第二部終章 熟練度カンストの魔剣使い編

第238話 熟練度カンストの未着者

 人知れず、南方大陸目掛けて一隻の船が降り立った。

 星の外からやって来た、いわゆる移民船である。

 外見はライトブルーのカプセル状。小さな村ならまるごと飲み込むほどのサイズが、音もなく宙に浮かんでる。


「どうしたことだ。この地は全て焼き払われているではないか。人も、獣も、植物すらも存在しない」


 船の中には、多くの命が今も眠っている。

 遥かな時を必要とする旅路に耐えるため、停時カプセルに入り、時の流れを止めて格納されているのだ。

 故に、目覚めている者は一人。


「テラフォーミングには好都合か。この惑星の大気成分は、記録されたサードテラに近いが、正体不明の粒子が紛れ込んでいる。第一総督が精霊体エレメント、ないしは魔力マナと呼んだものがこれであろう。体内に吸引することで、どのような副作用があるかも分からない。まずはこの土地から、精霊体を除去する」


 移民船団の先鋒たる、ヤオロ星系移民船『カグツチ』。太古における、彼等の祖先が語り継いだ神話からその名は取られている。

 カグツチは、カプセルに似た船体の各所を展開。


 内蔵した環境改造用ナノマシンを、焼け焦げた大地に向けて降ろしていく。

 あるいは、ナノマシンは風に乗り、周囲の大気を改造し始める。


「除去に至るために、大気の循環を防ぐ。該当地域に障壁を展開」


 大陸の二割に及ぶ地域に、不可視の壁が出現する。

 この壁の内側が、ヤオロ星系人の体質に合わせた環境へと改造されるのである。


 そこに、この星に生きる生命に対する気遣いは無い。

 ただ、船の中に眠る人々を生かすために、この星を己の色に染めようとするエゴだけがある。


「テラフォーミングの完了までは、この環境内のみでも一万稼働時間が必要。本船のみでは限界がある。早急に、船団全てがこの惑星に降り立ち、リンケージ・テラフォーミングの必要がある。そうなれば、この惑星は近く、新たな我らの故郷となるであろう」


