スピンオフ・熟練度カンストのガン・カタ使い
第1話 異世界転移、翼を授ける~ッ
雲居征四郎はフリーターである。
かつてはプロゲーマーとしてとある団体に所属していたのだが、配信動画においていらん事を口走ったせいで団体のコンプライアンス違反となり、クビになった。
プロゲーマーとなるために、自ら作り上げたVRMMOギルドをナンバー2だった人物へ譲り渡し、これからは雲居征四郎の新たな伝説が始まる……と思った矢先であった。
「やはりこの世界は……俺を受け入れられる度量を持っていなかったのだ」
「16番ね」
「はいっ! こちらですね! 484円になります! はい! UGW・PAYですね。ウグワーッと音がするまでタッチして下さい」
『ウグワーッ』
「はい、確かに頂戴しました。こちらレシートです! ありがとう~ございましたぁ~」
雲居征四郎はフリーターである。
かっこよくギルドを抜けた以上、今更頭を下げて戻ることもできない。
「おい兄ちゃん、おたくで買った弁当箸ついてなかったんだけど」
「はいっ! 大変申し訳ございません! こちら箸です!」
……戻ろうかな。
征四郎の心は揺れた。
コンビニバイトでお客に怒鳴られ、平身低頭する日々。
実家に帰ろうにも、母子家庭であった征四郎の家は母がついに再婚し、新たな家庭を築いている。
今更戻ってもラブラブ夫婦生活の邪魔であろう。
それを気遣う程度には、征四郎にも人の心があった。
仕事が終わり、明け方にワンルームの自宅に帰る。
その前に、彼は日課をこなさねばならない。
「ふっ! はっ! ほっ!」
人気のない公園で、男の声が響く。
手にしているのは二丁のモデルガン……ではない。
拳銃に見立てた木の枝である。
最近はモデルガンを持ち歩いていても職務質問され、交番でオハナシを聞いてもらうことになってしまう。
征四郎はそこそこ遵法精神があった。
そして彼が行っている日課とは……。
「ふう……やっぱりガン・カタは最高だな……。世界最強の格闘技だぜ」
一汗かいた彼は、店のおつとめ品弁当を食うべくベンチに腰掛ける。
レンジで温めてきた弁当もすっかり冷めていた。
だが、ぬるい弁当くらい気にならぬのが征四郎という男だ。
やはり冷めてしまったコーヒーを片手に、征四郎は明けゆく空を見た。
今まさに、夜と朝の境界が曖昧になる時。
ふと、征四郎の目に、雨もないのに空に掛かった虹が見えた。
「あれは……天蓋の橋……!! この俺を異世界へと連れ去ってくれまいか!」
ご飯粒のついた箸を片手に、ビシッとポーズを決める征四郎だった。
ここには誰もいないから、恥ずかしいことを言ったり恥ずかしいポーズを決めても大丈夫なのである。
『まあまあ! それは同意と見てよろしいですね!』
「なん……だと……!?」
『私は虹の精霊女王エインガナ。実は私の旧友の頼みで、強き力を持つ戦士を探しているのです』
「なるほど。状況は完全に理解した。つまり……俺の助けが必要ということだな」
『理解が早くて助かります♪ では、あなたには、もう一人のあなたと同じ力を授けます』
「もうひとりの……俺……!?」
虹が迫る。
それは一瞬で征四郎を飲み込んでいた。
『名を呼びなさい、あなたの力となる、武器の名を……』
「武器……もうひとりの俺……助けを求める女神的なサムシング……つまりこれは……異世界転移!!」
カッと目を見開く征四郎。
彼は本当に全てを理解した。
「俺は……本当の世界に行けるのだな……? 仕事の合間に磨き抜いたガン・カタと、銃を持っていてもおまわりさんに連れて行かれない世界に……! そして、うかつな発言をしても契約解除されて業界を干されない世界に!」
今。
征四郎の中には、歓喜があった。
漆黒のコートが広がる。
手には黒いレザー製指ぬき手袋。
そしてやはり漆黒の編み上げブーツ。
「我が手に宿れ、黒き刃! 赤き刃!」
叫ぶ征四郎。
刃とは言うが、出現したのは銃である。
黒と金の色彩を持つ銃と、赤と金の色彩を持つ銃だった。
「ケルベロス! オルトロス! それが……お前たちの名だ! 行くぞ、新たな世界へ!!」
征四郎の世界が塗り替わる。
虹が通過した場所から、日本の風景が消えていき……次いで現れるのは、かつて征四郎が親しんだVRMMORPGの世界……によく似た世界だ。
かくして、彼は名乗る。
ゲームの中で名乗り、プロゲーマーとしても名乗っていた、彼に言わせれば真の名だ。
「クラウド、見参……!!」
黒き凶鳥が今、異世界ゼフィロシアに降り立った。
……とまあとんとん拍子でクラウドが主役の物語が始まれば良かったのだが、色々あってこの世界における主役は自分ではないらしいことを察したクラウド。
彼のストライクゾーンど真ん中であった女性にも振られ、傷心のまま降り立った地を後にするのであった。
彼が向かったのは、遥か遥か東の地。
砂漠を渡るキャラバンに護衛として加わり、遊牧民たちと羊を追いかけて馬乳酒をごちそうされ、寺院が連なる信仰深き国で僧侶の真似事などしてみたりし……。
やがて、東の果てに存在する広大なる平野、央原へと彼はたどり着いたのである。
ここは、三つの大国が血で血を洗う争いを繰り広げる大地。
そして、神にも並ぶと言われるような超常の術、仙術。
人間の限界を超えた身のこなしと、優れた武技を扱う者、武侠。
伝説の中より現れる、人ならざる異形、妖怪。
それらが跳梁跋扈する、混沌と戦乱に満ちた場所であった。
央原にて、黒き双銃使いの冒険が幕を上げるのである。
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