第243話 熟練度カンストの余分者

「う……うーん、暑いですわ……!!」


 俺の後ろで、デヴォラがガバッと跳ね起きた。


 いっけね。

 こいつ連れてきちゃった。

 下ろすタイミング無かったもんな。


「は!? なんですのここ!? 砂漠!? 海はどこですのー!!」


「言わずと知れたアウシュニヤ王国だぞ」


 動揺するデヴォラだが、空を飛んでいる状況でパニックに陥られては堪らない。

 俺は分かりやすく説明する。


「とある事情があって、俺は今まで行ったことがある場所へ跳躍できるんだ。で、あんたの働きによってネフリティスの戦いは決着しそうになってる。だから俺はまた、別の戦場へ飛んできたわけだ」


「ふむむ……。戻せ、と言っても聞かないのでしょう?」


「そりゃそうだ。時間が惜しい」


「仕方ありませんわね、従いますわ。あなたは目下、例の火竜を除けばこの世界で最強の存在。力づくではどうにもなりませんものね」


 デヴォラ、大変物分りがいい。

 アウシュニヤは彼女が所属するエルド教とはまた違う、ウーディル教と言う多神教がメインである。

 それでも抵抗感を見せない辺り、理性で自分をコントロールしているのだな。


「見えてきた。やってるやってる」


 アウシュニヤ王都に到着である。

 スラッジと共に駆け抜けた、ちょっと懐かしい街並み。

 それが、こう、火の海だ。


「こりゃいかん」


『ああ、やっと繋がった! ユーマ殿! ユーマ殿ですな!! こちらは大変なピンチです! 王都を捨てて密林に逃げていますよ!』


「あっ、そこまでやられてたのか!」


 俺の懐に入ったリングから、僧侶の声が聞こえてくる。

 こいつが、アウシュニヤとウーディル教を束ねる、ヤオロ星系の第三総督。通称僧侶だ。


 空には移民船が浮かぶが、こいつらはヤオロ星系の船らしい。

 すると、僧侶は奴らにとっては裏切り者以外の何者でもない。

 徹底的に追い詰める算段なのだろう。


「ゲイル、王都へ突入だ!」


 ぐおん、と飛竜が答えた。

 俺たちは空中から、猛烈な速度で飛び込んでいく。

 当然のごとく現れる、迎撃用の敵である。


 今回は、一見すると浮遊するバスケットボール大の球。

 一番おもしろくない外見だな。


 案の定、表面から細いビームを放ってくるので、俺は適当に反射してそいつらにぶち当てる。

 だが、表面をつるりとビームが滑り、何らダメージを与えていないではないか。


「こりゃいかん。めちゃくちゃ面倒なやつだ」


 俺は顔をしかめた。

 反射して倒せないとなると、直接剣をぶつけるしかない。


 それに恐らく、あのビームは大した威力ではない。

 せいぜい、王都の木造家屋を燃やす程度ではないか。

 ならば奴らが繰り出したバスケットボールに、ビームが通用しなくても仕方ない。


「効いてませんわね……。どうしますの?」


「一旦僧侶と合流だな。思いの外、こっちの方は戦力が少ないみたいだ。いや、悪いのはあいつの船を落とした俺なんだが」


 剣を構え、ビームを反射し、近づくボールを切り飛ばしながらその空間を突っ切っていく。


「おい僧侶! スラッジは無事か? 今からそっちに合流する! こちらにはエルド教の導き手がくっついてるぞ」


『ありがたい! エルド教ということは武器を持っていますね!? それで形勢を逆転できます!』


 お礼も言わず、デヴォラの存在をありがたがるとは何事であろう。

 当のデヴォラも、訝しげな顔をしている。

 

「わたくし……歓迎されてますの?」


「みたいだな。武器が欲しいらしいぞ」


「ですけど、もう残りはレールガンが二丁と、手投げ弾が一つですわよ?」


 僧侶が何を考えているのかはよく分からない。

 ひとまず、奴の元へ一直線に……と!