 誰も知らぬ、滅びた大陸にそれが降り立ったのは、幸か不幸か。

 かくして、この世界に対する最大の侵略は、静かに始まった。







 同じような光景が、世界各国で起こりつつある。


「長老、空から珠が降りてくる」


 ワカンタンカが治めるネイチャーの大地で、戦士ウルガルは険しい表情で空を見上げていた。


「数は二つ。一つ、ビラコチャの地に行った」


「かの地の精霊王は、今はいないよ。あれが、遥か西より来た剣士の言葉通りの存在ならば、パチャカマックに抗う手段はないよ」


 ウルガルの傍に佇むのは、新たなビラコチャの巫女、ミラ。

 不安げに南の空を見つめる。


「ネイチャー、ウルガルがいる。パチャカマック、太陽の戦士の三人いる。負けはしない」


 ウルガルは、手にしたトマホークを振りかぶる。


「来い、空から来る災厄!!」


 ワカンタンカの戦士ウルガル。

 彼の全身が、稲光の輝きを帯びた。


「オオオオアアアアアアアッ!!」


 裂帛の気合と共に放たれるトマホーク。

 雷速の一撃が、降り立たんとする移民船と、今ぶつかり合う。






「原始的なものではないか」


 他の大陸と比較すれば、小ぶりな亜大陸。

 そこに降り立とうとする移民船団の中で、唯一の覚醒者は嘲り笑った。


 彼を迎え撃とうと現れた、現地人をモニターに捉えたのである。

 手にしているのは、金属ですら無い、石斧や槍。弓矢。

 鎧という概念すら無いような原住民。


「これは、抵抗勢力の排除も容易であろうな。いや、原住民は労働力として必要か。脳手術を行い、彼等を従順なスレイブとする方が有用かもしれん」


 それは彼等の世界においても、過去に行われた蛮行の記録にある。

 忌まわしいとされるその思考だが、船内唯一の覚醒者にとって、これはとても良い考えのように思えた。


「よし、捕獲者キャプターを出撃させよ。原住民を捉えるのだ。あれは有用な資源だぞ……!」


 彼はあまりにも、現地に住まう人々を侮りすぎた。

 故に、現地の人々の中で唯一、無手で立つ男に注意を払うことができなかったのだ。


 そこは、エインガナの大地。

 虹の女神が治める亜大陸において、この地の治安を担うは女神の戦士。


 降り立った鋼の捕獲者たちは、その腹から鉄の網を吐き出し、原住民を捉えようとする。

 そこへ、無手の男が一人立ち向かう。


「俺はジュエン。この名が示す役割に従い、外敵を排除する」


 男を捉えようと網を投げた捕獲者。

 だが、その網が唐突に消失した。

 それどころか、捕獲者自身も。


 彼等は遥かに離れた海上に出現し、落下した。

 他者を、ランダムな場所へと移動させる力。

 これこそが、エインガナの戦士の権能である。


「なんだ……!? なんだあれは! サイキッカーが存在しているというのか!? いや、だが、これほど強力な他者移動能力を持った者がいるという報告は……!」


 ジュエン、戦士の名を持つ男が、捕獲者たちに対して身構える。

 遥か南の地で、戦いが始まる。






「なるほど。灰王の言うことは真であったか」


 およそ三つもの、青く巨大なカプセルが落下してくる光景を見やり、グラナート帝国の皇帝は眉間に皺を寄せる。


「魔王ヴィエーディマめが、あれと戦うために我らを下に付けようとしたと、今なら信じても良いな」


「陛下」


 皇帝に下に立つのは、現存する五名の魔導騎士。


「うむ。我が最強の剣よ。すぐさま兵を率い、天より降り来る災厄を討て! あれなるは、魔王を超える災厄。この世界そのものを蝕まんとする、形ある悪意ぞ」


「御意!」


 魔導騎士筆頭レオニート、そして、マクシム、セラフィナ、あと二名の魔導騎士。

 彼等は勅命に従い、すぐさま軍を率いるべく、謁見の間を後にする。


「後は……ヴァレーリアがおればな」


 皇帝は一人ごちた。

 その脳裏に浮かぶのは、ヴァレーリアを連れて行った一人の男である。

 灰王ユーマ。


 魔王を下し、魔導騎士をあしらい、ヴァレーリアと共に去り……。

 あの天から来た敵に対して、グラナート帝国が抗う行為すべてを、己が彼等と見えるまでの時間稼ぎだと豪語した男。


 その時、グラナート帝国宮殿の頭上を、幾つもの氷の矢が奔り去って行った。

 魔王ヴィエーディマ。


 いや、氷の精霊王ストリボーグと、彼の眷属たちである。

 グラナート帝国と敵対していた彼等でさえも、今は立ち向かうべき真の敵へと、一目散に駆けつける。


「時間稼ぎとな? 甘く見るでない。北の大地に生きる我らの強さ、かの外敵へ見せつけてやろうぞ」






 ディアマンテ帝国は、全軍を上げてこの侵略者に立ち向かっていた。

 全ての兵が、教会の聖堂騎士たちが、そして枢機卿となったフランチェスコ直轄の、執行者たちが、一丸となって国家の危機に立ち向かう。

 執行者とは、言わばディアマンテ帝国が抱える闇。


 超常的な力を持った神の写身、分体を降臨させて神敵を討ち滅ぼす教会の切り札である。

 それが、有する神秘を隠すこと無く、騎士と、あるいは兵士たちと肩を並べて戦っている。

 先頭に立つのは、痩せぎすで長身の執行者。


「ええい、灰王もエルフの森も、何も片付いていないというのに! なぜ我が国はこうも、次から次に厄介事が起こるのだ!! こんな時にドットリオが生きていれば……いやいやいや」


 ウィクサール。

 かの悪名高き灰色の魔王と幾度も戦い、生き残ったという執行者最強を謳われる男である。

 彼は、空の青いカプセルから出現する、鋼の獣を相手にしていた。


 棍を叩きつけて、人の倍はあろうかという巨体を打ち伏せる。

 あるいは見た目にそぐわぬ怪力で、獣の喉を掴みつつ、持ち上げて握りつぶす。


 彼はその身に分体を宿らせ、身体能力を上昇させる技を持っていた。

 それゆえ、獣を相手にも互角以上の戦いができる。

 だが、他の兵士は違った。


「うわああー!」


 槍も矢も通らぬ鋼の獣に、兵士たちの一角が崩される。

 慌てて、執行者が分体に攻撃をさせるが、敵の数が多すぎる。


「しまった! 右翼を守れ!!」


 ウィクサールは獣を数匹食い止めながら叫ぶ。

 だが、執行者以外に魔法的存在を許さず、人の力のみを良しとしてきたディアマンテに、この状況を覆す業などない。

 ディアマンテ帝国には。


 不意に、風が巻き起こった。

 不自然かつ強烈なつむじ風が、鋼の獣たちの足を止める。


 それは、人間たちには牙を剥かない。

 正しく、外敵のみに襲いかかる。

 伸びたつる草が、獣たちを縛り上げる。


 そして、雄叫びを上げながら、ゴブリンの大群が走った。

 力では圧倒的に劣りながらも、数と悪知恵で優る彼等は、一匹の獣に大量にとりつき、関節や装甲のつなぎ目に刃を突き立て、目玉の代わりを果たすカメラ部分を斧やハンマーで叩き割る。


 あるいは、アンドロスコルピオの集団が規則的な動きで、鋼の獣を取り囲んで槍で突き倒す。

 オーガが、トロルが、鋼の獣たちを力任せに跳ね除けていく。

 獣人たちは、本当の獣の力を見せてやると言わんばかりに、数体で鋼の獣に襲いかかり、その動きを封じる。


「な、なんだと!? 化物どもが……なぜ!!」


「この星に住む者同士で、諍いをしている場合ではないということだ」


 声がした。

 ウィクサールの背後から現れたのは、全ての執行者の頂点である、枢機卿フランチェスコ。

 そしてフランチェスコの横に、エルフの男が現れた。


「これは世界そのものの危機。この世界が、外からやって来たあやつらによって作り変えられ、我らのものではなくなってしまう。精霊だ、人だと言っている場合ではない」


 エルフの長老……風竜である。


「灰王の軍よ! 我らの力を見せてやれ! 人が排除しようとした神秘こそ、世界を守るための力であると!」


「人の兵よ! 信仰の力を見せよ! 世界の主こそは我ら人間であると! 世界は我等が守ると!」


 戦場のあちらこちらから、応じる声が上がる。

 それは呼応し、やがて大きなうねりとなった。

 人が、魔物が、精霊が一つとなり、外宇宙より来た敵に立ち向かう……!


 世界は今、戦場と化した。

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