第234話 熟練度カンストの舞踏者2

 これはいわゆる、舞踏会的なものだろうか。

 根っから庶民の生まれであるからして、俺は上流階級やら、各国大使やらが集まるこういう場に来たことはない。


 当然、それらに対する知識も無い。

 お仕着せの礼服を着て、やっぱりドレスを持て余しているリュカをエスコートするだけで精一杯である。


「こんな動きにくい服では、戦った時に破けるな」


「ん? ユーマはカッコイイと思うよ? 私はどうかな? 重いドレスだけど、露出は多いから風の精霊さんを纏っておくことはできるみたいだよ」


 そう言う彼女のスカートから、ひゅーっと風が吹き付けてきた。

 あのドレス内部に、シルフを結構な数でかくまっているようだ。


「久保田悠馬様、こちらへ」


「ユーマだ。それはこっちにいた頃の名前だな。俺の本拠はあそこだ」


 案内された名前に対し、軽く抗議しておく。

 指し示すのは、空に空いた穴。

 夜闇に包まれたこの街は、まあ向こうの世界が嘘のように明るい。


 この辺りは高い建物が少ないものの、入り口の左手側にはこの洋館に最も近い大学が存在し、今もあちこちの研究棟に明かりがついている。

 少し道を歩けば、テレビ局や繁華街が密集した街があり、空の星も見えないほどの光を発していることだろう。


「失礼致しました。ユーマ様、リュカ様」


「ああ」


 俺はリュカに手を差し出す。

 教えてもらった作法通りに、リュカがそこに手を絡める。


「むふふ」


「どうしたリュカ?」


「なんかね。こういうドレスを着ることになるとは思わなかった。興味は別に無かったけど、これはこれで変わった体験だね?」


「そうだなあ。俺はもっと楽な……こう、だるだるのジャージくらいでちょうどいいが」


 二人で扉をくぐっていくと、奥まった場所にたくさんの人々が集まっている。

 年齢も、性別も、人種も様々。

 無論のことながら、国籍も様々。


 数十各国を代表する大使たち、あるいは各国の首脳に親しい政治家たち。

 彼等は油断の無い目で、入室してきた俺たち二人をじっと見つめた。


 俺が彼等を睥睨すると、恐らくは根性が据わってない者たちが青ざめて目を逸らした。

 ちなみに、彼等が連れているご婦人方の多くは、リュカの姿に注目しているようだ。


「まあ、可愛らしい……。それに不思議な髪の色……。本当に別の世界からいらっしゃったのですね」


 そう声を掛けてきたのは、日本の俺でも知ってる大政治家の奥さん。

 彼女はいかに高そうな着物姿。


「こんにちは」


 屈託ない笑顔を浮かべ、リュカが挨拶をする。


「髪の色も瞳の色も違うでしょう? これ、私が風の巫女だからです」


「風の巫女さん……? そちらの神様にお仕えする仕事をなさっておられるのね?」


 言葉を選んで返答してくる。

 流石は政治家の奥さんである。


「そうです! 見せてあげますね。シルフさん、お願い」


 リュカはそう呟くと、シルクの手袋をしたまま、腕を顔の前に持っていった。

 その手の周囲に、風が巻き始める。

 視認できるほど濃厚な、シルフの風。


 魔力的な素質が皆無な俺ですら、見ることができるシルフ。

 これほど精霊を濃厚に具現化させることができるのは、全ての巫女の中でもリュカだけだ。

 炎や水と言った形で見える、ヴルカンやヴォジャノーイとは、無色透明なシルフは根本から違う。


「まあっ」


 奥さんが驚くと同時、会場にどよめきが走る。

 手品でもなんでもない。

 リアルタイムなのだから、CGですらありえない。


 一見すると、空飛ぶ裸のエルフ少女、手のひらサイズ。それがシルフの姿だ。

 誰も見たことはあるまい。

 リュカがこうして注目を集めている間に、俺は二人で飲み食いするものを確保するべく、幾つも並べられているテーブルに向かう。


「失礼、ミスタ・ユーマ」


「おう」


 声をかけられてしまった。

 面倒だが振り返る。

 通訳を伴った、長身の白人である。


 話を聞くと、某国の大使だとか。

 ああ、彼等の国の軍人を、俺が精神的にぶちのめしてしまっていたな。


「あなた方を我が国にお迎えしたいのですよ。知っての通り、我が国は世界でも最も裕福で、そして優れた科学技術を有している。異世界には、我等が知らぬ優れた文明や、そして未だ採掘されえぬ資源があることでしょう。それらを真に活かし、そしてスカイポケットへの欲求を滾らせる各国を牽制できるのは、我が国だけだ」


