第233話 熟練度カンストの舞踏者

「よし、父親、母親、妹。無事確認。じゃあな」


 俺はスッスッスッと指差し確認すると、踵を返した。


「お、お、おい悠馬か!? い、一体これは」


「亜由美ちゃん、帰るぞ!」


「おー、あんたなかなか肉親に対してドライっすなー」


「そこは個人的な事情があってなあ」


「ほう、無敵のユーマにも突っ込まれたくないことがあるっすな。あっし、斬られたくないからそこは触れないでおくっすぞ!」


「世渡りの上手い奴め」


 亜由美ちゃんにまで気を使われて、俺は帰還と相成るわけである。

 エインガナからもらった、このワープする力があると、こういうときに便利だな。


 特に両親や妹と話す内容も無いのである。

 過去のわだかまりというよりは、世界で一番対処に困る相手と言おうか。


「ユーマおかえりー! ご飯が来るところだよ!」


 降り立った露天風呂の入り口から、リュカが手を振っている。

 ずっとここで待っていたのだな。

 彼女は歩み寄ってくると、俺の顔を見て、ふむふむと頷いた。


「よしっ、ご飯たべよ。アユミもね!」


「はっ」


 ヒエラルキー上、リュカに逆らうことができない亜由美ちゃんは、とても見事な臣下の礼をとりながら後に続く。

 部屋に戻っていくと、テーブルの上には所狭しと料理が広げられていた。


 お刺身、魚介の鍋に、煮物に天ぷら、焼き物に炊き込みご飯……。

 みんな俺を待っていたようである。

 俺の登場と同時に、わっと女子たちが沸いた。


「待ってましたよユーマ様!! アタシもうお腹がぺっこぺこで!!」


「うんうん、こっちの食事も捨てたもんじゃないんじゃないかい? 早く食べたいよ……!」


「天ぷら……というのか? この料理、気になるな。酒にも合うのだろう? おいユーマ、さっさと席につけ!」


「ユーマさん、大丈夫でした? その顔色をみると問題なかったようですね」


「妾も行きたかった……!」


「ユーマ殿の世界の料理は旨そうなものが多いな。豊かな国だ」


 食い気に満ち満ちた面子の中、アリエルはこちらの心配をし、竜胆は不満げな様子。

 そして、一人真っ青な顔で、窓脇の椅子に腰掛けて何事か電話で話しているのは深山二尉である。


「はい、はい。あ、はいっ……! ええ……。それはちょっと……。ああ、はい。はい……」


 胃が痛そうな顔をしている。

 俺は深山二尉まで近寄っていって、電話をつついた。


「俺の話題? なら変わろうか」


「ああ、いや、あのー。それはちょっと……あ、はい、ユーマさんが来てまして。え? 電話を切る? はい、それじゃあまた……」


 通話が終わってしまった。

 俺がいると深山二尉が話した瞬間、電話の向こう側が慌ててまくし立てた声がした。

 すぐに電話が終了してしまう。


「はあー」


 彼女は深々とため息をついた。


「よし、深山二尉も飯にしよう」


 ということで、旅館飯である。

 大いにみんなで飯を食い、何度かおかわりをして、酒を飲んで歌ったりしたのである。

 そして、テーブルの端で食が進まなそうに、刺し身をつついている深山二尉。


「何か気がかりなことが?」


「ミヤマはなんか言われたんでしょ。あの箱で遠くの人と通話できるのね。僧侶のブレスレットみたい」


 リュカが鋭い。

 深山二尉は図星だったようで、目を見開き、また大きくため息をついた。


「ミヤマ殿。ため息はよくない。飯が不味くなる」


「ご、ごめんなさい! あの、上からちょっと無茶なお願いが来ちゃいまして……」


「ほう、無茶とはなんじゃ?」


「あの……皆さんを、各国の大使が集まるパーティにお連れしろとの話で……。そのお、国同士の面子とかパワーゲームがですね……? それで、先程ユーマさんが某国の船を攻撃したということで、正式に抗議が来ているとか……」


「あ、俺を引き渡せってやつだな。よし、じゃあこう答えたらどうだ」


 俺はちょっと考えた口上を伝える。


「文句があるならば正面から全軍で来い。五分で全員海の藻屑にしてやる」


 深山二尉が文字通り震え上がった。


「それはその、洒落にならない……。戦争になる……」


 これに鼻を鳴らしたのはローザである。

 ガバガバ日本酒を飲んでいたようで、白い肌を真っ赤にしながら、ちょっと肩をはだけて座椅子に寄りかかっている。


「良いかミヤマ? 人がいれば意見の相違が出る。相違が互いに許容できぬなら、それは戦になる。人の常とはそのようなものだ」


「同感だ。ミヤマ殿。多くの人々に害は及ぼうが、我ら人はそのようにして己の尊厳を守ってきたのだ」


 あっ、ヴァレーリアも出来上がっているぞ。

 日本酒が蒸留酒よりは弱いからと、ローザと並んでかなりの酒盃を傾けたようだ。

 二人の後ろに一升瓶が三本ほど転がっている。


 アンブロシアはビールをがぶがぶ飲み、サマラはもっぱら食い道楽。

 リュカはこちらの会話に耳を傍立てつつも、炊き込みご飯をさっきから猛烈な勢いで食べている。


「ミヤマさん。ユーマさんは、これ冗談で言ってませんからね。間違いなくやりますよ。恐らくこの国の軍隊とは言え、ユーマさんと真っ向からぶつかれば無事では済みませんよ」


