第251話 熟練度カンストの会戦者

 グラナート帝国の大平原にて、最後の決戦が始まった。

 この世界側の軍勢が、押し寄せる侵略者の軍勢とぶつかり合う。

 これまでの戦場とは違う。


 肌の色も、人種もバラバラ。

 人であったりモンスターのようであったり、あるいはこちらの軍勢にも、空を飛んで敵と戦う者がいる。


「ユーマさんは行かないんですか?」


 銃を構えたまま、早苗さんが聞いてくる。


「俺が総大将なんでね。それに、これだけ人数がいると動きづらい。一応、少しずつ本陣は前に出て行くが、俺が動くのは事が起こった時になるだろうな」


「事が……?」


「移民船を散々落として来たんだ。奴らの最後の抵抗が来るだろうってことさ」


 俺の陣営というか、嫁候補の娘たちも、戦闘力が高いグループは前線に飛び出して戦っている。

 とにかく派手な技が得意なので、後方からでもよく目立つのだ。


 ほら、あそこで宇宙船がひしゃげた。あれはリュカ。

 炎の雨が降り注いで、敵側の鋼の獣が薙ぎ払われた。あれがサマラ。

 今度は地上に大渦潮。ちょっと味方を巻き込んでないか? あれはアンブロシア。


 そして、地上をピカピカ輝きながら、駆け抜ける光がある。あれはヴァレーリアだろう。

 空にプカプカ浮かんで、見物を決め込んでいるのが亜由美ちゃん。ほら、見つかって空を飛ぶ敵のロボットみたいなのに追いかけられだした。


「私は……この戦場で前に出る勇気はありません……」


 ぐっと、銃を握りしめてうつむく早苗さん。

 それが当たり前なのだ。


 何せ、表向きは平和だった現代の日本で暮らしていた女性だ。

 いきなりこんな、ファンタジーとSFがぶつかり合う戦いに放り込まれ、命をかけて戦うなんて無理だろう。



「ぎょえー! おいお前ら、あっしを助けるっすー! えっ!? あっしが敵をひきつけてる間に後ろから攻撃する? ばかもーんっ! あっしがそれまでに落ちたらどうするっすかー!!」


