第237話 熟練度カンストの行き掛け者

 外に出ると、難しい顔をした基地のお歴々が集まっているではないか。

 彼等の中心で、アルフォンスの旦那さんが肩身が狭そうにしていた。


「悠馬さん、このような事をされては困る。我が国にもメンツというものが……」


 藤堂一佐が、いかにも言いたく無さそうにそんな事を口にした。

 これはポーズとして、バックにいる奴に言わされてるんだろう。


「俺はここで生まれて戸籍はあるが、帰る場所はあんたらが言うスカイポケットの向こうだ。ってことで、世界の大使連中には俺が日本人じゃないって伝えてくれ。全ての文句は俺が聞くし、その時はスカイポケットを使って顔を出せ。ただし、あっちで半端な事をしたら俺がぶっ飛ばす」


 俺の口から、日本人じゃない宣言をしておいた。

 この状況は、恐らく撮影されているだろう。


 存分に日本政府のアリバイに使って欲しい。

 リュカがカメラを見つけたようで、不思議そうに近づいていってレンズをつついている。


「あっ、つついたらダメ」


 自衛官の人を困らせているぞ。


「それじゃあアルフォンス、ここでお別れだ」


「うん。元気でねユーマ。その様子だと、大規模なギルド戦みたいなことがあるんでしょ」


「そんなもんだ。しかも負けるとサービス終了」


「ひゃあ、そりゃあ責任重大だ!」


 冗談めかしてやりとりをしていると、散っていたうちのメンバーも集まってくる。

 ローザと竜胆とサマラは、両手いっぱいに食べ物を持って、もぐもぐしているのはどういう事だろう。

 亜由美ちゃんとヴァレーリアは、空から降りてきた。


「いやー、まさかヘリコプターで攻撃してくるとは思わなかったっすねー。ここはどこの世紀末世界っすか」


「襲撃する側も、街中ということで貧相な装備だったな。全てサマラの防御を抜くことはできなかったぞ」


 二人から報告を受けて、うん、みんな適当に暴れたんだな、と理解する。


「ではー、これから向こうの世界に帰ろうと思いまーす」


 俺が女子たちに宣言すると、みんなは「はーい」といいお返事をした。

 それなりにこっちの世界を堪能しただろうからな。

 ちょっとゆっくりし過ぎた気もする。


 向こうの世界では、いつ宇宙から敵がやって来るか分からないのだ。

 ひょっとすると、もう到着しているかもしれない。


「それじゃあ、何かみんなが乗れるものを使って空に……」


「亜由美!!」


 その時である。

 なんか、くたびれた感じのおじさんと、小綺麗なおばさんが血相を変えて駆け込んできた。


「ギエーッ」


 亜由美が悲鳴をあげる。

 なんだなんだ。


「あ、あっしのパパとママっす……!!」


「ええっ!? 亜由美ちゃん、パパとママって呼んでたのか。ほほー」


「アユミのご両親? アユミこっちにご両親いたんだ?」


「なんだ、挨拶していなかったのかアユミ」


 リュカとローザに詰められる亜由美。


「テレビで見て、間違いなくお前だと思って来たんだ! 無事だったんだな亜由美!」

「パパもママももう怒ってないから帰っておいで亜由美!」


「あっあっあっ」


 亜由美ちゃんが口をパクパクさせておる。

 助けを求めるように俺を見るので、俺はうんうんと頷いてやった。


「里帰りするといい。ちゃんとしたご両親は貴重だぞ……! で、ちゃんと許可取ってから向こうに帰って来るようにな」


「ひい、あっしはこっちに置き去りに!?」


「アユミは自分で空飛べるでしょ? だから自分で帰ってきたい時に来たらいいのよ」


「ちょっと待って欲しいっす! あっしもこう見えて、最近ようやくユーマ氏の仲間としての矜持が芽生えて来てっすなあ」


「亜由美! あなたを探すためにパパ会社を辞めちゃったのよ!」

「お前が戻ってきてくれるならそれでいいんだ! 亜由美! ラジオでCMを流してもらってまでお前を探してたんだ! 戻ってきておくれ!」


「ひぃー」


 亜由美ちゃんが蚊の鳴くような声を出した。

 うむ、会社を辞めたのならば話が早いではないか。


「では、亜由美ちゃんのご両親。二人もあっちの世界に来ませんかね。どうせ各国の大使を今度連れてくる予定なんで、今更民間人が増えたくらい全く問題が」


「あります!?」


「あるぞ!?」


 深山二尉と藤堂一佐が声をハモらせた。


「じゃあ亜由美ちゃん、法的な移住の手続きをちゃんと終えてからこっちに来るのだ」


 俺は優しい目をして彼女に言った。


「いやいやいや、だってあんただって成り行きであっちに行ってるじゃないっすか!?」


「それはそれ、これはこれだ」


 ちょっと分が悪くなったので、俺は話題を逸らすことにした。


「じゃあ藤堂一佐。とりあえず亜由美ちゃんファミリーは連れて行くが、役所で所定の手続きをさせにこっちに戻るので、その方向で」


「むむう……、こ、これはどういう扱いになるんだ。国外……パスポート……」


