第230話 熟練度カンストの温泉者

 はるばるやって来たのは、隣県にある温泉である。

 国内でも有数の湯治場なのだが、引きこもりであった俺には、とんと縁のない場所だった。

 だが、今はあの頃と事情が違う。


「ほえーっ。町全体が温泉の真上にあるんですねえ……!」


 一度はこちらの世界に来たため、現実世界通を気取り、女性陣の中では一歩抜きんでているアリエル。

 そんな彼女も、この町の姿は想像の埒外であったようだ。


「水の精霊、炎の精霊、土の精霊……」


 などと呟きながら、町中に溢れているらしい精霊の力をいちいち数えている。


「うーむ、あの電車というものはなかなか面白かったな。窓の外を景色が流れていくのは、馬車で慣れてはいたが、あの速度で手が届きそうなところを風景が流れていくのは、なかなか。缶に入った冷えたエールも美味かった」


「そうさね。この世界の酒とつまみは、ぐいぐいやるには悪くないねえ。ほら、飲み過ぎた魔導騎士様がぐったりしてるよ」


「うっぷ」


「ヴァレーリア勘弁してー! あんた、アタシの次にでかいんだからあんたが潰れたらアタシが大変なのーっ! もう、竜胆やリュカ様も見てないで手伝ってー!」


「ほーい!」


 ヴァレーリアに肩を貸しながら、ひいひい言うサマラを助けにリュカが走る。

 だが、パワーは十分足りていても、悲しいかな背丈が足りない。


「荷物みたいに私が肩に担ぐのはできるけど」


「それは人目を引いちゃうなー」


 俺は難色を示した。


「仕方ありません。私がもう片方の肩を貸しますから……」


 深山二尉が手を貸してくれることになった。

 体格的にはヴァレーリアより小柄、アンブロシアより背が高いくらい。

 サマラと二人なら、それなりにバランスが取れてヴァレーリアを運搬できそうだ。


「というか、ローザさんがカパカパとビールを空けてましたけど、年齢的に本当にいいんですか!?」


「ああ、彼女ああ見えてもうすぐアラフィフだからな」


「異世界人は年がわからない……」


「それを言ったら、アリエルはもっと年上で」


「ローザさんよりは年下ですっ!!」


 アリエルに訂正された。

 あっちの世界のエルフは、人間の1.5倍くらいの寿命だったっけ。そう長寿じゃないんだよな。


「ということで、我々の年齢は見た目ではわからないのだ」


「ではサマラさんもいいご年齢で……?」


「アタシは普通に十八歳だからね!?」


 そのような話をしながら、俺たちは国が用意したバスに乗り込むのだった。

 何やら、装甲に覆われ、窓には網が張られた物々しいバスである。


「これ、護送車……」


「仕方がないんです! 皆さん、各国から狙われているんですからね!? 皆さんの身を守るために……」


 深山二尉はそこまで言った後、一瞬口ごもってから言い直した。


「皆さんから各国のエージェントを守るためにこのバスが必要なんです」


「ほう、ようやく深山も妾たちの事がわかってきたようじゃな!」


「おっ、一般人代表の竜胆がなんか言ってるっす」


「な、なにをー! 亜由美じゃってあの金色の巻物が無かったら、ただの小娘じゃろうが!」


「ははは、あっしはか弱いっすからなー」


 うちの女性陣随一のタフネスと、意味不明な防御力を持つ現代人が何か言ってるな。


「アユミがか弱いんだったら、亜竜はひよこみたいなか弱さってことになるよね」


「おっ、リュカが鋭い事を言ったな。ということで亜由美ちゃん、今回も盾役は任せたぞ」


「ひっ、ひどい!」


 賑やかに護送車……いや、装甲バスは温泉宿に向かうのである。

 本日は、一日貸し切り。

 前日に俺とローザがわがままを言って、今日を温泉の日にしてもらったのだ。


 同日に防衛副大臣とやらが来るから、どうか残っていてくれと懇願されたのだが構ったことではない。

 うちのアラフォー、ローザが温泉に入りたいならばそれは温泉の日なのだ。


 無論、俺にスケベ根性が無かったわけではない。

 せいぜい八割スケベ心だ。


 ちなみに亜竜のゲイルもこちらに来たがったが、彼が来ると町は普通にパニックになる。

 ということで、説得して元の世界に帰ってもらったのである。

 帰るときには、あいつにお土産を買っていってやらないとな。


 景色を楽しみ、お菓子を食べ、みんなであっちの世界の歌を合唱したりしながらの一時間弱の旅である。

 あちこちで待ち伏せていたらしき襲撃者が、自衛隊の人々と熾烈に戦う音が聞こえてきた。


 実にご苦労様だ。

 だが、俺たちが参戦するとこの辺りの地形が大変なことになる。

 地球環境のためにも彼らに任せるのが賢い選択であろう。


「よし、到着だ! 貴様ら何をぐずぐずしている! 私が一番乗りしてしまうぞ!!」


 大人げない事を言いながらローザが飛び出していく。


「負けなーい! ローザ待てー!」


 続いて風を纏って、文字通り飛び出すリュカ。

 いきなりの女性陣の突出に、深山二尉がおろおろしている。


「ヴァレーリアは俺が担当するから、行ってやってくれ」


「か、感謝します! 待ってくださいお二人とも!!」


 彼女たちが行ってしまった後、俺とサマラでヴァレーリアを支えつつ、わいわいと後を追うのである。


