第254話 熟練度カンストの剣舞者
突如として、空に現れた鋼の円盤。
恐らくは、この世界へ来訪した先の大戦の技術を使って作られたものだが、何のために存在しているのか
だが、この日、世界は知ることとなる。
舞台の上に現れた、一匹の竜と一人の男。
そこは、戦舞台であったのだ。
というか、誰も見ていない戦いというのは久々過ぎる。
俺はワイルドファイアの前で、辺りを見回した。
見渡す限り何もない、空、空、空。
火竜と俺。
それだけしかいない。
ワイルドファイアが、俺と戦うためだけに作り上げた舞台なのだろう。
観客はゼロ。
ただ、火竜と剣士が頂上決戦をする場所。
『船の炉をな、七つばかり使った。ゆえ、ここは世界と分かたれた空間となった。我が存分に暴れても、問題はない……多分な』
「多分かあ」
俺は笑った。
こいつは火竜なりのジョークなのだ。
縮退炉のエネルギーを使って作られた、隔絶空間の戦舞台。
だが、下手をすれば、俺とワイルドファイアの戦いを受けきることはできないだろう。
──それがどうした?
「よし、やるか」
『うむ。我も余計な御託は好かん』
俺の眼前で、ワイルドファイアの姿が縮んでいく。
あっという間に、赤毛の男の姿になった。
「人間の姿で戦うのか? 手加減?」
『竜がなぜ姿を変えられると思う? 決められた形など無いからよ。我ら竜は精霊王の影。ゆえ、元素のごとく自在に姿を変える。大竜の形は、それが都合がよいからしているに過ぎん』
「なるほどなあ」
確かに、目の前のワイルドファイアからは、火竜の状態から感じていた強烈なプレッシャーと変わらぬものを感じる。
強さは全く変わっていない。
見た目が変化しただけで、中身は全く同じなのだ。
むしろ、相手が人間サイズの俺なので、それと戦いやすいサイズまで縮小したと言っていいだろう。
「武器は?」
『竜が武器を使うか。我が身は全て、うぬの刃と同じよ』
彼もまた、笑った。
そして、動く。
移動というアクションを飛び越えて、俺の前に出現した。
ワープや時間移動とは違う。
行動の中間をふっ飛ばして、いきなり結果を出現させる。これが火竜の能力だ。
迫る火竜の手刀を、俺はバルゴーンで受けた。
受け流さず、受け止めた。
凄まじい衝撃。
これを、全身を使って足の下へと流す。
金属の舞台に大きな亀裂が入った。
さらに、竜は連続して貫手、手刀を繰り出す。
これらを受け、受け、受け、受け止める。
『避けぬか』
「流さん方があんたの好みだろ」
『いかにも』
笑いながら、ワイルドファイアは回転した。
ゲーム的な言い方なら、予備動作から全ての挙動に攻撃判定がある、回し蹴り。
これを俺は、バルゴーンを重剣にして受け止めながら、その力を応用し……。
「ふっ」
次の瞬間、火竜が吹き飛ばされた。
剣で受けた力を体内で循環させ、そのまま相手に返す。
まあ合気のようなものだ。
すると、足場のほうが耐えられなかったらしく、鋼の舞台にまた大きな亀裂。一部が破片となって飛び散った。
そればかりではなく、空の一部にもひびが入る。
着地したワイルドファイアは、楽しげにつま先で、トントンと舞台を突いた。
それだけで、振動が足場を揺らす。
彼はスッと息を吸い込む。
それが全ての予備動作だった。開かれた火竜の口から、細く引き絞られた熱線が放たれる。
ドラゴンブレスだ。
だが、ブレスは圧縮され、さらに熱されて、白い輝く糸にしか見えない。
俺は既に、剣を振りかぶっている。
「ここ……!」
長剣へと変じたバルゴーンで、ブレスを真っ向から迎撃。
両断。
『おう』
ワイルドファイアが楽しげに笑った。
笑いながら、虚空を拳で叩く。
すると、空間が砕け散った。
生まれた空間の穴に、火竜が没する。
「また変なことをやるつもりだな?」
俺は嫌な予感がして、剣を両手に持ち替えた。
双剣モードである。
果たして、俺の危惧は的中した。
突如として周囲の空間に穴が空き、あちこちから真っ白なドラゴンブレスが撒き散らされたのである。
これはひどい無差別攻撃だ。
狙いをつけていないから、アドリブでブレスを叩き落とすしかない。
側方からの一撃を弾く。
後方からの一撃を躱す。
斜めからの一撃を受け流す。
下方からの一撃を振り下ろして両断。
前方からの一撃を剣の腹で受けながら。
出現したワイルドファイア目掛けて反射した。
『ははあ!』
嬉しそうに、火竜はそれを手のひらで受け止める。
おう、こいつ、攻撃に出る隙がなかなかないぞ。
ワイルドファイアと比べたら、氷の精霊王ストリボーグですら数段落ちるな。
だが、こいつは反射や迎撃、カウンターでどうにかなる次元ではない。
攻めなければ負ける。
それ故に、押し通るしかないな。
