第228話 熟練度カンストの街歩き者

 割り箸のストッカーを放り上げる。

 それと同時に、うどん屋店員たちによる一斉射撃が始まった。

 弾丸が飛来してくるのが見える。


 一度にやって来るように見えて、時間差で到達する弾丸たち。

 つまり、順番に処理していけば大丈夫なのだ。そう難しいことではない。


「ユーマさん!?」


 深山二尉の声が響く間に、俺は落ちてくる割り箸のうち、四本を手にしている。

 手にすると同時に割り、箸の状態にしつつ、弾丸四発を摘み落とす。

 その頃には他の割り箸も手の届く範囲にいる。


 これを手にしながら弾丸を摘み落とし、ちょっと間に合わなそうなのは、足元に落っことした割り箸の残骸を蹴り上げて、その回転を弾丸の回転と逆方向に調節、表面をコーティングする金属分子の隙間に引っ掛けて、その回転を狂わせる。

 うむ、俺もまだ修行が足りんな。

 あらかた弾丸を摘み落とすした後、数発だけがでたらめな軌道を描いて、天井に炸裂した。


 足元に散らばる、無数の鉛の弾丸。

 だが、一つだけ言える。

 この店に設置されている割り箸よりは少ない。


「化物……!!」


 うどん屋店員たちが戦慄する。

 おお、撃ちきったか。


 こういう事があるかもしれないから、銃だけに頼ってはいけない。

 俺はうどんつゆを掬うための、木製の匙を手に取りながら、彼等に歩み寄った。


「ちいっ!! これだけ体格差があれば、肉弾戦なら!!」


 そんな事を口走りつつ、俺に掴みかかる男たちである。

 その動きは、何らかの格闘技をマスターした人間のものだ。

 コマンドサンボとか、システマかな?