「そうじゃのう。ユーマはほれ、うちゅうせん? とやら言うやつと真っ向から戦ったし、荒神をも斬ったからの。無論、妾も頑張った」


「ということで、俺はやるぞ、と伝えたまえ」


「は、はい」


 深山二尉から連絡が行った。

 さあ、各国がどのような反応を示すか大変楽しみである。

 なにせ、俺たちはこの国、この世界のルールに縛られてはいない。


 俺たちを脅して、身柄を差し出させようとしても、こっちが向こうに襲いかかるだけだ。

 俺は振りかかる火の粉は払いつつ、火の元を即座に断つぞ。


「なあ亜由美ちゃん。いっそ某国の船と潜水艦をサックリ壊滅させれば……」


「やめてください!?」


 深山二尉の悲鳴が響き渡ったのである。




 おおよそ常に自由時間だったように思うが、食後もまた自由時間である。

 竜胆とヴァレーリアは連れ立ち、浴場脇に設置された卓球台へ向かっていった。


 二人に卓球のルールを教えたところ、このゲームを気に入ったようだ。

 二人は腹ごなしにまた一勝負するつもりなのだろう。


 深山二尉がずっと青い顔をして静かなので、アリエルが心配して彼女に色々話しかけている。

 おっ、何やら魔法を使ったな。

 彼女が使う植物の精霊は、人の心を落ち着かせる効果を持ったものもいる。


 この室内には植物が無いようで、窓を開けて外から精霊を呼び込んでいる。

 深山二尉の顔にあった緊張が、あっという間にほぐれた。


 生理的な効果によって、強制的に相手をリラックスさせる魔法である。

 おっ、寝た。


「これでよし」


 アリエルが仕事をやりきった満足げな顔をしている。

 まあ、俺が言うのもなんだが、俺たち一行を一人で担当するとか、ハードすぎる仕事だよな。


「とりあえず、さっさとアルフォンスを探してもらって、俺たちはこっちを退去した方が良さそうだ。この世界は面倒臭すぎる」


「同感ですね。一応、ローザさんのシャドウジャックもアルフォンスさんを探しているはずですが」


「恐らく、国はアルフォンスの情報を掴んでるんだろう。で、俺たちへの交渉材料にしようとしてるんじゃないか? 何を交渉するんだかは全くわからんが」


「その各国の大使とのパーティみたいなものにはお呼ばれしているんでしょう? でしたら、その場で世界に向けて宣言しつつ、私たちは裏で動くみたいなのもありなんじゃないですか?」


「そうだなあ。それで行くか。アルフォンスに会えないのは残念だが、バルゴーンはアリエルに預けておくよ」


「はい、承りました。それで……同伴されるのはもちろん?」


「リュカだな」


 そう言うと、向こうでテレビを見ていた彼女が振り返り、とてもいい笑顔をした。





 何日か後だ。

 俺たちの方でも仕込みは完了。

 段取りは済ませ、そして各国の大使が集まるパーティへ。


 俺は着慣れない礼服なんぞを着せられ、大変動きづらい。

 横に並ぶリュカは、着たこともないようなドレスに身を包んでいる。

 うーん、この娘はこういう服を着ると、とびきりの美少女だと分かるなあ。


「ユーマー。このドレス重い……。動きづらい……。髪型もなんか、上に引っ張られてる気がするー」


 アップにした髪を、これまた綺羅びやかな髪飾りで留めているのだが、彼女の髪色自体が光を反射して虹色の光沢を放つので、髪飾りが負けてしまっている。

 だが、大変人目を引く外見であることは間違いない。


「ま。こいつがこの世界で最後の仕事だからな。付き合ってくれて感謝感謝。せいぜい美味しいものを食べまくってから帰ってやろう」


「美味しいもの!? そう聞くとやる気がでてくるよ!」


 国が用意したリムジンに乗って、会場へと向かう。

 そこは海外からの賓客を迎える、かつては宮殿であった巨大な洋館である。

 降り立った俺とリュカに、注目が集まる。


 記者たちの姿もあるようだ。

 だが、彼等は俺たちに近寄ることはできず、手にした機械も何も映し出せていない。


 俺たち二人の周囲には、風の精霊が濃厚な壁を作っており、光を屈折して撮影そのものを阻害する。

 無論、リュカが認めた者以外は接近すらできない。


「さあ、行こう。まあ茶番だが」


「うん。ほんとめんどくさい世界だね、こっちは」


 ぼやきながら、俺たちは各国の大使たちが待つ会場の扉を開けるのである。

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