第252話 熟練度カンストの完勝者

 竜巻が巻き起こり、炎が吹き上がり、水が叩きつけられる。

 これらに打ちのめされた天使を、飛び込んできた女騎士が切り伏せる。

 リュカたちの戦場は、三人の巫女が空間を支配し、敵に何もさせない。


 人造神の実力は、精霊王に匹敵する。

 だが、それすらも彼女たちは乗り越えられる力を身につけているのだ。


 みんな強くなったなあ、としみじみ思いながら、俺は天使の立て続けの攻撃をいなす。

 七体に分裂して、全方位から連続した斬撃や突きを叩き込んでくるが、そんなものは慣れている。

 自ら攻撃に近づきながら、敵の攻撃タイミングをずらす。


 そして、近いところから順に処理していくだけだ。

 受け流し、受け流し、受け流し、受け流す。

 六体受け流したところで、最後の一人を、一見して同じに見えるような動作で跳ね返した。


『────!!』


 次の攻撃に移るタイミングは、完全に崩された。

 天使は一人に戻り、俺の前で膝を突く。

 さて、もう一方の戦況はどうだろう。


 黒いコートをはためかせた、双銃の使い手は、人造神相手に、あろうことか近接格闘戦を挑んでいる。

 バカなのか。

 バカなんだろうなあ。


 一応、相手も弓を使う天使なので、接近戦は理にかなっていると言えなくもない。

 黒いコート……クラウドの武器が銃でなければ。


「ふっ、やるな! 反応速度、攻撃の威力、そして美しさ……! 全て俺がこれまで戦ってきた相手を上回っている! しかし!」


 天使は握り締めた矢をクラウドに叩きつけるが、これを銃の背で受け止める。

 そしてあろうことか、超高速で動く天使の腹に、キックを決めるクラウドである。

 そのままの勢いで空中に舞い上がりながら、宙返り。


 天使はクラウドに照準を定めて、矢を放つ。

 これを、クラウドが撃ち落とす。


 あそこの戦いはよく理解できんな。

 クラウドこそ、正真正銘ただの人間のはずなのだが、なぜか相手がどんなに強くてもいい勝負ができるのだ。


「おっと、余所見してたわ」


 俺は側面から切りつけてきた剣を受け流した。

 軽口は叩くが、相手を舐めてはいない。

 敵の一撃一撃が、当たれば必殺の威力を持っていることを知っているからだ。


 だが、裏を返せば、当たらなければどうということはない。

 天使の攻撃をいなしながら、懐に飛び込む。


 これを嫌い、敵は高速でバックステップを開始した。

 その動きを、読む。


「“ディメンジョン”」


 時空を切り裂き、バルゴーンの切っ先が消えた。

 それは後退した天使の背後から現れ、その胸を貫く。

 人造神が信じられない、という表情をした。


 俺はそのまま、敵を縦に両断する。

 天使は物も言わず、消滅したかに思えた。

 だが、一旦薄れた奴の姿が、再び濃くなって実体化する。


 おや?