「おう、行くぞ」
『来い』
「“ディメンジョン”」
同じことをそっくりお返しする。
次元を切り裂きながら、その中へ俺は飛び込んだ。
次の行先はワイルドファイアの背後である。
突き出された切っ先を、振り返りもせずに奴は手の甲で弾いた。
「“ディメンジョン”……連続だ」
右から、左から、下から上から。
空間を跳躍しながら攻撃する俺を、火竜は目線で追いながら、的確にガードしていく。
こいつが守ろうと意識を固めた拳は、バルゴーンであっても切断できんな。
デスブリンガーの連中が使う、絶対武器よりも次元が上だ。
つまり、この守りを掻い潜って一撃を叩き込まなければ勝てない。
『ははははは!! これか! これが“洒落にならん”という状況か! 今の攻撃、全てが我に対する必殺の一撃であったろう! 竜の姿であれば、目も腕も届かなかったわ!』
「あっ、くそ。お前が竜なら今ので勝ってたのか」
『いかにも、うぬ相手に、
「俺もめちゃくちゃ本気だったわ。全部防ぎやがって」
談笑だ。
互いに軽口を叩き合いながら、機を見る。
俺とこいつの間に、隙なんてものはない。
攻撃は全てが必殺。
守りは全てが鉄壁。
互いの距離は、今や剣を伸ばせば届く距離。
俺はバルゴーンを振るった。
形は片手剣。
最もオーソドックスな形状。
これに、ワイルドファイアが合わせた。
振り抜く横拳。
打ち合わされた瞬間、互いの威力が拮抗し、剣と拳はぴたりとその場で静止した。
その真下の舞台が、ぴしりと一直線に割れる。
互いに攻撃を合わせたまま、目線を交わした。
人の姿となったワイルドファイアは、決して大柄なわけではない。
大きさなど意味がないからだ。
むしろ、敵が強大であれば、目線が同じ高さであったほうがよい。
同じ位置にある、俺と奴の視線が交差した。
この野郎、やる気だな。
あいつも、俺の目に同じものを感じ取ったことだろう。
俺たちは、静の状態から、動き出す。
動へと変わる。
どちらかが攻撃して、どちらかが受けるというのではない。
互いが攻撃し、攻撃し、攻撃する。
俺の斬撃、火竜の前蹴り、俺の払い落とし、火竜の打ち下ろす拳、俺のカウンター斬り、火竜が迎え撃つ手刀。
火花が散る。
攻撃が打ち合わされるたびに、舞台が揺れる。空間が揺らぐ。星が揺さぶられる。
俺が放つのは、全てが不可避の攻撃、必殺の一撃。
火竜が放つのは、全てが絶対命中の攻撃、超絶の一撃。
これの全てが、ぶつかり合い、弾かれ合い、だがしかし。
俺と奴の距離は確実に詰まっていく。
この戦いが長引くことなどあり得ないのだ。
互いに守りなど考えていない。
全ては相手を倒すための攻撃。
それが全て、ぶつかり合って相殺しているに過ぎない。
完全なる拮抗。
しかし、俺もこいつも、拮抗なんて眠くなるようなことは望んじゃいない。
だから、次で決着する。
「っ」
剣を振った。
何の工夫もない、ただの必殺の一撃だ。
これは迎え撃たれた。
ワイルドファイアもまた、致命の一撃を放っている。
拳は剣を打ち、度重なる激突を続けていたバルゴーンの刀身が、砕けた。
俺は踏み込んでいる。
拮抗が破れた。
振り切ったまま、前進する。
俺の体に触れた、刀身の破片が弾ける。
『!!』
この全てが必殺。
捨ての一撃などない。
破片が、ワイルドファイア目掛けて飛びかかった。
火竜は手のひらで、これを受け止める。
過程を吹き飛ばし、ただ手のひらで止めたという過程のみを生み出した。
その手のひらの上から、欠けた切っ先をあてがい、俺は押し込んだ。
ずぶり、と剣が食い込む。
拮抗は破れた。
火竜が迎え撃とうと、残る拳を、蹴りを繰り出そうとする。
だが、拳を抜けたバルゴーンが奔る速さには及ばない。
虹色の軌跡が、何よりも速く到達した。
そこは、火竜の胸。
接触。
貫通。
衝撃。
火竜ワイルドファイアの体が吹き飛んだ。
胸元に大穴を空けながら、舞台の上を飛ばされていく。
そして、虚空に彼の肉体が打ち付けられると、この戦場を構成していた異空間は粉々に砕け散ったのであった。
『ああ……』
火竜の姿が、ゆっくりと巨大な竜に戻っていく。
『うぬの勝ちだ。実に……楽しかった』
「ああ、俺もな」
ワイルドファイアの姿が、空気に溶けるように消えていく。
これが、竜の死を意味するのか、それとも精霊王たちのように、まっさらな存在となっての新生を意味するのかは知らない。
それでも、火竜に一切の後悔がないことだけは分かった。
「だが、今みたいなギリギリの戦いはまっぴらゴメンだな」
俺は火竜を見送りながら、半笑いで呟くのだった。
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