第248話 熟練度カンストの誘惑者

「おやまあ」


 おやまあ、ではない。

 身無上は半壊状態で、既にそこには宇宙船が鎮座ましましている。

 植民が始まろうとしているのだろう。


 もともと住んでいた住民たちは、こぞって避難をしていた。

 最初から戦いを放棄したおかげで、犠牲者はないそうだ。


 その点において、この地の支配者である銀楼太夫は有能だと言える。

 で……その銀楼太夫が、俺にしなだれかかっているわけであるが。


 今の彼女は、髪をおろし、ほぼすっぴん。

 だが、まあこれが異常な色気を放つ女性なのだ。


 事実、彼女の能力は性的興奮を自在に操っての他者籠絡。

 俺以外ではまともに立ち会うこともできない相手だ。


「本当にありがたい時に来てくれなさいましたわ。此方、お前様を首を長くして待っておりましたんえ?」


「な、なななな、なんですかこの人!? 馴れ馴れしい!」


「う、うむ。こいつはちょっと、のう……。妾も意識を奪われたことがあって、苦手なのじゃ……」


「だが、得意の魅了も宇宙から来た連中には通用しなかったわけだな」


「ええ、まっことその通りで。此方ではあんな怪物、どうしようもござんせん……」


 人間でしか無い銀楼太夫には、確かに厳しかろう。

 だが、この土地の荒御魂がいるのではないか?


「荒御魂は?」


「身無上様も、直接戦うのは苦手でやんして……毒なので」


「あー……イモガイの荒御魂だもんなあ。そりゃあきついよなあ……」


 ちなみに、宿場に逗留していた武人たちなどは、身の程知らずに移民船へ挑み、みんな殺されるか捕獲されるかしてしまったという。


「おうおう、なんか溢れ出してくるなあ。あれは人間? いや、ロボットだな。移民連中は……あのカプセルみたいなのから解凍されてる最中か」


 俺一人で突進する事は可能だが……それではこちらに手出しをされた場合、若干犠牲が出るかも……など考えているとである。


「ユーマさん、私、近くにパスを繋いで暇な人を連れてきます。亜由美さん、確か暇だったと思いますから」


「おー! そうだった! 確か親子水いらず中だったよな。頼む! 亜由美ちゃんと、あとついでに仕事が終わってたらリュカ連れてきてくれ!」


「はい、分かりました!」


 ということで、増援待ち。

 せっかくだからここで、うちの女性陣を戦力的に、どこに配分するかを考えることにする。


 俺の仲間で、一番強力なのは間違いなくリュカ。

 次いでサマラ、そしてアンブロシアだろう。

 ヴァレーリアは汎用性が高くて強いが、今はグラナート帝国の支援にかかりきりだ。俺たちも早くそこに行って彼女を支援したいが、その前にネイチャーやパチャカマックを助けに行かねばならない。