「はあ」


 俺が気のない返事をしていると、血相を変えたこの国の連中が走ってきて、向こうの大使との間に割り込んできた。

 何やら、英語でまくし立て始める。

 まあ、この場におけるルール無視は困るとかなんとか、そういう話だ。


 ほら、某国代表が抜け駆けをしたから、各国の連中がこぞってやって来てしまったではないか。


「あーあー、分かった分かった。おたくらの国に招聘されるメリットは分かったから。俺は飯を食いたいの。あっちにいる嫁と飯を食うの。オーケー?」


 懇切丁寧に説明する俺。

 主張がシンプルだったせいか、「オー」「キュートワイフ」「オーケー」とか分かってくれた。


 うん、こいつらの方が某国の大使より好きだわ。

 尊大じゃないしな。


「よし、今度順番にあっちに連れていてやるよ」


 俺は気に入った大使たちにそういう口約束をして、ドリンクと料理を取り分けた皿を手に、リュカの元へ帰る。

 うわあ、リュカがご婦人がたに囲まれているぞ。


 そりゃあ、ひと目で日本人だと分かる俺と比べれば、彼女はどこからどう見ても異世界の人間だからな。

 しかもド派手な芸を持っていると来る。


 まあ、普段の彼女の能力からすると万分の一にも遥かに足らない程度の、小手先の技を見せているに過ぎないのだが。

 リュカがその気になれば、一都市を文字通り吹き飛ばすことすら造作ないだろう。


「リュカー。リューカー。ご飯取ってきたぞー」


「今行くからちょっと待っててー」


 俺の耳元でリュカの声がした。

 風を操るというか、空気そのものを扱うエキスパートがリュカである。

 きゃあきゃあわいわい、というご婦人がたの騒ぐ声の中でも、俺の声はしっかりと聞き取っていたようだ。


 この人混みを縫って、俺の耳元だけに声を届けることすら容易くやってのける。

 俺はリュカの言う通り、他国の大使たちを相手取りながら適当に待っている。

 すると、ようやくご婦人方から解放されたリュカがやってきた。


「おまたせー。きゃあ、美味しそう!」


 そう言うなり、むしゃむしゃと料理を食べ始める。


「オー」「キュートワイフ」「オーケー」


 うんうん。

 国の存在感がでかい大使ほど、ちょいと尊大。そうではない国はおおよそフレンドリーだ。


 相手をした中には、他国の高官も混じってたかもしれない。

 こちらは向こうの腹芸に付き合うつもりはないし、国家間のパワーゲームもまた俺には何の関係もない。


「こ、困りますユーマさん!」


「あ、深山二尉いたのか」


「ヘルプが届いたので慌てて来たんです!! あの、色々と、あの方々をぞんざいに扱うと我が国の立場があるらしくて……!!」


「ははあ。だけど俺は特に構わないよ?」


「私が困るんです……!!」


 深山二尉、俺たちに付き合うようになってからげっそりした気がするな。

 そんな彼女に、リュカは事も無げに告げた。


「なら、ミヤマも私たちと一緒に来たらいいんじゃない? 向こうは大変だけど、こっちみたいなめんどくさいのは少なくていいよ。まあ、ちょっと間違えたら死んじゃうけどね」


「ええ……!? そ、それは……」


 あっ、ちょっと心が揺れたな。


「まあまあ。今度さ、こいつらをこっそりあっちに連れて行くから、その時に深山二尉も一緒に来なよ」


「そうだよ。それと、いつまでもミヤマニイじゃ変でしょ。ミヤマの名前の方も教えて?」


「え、あ、へ? あ、はい。深山早苗……です」


「サナエね。可愛い名前! よろしくねサナエ!」


 年齢は十歳くらい違うと思うのだが、常に誰にでもフランクなリュカ。

 この瞬間、深山二尉……いや、早苗さんがリュカの派閥に組み込まれた空気を俺は感じたのである。


 リュカが飯を食う横で、さっき袖にした某国大使と、昨夜ぶちのめした連中の親玉らしき、とある国の政治家がこっちに近づいて来ようとしている。

 また上から目線で俺を勧誘しようと言うのだろう。

 俺は生まれは日本でも、もう日本人ではないので力任せに勧誘はできんというのに。


 面倒だが、またあしらうか。

 そう思った時だ。


 不意に、俺の影が不自然な動きをして伸び上がった。

 それはあっという間に立体的になり、俺の眼前に起き上がる。


「おお、シャドウジャック。進捗はどうだ?」


『灰王様、ご報告申し上げます』


「な、な、なんだこいつは!?」


 周囲の人々がどよめいた。

 ご婦人方は、リュカが使った魔法を見ていたからそこまでではないが、男たちが恐慌状態に近くなる。


 影から立ち上がる、一切の光を反射しない真っ黒な人影。

 まあ、そんなものを見たことがある者はいないだろう。


『アルフォンス様を確保致しましたぞ。曲者共は全て、奥様方が排除なさいました』


「ははあ。ローザ以外のな」


『お館様はかの基地で高みの見物ですな』


「だろうなあ。リュカ、用は済んだぞ」


「ほーい! じゃあ、そろそろ帰る?」


「そうだな。では、集まったお歴々。俺たちはこれにて失礼する。異世界に招待すると告げた大使は、後に俺かこのシャドウジャックが迎えに行くから待っていろ」


「ええっ! ユ、ユーマさん!!」


「ああ、そうだ。早苗さんも来るといい。リュカ、そうだろ?」


「もちろん! 行くよ! ガルーダ!!」


 リュカの呼びかけに応えて、屋内の空気に突如、猛烈な風が生まれた。

 それは、視認できるほど濃厚な気配を放つ大精霊を顕現させる。


 鳥の頭と、たくましい男性の体を持つ大精霊ガルーダ。

 俺はこいつの背中に掴まり、ガルーダはリュカと深山二尉を抱きかかえる。


「ではな!」


 俺の挨拶とともに、凄まじい風が吹き荒れ、閉ざされた扉を打ち破った。

 そして、風の大精霊が飛ぶ。

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