第245話 熟練度カンストの寄り道者

「ちょっとお茶が入るまでの間に、エインガナの島を救ってくる」


 いい加減、のんびりはしていられんと、俺は立ち上がったのである。

 アウシュニヤ王国の兵士や民衆に、剣を軽く教えた後のことだ。

 王妃たるアムリタは、まだガキンチョなので、俺の物言いにぷーっと膨れた。


「茶よりも世界を救わねばならんだろう。茶の時間には戻ってくるし、それが終わったら大反抗をやろうってんだろ? それまでには戻る」


「ええ。ユーマはそう言う人だ。気をつけて」


 スラッジは、俺という人間をよく分かっている。

 快く見送ってくれた。

 さて、ゲイルにまたがって……。


「さあ、行きますわよ!」


「おい」


「なんですの?」


 平気な顔をして俺の後ろに腰掛けているデヴォラ。

 彼女は、腰回りに特製のホルスターを装備しており、ここに幾つものエルド教の武器を装備できるようになっている。

 さっきまで空だったホルスターに、武器と弾薬が満載されているではないか。


「僧侶の方が、最初に量産した武器をくれたのですわ。これで戦えますわよ」


「いやあ……。だってお前、ネフリティスを守るために戦ってた口だろ?」


「そうですわよ? ですけれど、他の国が侵略されるままにしておけば、いつかは敵はわたくしの国にもやって来ますわ。ならばこちらから出向いて退治してやる必要がございますわよね?」


「そうだが」


 まずい。

 こいつには絶対口で勝てない気がする。

 結局俺は押し切られ、ゲイルに乗って空間を渡る。


 このワープは、ヴァレーリアは酔ってしまって大変苦手だったように思うが、デヴォラは全く問題なし、という顔をしていた。

 彼女曰く、船で揺れには慣れているので、多少世界が歪んだところで問題ないとか。

 三半規管が鍛えられているのだろう。


 かくして、俺たちはエインガナの大地へ跳んだ。



 到着。


「いる」


「いますわね。ちょっとゲイルさん、固定していてくださいます?」


 ぐお? とゲイルが疑問を感じる声を上げるが、既にデヴォラは行動に移っている。

 腰に装備したレールガンと、その他、追加の銃身、スコープ、銃床、さらに外付けのやや大振りな、内部から光を発している謎の機関を組み合わせる。


「スナイパーライフルか」


「仰る言葉は存じ上げませんが、そのようなものですわね。標的が大きくて狙わなくても当たるから、楽ですわ!」


 俺の肩越しに、デヴォラは狙撃を行った。

 エインガナの大地上空に浮かぶ、移民船の一角に小さな爆発が起こる。


 これで、敵の挙動にも変化が生じたようだ。

 要は、俺たちの出現に気づいたということだ。


 大地を闊歩していた金属製の巨人たちが、俺たちを振り仰ぐ。

 奴らは背中から翼のようなものを展開すると、飛び上がり始めた。


 船からの命令が出たな。

 地上に人の姿はないな……と思ったが、よくよく見ると金属の巨人の腹が半透明になっており、そこに人が閉じ込められている。


「デヴォラ、これはあの船を落として終わりというわけにはいかんな」


「そうですわね。異教徒がどうなっても、ネフリティスには影響はないのですけれど……。わたくし、今はひどくこの望まれぬ来訪者に腹が立ってますの。徹底的に救助しますわ!!」