 亜由美ちゃんの大声がこっちまで聞こえてくるな。

 うん、あれは例外だ。

 日本から来た元女子大生なのに、すっかりこちらの流儀に馴染んでしまったタイプ。

 そして現地の人間でも、特殊な力なしで戦うものがいる。


「押せ! 敵は鋼とは言っても、関節がある。盾で押し留めよ! 装甲の隙間を攻撃するのだ!」


 ローザが、武装した軍勢を指揮している。

 彼女には戦闘力が無いが、それでも前線にその姿を晒すことで、兵士たちの士気を上げるのが彼女のやり方である。

 異種族の兵士も取り込み、より厚みを増したローザの軍勢が、敵軍に切り込んでいく。


 土属性の魔法で作られた武器は、生半可な金属をやすやすと貫通する威力を持つ。

 これで関節を狙ってくるのだから、鋼の獣もたまったものではないだろう。


 オーベルトに、従者のダミアンも、喜々としてローザの命に従い、武器を振るう。

 基本的に辺境騎士団の頃と同じ感覚なのだろう。


「よしっ! 妾が切り開くのじゃ! ついてまいれ!」


「おいおいお姫様、俺たちの援護なしじゃ自殺行為だぜ!」

「船長! こっちは準備万端だぜ!」

「よーし、てめえら、撃てぇ!!」


 こちらは、突っ込んでいく竜胆ちゃんを、蓬莱で出会ったネフリティスの船員たちが援護している。

 彼らも無事に国に帰れたようで、お礼にか、俺たちの戦いに志願してくれたのだ。


 竜胆ちゃんはさながら、彼らにとってのアイドルみたいなものらしい。

 長く留まらざるを得なかった、蓬莱の地から帰るきっかけとなった女の子だからな。


「ユーマさん。どうやら、まだまだこちらの戦力に合流するものがいるようですわよ?」


 デヴォラが冷静に周囲を見回している。

 彼女の言葉通り、今もフル回転で動き続けているアリエルとエルフたちが、世界中から戦力を連れてきている。


 ある森の一角から、雷鳴とまばゆい輝きが見えた。

 そして、両手にトマホークを携えた上半身裸の巨漢が飛び出してくる。


「おお、間に合ったかウルガル!」


「遅れた。ウルガル、その分取り戻す!! ユーマ見てるだけ。ウルガル全部仕留める」


 彼はニヤリと笑うと、目前に迫った鋼の巨人を、一撃で粉砕する。

 さらに、俺へと向かってきた巨人が、突然上半身を消失させて倒れる。

 巨人の影から現れたのは、褐色の肌の精悍な男だ。


「ジュエン、自力で来たのか!」


「ユーマ。借りは返す。ジュエンは与えられた恩を忘れない」


 エインガナの戦士ジュエンは、精密かつ強力な他者テレポート能力で、敵の肉体の一部を吹き飛ばす荒業を駆使する。

 そしてさらに、彼の横をビラコチャに仕える太陽の戦士二名が駆け抜ける。


 彼らが跳ねると、足元から成長した植物が生えてきた。

 その上に着地、駆けながら、上空の敵と切り結んでいく。


 おっと、俺たちの頭上を、太いビームが掠めて行った。

 ビームは侵略者の兵士をまとめて破壊し、空に消えていく。

 放ったのは、のっぽの執行者ウィクサールだ。


「もろともに飲み込んでやろうかと思ったが! 灰色の剣士、貴様との決着は後だ、後!!」


「ほんと、面倒な性格の男ですわねえ」


「あの方、ユーマさんを憎んでいるようですが……」


「うむ、あちこちから恨みを買っているしな。さあ、そろそろ俺の出番のようだぞ」


 これまで、玉座替わりの亜竜、チェアくんに腰掛けていた俺。

 戦場に漂い始めた、ただならぬ気配を察知し、立ち上がった。


「ユーマさん」「ユーマさん?」


 早苗さんとデヴォラに、ついてこなくていいと手で制する。

 そのまま、俺は左目に意識を集中した。

 ジュエンほど自在には使えないが、視界に映る場所になら、短距離のワープが可能なのだ。


 跳躍した直後、俺は戦場の最前線にいる。

 今まで押し寄せてきていた敵軍が、一気に退いていくではないか。


 これに乗じて押し込もうとする、うちの軍勢。

 俺は彼らに向かって、あえて剣気を放った。

 一瞬で、彼らが総崩れになる。


「ユーマ、何を……!」


 驚き、声を放つのは竜胆ちゃん。

 ローザは理解したようだ。

 リュカ、サマラ、アンブロシア、ヴァレーリアは俺の後ろにやってくる。


「特大のが来るぞ」


 俺はバルゴーンを抜き放つと、地平線の先を指し示した。

 そこから、青い球体がゆっくりと姿を現す。

 今までに見た移民船とは、明らかに一線を画するサイズ。


 それが、地上を削りながら、ごく低空を飛行してくるではないか。


 船のあちこちで、青い輝きが奔っている。

 氷の精霊王ストリボーグと、彼の眷属がこの巨大な移民船と戦っているのだ。

 だが、止めるには至っていない。


 それは、船が強いからではない。

 ピカリ、と移民船の一角が輝いた。

 そこから現れた何かが、ストリボーグの眷属を蹴散らしていく。


「やっぱり、向こうの切り札は人造神か」


 しかも、一体ではない。

 輝きが幾つも生まれ、三体の人造神が出現する。

 一体ですら、アウシュニヤの僧侶や移民船が、多くのエネルギーを使って出現させていたわけである。三体という数は、この大型移民船による規格外の出力を表していると言えるだろう。


