第232話 熟練度カンストの予測不能者
彼等は、特段、どの国に所属するエージェントと言うわけではない。
日本に生まれ、日本の教育とインフラを得て育ちながらも、教育課程で極端な方向に思考を捻じ曲げられ、そのまま成長してしまったに過ぎない。
彼等は武器を手にしている。
実戦における使用方法と、動き方の訓練は海外で受けている。
さらに、とある国から中古の兵器群を調達していた。
目的は、異世界からやって来たという男の確保。
彼等のスパイはこの街の中にもいて、常に情報を集め、スポンサーであるとある国へと流していた。
「この男は、久保田悠馬。間違いなく日本人だ。そしてこの男の家もまた、日本に存在している」
「では彼の家族もまた、異世界と関わりがあるだろう」
「家族の警護は久保田悠馬と較べて薄い。家族を確保し、異世界へと渡るために利用しよう」
「この国は間違っている。我々が正しい方向に導くため、異世界の力を手に入れるのだ」
そのような思想のもと、彼等は動き始めたのだ。
「な、なんだなんだ!?」
「ひい! お助けえ!」
「ぎゃーっ!? どこ触ってんのよぐええ」
「アヒィー! お、俺は関係ないのにー!」
久保田家三名、並びに久保田悠馬の妹の恋人を確保。
警護していた自衛官たちは、速やかに排除している。
ただし、彼等に隠密作業などという高度なことはできていない。
銃声が街に響き、明らかに流れ弾が家々を削る。
街はパニック状態なのだが、撃たれたくは無いので皆家の中に引きこもっているのだ。
久保田邸の前には、バンが止まり、久保田一家とプラス一名が引きずり出されてくる。
「余計な奴が一人いるな! 殺せ!」
戦闘訓練を積んだとは言え、彼等は素人である。
初めての実戦で、尋常ではないテンションになっていた。
指導者に当たる中年がヒステリックに叫ぶ。
「ひぃーっ」
妹の彼氏が涙と鼻水を流して腰を抜かす。
「サイテー! あたしを助けろよー!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ声を後に、バンの扉が閉まった。
残ったのは、数名の銃を持った男女。
彼等は戦闘後の興奮も収まらず、引きつった笑みを浮かべながら銃を持ち上げ、男に狙いを定めた。
ところで、彼等は素人であるため、気配を察知するなどという事はできない。
なので、後ろにひょいっと、浴衣姿の男女が現れたことに気づかないのだ。
「ぎょえーっ!」
浴衣姿の女の方が尻から落ちて悲鳴を上げた。
さすがに彼等も気付いた。
「だ、誰だ!」
だが振り向きざまに引き金に手をかけっぱなしである辺りが大変危ない。
銃弾は壁を刳り、ガラスを砕きながら現れた男の方を向き……。
弾丸炸裂の瞬間だ。
引き金を引いていた男は、一瞬にしてボロ布のようになって飛び散った。
「大変見晴らしが良くなった。……あっ、お前は妹の彼氏」
「お、お兄さん!!」
泣きながら希望の笑顔を浮かべる妹の彼氏。
「えーと」
「マサルッス!!」
「おー、無事で良かったなマサル君」
浴衣の男は実に呑気にいいながら、周囲にいる銃を構えた男女など、まるで空気であるかのように歩む。
「止まれっ」
男女の引き金は軽い。
自分たちが正義であると狂信しており、さらには戦闘訓練と実戦によって、ある種のリミッターが外れてしまっているのだ。
だから、目の前にいる男が、標的としていた久保田悠馬なのだと気づかない。
その男に向けて発砲した仲間が、どうなったのかも理解できない。
射撃音が響いた。
「ひぃー!!」
マサル氏が頭を抱えてうずくまる。
射撃音、同時に硬質な金属音が、撃たれた音と同数響き渡る。
一呼吸ほどで、辺りは静寂に包まれた。
「お、お兄さん……!?」
マサル氏、恐る恐る顔を上げる。
「うむ。そこ、血が流れてきているので早く逃げるように」
「ひいーっ!」
マサル氏を包囲するように、男女であったものがボロ布になって散らばっている。
流れ出た血が道路を覆い尽くし、まるで血の海のようだ。
「ひょえーっ、えげつないっすなー! というかユーマ、あんた全く躊躇しなかったっすなあ」
「え? だって俺は手を出してないよ? あいつらがお互いを撃ち合って同士討ちしたんだって。弾丸で撃たれた跡しかないだろ?」
「おほー! 悪知恵!!」
騒がしい女子が後ろにいる。
やはり浴衣を身に着けているが、どうやら飛び跳ねると揺れる胸元、これはノーブラのようではないか。
マサル氏は小鼻を膨らませた。
「そ、そっちはお兄さんの彼女なんすか? 前とは違う女のような」
「おっ、前はアリエルだったっすよね。そこのチミ、この男は女を囲ってハーレムを作る極悪人っすぞー」
「なんて人聞きの悪い。おいマサル君。さらわれたうちのアホどもはどっちだ」
「ハ、ハーレム! 裏山……いやいや、あ、あっちっす……!」
マサル氏が指差した方向を見て、ユーマは頷いた。
「よし、飛んで追いかけるぞ亜由美ちゃん」
「へいへいー」
「あ、あの、お兄さん、その手にしているのは……」
「温泉で使う卓球のラケットだ」
ラケットの表面を覆うラバーは、かすかに焦げている。
これを用い、アサルトライフルから放たれた弾丸全てを反射したとは、神ならぬ身のマサル氏には想像もできない。