「同感だ」


 奴らが高く舞い上がる前に、俺はゲイルを地上へ向かわせる。

 ごく低空飛行になった時点で、俺は飛竜から飛び降りた。

 着地した足で、飛来してくる巨人たちに向かって走り出す。


 背後からは、デヴォラの援護射撃。

 的確に巨人の翼を打ち抜き、地上に落下させる。


「それじゃあ、まとめて行っとくか」


 手近に落下した一体を、腹部装甲を削ぎつつ、途中で軌道を変えて上半身を切り飛ばす。

 ここから短距離ワープで別の場所に出現し、着地しつつある巨人たちを後ろから攻撃する。


 片っ端から魚の背開き状態にしていき、振り返った相手はまず腕を切断。

 その後、脇腹に大きな穴を空けて、閉じ込められた人間の脱出を促す。


「カーマル!!」


 助けられた人々が、俺を見て、外から来た人を指す言葉を叫び、諸手を挙げて喜ぶ。


「うんうん。どんどん助けていくから、まずは逃げてなー」


 彼等の背中を押しながら、後ろから来る巨人目掛けてバルゴーンを投擲する。

 回転しながら飛来した剣が、巨人の首を跳ね飛ばし、俺の手に戻ってくる。

 そうしている間にも、デヴォラが片っ端から巨人を地上へと叩き落としてくる。


「相方の頭がいいと楽だな。俺の動きを読んで、移動する場所に敵を落としてくれる」


 ただ歩きながら、巨人たちをなます切りにするだけでいい。

 次々に解放されていく人々。


「カーマル……いや、異なる大地のジュエンよ」


 そんな俺の横に、突如半裸の男が出現した。

 ジュエン……エインガナの戦士を意味する名の男だ。

 全身傷だらけだが、その目に宿る戦意は衰えていない。


「ジュエン、一人でよくやってたな」


「それがジュエンの役割だ。だが、異なるジュエン、ユーマ。感謝を」


 男は俺に笑みを向けながら、巨人たち目掛けて手をかざす。

 ぐっと握りしめると、指し示された巨人の肉体の一部が喪失した。


 相手の部位を別の空間へと切り飛ばしたのだろう。

 おうおう、強いじゃないか。

 俺も負けてはいられない。


「救出も、見たところあと少しか。さっさと助けきって、空のでかいのを落とすぞ!」


「ユーマが来たならばできる。ジュエンが手を貸す」


「頼りにしてるぜ」


 俺は突っ走りながら、手近な巨人を片っ端からなで斬りにする。

 中に閉じ込められた人間を傷つけるわけにはいかん。ってことで、浅く、腹部の装甲を主に狙いながら切り離していくことにする。


『アアアアアアアッ!! やめろ! やめろォォォォ!!』


 絶叫が響く。

 見上げずとも分かる。

 移民船だろう。


『ようやく捉えた原住民共を! サンプルを!! 何をしているのか分かっているのか! 原始人がこの俺のやることを邪魔するなァァァァッ!!』


「随分と傲慢な奴が乗っているな」


 俺は思わず笑ってしまった。

 そして、最後の一人を救出する。


「行くぞ、ユーマ」


「おう、飛ばしてくれるんだな?」


 ジュエンは何も答えない。

 その仕草を持って返答とするばかりである。

 俺の肩に手を当て、もう片方の手を空に向ける。


 次の瞬間だ。

 俺は空中にいた。

 目の前に、青く巨大な移民船。


 こいつらは内部に縮退炉的な凄い動力機関を内蔵しているから、ただ単純に破壊すればいいというものではない。

 俺やワイルドファイア以外の攻撃では、縮退炉まで破壊できる火力はこの世界に存在しない。


 だが、ここにいるのは俺。

 ならば、まずは一撃で縮退炉まで切り開く。


「“ディメンジョン・ビッグソニック”!」


 バルゴーンを限界まで巨大化させながら、全身で超高速のスイング。

 次元を超えて切っ先が、移民船全ての側面に充てがわれる。

 そして、切断。


 青く巨大な球体が輪切りになった。

 やはり、こいつは第一総督の船と同じような作りをしている。

 動力部分は全て下方に集まり、上方は移民たちの眠るカプセルや居住区画だろう。


『ば、馬鹿な……!!』


 切断され、海に向かって落下していく移民船上部。

 そこから、あの傲慢な声が聞こえた。

 構う必要など無い。


「ゲイルーッ!」


 俺の叫びに答えて、飛竜が高速でやってくる。

 しがみつくデヴォラの目の前に着地し、俺はそのまま、輪切りになった船へと接近。

 縮退炉は見たことが無いが、船にとっての最も重要な機関だ。


 見なくても、見れば分かる。

 案の定、厳重に守られた空間を発見。


 そこを一撃で切り飛ばす。

 ちょうど、縮退炉が空中に切り離された形だ。


「ジュエン! こいつを星の外に飛ばせ! できるだけ遠くへ! 世界の外でもいい!」


 遥か下方で、俺の言葉に応じて手をかざす男の姿。

 切り離された縮退炉の姿が消えようとする。

 消える寸前、俺はそいつを真っ二つに切断した。


 そして、消滅。

 どこに飛ばされたかは分からないが、爆発を起こすはずのそいつはいつまで経っても、その爆発音を伝えては来なかった。


「おお、何も考えずにぶった切ったが、結果オーライだな」


「何も考えずって……ユーマさん、そういうのはどうかと思いますわよ……? あれ、明らかにとても危険なものだったのじゃありません?」


「危険も危険。この亜大陸が全て吹き飛ぶな」


「そんなものをっ……!?」


「悪かったよ。次はもうちょっと考える。おーい、ジュエン!!」


 俺は下方に佇む、エインガナの戦士に手を振った。

 戦士の周囲には、助け出された人々が集まってきている。


 皆、笑顔で俺を仰ぎ、手を振り返す。

 唯一、手を振らないジュエンだったが、その顔には笑みが浮かんでいた。


「俺たちは行く! じゃあな!!」


「エインガナのジュエンは、受けた喜びを忘れない。いつか、ユーマのもとに喜びを与えに行こう」


「おう、期待して待ってるぜ」


 かくして、俺たちはアウシュニヤへと帰還するのだ。





 エインガナの大地は南半球であり、アウシュニヤは北半球。

 ということで、戻ってくると思いの外時間が経過しており、空が暗い。

 

「おかえりユーマ殿。終わりましたよ、量産が」


「おう。ノンストップで反撃開始だな」


「お疲れとは思いますが、もうひと頑張り頼みますよユーマ殿。比喩ではなく、世界の命運があなたに掛かっていますからね」


「おう。ま、ここで折り返しだな」


「本当にタフですわねえ、あなた……」


 デヴォラが呆れたように呟くのだった。

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