第239話 熟練度カンストの出現者

「現地からの情報では、この土地の名をディアマンテ。原住民を治める長が存在しているが、それは傀儡に過ぎない。正確には、ゴドー星系より到着した監察官がこの国を宗教的に支配している」


「へえ。あの星の連中、まだ生きてたんだぁ? っていっても、うちが目覚める千年前だっけ? ほんと、ついこの間、大きな戦争があったと思ったんだけどなあ」


 眼下では、捕獲者キャプターと呼ばれる偵察ユニットが現地の人間と戦っている。

 ここは上空。

 ヤオロ星系より飛来した移民船『クシナダ』の中である。


 ほとんどの船において、目覚めている者は移民に伴うテラフォーミングを行う技術者である。

 彼等は、格納庫で眠る数万の民と船内ネットワークで繋がっており、単独であっても、それは移民船全ての意志を代行している。


 彼等は覚醒者と呼ばれ、実質、移民船のトップとも言える。

 だが、ここに例外が一人。

 鮮やかな水色の髪をした、まだ幼さの残る少女がいる。


「お前の機能停止から、それだけの時間、船に脅威は訪れなかったということだ。実に幸運だった。船内ネットワークのバグにより、悪夢を共有した移民船が、これまでの旅路で何隻も脱落していった。外敵は無くとも、敵は我らの内にあるということだ」


「わかんないなあ。うちはほら。ガイノイドだから、夢は見ないし」


 そう嘯く少女の目が、人にあらざる電気的輝きの点滅を行う。


「知ってた? 人間ベースでも、体組織の90%以上をリーゾチウムに変えるとね、頭ン中も、人間じゃなくなっちゃう。だからうちは、自発的にネットワークに繋げないの。きっとダメになった船は、親切にもうちの姉妹をネットワークに繋いじゃったんだね」


「饒舌だな、ルカ03。自ら目覚めてきて、何を期待していたのかは分かっている。だが、この程度の現地戦力に、船の最大戦力であるお前の出番はありえない」


 覚醒者の言葉に、少女……ルカ03は外部を映し出すモニタに目を向けた。

 その顔に、薄く嘲弄の笑みが浮かぶ。


「へえ……そう? でも結構頑張ってると思うんだけど。それに……なんか変なのが増えたよ」


「むっ……!? 種が違う原住民が参戦しただと……!? あれらの存在は、第一総督からの報告には上がっていない。いや、居たとしてもごく少数で、原住民との交流はほぼ存在しないと……」


「あー、なんか大きい奴とか、下半身がインセクトモジュールみたいな奴が出てきたら、うちの捕獲者が押されてるねえ? 大丈夫? 本当に大丈夫なのぉ?」


「ぐぬぬ」


 覚醒者が歯ぎしりした。

 彼がストレスを感じるということは、ネットワークでつながっている、移民船内の全員がストレスを感じているということでもある。


「いいよいいよ。どうせこの船、捕獲者以外にろくな戦力が無いんでしょ? 皆さんのウンエーカイギで危ない兵器は排除されてるでしょ? だーから、平和ボケしてるって思うのよ、うちは。はいはい。うちがいってきまーす。ルカちゃん出撃!」


