第242話 熟練度カンストの海空戦者

 跳躍。今度はゲイルと一緒だ。

 こいつがいれば、どんな戦場だって戦える。

 そう、例え群島王国ネフリティスでもだ。


 この国は、多くの島によって構成されている国で、国土の大部分は海だ。

 今も、眼下には何隻もの船が出航しており、空の俺ではない箇所に向かってバンバンと大砲や銃をぶっ放している。


「おっと!」


 抜き身のバルゴーンで、背後から襲い掛かってきた何かを切り捨てた。

 すると、ゼリー状の体をしたクラゲのような何かが、崩れながら落下していく。頭のなかに制御装置らしきものがあるな。あれが、ここを侵略している船の兵器というわけだ。


 地上から放たれているのは、大砲や弾丸。

 その実態はレールガンだったりする。

 これはエルド教の教主であるマリアが、ゴドー星系の監察官として持っている力だ。


 超技術。

 ってことで、どうやらこの地域の人間は、侵略者といい勝負をしている。

 弾丸が、空飛ぶクラゲに通用するのだ。


 そして恐らくは、あの移民船にも。

 その証拠に、青いボール状の船が弾丸も届かないほど空高くに上がっている。


「ビビってやがるな。これじゃ、根比べだろうに」


「ユーマ! 来てくれたんだね!」


 そんな俺の横に、巨大な船が並んだ。

 空飛ぶ船だ。

 両サイドにクラーケンを配置し、こいつが吐き出す水流の力で短時間の飛行を可能にする船。


「アンブロシア。こっちは割りといい感じじゃない」


「そうなんだけどね。あいつら、長期戦を決め込んでずーっと高いところから降りてこないのさ。こっちはあのクラゲの化物と違って、腹も減るし疲れもする。ローテーションが大変だよ……」


 なるほどな。

 こちらの敵は、まだるっこしいながらも頭が切れるようだ。


 疲れない兵器を使い、海上の人間たちが疲れ切るのを待っている。

 あるいは、弾が切れるのを待っているのか。


「あたしらの船じゃあそこまで上がれないし……。マリアの船はあいつよりは小さくてね。上まで上がると、クラゲにやられちまうらしいんだ」


「なるほど、いやらしいな。では俺がやろう」


「お待ちなさいな」


 どこかで聞いたことがあるような声がした。

 アンブロシアが、心底嫌そうな顔をする。

 現れたのは、この戦場で、毛皮の襟巻に太ももむき出しの扇情的な格好をした、黒髪の女だった。


「あれ、どっかで……」


「デヴォラですわ! 今回は敵も味方もございませんもの。そういう訳で、最もあれに近づけそうな海賊の船に乗っているのですわよ」


 そうだ、デヴォラだ。

 俺とリュカとサマラがネフリティスに来た頃に声を掛けられ、俺たちを護衛として雇った、エルド教の導き手。


 エルド教のボスであるマリアにとって、右腕みたいな女だ。

 そんな女が、俺に何の用であろうか。


「乗せてもらいますわよ」


「へ? お前がゲイルに乗るの?」


「もちろんですわ! そして、このレールガンを一発至近距離から御見舞してやりますわ! それからこれ! 手投げ弾ですわ。触れた部分のバリアを中和し、直接爆発を叩き込みますの。威力そのものは大したことはありませんけど、バリア頼みのなよなよしたあの青い球には効果てきめんですわよ!」


「それ、こっちの世界じゃラグナ教との喧嘩にくらいしか使えないよな。マリアめ、こういうことが起こると思って用意してやがったな」


「マリア様は賢い方ですもの。当然ですわ。さ、行きますわよ!」


「ちょいとお待ち! そこはあたしの席……」


「はあ!? 灰王の軍のネフリティス方面司令官であるあなたがなにを仰ってますの!? あなたがいてようやく、ギリギリのところで拮抗しているのですから、抜けるなんて言語道断ですわよ!」


「うぐうっ……!!」


 おっ、真っ向からアンブロシアを黙らせたぞ。

 そういえばこいつ、ラグナ教の執行者であるのっぽ、ウィクサールも口先で叩きのめしたことがあるのだ。


 口論においては俺が知るかぎり、最強の一人に数えられるだろう。

 彼女は有無を言わせず後ろに乗り込んでくると、俺の後ろから手を回し、ぎゅっとしがみついた。


「むむむむーっ!! デヴォラーッ!! あんた、あとで覚えてるんだよ!!」


「おほほほほ、なんのことかしら? わたくしはこの戦況を覆すために当然と思う策を取るだけですわよ!」


 かくして、悔しがるアンブロシアを置いて、俺とゲイル、そしてデヴォラが一気に空に駆け上がる。

 デヴォラはちょっと青い顔をしているが、急激な気圧の変化でやられたのだろう。

 だが、何か胸元から赤い錠剤を取り出して飲み込むと、すぐに元の顔色になった。


「なにそれ」


「マリア様いわく、服用酸素ボンベだとか」


「なんでもありだなエルド教……!」


 分体を使ったり、身体強化したり空を飛んだりするラグナ教、人を不死身の狂戦士にして戦わせるザクサーン教に比べ、未来っぽい道具を使えるというエルド教は地味だと思っていたのだが。