「一体は任せた」


「ユーマは?」


「二体まとめて片付ける」


 俺は前に出た。

 人造神どもも、俺たちに気付く。

 三体は、光の甲冑を纏い、背に翼を生やした……いわば戦天使のような姿をしている。


 うちの巫女たちと戦うのは、ランスを手にした天使。

 俺の相手は、剣を手にした天使と、弓を手にした天使……。

 と、そこへだ。


「今、牽制のシューッ!!」


 空間を引き裂きながら、黄金に輝く弾丸が撃ち込まれた。

 弓を持つ天使が、これに向かって連続して射撃を放つ。


 射撃は弾丸に的確に命中するが、この勢いを削りきれない。

 辛うじて速度が落ちたところを、天使は顔を傾けて躱したようだ。

 弓の天使は、弾丸を撃ち放ってきた相手に全ての注意を向ける。


「なんでお前がいるんだ」


「ふっ……。いつもであれば、俺とお前は永遠に相容れぬ存在。お前が光ならば俺は闇。そう、俺は暗闇の狩猟者……✝クラウド✝……!! 世界の危機と耳にして、今ここに颯爽と見参!!」


 赤と金の銃を構えて、かっこよくポーズをとる黒いコートの男。

 こいつがどうやってここまで来たのか、さっぱり見当がつかん。


 だが、これで人造神の一体は押し付けておける。

 この訳の分からん男なら、ガンカタしか使えないくせに人造神とタメを張るくらい訳はないだろう。


「まあいい。じゃあ、やるぞ!」


「お前に指図される覚えはない……が、いいぞ!」


 戦場に、剣と銃の音が響き渡る。





~遠く、誰も見ていない南の大陸で~


「これはバリアのようなものか? 俺のポータルと同じ原理だな。次元を歪めて、中に入れないようにしてやがる。力で超えることは難しかろうな」


 南の大陸。

 焦土と化したこの島には、今は生きるものの気配など何もない。

 故に、この地に降り立った移民船に気付く者は誰もなかったのだ。


 そこに辿り着いたこの男。

 こちらの世界の人間ではない。

 手には、黄金に輝く指輪をつけている。


「だが、全ての次元を自在に操るのが俺、ポータルマスターの技よ。さあて、超文明の力を手に入れて今度こそ灰色の剣士ユーマと、裏切り者をこの手で……」


 彼の指輪が、光り輝き始める。

 周囲の時空が歪んだ。

 目の前に張られたバリアは、その内外を別の世界として隔てる力を持っている。


 隣り合っているように見えて、全く違う場所にある世界。

 力づくでは、バリアの内部へ到達できないのだ。

 だが、ポータルマスターを名乗るこの男であれば、可能だ。


 恐らくは、全宇宙で二人、これが可能なものがいる。

 虹の精霊女王エインガナと、ポータルマスター。


「行くぞ!」


 だから、ポータルマスターは気づかなかった。

 己だけしか破れぬこのバリアを超えるため、自分を利用しようとする何者かが同行したことに。


 瞬時に世界を渡り、ポータルマスターはバリアの内側に降り立った。

 ここはひどく、大気が濃い。

 長時間いれば、気持ち悪くなってしまいそうだ。


「まあいい。すぐに船を俺のものとして……」


『ご苦労』


 初めて聞く声がした。


「え」


 ポータルマスターは振り返ろうとして、できない。

 何か、恐ろしく強大な存在が、いつの間にか背後にいる。それだけは理解できた。


『これで我は、異星より来たものの力を食らうことができよう。星が終わることに興味はない。また別の星に渡れば良い。だが……あの剣士は得難き使い手よ』


 それは、ポータルマスターを無視しながら言葉を紡ぐ。

 悠然と、彼を追い抜いて先へ行く。

 その姿は、赤毛の男に見えた。


『縮退炉、と言ったか? 宇宙へ放逐されたあれだけでは、いささか足りぬ。我はこの船も食らって、あれと一戦交える英気を養おう』


「おおおお、お、お前!! 何者だ!? 俺のポータルに気配もなく入り込みやがって……! お前、お前は……」


『我はワイルドファイア。竜なり』


 振り返った赤毛の男はポータルマスターをその爬虫類めいた眼光で捉えた。

 その瞬間である。


 ポータルマスターの全身が爆ぜた。

 まるで、内側から強烈な炎で炙られたかのように。


『汝、役割は果たした。これでお役御免とする』


 ワイルドファイアは笑いながら、悠然と歩みを進める。

 眼前には、着々とこの空間を、テラフォーミングしていく移民船。

 北の大地に降り立ったものと遜色ない、巨大な宇宙船の姿。

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