 これはもしかして……。

 疑念を抱き、横目でリュカたちを見る。


 四方からの集中攻撃を食らった天使が、消滅したところだ。

 だが、それもまたすぐに姿を現す。

 天使たちは、いやらしい笑みを浮かべている。


 まるで、人間ごときには、自分たちを倒せないと言っているかのようである。

 だが、俺は見逃さない。

 一体が倒されると、残っている天使の輪郭が一瞬ぶれた。


「リュカ、サマラ、アンブロシア、ヴァレーリア! こいつら、三体で一体だ。同時に倒さないとダメだぞ」


「同時に!?」


「難しいです!」


「洒落になってないよ……!」


「どうすればいいというのだ!」


 四人から悲鳴があがった。

 俺はちらっとクラウドを見る。

 奴は当然のように俺の言葉を聴いていて、フッと笑った。


「ユーマ、俺に合わせろ! お前の攻撃は一瞬で決まる。その分、時間のコントロールが楽だろう」


「クラウドに言われるのはちょっとアレだが、言っていることは正しいな。じゃあ、リュカたちの天使は、俺と」


「俺が同時に支援して倒す」


 そういうことになった。

 天使たちの顔に浮かんでいた笑みが消える。

 一見して無表情だが、それが意味する感情は驚愕、だ。


 一瞬で自分たちが不死身であるシステムを見抜かれたのだから、仕方ない。

 例え俺が導き出した回答が間違いでも、戦い続ければ糸口は掴める。

 今は、この答えに向けて剣を振るうだけだ。


「ええいっ、もう一度……!!」


 リュカが風を呼ぶ。

 真横に叩きつけられる烈風が、槍の天使を釘付けにした。

 そこに、炎を纏ったサマラとヴァレーリアが飛び込み、敵を両側から攻撃する。

 アンブロシアは指先から、高い圧力をかけられた水を、レーザーの如く噴射して天使を切り裂く。


「デッドエンド……ッ」


 クラウドの声が響いた。

 あの野郎、合図も無くいきなり必殺技を放つ気だ。

 俺はバルゴーンを重剣の形にすると、肩に担いだ。


「“アクセル……”」


「シューッ!」


「“ディメンジョン”!!」


 金色の銃が、弓の天使の眉間を貫き、爆散させる。

 同時に、赤い銃はその弾丸を、槍の天使に向けて放っている。


 俺の一撃は、剣の天使を袈裟懸けに切断している。

 さらに切っ先は次元を超え、槍の天使の頭を斜めに断ち割っていた。


『─』


 天使は同時に声を漏らした。

 破壊された形状のまま、彼らは立ち尽くすと、ゆっくり天を仰ぎ……。

 光の粒になって消えていった。


 同時に、ストリボーグとその眷属が戦っていた巨大移民船が、その表面から全ての光を消した。

 巨体が自由落下を開始する。

 バリアは輝きを失い、氷の精霊王の攻撃を受けられず、砕け散っていく。


 戦場に響き渡るのは、全ての船が落下する轟音。

 そしてそれが、終戦を告げる音となった。





 船の中から、覚醒者と呼ばれる、眠らずに船を管理していた人間が引きずり出されてくる。

 無事だったのは一人だけ。

 巨大な船に乗っていた男だ。


「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な。なんということだ……」


 この星の大気組成が、彼の馴染んでいた空気のものとは違うようで、息苦しそうに喉を鳴らす。

 だが、彼はそんな事など構った様子も無く、うわ言のように呟いていた。

 どうやら、彼の言葉は俺とクラウドにしか理解できないようだ。


「母星時間で二千年……。二千年だぞ……!? それだけの時間を、我らは新たな星を求めて旅してきたのだ。そして星系を滅ぼした技術を研鑽し、洗練し、この星を我らの母星テラとすべく……」


「こっちには先住民がいるんだ。おたくらの入り込む隙間はないんだよ。今でさえ、きつきつのギリギリなんだ」


 俺の声を聞いて、彼はハッとして顔を上げた。


「言葉が通じるだと!? さてはお前、ゴドー星系の監察官か! 奴らの船は、全て脱落したはずだと思っていたのに……!」


「ま、ご自由に俺の正体を想像するといい。お前たち、この星に殖民するつもりだったんだろうが、それで

現地の人間をどうするつもりだった?」


「現地の生物は……利用可能な資源かどうかを見極め、研究して品種改良を行い、敵性種は排除して……」


「なるほど、お前たちは移民者じゃないんだ。侵略者なんだな。ならば、悪い侵略者は退治されて当然だろ?」


 移民船は次々に、移民が眠る冷凍ポッドごと解体されていく。

 縮退炉は取り出され、全てがリュカの手によって宇宙へ放逐される。


「ああ、やめろ……やめろ! そこには、あの戦いを生き延びた民たちが……!」


「価値観が違いすぎるからな。人間、分かり合えるものじゃないぞ。今後、余計な争いの種になりそうなので、なかったことにさせてもらう」


「あ……悪魔め」


「いかにも。俺は灰王。分かりやすく言うなら、魔王だ」


 俺はそう告げた後、最後に残った覚醒者である、男の首を飛ばした。


「終わったの?」


「うむ。何もかも終わった」


 リュカにそう告げながら、俺は懐から腕輪を取り出す。

 移民船の連中と、同じ故郷を持つ第三総督、アウシュニヤの僧侶に確認を取るためだ。


 今回の戦いは、世界全土で発生した。

 正に、この星の総力戦。

 俺が確認しているだけでも、多大な犠牲者が出ている。


 数万人という規模では収まらないだろう。

 この世界の人口が、二割は減ったはずだ。

 だからこそ、あの移民船の連中を見逃すわけにはいかなかった。


 連中を生かしておけば、必ず今後の火種になる。

 そうなれば、俺はまた駆り出されることになるかも知れないのだ。


 もう、こんな生き急ぐような日々はごめんだ。

 ゆったりと腰を落ち着けて、何もしないで余生を過ごしたいのである。


「どうだ、僧侶?」


『お見事です! 最大の反応であったグラナート帝国のものが消滅しましたね。そして不思議なことに、南方大陸に降り立った一隻も、反応を途絶しています』


「は? そんなところに降りてたのか? そこは蓬莱帝の船に焼き払われて、何もないだろうに」


『だからこそ、そこを拠点に選んだのかもしれませんね。現に、テラフォーミングは進行していたようです。ですが、それは内部から再び破壊されています。それと……ユーマ殿が打ち上げた縮退炉が、半数ほど行方不明になっていまして』


「ええ……。また面倒なことが起こりそうな……」


『まあまあ。ですが、恐らくはこれが片付けばひと段落ですよ。少なくとも、ユーマ殿の寿命が尽きるまで、この世界は平和であり続けることでしょう。何しろ、今後百年は戦争もできぬほどに、世界中で人が死にましたからね』


「おう、そりゃあ結構なことだ。思惑とは別だが、結果的に平和になったわけだな」


『ぶれませんねえ』


「俺は聖人じゃないぜ。結局、俺とうちの仲間たちが幸せなら、それでいいんだ。そもそも、リュカが安心して暮らせるようにするために、何もかもやってきたんだからな」


『なるほど。で、あれば、あなたの目標はようやく果たされたと言えそうだ』


「ああ。長かった……」


 俺はやれやれ、と地べたに腰を下ろした。

 リュカが、不思議そうな顔をしながら、俺の横にぺたんと座る。


「どうしたの?」


「いやな。やっと、リュカと出会った時に、俺がやろうと思ったことを果たせたってことだ」


 俺は笑った。

 どっと疲れが押し寄せてくる。


 多分、この後、最後の一戦がある。

 それで終わりだ。

 俺が生きている間、天下は泰平となる。


 女たちが集まってきた。

 サマラが、アンブロシアが。

 ヴァレーリアは、魔導騎士の生き残りを引き連れて。

 ローザは辺境騎士団、土の眷属たちと共に。

 アリエルと、エルフたち。

 竜胆と、ネフリティスの水夫たち。

 亜由美は安定のぼっちで、ぽてぽてやってくる。

 最後に連れ立って、早苗とデヴォラ。


 世界における最大の戦いが終わった日。

 空は嘘のように晴れ渡り、雲ひとつ見えなかった。

 俺は仲間たちに囲まれながら、北の大地に、ごろりと寝転んだのである。

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