 だが、考えても見て欲しい。

 確かに俺と彼等では体格に、体積五割から七割程度の差はあるだろう。

 実に些少な差だ。


 お前、ドラゴンを前にしても同じこと言えるの? というやつである。

 飛びかかる男を片手でいなしながら、匙を使って彼の肩から腰まで袈裟懸けに断ち切る。

 うどん屋の衣装と、その下に着込んだ炭素繊維製のジャケットがスパッと切り裂かれ、生身の肋骨が数本折れる。


「げぶっ」


 血を吐きながら倒れるうどん屋店員。

 ちゃんと手加減して、ジャケットまでしか切り裂かないようにしておいたのだ。

 俺は気遣いができる。


「今、彼はうどん匙でジャケットを切断したように見えたんだけど……」


「あー。ユーマは優しいから手加減してあげてるね。昔のユーマだったら首が飛んでたと思う」


「ええーっ!? リュ、リュカさん何を言っているの!?」


 後ろの女性陣の会話が微笑ましいな。

 俺はずんずんと進撃しながら、投げつけられてくる椅子をうどん匙でバラバラに解体。


 投げつけられてくるテーブルをうどん匙で一刀両断。

 それに紛れて襲ってきた二人を、うどん匙二刀流で床に叩き伏せる。

 ピタリと、彼等の首筋にうどん匙をあてがい囁いた。


「大人しくしていれば命までは取らない」


「わっ、我々は命など」


 よし、剣気マックスだ。


「アバブゥッ」


 男たちは白目を剥き、泡を吹いて失神した。

 背後でもばたばた倒れる音がする。


 おお、店の客に扮していた、自衛官とかそれ関係の人達も残らず倒れているではないか。

 流れ弾というやつである。


 ああ、いや、深山二尉だけは真っ青な顔をしながら立っている。

 ……小脇をリュカが片手で支えているので、立たされているという方が正しいかもしれない。

 しかし、彼女が俺たちの監視についているのは、実に正しい選択だったということだな。


「そんな……まさか……ありえない……」


 ぶつぶつ呟く深山二尉。

 なんだか悪いことをしてしまったな。


「ユーマ様、結局ウドンとやらを食べ損ねちゃいました」


「ユーマさん、やっぱり外で食べるのは危険なのでは……?」


「そういうことになるかもしれないなあ」


 俺は頭を掻いた。


「じゃあ、ちょっと街をぶらついたら帰るか」


「賛成じゃ!」


「屋台で食べるくらいはいけるんじゃないのかい?」


「今度は店主の手つきに注意せねばならないな」


「そうと決まれば行こ行こ! ほら、ミヤマもついてきて!」


「あっ、す、凄い力で連れて行かれる────」


 リュカが深山二尉を持っていった。



 店の外に出たら、既に周囲は厳戒態勢である。

 この辺りは飲み屋街のようになっていて、基地の人間を当て込んだ商売をしていたのだろう。

 しかも、少なからず他国のスパイが入り込んでいたらしい。


 彼等を泳がせていたようで、うどん屋で事件が起こった直後から、摘発が始まっている。

 響く銃撃音。叫び声。

 ここは本当に日本かね。


 だが、こうなれば話が早い。

 揉め事が起こっていない店が、ちゃんと食べ物を口にできる店だと分かるからだ。


「よし、じゃああの牛丼チェーン店へ……」


 ということになり、みんなで牛丼を食べた。


「まあまあだねー」


「辛さが足りないなあ」


「悪くはないんじゃないかね?」


「私、こういうチープな味好きですよ」


「蓬莱の飯に似ておるが、甘いのう!」


「……美味しい」


 舌が肥えたうちの女性陣からはそこそこの評価である。

 意外にもヴァレーリアは気に入ったようだ。


「あ、はい。はい、そのように……はい……。ええっ!? しょ、正気ですか!? いえ、あの、こちらのことではなく、向こう側にも大きな被害が……。ええ、分かってはおります。はい……はい……」


 深山二尉が店の外で何か電話している。

 俺たちへの処遇について、上からの指示が出ているのだろう。


「いえ、彼等は武器を持っていなくて。はい、うどん屋の割り箸と匙で制圧を……いえ、本当です! 記録に残っています! ご参照下さい。あれは、押さえつけてどうこうできる人物ではありません……!」


 ヴァレーリアが二杯目の牛丼をむしゃむしゃ食べ始めた。

 今度は特盛りである。紅しょうがをたっぷりかけて食べている。

 リュカ、サマラ、アンブロシアの三人娘は、牛丼はもう十分と思ったようで、外に出て深山二尉に話しかけ始めた。


 おっ、深山二尉がジュースを買ってあげている。

 自動販売機前で驚き、はしゃぐ三人娘。

 ふむ、缶を前にして首を傾げているぞ。


「ユーマ、この漬物はなんというか……甘いだけで深みがないのう」


 おっ、竜胆ちゃんはこの店のセットでついてくるお新香に不満げだ。

 アリエルは淡々と、お茶を飲んで落ち着いている。


「まあ、白湯と変わりませんねこれは」


 こちらも厳しい。

 考えてみれば向こうの世界は、大体食べ物が美味しい世界だったからな。

 各国間での行き来が盛んで、様々な香辛料が出回っていた。


 世界を管理している連中が、元々超科学を持った宇宙人だというのもあるかもしれないな。

 グラナート帝国のみ、寒い地方ということもあってか、食事は質素だった気がする。

 現地で採れる食材の差は大きい。


「あまーい!!」


「なにこれ、シュワシュワする!!」


「こんな甘いレモンがあるもんかね……!?」


 外は賑やかだなあ。

 おっ、リュカが呼んでいる。

 俺が外に出てくると、リュカが目を輝かせてまくし立ててきた。


「凄いよ、凄いんだよユーマ! この筒の中に飲み物が入っててね? お茶でも果汁でもないのに、すっごく甘くて、舌がぴりぴりーっとするの! なにこれ、なにこれ?」


「それもまたジュースなのだ」


「へえーっ。こんなに甘いものがすぐ買えるなんて、豊かな国なんだねえ」


 にこにこしながら、ジュースをごくごく飲む。

 炭酸が入ってても平気らしい。

 むしろ、竜胆やヴァレーリア、アリエルの方がこういった飲み物に対しては保守的かもしれない。


「あっ、ミヤマちょっとごめんね」


 サマラが深山二尉をひょいっと抱き上げた。


「へっ!?」


 そんな彼女の背中に、パンパンッと乾いた音を立てて弾丸が放たれる。

 そして肌に触れた瞬間にトロリと融けて蒸発した。


「ふん」


 アンブロシアがジュースの缶をそちらに向ける。

 すると、中身の炭酸飲料が勢い良く吹き出し、缶がミサイルのように飛んでいった。


「ぐえーっ!!」


 男が一人、缶で打たれてぶっ倒れる。


「このジュースってのも、水の精霊を宿せば操れるみたいさね。今のやり方、いいかも。今度使おうっと」


 アンブロシアが新しい技を覚えたぞ。

 炭酸飲料ミサイルだ。


「でも、ユーマの住んでるところも物騒だったんだねえ。私びっくりしちゃった」


 何気なく言いながら、リュカが周囲一帯に猛烈な風を吹かせる。

 看板が、立て札が千切れ飛び、近隣に隠れていた連中が悲鳴を上げながら舞い上げられていく。


「いや、普通に平和だからな? 今が異常なだけだからな?」


「そお? こういうところで暮らしてるなら、ユーマの家族の人とか、妹とか強いのかなーって」


「うーん。強くはない。うちの妹なんか、リュカが会ったら絶対ぶっ飛ばしたくなるぞ」


「そうかなー?」


「ユーマさんを大変悪く言う方です」


「うん、ぶっ飛ばすね」


 途中で加わってきたアリエルの言葉に、リュカは爽やかに微笑んだのだった。

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