「法整備がされて無かろう。ってことでついでに深山二尉……いや、深山早苗さんもいただいていく」


「な、なんだと!?」


 既に、リュカが準備を終えている。

 今は夜だったので、気付く者が少なかったのだ。

 頭上に、大きな布が広げられている。

 風が布をパンパンに張り、それは空にある一枚の壁のようだ。


「では失敬ー」


 俺は深山二尉を小脇に抱えると、背面のビルへと跳躍した。

 壁を踵で蹴り、取っ掛かりを次々に捉えながら上空の布目掛けて跳ぶ。


 下からは、サマラが炎を発しながら、アンブロシアは水の上に乗りながら、アリエルは周囲の植物を肥大化させて上に乗りながら、ローザはアンブロシアに掴まり、竜胆はヴァレーリアに負ぶさっている。そのヴァレーリアは、単純な身体能力で壁を駆け上がっていく。


「うおー!? あっしは!? あっしはどうするっすかー!!」


「ご両親を連れてこっちに来るのだ亜由美ちゃん!」


「くうーっ、こ、こなくそーっ!」


「うわーっ、なんだなんだ」

「亜由美が空を飛んでいるわ! 私たちも飛んでるみたい!」


 ムササビの術で、両親を連れて飛び上がってくる亜由美である。

 全員を布に乗せると、それはピンと張られたままの状態で、スカイポケット目掛けて動き出した。

 下にいる人々が、唖然として俺たちを見上げている。


「だけど驚いたー。ユーマ、いつの間にあんなことできるようになってたの?」


 風を制御しながら、リュカがさっきの俺の動きについて聞いてくる。


「今までデタラメな冒険をして来たからな。剣の腕に身体能力が追いついて来ているみたいだ」


「ああ。ユーマ殿であれば、あの程度の動きはできて当たり前だ。でなければ魔王との一騎打ちであのような動きはできまい」


「うむ! ユーマは帝の尖兵を相手にしたときも、時を止める相手とやりあった程の腕じゃからの! 技と身のこなしだけではない。胆力も凄まじいものじゃ。あの宇宙での戦いときたら……」


「あの、すみません皆さん、お話の途中ですが先に何かが現れようとしているみたいです……!!」


 深山二尉、改め、早苗さんが前方を指差す。

 そこの空間がぐにゃりと歪み、何か大きくて細長いものが、こちらに先端を向けて出現しようとしている。


「ミ、ミサイル!?」


「あ、こりゃあ……」


「ユーマ、こいつはデスブリンガー四天王のポータルマスターの仕業っすぞ!!」


「うん、俺を竜胆のところに送り込んだ、移動魔法の使い手だな。俺たちの事を見張ってたと見える」


 ミサイルは完全に姿を表していた。

 その全身から、剣呑な雰囲気を漂わせている。


「そんな……! ミサイルが突然出現するなんて! しかもここは首都上空……こんなところで爆発したら、被害が……!!」


「うむ。被害は可能な限りゼロにしていこう。ちょうどここに、バージョンアップしたバルゴーンがある。バルゴーンact3と言ったところか」


 平常時の形こそ、見慣れた片手剣のそれである、俺の愛剣。

 だが、鞘から抜き放つと、虹色の輝きは一層強くなっていた。

 アルフォンスと、アルフォンスJrの力が篭った最強の剣。


「行くぞ」


 布の先端に立つ。

 すぐ目の前まで到達したミサイル。

 俺はそいつ目掛けて剣を奔らせる。


「“ソニック”」


 その瞬間だ。

 俺の腕が、信じられないほど軽くなった。

 未知の速度で、剣先が走り、空間を切り裂く。


 一撃で、ミサイルは上下二つに割れた。

 次いで、それが左右四つに割れた。

 さらに、八つに。十六、三十二、六十四、百二十八……。


 背後にいるみんなが、ぽかんとしながら見守っているのが分かる。

 ミサイルであったものが、一呼吸ほどの間に、一センチ四方の無数のブロックに切り刻まれてしまったのだ。


 こりゃあ、凄いぞ。

 俺の剣の正確さを上げたまま、さらに速度を上乗せしてきやがった。

 恐らくは、剣のモードによってまた効果が違うのだろう。


 爆発することすら出来ないままに、その機能を物理的に粉々に解体されたミサイル。

 これは、小さな金属片となって地上へと降り注ぐ。


「街に降らないように風で散らしちゃう?」


「あっ、じゃあアタシが溶かしときますね」


 落ちていく金属片を、突然吹き上がった炎が舐めた。

 後には何も残らない。


「あれは今度、ポータルが現れた瞬間に術者を逆探知してぶった切らないとダメだな」


 俺は今後のポータルマスターへの対処について強く決意するのだった。

 そして、布は高く高く舞い上がる。


 背後からは某国のヘリがやって来ているが、もう間に合わない。

 俺たちはスカイポケットに飛び込み……。

 あの世界……元の世界へと戻ってきたのである。

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