 そう宣言すると、少女の全身が青い球体に覆われた。

 彼女の足元に穴が空き、球体を吸い込む。

 高速で船内を移動した球体は、即座に船外に排出された。


「およよ、もう監察官が出てきてるじゃない。精神バリアなんか、捕獲者程度で破れるわけないでしょー」


 球体が破裂した。

 中から飛び出したルカ03は、即座に戦闘モードへの変化を始める。


 彼女の周囲の空間に穴が空き、次元格納庫に収納されていた、ガイノイド用の装備が飛び出してくる。

 全装備を身に着けた彼女の姿は、捕獲者よりもさらに一回り大きい、青い雌獅子である。


『おらあっ! 原住民は這いつくばりな! ここはうちらが移民するんだよ!』


 ルカ03は大地に降り立つなり、咆哮に声を乗せた。

 これは、一種の音を介したテレパシーのような効果を生む。


 戦場にいた誰もが、ルカ03の登場を認識した。

 捕獲者たちも、自らの上位存在が登場したことを認識し、一斉に道を空ける。


『ふふん、注目されてるじゃない。やっぱ敵が知的生命体ってのは燃えるわあ』


 前進するルカ03。

 彼女に対し、一斉に矢が射掛けられた。

 そんなもの、通用する攻撃ではないのだが、ルカはここで演出をすることを選ぶ。


『対空迎撃メーザー!』


 青い獅子の背部が展開し、二機の鏡状ユニットが出現する。

 その鏡面から、無数に枝分かれした光が放たれた。

 光は、向かってくる矢に対して弧を描きながら進み、その全てを撃破した。


『あちゃあ、やっぱ大気中だと威力が減衰するわね。それにここをテラフォするんでしょ? ってことは大規模兵器は使えないか』


 次に、ルカに襲い掛かってきたのは、巨人や昆虫の下半身を持つ戦士たち。

 異形の者たちの苛烈な攻撃が襲いかかる。

 だが、青獅子はこれを真っ向から受け止める。


 巨人の武器は食い破り、前足の一撃で叩き伏せる。

 昆虫人たちを振り回した尻尾で打ち払い、まとわりついてくる小人たちなど目もくれない。


「うわあっ、エルフの森から来た奴らでも歯が立たないのか!」


「なんだ、あの怪物は!」


 青獅子は駆け出した。

 敵軍の只中に一跳びで到着し、その前足が、牙が振るわれる度、現地の者たちが蹴散らされていく。

 そこへ、突如不可視の攻撃が打ち込まれる。


『うん!? なにこれ。風……指向性を持って収束された風とか。何これ!? サイコキネシスの一種かしら』


 攻撃によるダメージは無い。

 だが、データに無い攻撃となると、無視できるものではない。


 青獅子は攻撃をしてきた集団に注目する。

 一見すると、原住民と変わらない。

 だが、耳の先端部が尖り、比較的軽装のようだ。


『あいつらがさっきの風を……っていったぁ!』


 青獅子の横っ腹に、精神バリアが放つ熱線が叩き込まれる。

 これは、第一総督から権限を分け与えられた、原住民たちの攻撃であろう。

 精神バリアを人の形に作り、そこから熱線を放つ。


 なんともまどろっこしい使い方だとは思うが、彼等が精神バリアを使いこなすためには、そういうステップが必要なのだろう。

 無論、この程度の攻撃でルカ03はダメージを受けない。

 尾部に搭載された熱線砲で、逆に彼等を薙ぎ払う。


「ぐわーっ!」

「わ、我らの分体が!」

「ぎゃーっ!」


 その間にも、周囲の植物が異常な成長を始め、青獅子に巻き付く。

 刃のように収束した風が、ルカ03の全身に打ち込まれる。

 巻き起こった竜巻が、青獅子の足をさらおうとする。


『何これ何これ!? 意味わかんないんだけど。でも、ぺちぺち豆鉄砲食らってるとむかつくのよね!!』


 青獅子は口を開いた。

 その喉奥から、咆哮が放たれる。

 咆哮はみるみるうちにそのボリュームを上げていき、ある瞬間から可聴域を超える。


『そっちが空気を使うなら、こっちも大気圏限定の攻撃じゃい!』


 破壊咆哮ブラストハウルとでも呼べるような、物理的破壊力を有した咆哮が、不思議な力を用いる原住民たちに炸裂した。

 彼等は一瞬、風で盾を作って防いだようだが、すぐに破られてしまう。

 一瞬で、彼等は壊滅状態に陥った。

 最期に立っているのは、白い衣装を身に着けた原住民の男性。

