺してしまうのだ。

 だから、今回のこれは女漁りに焦りすぎたのだと、傭兵の仲間たちは笑った。


 だがその笑いは、すぐに消える事になる。

 穴の底から、魂消るような悲鳴が上がったのだ。


「ぎええええ!! いてえ!! いてえええ! 足があ! 腕がああ」


 底には先を切って尖らせた竹が並んでおり、しかも腐った水が満たされている。

 竹やりとなったそれが、男の太ももと腕を貫いている。

 一本はわき腹を削り、溢れ出る血が腐った水を赤黒く染めていくところだった。


「な、なんだよこれ……!」

「まさか、村の連中、俺たちに逆らおうとしてるのか!?」

「野郎、許せねえ、こんな非道なことしやがって! 目に物見せてやる!」


 自分たちが村に行なってきた非道の数々を棚に上げ、傭兵たちは怒ったのである。

 次々に、彼らは穴を飛び越えて村の中に入っていく。

 その結果が、先ほどから村のあちこちで聞こえる、傭兵たちの悲鳴であった。


小癪こしゃくな、素人どもめ……。俺たちは戦争の専門家だぞ……? どこで覚えてきたか知らんが、こんな獣を捉えるような罠で俺たちをはめようとしやがって」


 絽は怒りながら、村の中に踏み入ってく。

 すかさず、屋根の上から竹やりを埋め込んだ藁束わらたばが投げ落とされてきた。

 中には丸太が仕込まれているようで、重みで押しつぶしながら竹やりを突き刺すようだ。


「下らん!」


 絽は腰から抜いた刀で、藁束を斬り捨てる。

 丸太ごと斬るのだから、並の腕前ではない。


 彼は、時代が時代ならば武侠と呼ばれる、並外れた腕の戦士に与えられる称号を得たであろう使い手であった。

 他の傭兵たちとは格が違う。


「か、頭! こいつら、必死に抵抗を……! ええい、くそ!」


 傭兵の一人が、軒先に詰まれた藁から突き出された、竹やりと格闘している。

 不意討ちをまぬがれたらしい。


「見つけちまえば大したことねえんだよ!」


 竹やりを引っつかんで、引きずり出す。


「ああっ!」


 藁の中から出てきたのは、年若い娘であった。

 傭兵に引き出されて、地べたに転がる。

 藁と泥に塗れて、服も顔も真っ黒だ。だが、それでも分かる器量の良さ。


「ほう……! こいつは高く売れそうだ……」


 やって来た絽は上機嫌で顎を撫でた。

 これほど美しい娘が、まだ村にいたのか。あるいは、まだ年若いようだから、家の奥に隠されていたのかもしれない。


「兄さんの仇!!」


 娘は半身を起こすと、目を爛々と輝かせて叫んだ。

 気が強い。


 這いつくばり、大の男二人に見下ろされる状況でも、心がくじけてはいないのだ。

 見た目だけではない、中身も上玉ではないか。

 これは、顔見知りな都の将軍にでも売りつければ……。


「ええい、女、その目はなんだぁ?」

「ぎゃっ」


 男が、娘を蹴りつける。

 娘は短く悲鳴を漏らしながら転がった。

 わき腹を押さえている。


「おい、大事な売り物だ。傷をつけるなよ」

「ですけど頭! あやうく俺は刺されるところだったんですよ!? 全く、女の癖に逆らいやがって……そうだな、教育をしてやらねえとな」

「ううっ……!!」


 娘の髪は結われていたが、男はそれを掴んで無理やり上を向かせる。

 彼女の唇が悔しげに結ばれる。

 目じりから、涙が一筋零れ落ちた。


 その時である。

 破裂音が轟いた。


「あっ!?」


 娘を掴んでいた傭兵が、手を離してよろけた。

 腕を押さえている。


「な、な、なんだ一体」

「……?」


 絽は目を見張る。

 気付くと、村中で響いていた傭兵たちの悲鳴が途絶えている。


 一瞬の間である。

 一体何が。

 何があったというのか。


「弱きものの声が聞こえる。助けを求める声が。理不尽を嘆く声が」