 とすれば、ここをリュカと亜由美ちゃんで速攻で片付け、次にネイチャー、パチャカマック。

 先にネイチャーに、サマラとアンブロシアを送り込むべきだろう。


「ふうん。お前様のいい人が増えるんでありんすか? 楽しみでやんすねえ」


「良いか銀楼太夫。これからくる、虹色の髪をしたリュカという娘にだけは手を出してはならんぞ!」


「おや? それは、こちらの旦那のいい人だからですの?」


「それもある。じゃが、リュカだけはいかん! ユーマの次に手を出してはいけない相手じゃ!」


「へ、へえ」


 銀楼太夫がちょっと引いている。

 竜胆ちゃん、相手の身を心配しての言葉だな。


 リュカは確かに、割りと俺と一緒にいる時は良心的なのでいいのだが、見知った仲間以外には大して情を向けないところがあるからな。

 広範囲の殲滅能力にかけては、俺が知る限りではダントツのトップクラスだ。


 単独で宇宙船を叩き壊せる女子が、一体どれだけいるというのか。

 銀楼太夫程度の相手であれば、リュカに魅了をかけようとした瞬間、彼女の反射行動でバラバラにされてしまうことだろう。 


 どうも、俺と共に行動しだしてから、リュカは己の力の使い方をどんどんマスターしていっている気がする。

 そして、完全に風の精霊王ゼフィロスを取り込んで、サマラ、アンブロシアもそうなのだが、彼女たち三人の巫女は半神とも言える存在に変わってきているのである。


 まあ、俺のほうが強いので問題ない。

 俺の存在自体が彼女たちにとっての倫理観の、大きなストッパーになっているようだしな。

 俺がいなければ、彼女たちは世界を滅ぼすだろう。


 ふにゃふにゃと、そんな益体もないことを考えていると、銀楼太夫がお茶を淹れ始めた。

 それを行いながら、彼女は、陳情にやってくる民の相手をしている。


「なんぞ、おかしなやつばらが出てきたのう……! なんじゃ、あいつら!」


 敵の動きを監視していた竜胆ちゃんが、口をへの字にした。

 ほう、ガッシャンガッシャンと人型のロボットみたいなものが出てきているじゃないか。


 あ、いや、あれは動きが少々生々しい。

 なんというか、サイボーグ的な。


「あれは俺が見るに、捕まった武人どもが改造されたやつだな。現地資材を使ってエコに立ち回ってやがる」


「なんじゃと!? 人を作り変えたというのか!!」


 あちこちに装甲を埋め込まれ、歪な形になってはいるが、よく見ると頭部の半分は人間のものだ。

 彼らの脳細胞も利用して、安価な使い捨てサイボーグとして利用しているのかもしれないな。


「なんとまあ……外道なことをなさる」


 流石の銀楼太夫も、これには眉根を寄せる。


「宇宙から来た連中だからな。初めから俺たちを、同格の人間だとは見ていないだろうよ。だからこちらも、連中を人として見る必要はない。ほれ、そろそろ来たようだぞ」


 いきなり、強烈な風が吹いた。

 金色のキラキラする風呂敷と、その上に乗った三人の娘がこちらにやってくる。


「ユーマさん、連れてきました!」


「ユーマー!」


「やった! これでうちの親から逃げられるっす!!」


 三者三様。

 アリエル、リュカ、亜由美ちゃん。

 まずは、亜由美ちゃんとリュカと俺で、早急にここを解放する。


「アリエル、連続で済まんが、今度はサマラとアンブロシアをネイチャーの大地に送り届けてくれ」


「はい、分かりました! ユーマさんならそう言うと思って、二箇所とも覗いてきたんですけど、大方片付いてましたから」


「仕事ができるなあ君は……」


 しみじみとアリエルの有能さに舌を巻くのである。

 ちなみに、もう二人の頭脳系女子、ローザと深山早苗さんは、エルフの森に置いてきている。

 彼女たちの仕事は、戦いが終わった後の復興にこそあるだろう。


「ユーマ、どうするの? 何すればいい?」


「そうだなあ」


 俺の横までトコトコとやってきたリュカ。

 対して、銀楼太夫はリュカを見るなり、スーッと顔色が青くなっていく。

 そそくさと竜胆の隣まで移動して、こそこそ話だ。


「な、なんでありんすか、あのお嬢さん……! 気配がまるで荒御魂のものと変わらないなんて……人間じゃないとしか思えやせん……!」


「うむ、リュカのやることをみておるのじゃ。腰を抜かすから」


 竜胆ちゃんの説明が的確だな。


「銀楼太夫、更地にしていい?」


「ええ、どうせここまで壊されてしまっておりんすから、構やしませんけど……」


「よし、リュカ、粉々で」


「うん、分かりやすい方だね! よーし。シルフさん、ガルーダ、お願い」


 リュカが空に向けて手を伸ばす。

 すると、リュカの体が空に浮かび上がった。


 彼女の周囲に、異様な圧力の風が巻き起こり始める。

 空が一面にかき曇り、周囲の人々が耳を抑えてうずくまる。

 気圧が下がってるな。


「亜由美ちゃん、バリア」


「ええーっ!? いきなりそれっすかあ!?」


「リュカが手加減抜きで行くから、死人が出るぞお」


「ひい!! バリアーっす!!」


 亜由美がぶら下げていた金の風呂敷が、大きく広がった。

 それが、俺たちの上に広がり、リュカが起こす風をシャットアウトする。


「よし、リュカが行ったら突撃するからな。ゲイル、準備」


 飛竜はぐおんぐおんと頷いた。

 この間に、アリエルは風呂敷の下を森に向かって這い進んでいく。

 作戦行動はリアルタイムで行かねばならないのだ。


 次の瞬間、爆発音がした。

 極限までリュカが圧縮した風が、彼女を前方へと弾き飛ばしたのだろう。

 空気がうねり、空に集まった雲が吹き飛ばされる。


 いつもはゼフィロスを召喚する際に生まれるスーパーセルを、全てリュカの体にエネルギー化して集めているというわけだ。

 おっ、身無上の一角が消し飛んだ。


 サイボーグどもが、数十人単位で粉々になったようだ。

 即座に反応した移民船、リュカへの攻撃を開始する。


 まあ、大気中で減衰するビーム砲程度では、リュカを包む空気の層を抜くことができないわけだが。

 風の巫女は、まるでそよ風のようにビームの雨をいなすと、宿場町の中心に鎮座した宇宙船を、思いっきり殴りつけた。


 多分、あの一発に、大型台風を凝縮したエネルギーが詰め込まれている。

 結果、まるで紙風船のように宇宙船はひしゃげ、吹き飛ばされた。


「よーし、あのままだと縮退炉までぶっ壊すからな。後片付けに行くぞ、ゲイル!」


 ぐおーん、と飛竜は頷いた。

 もう、俺と組んで三回宇宙船と戦っているので、よく分かっているのである。


 ある意味、ゲイルも俺の相棒なのかもしれんなあ。

 しみじみ思いながら、俺も出撃することにする。

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