「……というかヴァレーリア。お前、酒じゃないだろこれ。乗り物酔いなんじゃないか?」


「そ、そうなのか……? 慣れぬ乗り物で酒を飲んだら、もう頭がグラグラして立っていられない……」


「一番軍人っぽいのに、なにげに一番繊細なやつだな。よーしサマラ、いっせーので持ち上げるぞ」


「はいっ、ユーマ様! いっせーの!!」


「お前が言うのかよ!? ええいっ」


「がんばれユーマさん! がんばれサマラさん!」


「いざとなれば、あたしが後ろから支えるからね! いつでも言っておくれよ、ユーマ!」


「妾も乗り物酔いとやらになれば、ユーマに支えてもらえるのかのう……」


「その時はあっしが竜胆を運搬するっす」


「な、なんじゃとお!?」


 かくして、お宿に到着。

 当然の事ながら、部屋は全員一緒であった。


「男女別々ではないので……!?」


 焦る表情を見せる深山二尉に、ローザは不敵に笑った。


「我らはあの男の妻だぞ? 夫と妻が別の部屋を取るなど聞いたことがない。だが、そうではない貴様は別に部屋をとってもいいぞ、深山」


「う、ううっ。一緒の部屋で構いませんっ」


「なんか彼女、ユーマさんと出会ったばかりの頃の私みたいで、シンパシーを感じるんですよねー」


「へえ! 今じゃクールな中にもラブラブを隠さないアリエルがツンデレだったっすか?」


「亜由美さんは品のない聞き方やめて!?」


 各々荷物を下ろしていると、仲居がやって来て挨拶していく。

 みんなが俺を代表みたいに扱うので、仲居は俺に向かって色々と伝えてくる。


 きっと、仲居にはこの集まりがどういうものなのか、よくわからないに違いない。

 だがさすがの営業スマイルを崩すことなく、彼女は去っていったのである。


「よし、それでは妾が茶を煎れてやろう! んー、なんじゃ、安い茶葉じゃのうー。まあよい」


 竜胆がなかなか見事な手つきで、人数分の茶を煎れる。

 それを飲みつつ、菓子を食うわけである。


 茶菓子は蓬莱の味に近かったらしく、竜胆は懐かしい、と言いながらたくさん食べた。

 リュカは物も言わずもりもりと食べた。


 まさかの茶菓子切れである。

 早速仲居を召喚し、茶菓子を補充する。

 今度は三倍量だ。


 これを、女性陣が猛烈な速度で平らげる。

 主に竜胆とリュカとサマラと亜由美。


「なんで亜由美ちゃんまでむしゃむしゃ食べているんだ」


「いやあ……蓬莱の味とは微妙に違ってっすなあ。こう、郷愁が」


「後で実家に顔を出せばいいだろう」


「いやー、気まずいっすなあ」


 気持ちはわかる。

 ローザは興味深げにテレビを眺めている。

 普通に民放を見ることができるのだが、コイン挿入口が不思議らしい。


「ユーマよ。これはなんだ? 映像を見られるというのに、どうして金を要求するのだ? 時間制とか……」


「それはだな、エッチなチャンネルを見ることが……」


「異世界の人に余計なこと教えないでくださいユーマさん!!」


 深山二尉に遮られた。

 だが、ローザはすでにお小遣いとして手に入れている硬貨を、挿入しつつあったのである。


 こう言うときだけ異常に素早い。

 そして流れ出すポルノ映像。


「ほえー」


「ひやー」


「あわわ」


「ひえっ」


 リュカ、サマラ、アンブロシア、アリエルがテレビの周りに寄ってくる。

 怖いもの見たさ的な感覚であろうか。

 竜胆は割と平然としているし、ヴァレーリアは窓際の椅子に腰掛けて、陽の光に当たりながらまったりしてる。


 亜由美ちゃんは……冷蔵庫の有料ジュースを勝手に取り出して、グビグビ飲んでいるな。安定のクズッぷりだ。よりによって一番高そうな、翼を授ける系エナジードリンクか。


「はわわわわ、た、大変なことに」


「あー。深山二尉はこの光景もあっちに流れちゃうもんなあ」


 俺は動揺する深山二尉に同情した。


「えっ、いつから気付いていたんですか!?」


「監視だけで俺たちを外に出さないだろう。監視カメラくらいは当たり前だと思っている」


「だったらあのポルノ映画流すのやめさせてください!」


「いやあ、うちの女性陣、なんか喜んでるみたいだからなあ……」


 最前列で、ふむふむと頷きながらテレビを見るローザ。

 そこに亜由美がビールを手渡した。

 躊躇無くプルタブを開けるローザ。


 あれは、飽きるまで止まるまい。

 俺はヴァレーリアの向かいに腰掛け、日向ぼっこと洒落込むことにした。


「どうしたユーマ殿。私はそろそろ調子が戻ってきた頃合いだ。気にせずに彼女たちの相手をするといい」


「いやあ、俺は今のヴァレーリアくらいのペースがちょうどいいみたいだ。温泉入るまでは、ちょっとここでくつろぐ事にするよ」


「そうか。まあ、君がそう言うのならば構わない」


 ヴァレーリアは立ち上がると、窓を開けた。

 ベランダに出られるようになっているそこは、眼下に流れる川を認めることができた。

 さらさらと聞こえるせせらぎの音の中で、俺は久々の昼寝と洒落込むのであった。

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