第249話 熟練度カンストの疾風者

 身無上の人々の守りを亜由美ちゃんに任せ、俺は疾風のごとく空を駆ける。

 最高速度ではリュカに劣るが、ゲイルの強さは、俺を乗せて飛べる運搬能力だ。


 一瞬で、空中を吹き飛ばされる宇宙船まで追い着いた。

 真横に、リュカがいる。


「私一人で良かったのに」


「リュカ一人に任せきれないんだよ、こいつは。アンブロシアまでならいいが、リュカやサマラのレベルの攻撃力で叩くと、大惨事になる可能性がある。ってことで、ここからは俺だ。“ビッグ・ソニック”」


 大剣状態のバルゴーンを抜き打ちで放つ。

 何度か斬って、移民船の構造は理解していた。

 バリアを紙でも切るかのように裂くと、その下にある金属装甲を、刃が断ち割っていく。


 音はしなかった。

 船は半ばが、ぱくりと口をあけたような形になった。

 そのまま、吹き飛ばされる勢いと自重で、傷口をどんどんと開いていく。


「ここに縮退炉があってな」


「しゅくたいろ? なあに、それ」


「すっごく危ないものだ。リュカがさっきの勢いでパンチするだろ。そうすると蓬莱が丸ごと消えてなくなるくらいの爆発を起こす」


「ひゃあー」


 事の重大性を理解したリュカ、ちょっと青くなる。

 蓬莱という土地そのものには愛着はなくても、彼女が同胞意識を抱いた、竜胆ちゃんの故郷なのだ。


 リュカは、親しくした人が不幸になることを嫌う。

 ということで、彼女は飛行速度を落とし、俺の後ろにちょこんと腰掛けた。


「なので、俺が今からこいつをほじくり出す。それを風で思いっきり打ち上げてくれ。できれば宇宙までな」


「分かった!」


「よし! ならばこうだ!!」


 有言即実行。

 俺は完全に位置を把握した縮退炉を、一閃で周囲の機関から切り離し、空中へと放り出した。


 次はリュカが即座に反応する。

 強烈な、局所的上昇気流が生まれると、それは複数のガルーダの形をとり、高速で空に舞い上がっていく。


「上には空気がないと思うが、風で持っていける?」


「大丈夫。今加速してるから、その勢いで放り出しちゃう!」


 なるほど。

 加速して、カタパルトよろしく大気圏外へ撃ち出すというわけだ。

 やがて、縮退炉は全く見えなくなってしまった。


 今頃、星の衛星軌道に乗っているのだろう。

 あれの処理は、後の時代の人々に任せることにする。


「よし! これで終了! 次はネイチャーに行くけど……」


「竜胆と亜由美にここは任せていいと思う。アリエルがたまに様子を見にきてもらって」


「そうだな、それで行こう」


 俺は、今後の指示を、リュカが使う風の魔法に乗せて、竜胆ちゃんと亜由美ちゃんに伝える。

 わかったのじゃ! という元気な返事と、ういういーというやる気なさげな返事が聞こえてきた。


 まあ、あんな受け答えでもやる時はやる子だ。

 信じるとしよう。


「じゃあ一気に移動するぞ!」


 俺の左目が熱を放つ。

 本日何回目の跳躍だろうか。

 このワープ能力、限界はないのか?


 使用制限があって、体に負荷が掛かるんだったら洒落にならんぞ。

 後でエインガナに問いただしてやろう。




 じんわり湿っていた空気が、熱く乾いたものに変わる。

 このにおいは憶えている。

 新大陸、ネイチャーに吹く風のにおいだ。


「つい最近来たばかりのはずなのに、なんだか懐かしい気がする……! でも、風の中に変な臭いが混じってる……!」


「おう。どうやら俺たちの到着をお待ちかねのようだぞ」


 既にバルゴーンは抜き身だ。

 俺たちがネイチャー側へ出現した瞬間、そこを目掛けて極太のビームが放たれた。

 どうやったのか、俺たちの出現を知り、あらかじめ待ち受けていたようだ。


 すぐ眼前に、移民船。

 こいつら、さては連絡を取り合っているな?

