第235話 熟練度カンストの裏方者
「どれ、ユーマから任された責務を果たすぞ、貴様ら」
土の巫女にして、元ヴァイデンフェラー辺境伯、ローザリンデが宣言した。
「うーい」
「あいよ」
「わかったぞ!」
「かしこまりっす!」
「うーむ。なぜ君が私たちを指揮するのか……」
「ローザさんは元軍事担当の貴族なんですよ。人魚のプリムさんという方がおられたでしょう? 彼女がユーマさんの代行ですが、ローザさんは、ユーマさんとプリムさん双方にとっての戦略顧問なんです」
「なんと……!? それほどの人物がどうして彼の下に……いや、失敬」
「それはヴァレーリアでも失礼よ! ユーマ様だからおかしくないのに!」
大通りをわいわいと騒ぎながら、明らかに日本人ではない人々が行くのだから、たいへん目立つ。
その中央を、黒いコートなど身につけた少女が悠然と歩き、指先をぱちりと鳴らした。
彼女のすぐ隣に、真っ黒な影が立ち上がった。
「シャドウジャック。どうだ?」
『案の定でございますな。こちらに、彼等が調査した情報が入ってございます』
影は、慇懃な老いた男の声を発し、己の頭に当たる部分を指先でトントンと突いた。
『それから、例の方々はこの隙に、奥様方を狙って来られるようで』
「だろうな。貴様らは各員、独自に身を守るように。サマラ、貴様は私と竜胆の守護を」
「ええーっ!? アタシが!?」
「貴様はこの世界の物理攻撃をほぼ全て無効化できるだろう。最大の攻撃力と最大の防御力を持つ貴様を有用に活用することが肝要なのだ」
「ええー」
「ユーマも褒めてくれるぞ」
「やる!!」
「現金な御仁じゃのう……」
「よーし、では標的を分ける。後で連絡を送るからそこで集合。いいな?」
「了解さね。あたしらが囮になって、ローザが仕事をするってことでいい?」
打ち合わせは決まっていたようで、大通りにて七人はばらける。
ローザ、サマラ、竜胆で一組。アンブロシア、アリエルで一組。ヴァレーリアと亜由美で一組。
ばらばらになる寸前、ローザが指先でちょこちょことジェスチャーをした。
当然ながら、彼女たちを監視している者たちがいる。
ひと繋がりの者たちではない。
それぞれ、属する集団の異なる者たちだ。
彼等はめいめい、別れた女たちについて離れていく。
「さて、どうだ?」
ローザは二人を従えて、夜の街を歩む。
どうみてもハイティーンにしか見えないが、纏う空気はとても年若い少女のそれではない。
周囲に注意を配っている様子はない。
人通りが少ない場所を選びながら、戸惑う竜胆を連れて歩いて行く。
サマラはと言うと、屋台で適当な食べ物を購入しつつ、少し離されてから慌てて二人を追いかける。
この三人の周囲で、幾度か金属が融けて弾けた。
「来てるねー。でも子供だまし」
購入したケバブに齧り付きながら、サマラが鼻を鳴らす。
それをチラチラ見る竜胆に、彼女の分も買ってあった包みを渡す。
「調べた所、この世界で貴様を害しようと思えば、海に突き落とすか、液体窒素とやらをぶち撒けるかしかない。つまり、通常の手段でサマラの防御を破ることは不可能ということだ。私の分もくれ」
「はーい。ローザは辛めが好きだったよね」
「うむ」
「お主ら、異常に落ち着いておるのう……! 幾ら周囲に、サマラが薄く炎の膜を巡らせているからと言って……。そういえば先程、客引きの男が燃え上がりかけて慌てておったなあ」
「この世界の人間は、警戒心というものが足りなくて困るな。……さて、そろそろユーマとリュカが、各国の賓客と会っている頃合いだが」
あえて、裏通りへ入る三人。
その前に、黒塗りのバンが止まった。
飛び出してくる男たち。
彼等は裏通りへ向かい、女性たちを確保しようと……。
一瞬、裏通りが赤々と燃え上がった。
それっきり、男たちは誰も戻ってこない。
この派手なアクションは、彼女たちを監視している者たちの目を惹いた。
結果、各勢力の最大戦力はそちらに投入されることになる。
同時刻。
「ふむ、便利なものだ! 人を載せて飛べるとは、どういう仕掛けなのだ?」
ビルの谷間を、黄金の風呂敷を広げて二人の女子が飛ぶ。
「ぬおーっ、あんた、ユーマより重くないっすか!?」
「無論だ。私のほうが上背がある上に、鍛えているからな。さらにこの衣服の内部に魔導剣を内蔵している。剣の重量はちょっとした子どもほどはあるからな。これを使いこなして初めて魔導騎士と言える」
「あああ、なんか誇らしげに語ってるっすよこの人! あっしが知ってる女子とは全然ちげー。なんで筋肉の量とか自慢するっすかこの女子……!!」