更に、ユーマの背後で浴衣の女が、胸の谷間から金色の長い物を取り出す。
「ま、マキモノ……!?」
「イエス! ムササビの術ゥ!」
女が叫ぶと、巻物が天高く放り投げられた。
広がる巻物。
それは一瞬にして、巨大な風呂敷のように変わってしまった。
飛び上がり、風呂敷と一体になる女。
その体にとびつくユーマ。
「うおーっ! あんた、あっしがこの布一枚の下は裸だと知ってー!!」
「いいから急ぐのだ亜由美ちゃん」
「ぐわーっ、尻をぺちぺちするなっすー!? セクハラ! セクハラーっ!!」
賑やかに叫びながら、空に浮かんだ金色の風呂敷は、風の流れなどサラッと無視しながら急加速。
バンが走り去った方向に飛翔していったのである。
「おい、お前たち、何を連れてきた!?」
バンが止まったのは、港である。
倉庫が立ち並び、いつもであれば人通りが多いこの夕刻。
明らかに人の姿は無い。
バンから連れ出された家族は、真っ青な顔をしており、抵抗する気力もない。
だが、彼等に過剰とも言える殺意を向けて銃を構える男女がいる。
彼等を迎えたのは、明らかにこの国の人間ではない、洗練された身のこなしの男。
彼は部下からの報告を受け、顔をしかめながら空を眺めた。
金色の何かが飛来してくる。
「撃ち落とせ」
彼の背後にある船は、一見して貨物船。
だが、それが今、施された偽装を脱ぎ去った。
コンテナを破りながら猛烈な射撃が行われ、その主の姿を露わにする。
甲板にずらりと並んだ機銃だ。
この国に持ち込まれて良いものではない。
それが今、空から飛来する金色の何かに向けて放たれた。
そして。
空で金属が反射する音。
発射したはずの弾丸が、全て戻ってきた。
「!?」
甲板上で、爆発が起こる。
発砲した機銃が、己の弾を受けて破損したのだ。
だが、放った時ほどの威力は持っていない。
幾つかの機銃は無事だ。
「よし、続いて発砲! お前たちも出ろ!」
船の中から、完全武装の兵士が飛び出してくる。
家族を拘束した、国を憂える有志一同は、唖然とした。
なんだ、これは……?
これは我々にとっての闘争ではなかったのか。
なぜ、この国の人間ではないものたちが、完全に武装をして待ち構えていたのか。
そんな思考の完結を待たず、状況は急速に動く。
一瞬、空の彼方の金色に、一条の虹が輝いた。
「“ディメンジョン・ソニック”」
呟きに過ぎない言葉ではあったが、それはその場にいる誰もの耳に届いた。
次の瞬間である。
空間が割れた。
放たれた弾丸の全てを飲み込み、次元が裂けたままに前進してくる。
それは大地に到達し、地を裂き、海を割りながら船に接触。
そのまま、音もなく両断した。
「おおおおっ!?」
誰もが状況を理解できない。
彼等の前に、虹色の剣を持つ男が降り立っても、なお理性はこの状況の理解を拒む。
ありえない、あってはならない事が今、目の前で起こっているのだ。
だが、訓練された軍人の肉体は、そこで全うすべき任務に忠実な働きを行う。
それ故に、この常識外の相手に対する時、致命的な行動を取った。
銃を向けた瞬間、それは銃口から銃把までを二つに裂かれ、余波で彼等の腕もまた斬り飛ばされた。
駆け出そうとした者たちの足が飛ぶ。
虹の剣を持った男は、一歩も動いていない。
彼が腕を振るう度に、兵士たちは戦闘力を失う。
「いかんな、久々に相手が弱い。手加減が難しい」
男の言葉を聞いた、彼等の長は耳を疑った。
何を言っているのだ、この男は!?
そして、ようやく理解する。
この眼の前にいる男こそが、自分たちがこの国の傀儡を用い、確保を狙った標的なのだと。
だとすれば……。
一体誰が、この男を捕らえることができると言うのだろうか。
「まだだ! あれを出せ!」
彼の掛け声に応じて、倉庫から飛び出してくるのは装甲車。
銃弾程度では貫けない外装を持つ、戦闘用車両である。
それがまとめて五台。
真横から輪切りになって吹き飛んだ。
「あ、やべえ。中身ごと輪切りにしちまった」
「ばっ、化物めぇ!?」
「いやな。機銃を跳ね返したらラケットがぶっ壊れちまってな。バルゴーンを抜いたんだが、やっぱりこいつは破壊力過多だわ」
「こうなれば……お前をこの場に残すことはできない……!! スカイポケットの秘密をこの国に与えるくらいならば……!!」
男はスイッチを取り出していた。
「爆弾か」
「諸共に、死ね……!!」
スイッチを押す。
そして、爆発が起こった。
倉庫周辺を全て破壊し尽くすほどの大爆発である。
これに、虹の剣を手にした男が相対する。
爆風と衝撃波が、彼の剣に届く。
「よし、理解した」
そう呟いた声が聞こえた気がした。
刹那の間に、男の剣が一閃する。
剣が生み出したのは、衝撃波と完全なる逆位相の一撃。
正しく、生み出されたTNT爆薬1キロトンに及ぶ爆発は相殺された。
つまり、爆発は消えた。
この様子を克明に記録していた、『異世界人対策共同作戦本部』。
代表席に座した糸色防衛副大臣は、手にしていた湯呑みをテーブルに置き、ため息をついた。
「あんなものがどうにかできるか……! 無理だ、無理……! 早くお帰り願え!」
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