本編最終話 熟練度カンストの未来者

「起きて。起きてってば。おーい、おーい!!」


 最初は優しかった声が、段々と険を帯びてくる。

 ああ、いつものだなあ、なんて考える。


「起きろー!! こらー!! ねぼすけー!! おらー!!」


「うわーっ!」


 最後は寝台ごとひっくり返されて、俺は無理やり目覚めさせられた。

 なんてことをするんだ。


 朝一で目覚めた後、こうしてベッドの中で微睡まどろんでいるのが最高にハッピーだと言うのに。


「いてて……。なんて起こし方をしやがる。お前、そんなんじゃあれだぞ。嫁の貰い手がないぞ」


「うっさい」


 俺を見下ろして立っているのは、あまり背が高くない銀髪の女。年頃は十代半ばくらい。

 髪や瞳に、虹色の輝きが宿っている。

 特殊な見た目だが、風の巫女として選ばれると、こんな外見になるらしい。


「大体、あんた弟なんだから、姉に向かってお前は失礼でしょー。ほら、お姉さんって言いなさい! ルナお姉さんって!」


「いてえいてえ!! 耳を引っ張るな!?」


「だってユート、あんたの耳ってアリエル母さんに似て尖ってるからつまみ易いんだもん」


「お前なあ、取れたらどうするんだ!?」


 俺は姉の手を振り払うと、立ち上がった。

 普段から、この姉は俺に構いたがる。

 弟離れできてないんだな。


 火の巫女、土の巫女、水の巫女な姉たちとは大違いだ。

 俺は鏡の前に立ち、軽く髪をなでつけた。

 ぐっと髪を押し付けて、手を離すと、寝癖がぴょんと跳ねる。


「これでよし」


「よくないでしょー!!」


「うわあーっ、お、お前そのバケツは! 水は一体ーっ!!」





 全身をびしょびしょにされた後、強烈な風で乾かされた俺は、部屋の外に出た。

 あちこちに巨大な木々がそびえ、その半ばや土台、あるいは上に家が建っている。


 ここはエルフの森で、俺の母親が生まれた場所。

 そして、俺たちの王国だ。


「おおっ、お目覚めだな王子! 灰王の奴が呼んでたぞ」


 通りすがりに言ってくるのは、ばかでかい体をした角の生えた男。

 親父の親友で、ギューンという名のオーガだ。

 馬鹿力で背中をばんばん叩かれたので、俺はむせた。


「ちょっとー! ギューン、ユートを叩いちゃだめよ! ユートは繊細なんだからあ」


「はあ? あいつの血を引いてるガキが繊細なわけないだろう。それに、こいつが将来、俺たちを統べるようになるんだぞ? これくらいで音を上げてたら灰王が笑うわい!」


 げはははは、とギューンが笑った。

 親父は一体、どうやってこんな奴と仲良くなったんだ。

 人間が受けきれるスキンシップじゃないぞ?


 ギューンだけじゃない。

 俺が道を行くと、誰もが声を掛けてくる。


 灰王の息子ユート。

 次代の魔王ユート。

 プレッシャーだ。


 だが、横を歩く姉は、なんとも嬉しそうにニヤニヤしているのである。


「期待されてるねえー。お姉ちゃんまで嬉しくなってきちゃうよ」


「なんでお前……いや、ルナ姉まで嬉しいんだよ」


「それは愛だねえ」


 さらに横合いから声がかかった。


「あっ、リュカさん」


 俺はちょっとデレッとなる。

 彼女は、親父の第一夫人で先代の風の巫女リュカ。

 銀髪を長く伸ばした、大人の女性だ。


 この人が、あと十歳若かったら放っておかない……いやいや、今だっていける。

 鼻の下を伸ばした俺の尻を、ルナが凄い目つきをしながらつねった。


「いってええ!!」


「母さんに色目使わない!!」


「あはは。本当に、ユートはユーマにそっくりだね?」


「そっくりって。俺はあんな化け物みたいな親父とは違って、平々凡々なんですけど」


「平々凡々というよりはダメな子よねー」


 うるさいぞルナ。

 立ち話もなんだということで、親父がいる王宮まで、一緒に行くことになった。


「ユーマもね? 最初に私と会ったときは、割りとダメな子だったのよ?」


「うーん、何度も聞きましたけど、信じられない……。そりゃああの人、私生活はダメだけど、基本的にめっちゃ怖いじゃないですか」


「そうだねえ。一応、世界相手に喧嘩して勝った人だから。でも、ユーマは守るものがあったから強くなったんだよ? だからユートも、きっとそういうものがあれば強くなれるよ!」