 今まで俺が叩き潰してきた船から、俺に関するデータが集まっているのだろう。


「ユーマ、壁を……!」


「いや、問題ない」


 俺が反応した時点で、向こうの奇襲は失敗している。

 剣を一閃すると、斬撃がビームを両断しながら突き進んでいく。

 俺たちは、安全になった場所を飛んでいくだけだ。


「リュカ、下の連中は無事か?」


「うん、戦っているみたい。だけど、数はすごく減ってる!」


「ウルガルとミラがいるはずだぞ。それでこの程度の相手に打ち負けるとは考えづらい。何か隠しだまがいるな」


「じゃあ……ユーマの出番だね」


「ああ。空は任せた」


「任せて!」


 リュカが力瘤を作って見せた。

 俺は親指を立て、自力での飛行を開始する彼女を見送る。

 下降するゲイル。


 赤茶けたネイチャーの大地には、力尽き倒れ伏した戦士たち。

 どれも、ウルガルと同じ、雷の精霊王ワカンタンカに仕える者たちだろう。


 決して弱くはない。

 だが、彼らを死に至らしめたであろう傷は不可解なものだった。


「真っ向から、抵抗もできずに斬られてるな。しかもこいつは、高い熱量を宿した刃物だ。例えば、ビーム的な」


 俺はゲイルから、地面へ降り立つ。

 ざっと周囲を確認した。

 真っ向からやられている者もあれば、四方八方から攻撃されてばらばらにされた者もいる。


 死に方は様々だが、共通点は二つ。

 ビーム的な刃で殺されており、その際に、抵抗した様子がないことだ。

 切れ味が綺麗に入りすぎている。


 不意に、風が吹きすさぶ。

 すると、西部劇で観たことがあるような、枯れ草のボールがころころと転がっていく。

 それが一瞬、回転が遅くなったように見えた。


 間違いあるまい。

 俺が一度やりあったタイプの奴だ。

 しかも複数。


 俺は認識と同時に、バルゴーンを振った。

 大きく一歩踏み込みながら、縦に一閃。

 すると、何も無かったはずの場所に、両断された男の姿が出現した。


 まるで空気から滲み出すように、その男の全身があらわになる。そして左右に倒れた。

 手に握っているのは、ビームの刃を発する筒。


「時間を止めるタイプだろう? そのタイミングはもう知っている」


 時間の干渉を受けないバリアで自らを包み込み、いわゆる時を止めて戦うタイプの連中だ。

 問題は、バリアを張ると光も空気も停止し、何も見ることができなくなる。

 そのため、行動を起こす前に目標とする座標を設定し、その位置に向って一直線に進むことしかできない。


 そんな能力だ。

 種を知らなければ、強力無比であろうが……。


「あらかじめ、俺を座標にしていしないといけないものな」


 一瞬気配を感じた方向に、バルゴーンを抜き打ちに放つ。

 するとまた、そこにあった何もない空間が裂けた。

 胴体を二つに割られた男が、信じられないものを見るような眼で、俺を睨む。


 俺は彼を無視し、そのまま振り向きざまに一撃を抜き放つ。

 また一人、時間停止バリアごと両断され、地べたに崩れ落ちる。


「芸が無いな? 種を知られれば終わりか」


 挑発する言葉を投げかけると、周囲から怒りの気配がした。

 こいつらは、バリアを張る前にも、光学迷彩的な装備で姿を消しているようだ。

 だが、時間停止時と違い、確かにそこに存在しているのならば、どう動いたかを捉えることは容易い。


 地面を蹴る音がした。

 重ねて三つ。

 三人か。 


 どうやら、これで最後のようだ。

 俺もまた、彼らに合わせて跳躍した。


「“ビッグ・ソニック”」


 大剣へと変じたバルゴーンを、横に振りかぶり、俺は空中で三回転。

 一回転で、襲い掛かる三人のバリアが剥ぎ取られ、二回転でビーム刃ごと、奴らを叩き斬る。

 そして三回転目の剣風が、敵全てを跳ね飛ばした。


「ユーマ!!」


 野太い声がした。

 全身に傷を受けた大男が、こちらに駆け寄ってくる。


「おお、ウルガル。よく生きてたな」


「ウルガル、おかしいと思った。だから、体にワカンタンカの雷を纏ってミラを守った。雷、敵の光る剣を防ぐ」


「初撃で殺されなかったのは運が良かったな。確かに、ワカンタンカの力で守られたら、時間を止めようがあいつらには手出しできんだろう」


 ウルガルの後ろには、森の精霊王ビラコチャの新米巫女、ミラの姿がある。

 ここで俺は、おや、と思った。


「ウルガル。サマラとアンブロシアという、うちの仲間をこっちに派遣していたんだが」


「パチャカマックに行ってもらった。パチャカマック、太陽の戦士しかいない。危険」


「そうかそうか。あの二人が行ったなら安心だろう。あとは縮退炉を爆発させないようにだな……」


 俺が次なる動きを考えて出すと、頭上でも動きがあった。

 リュカが移民船を殴り飛ばしたのである。


「ゲイル!」


 俺も飛竜を呼び、飛び乗る。

 行うのは、蓬莱と同じ、共同戦線だ。


 今度は上空へ一直線に駆け上がる俺。

 下から上へ、移民船を両断する。

 零れ落ちる縮退炉が、再び宇宙に向けて、猛烈な上昇気流に追い立てられていく。


「じゃあ、次行くから!」


「お、おう。ユーマは忙しい……!」


「また遊びに来て」


 リュカと合流した俺に、ウルガルとミラが手を振る。

 多くの犠牲者が出たが、それでも多くの命が助かっている。

 ウルガルたちが頑張ってくれたお陰であろう。


 そして、ネイチャーからパチャカマックへ飛び、最後にグラナート帝国。

 これで終わりだな!

 俺が知る限りの、旅をしたことがある世界全てを巡ったことになる。


 ああ、そうだ。

 蓬莱にまだ残っているであろう、移民船も片付けないとな。

 ああ忙しい……。


 俺は完全にテンパッていた。

 だから、失念していたのだ。


 あの時、第一総督こと蓬莱帝の宇宙船を倒そうとしたとき、翡翠の皇帝は何と言っていただろうか。

 焦土に変えられた、遥か南方の大陸があると。


 俺にとって、未知の大陸。

 侵略はゆっくりと、俺が気付かぬところで進行していたのだ。

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