「騎士たるもの、己の肉体を誇って何が悪いというのか? 私は今はユーマ殿と行動を共にしているが、この心は常にグラナート帝国と共にある! 我が刃は国を守る牙として研がれ続けなければならない!」
「ひえー! この女理解できねー! 勘弁して欲しいっすー!! って、あ、なんか来たっす」
聳える高層ビルの影から、それは姿を現す。
バラバラと鼓膜に轟くのは、回転するローターが奏でる重低音。
赤い輝きが、亜由美とヴァレーリアを照らし出した。
「都心でヘリを使うとか、マジかー!! アホじゃないっすかこれやってる連中!!」
「何、中に人が入っている。空飛ぶ馬車のようなものであろう。この世界では珍しくもないのではないかな?」
「珍しくはないっすが、現実に見ることはないっすなー。あ」
ヘリの下方に据え付けられたガトリングガンが、銃口を二人に向ける。
「うわー、めんどくせー」
亜由美はぼやきながら、黄金の風呂敷を銃口に向けた。
浮力が変化し、二人はゆっくりと下降を開始する。
そして、次の瞬間には風呂敷目掛けて銃弾が叩き込まれる。
黄金に輝く布一枚。
それが、放たれる豪雨の如き弾丸を軽々と跳ね返した。
「なんだいけるじゃないか」
「ミサイルだとぶっ飛ぶっすけどな。タンク役の奴なら多分核ミサイルでもびくともしないっすなー」
「それは、人魚の女王に付き従っているあの男か? 人は見かけによらないものだな! よし、私の出番だ」
亜由美の肩に掴まりながら、ヴァレーリアは背中から腰にかけて装着した魔導剣を取り出し、素早く組み立てる。
「行くぞ」
宣言と同時に、亜由美の肩を踏み、風呂敷の上にヴァレーリアは立ち上がった。
魔導剣が稲妻を放つ。
「
刹那、ヴァレーリアの全身が荷電した。
纏った稲妻は、ヘリのボディと彼女を結びつけ、風呂敷を蹴った魔導騎士を引き寄せる。
着地。
ヘリの乗組員たちは、壁面に立つ女の姿に戦慄した。
この位置でここから射撃することができる武器は無い。
振りかぶられる剣。
それがヘリの外壁に触れると同時、ヘリは空飛ぶ棺桶となった。
「
ふわりと、魔導騎士が空を飛んだ。
亜由美の肩に着地しながら、魔導剣が纏った風が背面から現れたヘリを打つ。
ローターが力任せに逆回転させられ、ヘリは空中で自ら回転を始める。
すぐさま、モーターから煙が上がり爆発する。
「伏兵がいたっすか!! 後ろからやられたら死んでたっす!!」
ギョエーッ、と恐怖の叫びを上げる亜由美の上で、ヴァレーリアは難しい顔をしていた。
「やはり、我が魔導剣に曇りは無い……。ユーマ殿を相手にしていると感覚が鈍るな」
「大したもんだねえ……」
アンブロシアは周囲を見回してため息をつく。
行き交う人々は、誰も彼女とアリエルに注意を払わない。
明らかに日本人らしからぬ、異質な外見をしていると言うのに、だ。
「植物の精霊を使った魔法です。私たちの周囲の人々の感覚を狂わせ、他人の異常性を感じられないようにします。ご存知ですか? 人間の中にも、植物の性質を持つ精霊が住んでいるのですよ?」
「ええっ、じゃあ、あたしの中にも?」
「アンブロシアさんは、もう全身が水の精霊に置き換わってしまっていますから」
『アリエル様、アンブロシア様。待ち人が』
「ああ、はいはい。お疲れ様ですシャドウジャックさん」
「おお……いよいよ来るんだね、ユーマにあの剣を授けたという伝説の鍛冶師が……!!」
「面識があるのが私なので、私が選ばれたわけですよ。鍛冶師……というと語弊がありますが」
シャドウジャックはすぐに姿を消し、二人は約束の店に入店する。
目的の人物には、シャドウジャックが基地側の情報を使って連絡をとってあるのだ。
無論、基地側からの了承は取り付けてある。
「実に協力的で助かりました。この国の政治家も捨てたものではありませんね。あのイトシキさんという方は、ユーマさんという人を正確に理解しています」
「そうさねえ。ユーマだけは敵に回したらだめだね。しかし……美味そうな匂いが漂ってくるねえ」
二人が入った店は、地下への階段を降りていく。
扉を開けて、予約を取った名前を告げる。
そして、先に到着している彼女の元へ、二人は辿り着いた。
座っていたのは、赤ちゃんを抱っこしたふっくらとした女性。
「お久しぶりです、アルフォンスさん」
「アリエルさん……でしたよね? お久しぶりです」
彼女は緊張の色を滲ませながらも、微笑みを返すのだった。
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