 グッと顔の前で両拳を握るリュカさん。

 かわいい。

 すると、またルナが俺の尻をつねった。


「いてえ!!」


「また鼻の下伸ばしてー!!」


「うふふ。私たちも、よくそういうことしたなあ……」


「えっ、リュカさん、親父の尻をつねってたんですか……!?」


 想像ができない話だ。

 やがて到着したのは、王宮。

 ……と行っても、木造二階建てのちょっと大きな館だ。


 あまり広いと、親父が落ち着かないらしい。

 謁見の間……と親父が呼ぶ場所に向かう。

 そこは明らかに、ちょっと広いだけの部屋で、横には親父がごろ寝するためのハンモックが吊るされている。


「おう、来たか」


 目付きの鋭い中年男が立ち上がる。

 この目で射竦められると、背筋が凍るんだよなあ。

 だが、今日の親父はちょっと違った。


「あれ、ユーマどうしたの? なんだか困った顔をしてるけど」


「ああ。リュカも来たのか。それがな、面倒なことになってなあ……」


「面倒なこと?」


 親父がこんな困った顔をしているのは初めて見る。

 いつもは、鋭い目つきをして周囲を見回していて、何を考えているかよく分からないのだ。


「妹のな、昔彼氏だったのがいただろ」


「ああ。あっちの世界でユーマが助けたっていう子?」


「そうそう。そいつが大使になって、うちに駐在するんだと。で、当然のように嫁さんがうちの妹でな……」


「あー」


 なんだか二人でわかり合っているような話をしている。

 何の話なんだ?

 親父の妹ということは、俺の叔母さん?


「そういうことでユート。この世界と、スカイポケットの向こうにある世界で、正式に交流が始まることになった」


「お、おう。いきなりだな」


「そう、いきなりだ。何もかも、重大なことはいつもいきなり起こる。そこでだ。お前は我が世界側の大使として、向こうの世界に行くことになる」


「へえ…………………………んっ!?」


「は!?」


 俺は耳を疑った。

 それは、ルナ姉も一緒のようだ。


「ちょうど、ユートは十五歳だっただろう。向こうには高校というものがあってな。そこに通いながら、こちらの世界の大使として外交その他諸々をやることになる」


「な、なんで俺が」


「お前、俺の跡継ぎだろう。それくらいはやって箔をつけておかんとな」


「ぐぎぎ」


 とんでもない話になって来たぞ。

 これにはルナ姉も憤慨だ。


「ちょっとお父さん!! それってあまりにも横暴!!」


「ルナも一緒に行くか? なんなら、シェイラにアンナ、ロリーも」


「行くわ!」


「行きまぁす!」


「仕方ない、行ってやろう」


 振り返ると、他三人の姉の姿まで。


「何より、ユートのサポートには、私のシャドウジャックが必須となるだろう」


 ロリー姉がニヒルに笑いながら、隣に大精霊のシャドウジャックを立たせる。

 というか、こいつら、もう大荷物を背負ってやがる。


「ええーっ!! ずるいずるい!! 私も行く!」


「そう言うと思って、荷物まとめといたわよ」


 リュカさんが、部屋の隅から大荷物を、ひょいっと持ち上げてこちらに放り投げた。


「ちょ、ちょっと母さん、私は母さんほど力ないからぷべっ」


 あっ、ルカ姉が潰れた。

 そんな俺たちのやり取りを見て、親父はうんうんと満足気に頷いた。


「じゃあ、任せたぞユート」


「じゃあじゃねえ!!」


 だが、この国における絶対権力者である親父の意見には逆らえない。

 かくして、俺は日本とかいう異世界に飛ばされることになってしまい……。

 賑やかな姉が四人もついてくることになったのだ。









「静かになったなあ」


「あの子たち、いつも賑やかだったものねえ。残った子たちも、ついていきたがったんだけど」


「まだみんなほんの子どもだからな。俺だって家から脱するのに二十四年掛かったんだぞ。しかもこの世界に吹っ飛ばされて脱さざるをえなかったという」


「あはは。あの時は大変だったよねえ。じゃあユーマは、可愛い子には旅をさせるっていうつもりで今回みたいな事を考えたの?」


「いや、俺が昔読んでたラノベやマンガでな……。異世界からの転校生が」


「ふうん? あら、下でアリエルが呼んでる。亜由美に早苗に竜胆まで来てるけど……また何かあったんじゃない?」


「案外、一緒に異世界に行きたがったガキどもがストライキかも知れんな。やれやれ」


「ほら、まだまだ賑やかでしょ?」


「全くだ」



 二人が立ち去り、扉が閉まる音がする。

 謁見の間には誰もいなくなり、窓からは風が入ってくる。

 不意に差し込んだ日差しが、玉座の前にある床を照らし出す。


 そこだけ、金属質の何かが埋め込まれていた。

 光を反射し、それは……かつて魔剣使いとともに世界を駆けた、魔剣の欠片がキラリと輝く。

 虹色の輝きだった。




 熟練度カンストの魔剣使い


 完

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