 何やら声がした。

 闇の中から、そいつはやってくる。


「ならば、俺は戦う力を与えよう。戦う術を与えよう。牙なき人々に、牙を与えよう。誰しもが心に持つ牙。それは、愛するものを守るために使われるべきなのだ」


 黒い衣装だった。

 脛まで覆うような、黒い革の靴。そして、黒い下穿き。長い裾を持つ、黒い衣。あちこちから、銀色に輝く装飾が覗く。

 それらは、複雑な造形の十字をしていた。


「何者だ!!」


 絽は誰何すいかした。

 明らかに空気が変わったからだ。

 今まで、傭兵団と、それに必死に抗う村人という、悲惨な現実の姿だったこの光景が、突然演劇の舞台になってしまったような感覚だった。


「悪党に名乗る名など、無い……! 俺はクラウド!!」


「えっ!?」


 絽が一瞬ポカンとした。

 腕を押さえる傭兵もだ。

 その隙をついて、クラウドを名乗った男が完全に姿を現す。


 眉目秀麗。

 やや癖のある形に撫で付けられた黒髪も手入れが行き届き、耳に輝くのは十字の耳飾り。

 彼は黒い衣装に包まれた腕を交差させると、左手でわき腹を、右手のひらで己の左頬辺りに手をかざして見得を切った。


「く、蔵人くらうど様……!」


 娘が転げるようにして、男の下へと走る。

 クラウドは彼女を優しく抱きとめると、


「よく頑張ったなリン。お前たちの勝利だ……! お前たちは今、運命に打ち勝った……!!」


 何だかそういう風な事を言った。

 絽にはよく意味が分からないのだが、鈴と呼ばれた娘が涙を流しながら頷いているので、通じているのだろう。


「て、てめえ!」


 腕を押さえていた男が、腰に佩いていた太刀を抜いた。

 もう片腕は、だらりとぶら下がったままである。

 目の前で意味の分からぬものを見せられて、腕の痛みを怒りが上回ったようである。 


「ふっ、来るか、手負いの狼よ。だが今の貴様は……」


 娘を背後に庇いながら、クラウドはスッと指先を傭兵へ向けた。

 片足を後ろに、もう片足を前に出しながら、空いた手を己の顔にかざす。


「駄馬にも劣る……!!」


「だから何だよそれはよお!?」


 訳の分からぬ怒りに駆られ、傭兵は切りかかった。

 対するクラウドは、無手。

 素手で武器を持った傭兵と向かい合うというのか、自殺行為である。


 だが、クラウドは少しも慌てない。

 切りかかる傭兵目掛けて自ら突き進むと、


「破ぁっ!」


 掌底を繰り出した。

 狙い過たず、それが太刀を握った傭兵の指を打ち、何本かをへし折る。


「ぐわあああっ!」


「はあああっ! 闇に滅せよ! 暗黒シュヴァルツヴォルフシュピーゲルアタック!!」


 傭兵の隙に飛び込みざま、クラウドは大地を強く踏みしめながら、己の背中を凄まじい勢いで叩き付けた。鉄山靠という技そのままなのだが、何やら名前がついているらしい。

 これを受けて、


「うわーっ」


 傭兵は体勢を崩して転んだ。

 威力はあまり無いようだ。

 だが、指を砕かれ、もう片腕は動かせない傭兵はもはや戦うことなど出来まい。


 絽はこの目の前にいる男を、恐るべき敵であると認識した。

 故に、油断無く身構える。

 武侠に数えられるであろう、己の実力の全てを持って、この不気味な男を倒さねばなるまい。


 部下はやられたのかもしれぬ。

 何、ならば新たに集めればよい。


「クラウド……とやら。強さのほどは知らんが……俺を怒らせた事を後悔して……死ね!!」


 絽は大地を蹴った。

 跳躍から、空を蹴って・・・・・加速する。


 武侠たるものが身につける、武技の一つ、空歩である。

 初見であれば、誰もがこの動きに対応できず、一合の間に倒される。

 だが、クラウドはそれを見て笑った。


