第229話 熟練度カンストの被観察者
基地内、大会議室。
今は会議室の前に、『異世界人対策共同作戦本部』と書かれた看板が置かれている。
略して異対共。
昨日、突如としてスカイポケットから出現した異世界人にして、日本人だと名乗る男、ユーマとその一党のために設立された組織である。
この日、多くのボディガードと背広の男たちを引き連れ、七十代に差し掛かったと思われる禿頭の男が異対共を訪れた。
時の防衛副大臣、
スカイポケットより異世界人現る、との報を受け、急遽海外視察より帰国したその足で、彼は異対共に足を運んだのだ。
「異世界人だと? 全く、報告を受けた時は耳を疑ったわ。それで、異世界人とやらは目が三つなのか? それとも腕が四本、尻尾が生えているとか?」
苛立たしげに冗談を口にするが、無論、誰も笑わない。
彼の眼前で、基地責任者である藤堂一佐は、憔悴した表情で頭を下げる。
「糸色副大臣にはご足労いただき、まことに……」
「構わん構わん。上が動けば、周辺の耳目を集めるだろうが。それにこれが俺の仕事だ。御託はいいからさっさと報告をしろ」
「はっ」
藤堂は、うどん屋内で行われた戦闘に関するデータを開陳する。
「異世界人、ユーマ氏は、店内にてR国のエージェントと交戦。これを割り箸のみにて排除しました」
「ぶっ」
差し出されたコーヒーを口に含んでいた糸色大臣は、思わずそれを吹き出していた。
「な……なんと言ったのかね今」
「はっ。異世界人、ユーマ氏は、店内にてR国のエージェントと交戦、これを割り箸のみにて排除したと……」
「お前さん、頭は大丈夫か……!? そんな荒唐無稽な話があるか!」
「深山二尉が撮影していた映像があります」
「はあ……?」
映像が流れ出す。
深山二尉が身につけていたタイピンに、カメラが仕込まれていたのだ。
ある程度の音声も拾っているそれは、何かR国語で叫ぶ声と、それに淡々と応じる
翻訳したスタッフがつけた字幕を追い、糸色副大臣はウーム、と唸りながらパイプ椅子に寄りかかった。
「確かに日本語だ。しかも、R国の連中と日本語のまま会話できているな。あちらもおかしいと思ってはおらんようだ」
「副大臣、この異世界人が行った戦闘行為が……」
「分かっとる! 分かってはおるが、どう見ても説明不足のSFXにしか見えんものを俺の頭が理解できんのだ! 放り投げた割り箸の束が、なんでこいつの腕の近くに来ると消えるんだ!? 絶え間ない銃声がするのに、銃弾が炸裂した音が一つか二つしかない! 俺は銃声が鳴り響く射撃場を視察したこともあるが、こんな異常な現場は今まで無かったぞ!?」
「副大臣、この足元に散らばっているのが、ユーマ氏が割り箸で叩き落とした銃弾で……」
「いらん情報を寄越すな!? ああああ、もう、なんで落ちている銃弾がどんどん増えていくのだ! 貴様、本当にこれができの悪い映画や何かではないのだな!? 現実に起きていることなのだな!?」
「はっ。間違いありません」
藤堂一佐は確信を持って頷いた。
糸色副大臣はため息をつくと、茶菓子を要求した。
無言のままそれをバリバリと食べ、ブラックコーヒーで流し込む。
「うむ。熱さが絶妙だな。この基地のコーヒーは美味い」
「では副大臣、次なる報告ですが」
「まだあるのか」
既にゲンナリとした様子の副大臣である。
「牛丼チェーン店前にて交戦が行われました。これは外部の隊員が撮影したものですが、物陰から攻撃したものはC国のエージェントと思われ、麻酔弾をユーマ氏が引き連れていた女性に打ち込んだものと思われます。その際、深山がユーマ氏の仲間と誤認され、銃撃を受けました」
「無事だったのか」
「はい。この映像をご覧ください」
スローモーション映像である。
「サイレンサーが使用されていたため、分かりやすくスローで弾丸の軌跡を追います」
「うむ」
「このように、弾丸は間違いなく深山を狙って放たれていますが、これをなぜか、この赤毛の女性が感知しています。そして驚くべき速さで深山を庇い、銃弾の前に……」
「なんと、彼女を守るために犠牲になったと」
「その……。彼女に命中したと思われる弾丸は、背中のあたりで消滅しまして」