 考えを改めなければならないようだ。


「よし、ではクラゲの群れの中を突っ切るぞ。ゲイル、回転しながら!」


 ぐおーんっ、とゲイルが応える。

 空を自由に駆ける飛竜が、螺旋を描きながら上昇する。

 俺はそれに合わせて、あらゆる方向からやってくるクラゲを斬る。


 二刀流のスタイルに変更しながら、触れる端からクラゲを斬る。斬って斬って斬りまくる。

 振り落とされぬよう、デヴォラが強く俺に抱きついてきた。

 ほう、この背中に当たる感触……。アンブロシアほどではないが、サマラ級か。

 ちょっとやる気が増す俺である。


 やがて、刃の竜巻となった俺たちがクラゲの包囲網を脱すると、そこは周囲に雲海が広がる高高度。

 俺たちの姿を認めて、移民船は慌ててこちらに、舳先と思われる方向を向けた。

 そこに、クラゲの発射口があるのだ。


「つきましたわね!! もっと寄せてもらえませんこと?」


「デヴォラ、クソ度胸だけはあるよな」


「我が身大事な人間が、導き手などやっていられませんわ! ただの人間でも、頭の回転と道具を使って、ラグナやザクサーンの化物どもとやりあってきましたのよ! たかだか空からやって来た敵が、どれだけのものですの!!」


 おっ!!

 俺はちょっと、デヴォラがいい女だなと思ってしまった。

 まあ、性格があれだからな。


 ゲイルに指示をくれてやり、吐き出されるクラゲを斬りながら飛翔していく。

 まさに、密着するような距離。


「今ですわ!!」


 デヴォラが手投げ弾を、移民船目掛けて投げつけた。

 それはガラスのように見える表面に当たると、一瞬周囲に光の波紋のようなものを広げる。

 直後、手投げ弾が当たった部分から半径三メートルくらいが消滅した。


 何の変哲もないような、金属の胴体がむき出しになったのである。

 あの透明部分、バリアだったんだなあ。


「冥府へ落ちやがれですわよ!!」


 デヴォラは身を乗り出して、ハンディレールガンを構える。

 俺は彼女の腰あたりを抱いて固定してやる。

 引き金が引かれた。


 放たれた弾丸は、狙い過たず、バリアが失われた装甲部分へ。

 着弾と同時に、大きな爆発を起こした。

 さらに、デヴォラは所持していたレールガンを次々に持ち替え、撃っては捨て、撃っては捨て。


 単発式レールガンか。

 だが、威力はでかいようだ。

 船は横っ腹に風穴を空けられ、しかもそこから爆発物を内部に何度も撃ち込まれ、黒煙を吹きながら高度を落とし始める。


「ざまあみろ……ですわ」


 デヴォラは不敵に笑うと、そのまま白目を剥いて失神してしまった。

 やり遂げた満足感から、緊張の糸が切れてしまったのだな。

 俺は彼女を抱きとめながら、落下していく宇宙船を追う。


 下からの射撃が猛烈に激しくなった。

 巻き込まれては叶わんな。

 戦場からやや距離を取る。


「おうおう、一気にクラーケン船が五隻も飛び上がったか。決めるつもりだな」


 どうやらクラーケン船にもエルド教の人間が乗り込んでいるようだ。

 固定式のレールガンが何発も放たれ、移民船の表面を削り取っていく。

 これは既に時間の問題だろう。


 敵の高度が充分に下がった辺りで、水面から巨大な渦潮が巻き起こり、それが盛り上がっていく。

 アンブロシアがオケアノスを召喚したのだろう。


「よし、ここはこいつらに任せて、次に行くか」


 ぐおん、とゲイルが同意する。

 次は、アウシュニヤ王国。俺の弟子でもある若き王、スラッジが収める砂漠と熱帯雨林に挟まれた大国だ。


 俺の同盟者でもある、ヤオロ星系第三総督こと僧侶が管理している場所でもある。

 あそこには飛び抜けた戦力は無かったはずだから、ちょっと状況は厳しいかもしれないな。


 俺は次の戦場へ向かうべく、左目に意識を集中した。

 ……おや?

 何か、忘れているような……。

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