「すごい!! 武空術だ!!」


「なにっ!?」


 あれは笑っているのではない、喜んでいるのだ。

 それに気付いた瞬間、絽の背筋を冷たいものが走った。

 向かう先にいるクラウドが、腕を広げ、叫ぶ。


「”吼えろ、ケルベロス”!!」


 彼の手のひらが輝いた。

 そこに、つい先ほどまでは存在しなかったはずのものが出現する。


 それは、黒と黄金で形作られた、鉤の形をした異形の武器。

 絽の記憶によれば、あれは最近都に現れる、エルドとかいう異教のものが使う銃という武器であった。


「それは離れねば用を成さぬ武器のはず! 遅いわ!」


 叫びながら、刀を振り下ろす。

 だが、クラウドはそれに対して、足を大きく開きながら銃を横に寝かせ、自ら突き出した。

 刃が、黒と黄金に阻まれ、弾かれる。


「なっ!?」


「知らなかったようだな。では、レクチャーワンだ」


 クラウドは銃を手にしたまま踏み込みつつ、唇の端を吊り上げた。


「銃とは、近接格闘クロスコンバットにおいても最強の武器のことだ!」


「何を言っている!?」


 激しく刀を振り下ろす。

 それが、銃で弾かれる。


 今度は空を蹴って、空を舞いながら斬りつける。

 これは、なんと銃把、握りの部分で受け止められた。


「俺の攻撃が読まれている……だと!?」


「ふっ……それはな、レクチャーツーだ」


 背後に回ったはずが、後ろ手に回された銃が刃を受け止める。

 クラウドはまだ、片手しか使ってはいない。

 その空いている手が、輝き始める。


「”猛れ、オルトロス!”」


 登場したのは、紅と黄金に輝く銃である。

 クラウドは振り向きざま、空中にいる絽目掛けて飛び上がり、その腹を蹴り飛ばした。


「ぐうううっ!? ま、まさかこの男も、武侠……!!」


「全てはこの技の力!」


 吹き飛ばされる絽を追って、クラウドは背後に向けて初めてその銃を撃ち放つ。

 射撃が衝撃を呼び、その勢いで黒衣の男は加速した。

 まるで空を飛ぶような跳躍。


 絽は咄嗟に刀をかざし、だが、それを飛び掛ってきたクラウドが靴先で蹴り飛ばした。

 空中で絽に着地するクラウド。


 常識外れな挙動である。

 二丁の銃が、武侠に数えられるはずだった男の額に当てられた。


「冥土の土産に持って行け。ガン・カタ。世界最強の武術の名を! デッドエンド・シュート!」


 銃口が火を吹いた。

 絽は、「なんだよそれ!?」という感想を抱いたまま、頭を吹き飛ばされて即死した。


 着地したクラウド。

 ふっと銃口から立ち上る煙を吹くと、それをくるくる回して腰に収め……ようとして落とした。

 残念、ホルスターが無い。


 彼はきょろきょろして、鈴がじっと見ているのに気付くと、口笛を吹きながら、「大丈夫、全て計算どおりだヨ!」という顔をして銃を消した。


「蔵人様……!」


 少女が駆け寄って来る。

 物語のエンディングは、素敵なハグと相場が決まっているのだ。

 クラウドは思い切り格好をつけて両手を広げ、彼女を待ち受けた。



 村を後にし、一人生き残った男は走っていた。

 恐ろしい。

 何と言う事だろうか。


 辺境でも五指に数えられる剣客、絽が倒された。

 武侠を倒すものは、武侠しかありえない。

 だが、あんな武侠など聞いた事がない。


 あれは何者だ。

 クラウド。


 今、輝石大陸が東方に広がる、央原に、新たな武侠が現れた。

 クラウド。

 やがて人々は、その名を口々に語るようになる。


 あるいは、英雄。

 あるいは、悪漢。

 あるいは、軍師。


 あるいは……。




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