 黒い衣装を身に着けた長身の男が二人。

 そのうちの一人は、強大な精神バリアを身に纏っている。


『見つけた。第一総督ね。あんたを潰せば、この戦場は終わり。めでたく移民完了よ!』


 ルカは黒服の男たち目掛け、背面に展開した鏡面部位……レーザー発射口を向ける。

 大気中であっても、フル出力ならば山を一つ蒸発させかねない威力を発揮する攻撃だ。


「むうっ」


 第一総督はやや顔を青ざめさせ、強く精神バリアを張った。

 棒を持った男が、何か「うおおおおお天誅ォァァアァァ」とか叫びながら飛びかかって来たのを、前足でぺちっと叩き落としておく。


 だが、次なる攻撃は放たれなかった。

 彼女の側面にいた白衣の男が、その姿を変えたからだ。

 それは、白く巨大な生物である。


『ワオ。この星にもいたんじゃない、遊星種が!』


 遊星種とは、星と星の間を渡る、宇宙の渡り鳥的な生命体。

 超宇宙規模のスケールで渡りを行い、生物でありながらヤオロ星系の戦闘艦と互角の戦闘力を有する。


『運がいいわね。うちはあんたと互角にやりあえる、言わば超小型化した戦闘艦なの。この辺が蒸発しちゃうかもしれないけど、いいわよね?』


 青獅子は、その金属の面に笑みを浮かべながら身構えた。

 白い巨大生物は、宙に浮かびながら油断なくルカ03を見つめる。

 周囲には、彼の仲間であった原住民が倒れている。


 息があるものも多いのだ。

 下手に攻撃を仕掛けてはこれまい。

 ルカはそこに勝機を見出している。


 精神バリアによる攻撃も、この青獅子を貫くほどではない。

 さて、どちらから料理してやろうか……。

 と、そこで。


 青獅子のレーダーが、上空から降ってくる生命体の反応を察知した。


『は? 上空から……って、これは原住民サイズ? 一人……ううん、二人ねえ。どうやって飛んだかは知らないけれど、うちを上から襲えば倒せるなんて、舐められたもんね』


 背部の鏡面部位が輝き出す。 

 そして、対空メーザー。


 今度は収束し、移民船の装甲をも容易に貫くほどの密度で放たれた。

 それは、落下している者たちを瞬時に蒸発せしめる……はずだった。


「おっ、レーザーじゃないか。反射だ。そいっ」


 間抜けな声を、青獅子のセンサーが拾った。

 その直後、放ったはずの対空メーザーが、正確に撃ち返されて来た。

 鏡面の砲口にそれが直撃し、青獅子の全身に振動が走る。


『は!?』


 一瞬、ルカが思考停止していると、眼前に、その男・・・が降り立つ。


「はい。ユーマ、あとは一人でできる?」


「できるぞ。リュカは空に浮かんだアレを落としてなー」


「はーい」


 虹色の髪をした原住民の少女。

 彼女が、抱えていた男を地面に下ろすと、そのまま移民船に向かってピューッと飛んでいく。

 あまりにも当たり前のように飛ぶ。


『近づけさせると思った!?』


 青獅子は尻尾を振るい、空の少女に向けて熱線を放とうと。

 した瞬間に、強烈な衝撃が青獅子の巨体を吹き飛ばす。バランサーが異常を告げる。踏ん張りが効かない。スパイクが展開しても地面を噛むことができない。

 惑星上ではあり得ないバランス異常が発生し、高性能戦闘ユニットが無様に横倒しになった。


「おいおい、相手は俺だぞー」


 そこに立っていたのは、虹色に輝く大振りな剣を担いだ、あまり背の高くない男である。

 青獅子のセンサーが彼の全身を走査する。

 機械的な仕掛けは無い。


 ネットワークにも接続されていない。

 精神バリアも無く、風を操るような不思議な力もない。

 リプレイされる、先刻の映像。


 ルカの脳裏に流れ込んだのは、剣を担いで体当たりしてくる男の姿。

 その体当たりが、青獅子の全機能を狂わせ、体勢を維持させなかったのだ。

 この、太陽風の中でも体勢を維持し、戦闘を継続できるユニットをだ。


『な』


 ルカ03は唇を震わせた。

 この感情は知らない。

 感じたことが無いものだ。


『なんだお前は』


 男は片眉を上げながら、悠然と答えた。


「戦士ユーマだ」

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