「消滅!?」
ここで、映像から様々な情報を解析していた、情報処理スタッフが解説を代わる。
「はい。菅田一尉であります。ここから解説をさせていただきます。彼女……サマラ女史ですが、銃弾が当たった瞬間、背中の表面温度が急上昇しております。およそ三十七度から、一挙に二千度ほどに」
「?」
副大臣がポカーンとした。
「恐らく、弾丸は一瞬にして融解、蒸発したものと思われます。ですが深山二尉には一切の外傷がなく……」
「待て待て待て待て。何の冗談だ」
「恐らくは、異世界人ならではの何らかのテクノロジーが働き、一切の弾丸を無効化しているものと……」
「何らかのテクノロジーとは何だ!?」
「不明です。続いてこの映像」
「おい!」
副大臣に怒鳴られても全く動じない、菅田一尉。
淡々と映像を切り替えて、今度は金髪の女性を映し出した。
「アンブロシア女史です。恐らくはコーカソイド系の人種だと思われます」
自然と、会議室にいる男たちの視線が、豊かな彼女の胸元に引き寄せられる。
「注目すべきは胸ではありません。この指先。サイダーを飲んでいたようですが、これを襲撃してきたC国エージェントの方向に向け、こう、指先をあてがうのですが……この瞬間、缶は何の支えもなしに宙に浮いています」
「ふむ……。だが、そんなもの、手品か何かでよくあることだろう」
「はっ。ですが、これを御覧ください。この指が缶を押した瞬間、缶以外の映像が乱れています。まるで、缶を中心にして波紋が起こったような状態になっております」
「ほう?」
「その直後、缶は炭酸飲料をロケット噴射のごとく吐き出しながら、C国エージェントを直撃。彼の顎を粉砕しています」
「……その缶は、何の仕掛けも無かったのか?」
「はっ。市販品のアルミ缶です」
「うーむ……」
映像が途切れ、会議室が明るくなった。
糸色副大臣は、呻きながら顔を覆う。
「本当に異世界人だというのか。これは……。まるで、映画か何かのようではないか。……それで、この異世界人の目的はわかっているのか?」
この質問に、再び答えるのは藤堂一佐である。
「はっ。人探しが目的だということです。既に、該当の人物はピックアップされています。正木美津子、二十八歳。既婚、パートでコンビニエンスストアで働く女性ですね」
「異世界人とパートの主婦にどういう繋がりがあるんだ!?」
「ユーマ氏の話によりますと、以前彼がこちらの世界にいた時、同じMMORPGで遊んだとか」
「えむえむおー? それはなんだ?」
「マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム。大人数で同時参加して遊ぶゲームのようなものです。こちらにて、ユーマ氏は正木美津子さんと知り合い、友人になったと。そこまでは分かっています。幸いにして、正木女史の配偶者が、先日退役した正木秀太郎元一等陸曹でして」
「なるほど。つまりは、かの異世界人が求めるものはこちらの手の中にあるということか」
「はっ。ユーマ氏も比較的理性的でありまして。ただ、某国からは彼の引き渡し要求が来ています。ご報告差し上げた通り、彼はこの基地に降り立った段階で、手を触れずにあちらのレンジャー部隊を全滅させておりまして」
「全滅!?」
「命に別状はないのですが、深刻なPTSDが……」
「異世界人……」
糸色副大臣の顔色が青くなった。
「敵に回したくはないな。銃が効かず、正体不明の攻撃方法を持ち、こちらの法では裁けない相手。もし手を下すとしたら、毒殺か」
「深山の報告では、うどんつゆに含まれた毒も、正体不明の方法で判別し回避したとか」
「敵に回したら絶対にダメな相手だな。俺の議員人生四十年の勘がそう言っている。それで、一佐。彼等は今どこにいるのだ?」
「はっ、それが」
藤堂一佐がだらだら汗をかいた。
「ただいま、K県は湯治の本場にて温泉を満喫しております……」
「なにいーっ!?」
映し出された映像は、湯けむりの中。
のんびりとくつろぐ異世界人たちなのであった……。
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