 そう思った矢先だ。


 移民船が俺たちに向けて、何かを投射する。

 ビームに見えるが、広範囲を包み込む色の薄いビームだ。

 その中に、何かが実体化していく。


 これは……僧侶が呼び出したインドラに似ているな。

 恐らくは、船のエネルギーを実体化させた、ガーディアン的な何かだ。


「ちょっと……なんですの、あれ……! ラグナの分体どころじゃないですわよ。あんなの……まるで神の分体じゃありませんか……!!」


 デヴォラがぎゅっとしがみついてきた。

 あっ、背中が気持ちいいのだが、俺の自由が阻害される。

 あと、この光景を見られたら嫁たちにボコられそうだな。


 まあ仕方ない。

 彼女を振り落とすわけにも行くまい。


 俺は剣を長く長く伸ばす。

 言うなれば、佐々木小次郎の物干し竿のような、バルゴーン日本刀モード。


「ゲイル、まっすぐ行け。あれは、えせインドラだ」


 ぐおーん、という返答。

 ゲイルは俺の指示通り、方向を逸らさない。

 俺を信頼しているのだ。


『停止セヨ……! 停止セヨ……! コノ先ニハ行カセル事ハデキヌ』


「押し通る」


『オオオオオオオ……敵対反応確認。迎撃開始』


 現れた奴は、一見して紫色の肌をした、空を飛ぶ武人だ。

 全身から青い稲光を放ちながら、その周囲に無数の武器を浮かせる。

 バジュラや剣、槍、チャクラム。


 その全てが異様な輝きを放つ。存在するだけで周囲の空間が歪んでいくのを感じる。

 ここにやって来た移民船、戦闘力だけなら今までので最強だな。


『行ケ……! 討テ!!』


 あいつはさながら、フェイクシヴァってところだな。

 フェイクシヴァの全身から放たれた光が、触手のように伸びて武器を繋ぐ。

 それぞれの武器は、一瞬にして俺の周囲へと散開した。


 高速で飛行するゲイルの周囲にだ。

 あれは、こちらを的確に追尾している。

 フェイクシヴァもまた、腕組みをしながら俺たちに合わせて飛行する。


「ひっ」


 デヴォラが喉の奥から悲鳴を漏らした。

 こいつでも怖がることがあるんだな。

 そう思いながら、俺はバルゴーンを振るった。


 飛来するチャクラムを、切っ先で受け流す。受け流した方向で、バジュラにぶち当てて、返す刃で襲いかかる剣を弾き。

 弾かれた動きで槍をはたき落とす。

 返す刃を……。


「“ディメンジョン”」


 次元を割りながらフェイクシヴァへと飛ばす。


『防衛ッ……!!』


 その瞬間、敵の目の前に光の曼陀羅のようなものが展開し、俺の攻撃を弾こうとした。

 だが、バリアを切り裂くのは俺の得意とする所でな。


 曼荼羅を真っ二つに切り裂く。

 フェイクシヴァは、俺の攻撃がバリアに向いた一瞬の内に距離を取っていた。


「“ディメンジョン・ディレイ・ソニック”」


 バリアを切断した切っ先が、伸びる。

 それはさらに次元を切り裂き、一瞬にしてフェイクシヴァに到達、その腹を貫いた。


『オオオオオオオーッ!!』


 エネルギー体であるはずの、敵の顔に焦りが浮かんだ。

 今度は一目散に俺から遠ざかっていく。


「ああ、くそっ、逃げられた。空だと要領がちょっと掴みづらいな」


「お……終わったのですか!? 何か、今、異次元の戦いが繰り広げられたように思えたのですけれど!?」


「俺に同行していると大変ありふれた光景だぞ。ほれ、移民船も動揺している今のうちだ! 僧侶の元に急ぐぞ!」


 ゲイルがその空域を離脱していく。

 密林地帯に逃げ込んでいるというが、アウシュニヤの向こうには、とんでもない広さの熱帯雨林みたいな光景が広がっているのだ。

 さて、ここから僧侶を探すとなると……。


「ユーマ、あそこではないかしら?」


「お? おう」


 デヴォラに名前で呼ばれると、なんか調子が狂うな。

 だが、彼女が指差した先を見て、俺は確信した。

 あれは間違いない。


 密林の奥深く。

 金色でピッカピカに輝く、巨大なタワーが建っている。


 目立つ。

 めちゃくちゃ目立つ。


「おい僧侶」


『分かりやすいでしょう。あれは私の船を縦にしたものです』


「いや、分かりやすいのはいいんだがな……」


『国王夫妻と、逃げ延びられた国民たちも一緒ですよ。さあ、早くラグナの武器を! ハリーハリー!』


「急かすな!」


 俺たちは金色のタワーへと飛ぶ。

 すると、眼前で不可視のバリアらしきものが解除される。

 足元には、国民たちが作ったらしき難民キャンプがあり、誰もが空を指差し、わいわいと騒いでいる。


「飛竜だ!」

「あれは……神殺しの男、ユーマだ!」

「ユーマが来てくれた!」


 俺は下に向かって手を振る。

 俺が、僧侶の作り出したインドラを倒した場面は、多くの国民たちが目撃している。

 それ以来、俺は神殺しの男ということになっているのだ。


「ぱおーん!」


「ユーマ!!」


 二つの声……いや、片一方は鳴き声だな。

 それが聞こえた。


「スラッジか!」


 金色の塔の上部から、鎧を身に着けた少年が身を乗り出している。

 その肩には、ちっちゃな象が乗っかっているのだ。


「それにアイちゃん2までいるのか」


「待っていたよ、ユーマ!」


 以前よりも、凛々しくなった印象のスラッジ。

 まだ少年王だが、貫禄が付いてきたような気がする。


 だが、鎧は似合ってないな。

 そして、彼は手すりを乗り越え、こちらに……。


「お、おいスラッジ、無茶をするな」


「ユーマ! 会いたかった!!」


「ゲイルの重量オーバーだ! おいぃー!?」


 俺は飛び込んできた少年王を抱きとめ、そして完全に重量オーバーになったゲイルが、ぐおーんと悲しそうに鳴き、ひゅるひゅると難民キャンプへ落っこちていくのであった。

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